アルカナ・ナラティブ/ヒノエ日記/第5話

5月12日(月)

『東にリストカットするものがいれば仲裁し、西にODするものがいればつまらないからやめろと言う。それがメンタルヘルス部だ』
 天野篝火という馬鹿が、今年の新入生歓迎会の際に、部活紹介で述べた言葉である。
 リストカットやODという用語は、かなり際どい部類に入るもの。しかし、天野は臆面もなく言った。それを今でも良く覚えている。魔法【ハイブロウ】が無くても、きっと覚えていただろう。
 今日はメンタルヘルス部の命運が決まる日だった。
 スクールカウンセラーを説得し、メンタルヘルス部の顧問にする。言葉でいうのは簡単だが、相当に綱渡りな計画だ。
 にも関わらず、天野はスクールカウンセラーを味方につけて戻ってきた。部活の顧問ではなく、スーパーヴァイザーという形ではあった。しかし、専門家と自ら交渉し、妥協を重ねて合意を得た。これは快挙としか言わざるをえない。天野のしたことは大げさにいえばシステムに介入することなのだ。
 専門的に言えばシステムオーガニゼーション。
 システムオーガニゼーションとは――
『社会システムのなかで、臨床心理学の実践活動として組織化していく次元である。個々の事例に対応するのではなく、予防活動として心理教育やソーシャルサポートネットワークの構成などを行うコミュニティ活動、他の専門機関や行政機関と協力して新たな援助システムを形成していく協働(コラボレーション)の活動、さまざまな実践活動を統合して臨床機関を経営する組織運営の活動などがある』(下山晴彦編「よくわかる臨床心理学」より抜粋)
 ――である。
 天野が対応している【司祭】というアルカナは、システムや社会をつくる、という意味合いを持ったカードである。
【司祭】とは集団をまとめ、導いていく存在の象徴。まとめ、導くという意味においては【皇帝】と似ている。【司祭】と【皇帝】のカードの違いは、目指しているものの違いであろう。
【皇帝】が目指すものは支配や統治だ。そのためには戦争も厭わない。目的のためならば、弱者の切り捨ても行うであろう。現実を示したカードだ。【皇帝】という個があって、それに集団を従わせようとする動きを私は連想する。
 一方で【司祭】が目指すものは万人の幸せだ。【皇帝】という個人が専制的に統治するよりも、より洗練された社会といえる。
 天野は【皇帝】には向かないが【司祭】には向いている。ギラギラとしたリーダーシップは取れない。しかし、一つの問題に取り組む際に、みんなで議論し合い、妥協し合い、同意を得たりする調整力は群を抜いている。
 惜しむべきは、天野の能力はどこか老成してしまっているところだ。悪く言えば若々しさがない。更に言えば、男らしさもない。
 そういったエネルギッシュな部分はやはり【皇帝】のカードの領分なのだ。
 肉食系男子になれ、とまでは言わんが、天野にはもっと強引さが必要だ。
 小学校に入ってから、数十回と天野は私に告白してきた。それに対して私は、一度の例外もなくノーを突きつけてきた。
 問題なのはノーと言われた後の天野の対応だ。
 例外なく、あっさり引き下がる。引き下がって、そして、しばらく経ってから思い出したようにまた告白する。この繰り返しだ。
 なにも強引に押し倒してこいとは言わない。むしろそんなことをしたら、即刻、警察に突き出す。そうではなく、もっと必死になって迫ってきてほしい。
 いつも飄々と、運動以外の事柄を卒なくこなしてしまう天野。そんな彼の必死を私は見たい。私のために遮二無二なっている天野を見たい。
 ……なんて醜い独占欲。天野と一緒にいると、自分の醜さが浮き彫りになるようで辛い。
 私は天野自身が嫌いではない。けれど、私は天野と比較したときの自分が嫌いだ。
 私はあらゆる面で劣っている。
 天野に告白されても、あいつと釣り合う自信がない。釣り合わなければ、付き合ったところで、いずれ破綻するのは目に見えている。
 私は、誰かに愛される価値などあるのだろうか?
 天野はいつも私の心を迷わせる。だから、私はあいつが嫌いだ。
 迷いも躊躇いもなく、誰の記憶にも残らないように消えていけたら、それはどれだけ幸せなことだろうか――。

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