アルカナ・ナラティブ/ヒノエ日記/第6話

5月28日(水)

 アルカナ使いの魔法は、往々にして人の心をねじ曲げる。ねじ曲がる先が、自分なのか他人なのかは人によるが……。
 私の元に電話がかかってきたのは、つい先刻のこと。夜八時代のバラエティ番組が始まろうとしていた時間帯。
 発信先は氷華梨君であった。
 メールでのやりとりなら稀に行っていたが、電話とは珍しい。珍しいが故に、私は妙な胸騒ぎがした。
 電話を取ると、そこから流れてきた氷華梨君の声に生気が感じられなかった。一瞬、死者から電話がかかってきたのかと肝を冷やしたものだ。ケータイに氷華梨君の名前が表示されていなければ、彼女と判別できなかったであろう。
 そして、氷華梨君は話してくれた。
 今日の下校中に、【恋人達】のアルカナ使いである陸原立花君に、魔法をかけられたことを。
 立花君の魔法は『両手でつかんだ異性同士を強制的に両想いにする』こと。
 魔法をかけられた旨だけ聞いて、私は疑問を抱く。もし、どんな相手と両想いにさせられたとしても、それで落ち込めるものだろうか。
 立花君の魔法にかけられた者が、どんな挙動を示すかは知らない。しかし、普通に考えてみて、氷華梨君の反応は不可解だ。例え、それまで好きでもない相手と両想いにされたとしても、今は恋をしている高揚感に包まれていそうなものだ。仮にそうなら、彼女の沈んだ声は矛盾する。
 私は訊く。一体、誰と両想いにされたのか、と。
 氷華梨君は答える。
 翔馬君であると。
 だが、尚も疑問は氷解しない。
 なぜ、両想いになった相手が翔馬君だと、落ち込むのだろうか。それとも、他に理由が?
 私はその件について訊いてみた。
 すると周防君は答えた。

「もし、魔法が解けたとき、この想いまで解けてしまったらどうしよう……」

 最初聞いた時は意味不明だった。しかし、詳しい事情を聞いていくと納得が言った。
 まず、驚いたのは氷華梨君は、立花君に魔法をかけられる前から、翔馬君に恋をしていたらしいこと。
 私は改めて瀬田翔馬という男を思い出してみる。
 ルックスは悪くない。【呪印】を隠すために前髪をダラダラと伸ばしているが、切れば爽やかなイケメンになること受け合いだ。
 性格は自分では単なるヘタレと思っているようだが、いざというときは頼りになる。赤坂光栄の盗撮事件では、危険も顧みず一人で敵陣へ突っ込んでいく度胸があった。
 元詐欺師だけあって頭の回転も速い。それにも関わらず、嘘をつくことを自ら禁じ、正直さを貫こうとする愚直さも持ち合わせる。
 こう書くと、なるほど、氷華梨君が翔馬君を好きになるのも納得がいく。一年生の間では学年一と美姫と名高い氷華梨君を惚れさせるとは、流石は【魔術師】といったところか。
 ところが極端に真面目な翔馬君は、どうにか立花君の魔法を解除しようと画策した。
 天野を交えての協議の結果、今度の土曜日に陸原君を現在片思い中の相手と結びつけるデート作戦が展開される運びとなった。
 そのデートの結果、陸原君と陸原君が片思い中の相手とが結びつけば、魔法を解除してもらえるとのこと。
 氷華梨君にとっての問題は、仮にデート作戦が上手くいってからだ。
 陸原君の魔法を解除されたときに、氷華梨君がそれまで抱いていた翔馬君が好きだ、という想いはどうなるのだろうか?
 要するに問題はそれだ。
 氷華梨君が恐れているのは、魔法が解けたとき、翔馬君からの想いが消えることではない。自らが翔馬君に抱いていた恋心が消えてしまうのではないかを危惧していた。
 胸に咲いた同級生への慕情を宝石のように取り扱う氷華梨君の純粋さに私は感嘆した。彼女の翔馬君への想いは打算も計算もなく、澄み切っている。それは頭から出たものではなく、きっと魂から湧き出た想いなのだろう。
 羨ましい限りだ。私には、そこまで透明な想いを誰かに抱けた経験など無い。私の恋心は、劣等感によって淀み、屈折している。氷華梨君には嫉妬せざるを得ない。
 しかし、意地悪く返答するのも気が引ける。それでは私が悪者みたいではないか。誰が進んで悪者になってやるものか。
 なので私は詭弁を用いることにした。
『魔法が解けたときに両想いでなくなるのだとしたら、翔馬君の恋心だけが消える可能性もありうるのではないかね?』
 ――と。
 両想いとは実に不思議だ。二つの想いがあって、片方が消えただけで、それはもう『両』想いではない。
 あくまで可能性の話で、気休めだと咎められれば返す言葉はなかった。
 けれど、氷華梨君は、『そういう考え方は……ありですね』と頷いてくれた。深刻であったはずの氷華梨君の悩みは、意外と簡単に拭いさられた。
 恋は盲目という。氷華梨君には状況を冷静に見つめる余裕が欠けていたのかもしれない。あるいは、私という『他人』が提言することで安心できたとも考えられる。
 一見するとクールビューティーな氷華梨君のおっちょこちょいな面が見れたということにしておこう。ギャップ萌、乙。
 それにしても、次の土曜日は荒れそうだな。
【恋人達】というアルカナは、『恋をする』といった甘ったるい意味合いだけではない。他に『選択する』という意味もある。
 人生は選択の連続だ。それは恋においても同じことが言える。氷華梨君は、そして翔馬君は土曜日のデートにおいて悔いの残らない選択を取れるであろうか?
 私はただ、成功を祈る。

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