アルカナ・ナラティブ/ヒノエ日記/第7話

6月6日(金)

 私が教育実習生の阿加坂満琉先生からメールを受けたのは、今日の昼休みが終わる三分前のこと。
『翔馬が周防ちゃんを傷つけた。我慢ならんから、逆襲したい。その作戦会議のために場所が欲しいから魔法研究部を貸してくれ』
 という内容だった。
 翔馬君が氷華梨君を泣かせたとは俄かには信じ難かった。翔馬君は氷華梨君を傷つける真似をするとは思えない。
 私の見立てでは翔馬君は氷華梨君に大切に想っているとばかり思っていた。にもかかわらず、彼が氷華梨君を泣かせるとは合点がいかない。
 私はそれが気がかりだった。なので授業をサボり、魔法研究部で氷華梨君の事情を拝聴することにした。
 そして、魔法研究部で満琉先生から聞かされた内容に私は激怒した。
 翔馬君のヘタレ具合は確かに許し難い。好きな癖に、自分に相手を幸せにする自信がないから付き合えない。
 一見すると相手を気遣っているように見えるから余計に性質が悪い。彼は自分が幸せになるのから逃げているだけだ。
 それは同属嫌悪だったのかもしれない。私も幾度となく天野の阿呆に告白されて、彼が嫌いなわけでもないのに断り続けている。それは私自身が、彼に幻滅されたくないと逃げているだけなのかもしれない。
 だが、今回は自分のことは棚に上げさせてもらった。氷華梨君の問題を解決するのが先決だからだ。
 五限目は女三人でアイデアを出し合った。議題はいかにして翔馬君の心のブレーキを外すかであった。
 九割九分は満琉先生の独壇場だった。私は書記に努め、氷華梨君は聞き役に徹した。
 やがて満琉先生が導き出した答えは、氷華梨君が悪漢に拉致されたことにするという計画。それにより、翔馬君に自分がいかに氷華梨君を大切にしているかを再認識してもらうという計らいだ。
 元詐欺師を騙す。まるで黒サギみたいな作戦だ。私は心弾んだものだ。
 そして、五限目と六限目の間の休み時間に拉致の犯人役として光栄君と覚君が招集された。満琉先生は、光栄君が氷華梨君を魔法で無理矢理下着姿にした件を持ち出して、鉄血制裁か、翔馬君を騙す計画に乗るかを求めた。選択肢はあるがほとんど脅迫だ。
 光栄君としては、どちらも面白くないので答えるのを渋った。
 当たり前だ。鉄血制裁が嫌なのは言わずもがなだが、翔馬君を騙す計画に乗るのも光栄君としては屈辱的だろう。
 光栄君は、アプローチの仕方がねじ曲がっているが、一応氷華梨君を好いている。なのに、氷華梨君と翔馬君を結びつける計画に参加するとも思えない。
 故に光栄君は最初は鉄血制裁を選択した。その場での痛いだけの方が、後で自分の好きな女子が他の男と付き合うという心の痛みを負うよりマシと判断したようだ。
 計画は実行不能かと思われた。しかし、そこで氷華梨君は、とんでもない提案をした。
「もし、アタナたちが翔馬を負かすことができたら、そのときは私は阿加坂君のカノジョになってもいい」
 部室の時間が一瞬停止した。時間停止を解いたのは、光栄君の意地汚ない笑顔であった。
「OK。そんな御褒美がついてくるなら話は別だ。槍先の魔法に勝てるヤツなんていないんだからな」
 そう言って、計画への参加を受諾。
 すでに勝った気でいる光栄君を前に、しかし氷華梨君は泰然自若としており、まるで勝利の秘策があるみたいだった。
 なので私はあえて彼女を止めなかった。これは氷華梨君の選んだ道であり、それを妨害するのは逆に失礼だ。
 とはいえ、後で明らかになるが、氷華梨君は無策であった。強いて言えば、ただ翔馬君を信じていただけ。
 氷華梨君も中々に予期不能、というか無謀な子であると気付かされた。翔馬君といい、氷華梨君といい、あるいは理音君といい、魔法研究部の部員は普段大人しい癖に時おり苛烈な行動を取るので恐ろしい。
 放課後、作戦は決行された。光栄君と覚君の勝負の様子は、部の備品である盗聴器を用いて聞かせてもらった。
 翔馬君が実に熱かった。盗聴の内容は録音してある。故に周防君の想いへの口上も録音済み。なので後で氷華梨君に贈呈しよう。生涯の想い出の品になること請け合いである。
 そして、覚君が倒れ、光栄君がSOSの叫びを上げたので、部室に待機していた満琉先生と私も本館六階へ急行。
 そこにあったのは、無様に尻もちをつき震えあがる光栄君と、氷華梨君を大切そうに抱きしめる翔馬君の姿。
 何故、翔馬君が氷華梨君を抱きしめていたのか事情がわからなかった。
「お邪魔した。ゆっくりしていってくれたまえ」
 私はあの場から逃げるのが最良の行動であると判断した。まさか、愛し合う二人の邪魔をするわけにもいくまい。
 すぐに翔馬君に呼びとめられたが。
 それから翔馬君にネタばらしをし、魔法を使って力尽きた覚君を回収した。
 それから私、阿加坂姉弟、覚君は翔馬君と氷華梨君を残して本館六階から撤収。
 覚君との戦いで、存分に想いのたけを叫んだのだ。まさか翔馬君が氷華梨君を振るとも思えない。
 なので私には一切の憂慮もなかった。
 事実として、私が帰宅してから数刻して氷華梨君からメールが届いた。
『翔馬と晴れて恋人同士になりました。泣いたり騒いだり、色々ご迷惑をおかけしました』
 簡素な報告メールであったが、彼女の喜びがひしひしと伝わってきた。まさか、私が恋のキューピッドになる日がこようとは自分でも驚きだ。
 それにしても、本当に私の後輩は、私をよく振りまわしてくれる。
 だが、そんな彼らが私は愛おしい。
 晴れて結ばれた二人に、次の言葉を以って、今日の日記の締めとしよう。
 ――リア充は末永く爆発したまえ。

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