ブルー・ナインティ/第1話

~九十秒の憂鬱~


 いつも九十秒だけ待ってもらえる。
 誰にかは知らない。
 きっと性格が壊滅的に破綻している神様あたりだ。
 待ってもらえる時間はいつも九十秒。
 けれど、九十秒なんて短い時間に変えられる未来なんてない。
 私はもう割り切ってしまっている。

『未来が視える力を持っている』なんて言ったら、まず人は信じないだろう。頭の可哀相な人だと思われるのがオチだ。
 それでも両親だけは信じてくれた。
 だから、私は勇気を貰った。
 自分の力は人を幸せにする事が出来る力だと信じて、他人の悪い未来が視えたら、そうならない様に行動した。
 けど、いつも意味が無かった。
 理由は大きく分けて二つ。
 まずは見えた未来が実現するまでの時間。
 例外なく、どれも九十秒間。
 他人に降りかかる未来も、自分に襲い掛かる未来も九十秒後。
 私の力は〝未来予知〟なんて立派な代物ではなく、ちょっとだけ先しか視られないのだ。
 私の力が役立たずな二つ目の理由は、私の力は未来を一枚の写真みたいに捉えるのだけど、前もって相手に忠告しようが、私が相手を足止めしようが、絶対に未来視した映像と同じものが九十秒後には私の網膜に焼き付いているのだ。
 つまり、〝未来に起こりうる可能性〟ではなく〝絶対に決定した未来〟を見てしまうのだ。
 既に決定してしまった未来に逆らっても意味が無い。
 酷いときなんて、助けようと相手に関わったが為に悲劇的な結果に至ってしまう場合だってある。
 そして、相手から恨まれ憎まれる。
 周りの人より九十秒だけ先に結果を知ることが出来る異質な力。
 けれど、周りの人と同じように九十秒後を変えることは出来ない。
 人と違うのに無意味。
 無意味なのに人と違う。
 小学生になる頃から、私は未来が見えても何も見えなかった事にして、何も言わず、普通を装ってきた。
 しかも、性質の悪いことに嫌な未来、辛い未来としか呼べないような事柄しか視えない為、私は九十秒後の災難を先に知って、実現するまでの九十秒間憂鬱な気分で過ごす。
 自嘲の念から付けた私の未来視の名前は〈九十秒の憂鬱〉。
 私の力にぴったりの呼称は誰かに言っても意味が無いので私しか知らない。
 それは中学二年生の今現在まで変わらない。

   ◆

 学校も終わって、仲の良い友達と他愛もないお喋りをしながらの下校。
 とても憂鬱な気分で私は歩いていた。
 別に周りにムリヤリ話題やキャラを合わせているわけではない。
 例によって九十秒後の未来が見えたのだ。
 今回の内容は他人の不幸。
 しかし、不幸というには重い内容。
 うちの中学の男子が、車の真上でクルクル回っている。
 通常のシャッタースピードで高速移動する被写体を撮ったかのように、車も男子生徒も残像というかブレみたいなものが入った映像がパッと頭に浮かんだ。
 男子生徒が車に激突して真上に跳ね上げられている映像、と解釈するのが妥当な所。
 最悪の気分だ。
 車が撥ねた水溜りの水をかぶる、とかそういう次元なら『運が無い人』で済む。
 けれど、私の見た未来では、派手に男子生徒は跳び上がっている。
 落下後の打ち所が悪かったら、最悪天国まで一直線。
 事故までの時刻は残り六十秒。
 およそ四十メートル先に事故現場となるであろう路地の入り口。
 およそ三十メートル先に事故の被害を受けるであろう誰かがいる男子の一団。
 私は何の非もないが、心の中で事故に遭う男子生徒に『ごめんなさい』とつぶやいてみた。
 気分は晴れなかった。
 事故まで後四十秒。
 最悪の気分。
 目を閉じても前もって視た未来をどうしても見てしまう仕組みになっている。
 例えば、私の後ろから誰かが追突した弾みで目を開けてしまうとか、というしょうもない理由で。
 つまりは考える事は無意味で、足掻く事は愚か。
 残り二十秒。
 男子の一団の一人が、別の男子におふざけでタックルされて路地に転倒した。
 ああ、あの男子が酷い目に遭う。
 そいつは最悪の未来を知らずに、人の良さそうな笑顔でタックルした男子に何か言っている。きっと、他愛もない日常の一コマ。
 嫌だ。
 何も出来ないのは嫌だ。
 でも、今更どうしょうもない。
 ならば、せめて……。

「危ない! 避けて!」

 叫んでいた。
 周りの目なんて気にせずに叫んだ私は、どうしょうもなく馬鹿で阿呆だ。
 どうせ未来は変わらない。
 少年は私の声に気づいて立ち上がる。
 そして、路地からやって来る脅威に気づいたのか、そっちの方を見据えた。
 未来を変えるなんて出来ないのに。
 九十秒前に視た自動車が猛スピードで路地から飛び出してきた。
 変わらない未来を見届けよう。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。
 一瞬の間に頭の中で罪悪感が増殖する。
 でも、私は悪くない。
 誰が悪いって言うの?
 そして、少年の未来は……。
 変わらない。
 キィィッッとけたたましい急ブレーキが悲鳴を上げる自動車の上で、男子生徒はクルクルと回っていた。
 まるで曲芸士のような優雅さで。
 私は呆気にとられていた。
 車に轢かれそうになった男子は、確かに私が九十秒前に視た未来と同じ映像を現在の私の網膜に焼き付けた。
 けれど、現実は車に轢かれそうになっただけで轢かれていない。
 私の言葉に反応して、ひょい、とまずは車のボンネットに自発的に跳躍。
 次の一瞬にはボンネットから屋根への二段ジャンプ。
 次いで技の締めと言わんばかりの勢いで、屋根を蹴って体操選手の如く虚空での回転の後に自動車の後方へ着地。
〝未来が視える〟なんて力よりありえない曲芸。
 見ていた一同のしばしの沈黙。
 そして、我に返った一同の喝采。
 自動車は猛スピードで私たちの女子一団の横を走り去っていく。
 おそらく、自分が人を轢いてしまったと勘違いしての逃走。
 つまりは轢き逃げ。
 最悪な奴。
 けれど、被害者の男子は気にしていない様子で、周りの男子に、
「ビックリさせて悪かった。あんなクズ気にする事はねえよ」
 なんてあっけらかんと言っている。
 彼は本当に中学生か? という疑問すら湧いてくる態度。
 その彼が私たちの一団に近付いてくる。
 いや、その視線は明らかに私を捉えていた。
 な、何?
 変なタイミングで叫んだのがバレた?
 怖い。助けて。
 動揺と恐怖で硬直した私に対して男子は言った。
「ありがとう。マジで助かった。あの声が無かったら何の構えもなしに車に突っ込まれてた」
 無邪気で微塵も敵意の無い笑顔。
 感謝の意を表して、両手で握手してきて上下にブンブンと振っている。
 オーバーリアクション気味だが、彼自身命がけのアクロバットを成功させた興奮が冷めていないのだろう。
「……どういたしまして。ケガありません?」
「多分ないよ。特に痛いところもないし」
 彼が中学生かどうこうよりも、本当に人間なのかを疑った。
 でも、悪い人では無さそうなのは、彼の人懐っこそうな笑顔から読み取れる。
「俺の名前は北出叶矢(きたで・きょうや)。クラスは2―C。キミは?」
「恭嶋流美(きょうしま・るみ)。2―B」
「そっか、隣のクラスだったんだ。じゃあ、また学校で会うかもな。んじゃ、今日は友達待たせてるからサヨナラ。このお礼はいずれするよ」
 手を振って颯爽と駆けていく叶矢。

 ――ありがとう。

 力を使って、感謝されたのは生まれて初めての経験。
 嬉しい。
 凄く嬉しくて、胸のあたりがじんわりと熱い。
 北出叶矢。
 心の中で、まじないのように何度もその名を呟いた。

次へ→

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする