ブルー・ナインティ/第4話

~九十秒の先の先~


 警察がやって来る前に私だけ現場から立ち去っていた。
 叶矢曰く、私が現場に残っていると面倒になるらしい。
 そりゃ、人が転落する前からワゴンショップを動かすなんておかしな状況だ。
 まさか未来が視えましたなんて証言が聞き入れられる筈も無い。
 なので、警察が来る前に叶矢の機転で私だけ先に地元の駅まで逃げ帰って、朝に待ち合わせた場所で落ち合うことになった。
 前述の通り、私が思っていたより早くに地元に戻ってきた叶矢の手元には小奇麗に包装された小箱。
「おまたせ~」
 つい数時間前に死にかけた人間が暢気に手なんか振っている。
 きっと、ああいう事態は慣れっこなのだろう。
 そもそも、一昨日も車に轢かれかけてたし。
 私だったらあんな不運に見舞われたら一度として回避できない。生き延びれる気が全くしない。
「意外と早かったね。警察ってネチネチ尋問する人種かと思ってた」
「俺も最悪覚悟してたけど、俺自身は無傷だったし、悪いのは柵の点検を怠った業者側だったからテキトーにやって返してもらったよ。一番ヒヤっとしたのは保護者を呼ばれそうになったことかな」
「どうやって誤魔化したの?」
「誤魔化すも何も『今仕事してて、迷惑は掛けたくないから呼ばなくていいです』って言っただけ」
 こうして叶矢は一段と強くなっていくんだな、と感心してしまった。
「ところでそれは?」
 私は先ほどから気になっていた叶矢が持っている小箱を指差した。
「ああ、これ? 二度の命の恩人へのせめてもの贈り物」
 小箱を私に渡してくれた。
「ありがとう。中見ていい?」
「いいよ」
 ドキドキしながら丁寧に包装を解いていく。
 あったのは……小振りの砂時計だった。
「随分可愛い砂時計だね」
 装飾もさることながらサイズも小振りで可愛らしい。
「中々珍しい品だったからあるうちに買っておいた」
「この砂時計って珍しいの?」
「そら珍しいさ。普通は三分、五分、十分とか切りの良い時間のしかないんだから」
「これって何分計?」
 訊いてはみたが、見当はついている。
 叶矢の案の定の答えが返ってきた。
「一分半――つまり九十秒」
 彼なりのジョークなんだろうか。
 それとも本気の気遣いなんだろうか。
 気持ちだけは受け取っておこう。
「ありがとうね。でも、一応言っておくけど私は九十秒までならタイマー無しで正確に測れるよ。何度も九十秒待ちぼうけ食らってるうちに身体が覚えちゃってるの」
「ありゃりゃ、じゃあ俺のプレゼントって全く不用品ってことね」
 落ち込んでしまう叶矢。
 そう言えば、彼がガックリとしている姿なんて初めてだ。
 なんだ、彼にもこういう感情はちゃんとあるんだ。
「そんなガッカリしないで。私はちゃんと嬉しいよ」
「本当に?」
「普段だったら、九十秒絡みの物貰ったところで嫌がらせにしか思わないけど、でも今日は特別」
 今日は生まれて初めて、自分の手で九十秒間あがいて、最悪の未来を回避できた日なんだ。
 だから、叶矢からの送り物はとても大切な贈り物。
 そこでちらりと未来が視えた。
 叶矢といて、どんな嫌なことが起きるのだろうか。
 そもそも、視えた映像は叶矢の朗らかな笑顔。
 九十秒の砂時計をひっくり返して考える。
 私の力は嫌なこと、辛い事しか幻視できない。
 何故、彼の笑顔が嫌なことになる?
 そして、九十秒後。
 彼は九十秒前に視た笑顔で、
「じゃあ、今日は解散としますか。色々ありがとうな」
 と別れの挨拶を切り出した。
 ああ、そういうことか。
 笑顔であっても、それがサヨナラの笑顔だったから〈九十秒の憂鬱〉は〝嫌なこと〟と判断したのか。
 確かに私はずっと彼と一緒にいたいのだ。
 未来視が初めていじらしく思えて、ちょっと笑ってしまった。
「ねえ、叶矢はこれから用事ある?」
「いや、何にもないよ。今日はバイトも休みだし」
「じゃあ、もっと一緒にいましょう。今度は私があなたにお礼をしたいの」
 強引に彼の手を引いた。
 彼がいれば、どんな九十秒も越えていける気がするのだ。
 九十秒と積み重ね、遥か彼方まで積み重ね、私は私の宿命の中で足掻き続けたい。
 足掻いた九十秒後の結果が悲惨な未来でももう大丈夫。
 砂時計をまた逆さまにして、再び悪あがきをすれば良いだけなのだ。

【ブルー・ナインティ】了

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