ギフテッドな僕ら/第4話

~担任がコミュ障~


 交番の中に入るなんて人生初である。
 長い人生、一度くらいはお世話になることもあるだろう。その際に僕は被害者側の人間として警察を頼るものだとばかり思っていた。
 まさか、初めての交番で加害者側として事情聴取を受けるハメになろうとは。
 デスクを挟んで、渋い顔の警察官が僕と虎目さんに事情聴取していた。
 耳は警察官の言葉に傾けながら、僕の目はキョロキョロと交番内を見てまわる。
 掲示板には、目つきの悪い人相の指名手配犯の手配書がびっしりと貼られている。容疑者たちの目線が僕に向けられているようで気分が重くなる。
 コンパクトな内部構造をフルに活用するためか、デスクや棚は綺麗に整頓されていた。室内からは一切のルーズな印象を受けない。市民の安全を守るために、警察は日々努力を怠らないでいるのが窺い知れる。
「だーかーらー、悪いのは、あのガラの悪そうな男どもだって言ってんだろ? どうしてオレが加害者みたいに扱われなきゃならないんだよ」
 虎目さんの態度は非常に横柄だ。ガサツなまでに膝を組んで座り、あまつさえ机に頬杖をついている。
 警察官に与える心象を良くしようという努力が一切感じられない。
「でもねえ、君が男性たちを殴りつける様子を、我々はちゃんと見ている。これは暴行の現行犯なんだよ」
 淡々と事実を突きつける警察官。虎目さんの態度に腹を立てないとは実に人間ができている。見たところ警察官の年齢はまだ二十代後半くらい。階級でいったら一番下っ端である巡査だろう。
 にもかかわらず、加害者に対しても冷静な対応。日本の警察官の質が高いというのは都市伝説ではないらしい。
「暴行って! オレはナンパ男どもに絡まれた女の子を守った! おいおい、この国では人助けをした人間を犯罪者扱いするのかよ?」
 早口で虎目さんはまくし立てる。
「では、そのナンパをされていた女の子はどこにいるのかな? 我々が喧嘩する君たちを見つけたときには、そんな子はいなかったが?」
「そんなの知らねえよ。怖くなって逃げたんじゃねえの? ったく、せっかくオレが助けてやったのに、恩知らずもいいところだよ」
 あくまで事実を告げてくる警察官と、感情的に喚く虎目さん。明らかに虎目さんに分が悪い。
 僕は人ごとのように観察しているが、この事情聴取は僕にとっても死活問題だ。
 この警察官たちは、僕を虎目さんの仲間だと思っている。僕はただ彼女の横にいただけだというのに、交番まで出向くハメになった。
 自分が虎目さんとは無関係だと抗弁しても効果は薄そうだ。
 となると、僕としては虎目さんの暴力の正当性を証明せざるをえない。
 虎目さんの暴れ方は過剰防衛。だとしても、一応は正当な理由があって男たちに手を上げたことは立証したい。
 ……実際のところ虎目さんは、ムシャクシャしていたから男たちに喧嘩をふっかけたわけだが。
 ちなみに虎目さんに殴りつけられた男たちは、救急車で病院に搬送されている。もしもこの事情聴取の場にいたら話が余計に混んがらがっていただろう。それだけが僕らにとっての救いである。
「まあいい。君たちも早く帰りたいだろう。この書類に、自分の名前、生年月日、住所と、こっちの手本の文章を写してくれればいいから」
 警察官は半ば辟易とした様子で、二種類の紙を取り出す。
 一つ目は僕らに書かせるための書類と思われる。枠の中がまだ空白だ。
 もう一つの紙には、すでに何か文章が綴られていた。
 内容を確認してみる。簡単に要約すると、『悪かったのは私です。反省しています。もうしません』という文面。
 なるほど、あらかじめ加害者に書かせる反省文をフォーマットにしてあるのか。確かにそういう手本を作っておけば事情聴取の時間は大幅に短縮できる。
 ところが、手本の文章を読んだ虎目さんは、紙を破り捨てた。
「ふざけるな! オレはなにも悪いことはしていないって言ってんだろう! どうしてオレが悪いみたいなことをお前らのいいなりになって書かなきゃいけない! オレは断固拒否する!」
 虎目さんはデスクを激しく叩き、警察官を威圧する。
 加害者側が抵抗するのは日常茶飯事なのか、警察官は微塵もたじろがない。
「そうなると、この話し合いは永遠に終わらないことになる。それはお互いに不幸だ。もう少し君は冷静に考えてみるべきだ」
「うるせえ! オレは悪くない。悪くない人間を犯罪者扱いするのが、警察の仕事かよ! 税金泥棒もいいところだな!」
 激昂し罵声を浴びせる虎目さんに、警察官は溜息を一つ。
「ならば、家か親御さんのケータイの電話番号だけでも教えてくれ。君たちに罪があろうとなかろうと、最終的には親御さんに迎えに来てもらうのが規則だから」
「はん! 親に電話? できるものならやってみろ。番号は教えてやるからよ!」
 意外にも虎目さんは素直に応じた。
「うちのバカ親の番号は――」
 虎目さんが電話番号を告げると、警察官は紙にメモする。
 メモを見ながら、警察官はデスクの上にあった電話機のボタンを押していく。
 数十秒して、相手が通話に応じたらしく、警察官は自分が何者かをまず説明。ついで電話をかけた事情を話していく。
 警察官はよどみなく話す。この手の対応は慣れたものなのだろう。
 ところがしばらくして、警察官は渋面を浮かべた。
「はあ? でもアナタは茨さんの親御さんでしょう? 忙しいから引取りに来ないなんて無責任すぎやしませんか?」
 警察官は、電話越しの相手に問う。
 どうやら虎目さんの親は、娘を迎えに来るのを拒否しているようだ。
 ……どんな親だよ?
 察するに虎目家の親子仲は良くないみたいだ。
「え、学校の担任……? ちょっと!」
 警察官は、必死に電話越しの虎目さんの親に呼びかける。
「……切られた」
 溜息を吐いて、受話器を本体に置いた。
「茨さん、君のお母さんの話だと、自分は忙しいから迎えには来られないらしい。だから代わりに、学校の担任教師に連絡しろと言っている。……どうする? こちらとしては君の将来を考えて、今回の件を補導扱いで済ませたい。補導の場合は学校には連絡を入れないのが普通なんだ。でも、担任の先生に連絡した場合、いやでも学校側に伝わってしまう。お母さんが無理そうだから、お父さんの連絡先を教えてくれないかな?」
 警察官は難しそうに眉間にシワを寄せる。
 警察官の配慮には感嘆するばかりだ。前途ある若者の未来を潰さないように、相手の立場で物事を考える。
 これぞコミュニケーション能力。僕もこの人から学ばねばならんな。
「父親はいない。とうの昔に死んだ」
 虎目さんは、酷くサバサバした口調。
 彼女の目は、丑三つ時よりも暗く、冗談や茶化しではなさそうだ。
「……それは済まなかった。では、他に連絡できそうな親戚の方とかはいないかな?」
 警察官は謝罪すると、改めて聞きなおす。
「そんなヤツはいない。オレは親戚の中じゃ嫌われものだからな。もういいよ。担任に連絡でもすれば? あんたら警察も暇じゃないだろ。早く、オレみたいな邪魔者を追い払えばいい。必要なら担任のケータイ番号教えるぜ?」
 虎目さんは自身のスマートフォンを取り出し操作。メモリーに登録されている担任のケータイ番号を読み上げていく。
 虎目さんの家庭事情が複雑なのは、僕としてはなにも言えない。
 ただ、担任への電話は都合が悪い。僕まで警察にご厄介になっていることが学校にバレる。
 それはいただけない。
 うちの担任は、お世辞にも慈悲深い性格とは言えない。
 むしろ、一言で表すなら鬼軍曹だ。
 あの担任は、教師よりも軍人の方が向いているとしか評せない。
「それじゃあ、悠司君も構わないかな?」
 警察官は、僕にも聞いてくる。
 良いわけがない。学校側にバレるなんて御免だ。不要なトラブルなど避けるに限る。
 けれど、僕だけ自分の親に迎えに来させるのも危ない。僕が去った後、虎目さんだけを担任に合わせる状況は好ましくない。
 担任が、僕のいないところで、僕に対する処遇まで決めかねないからだ。
「わかりました。了承します。その代わり、僕も担任に会わせてください」
 僕は渋々ながら首肯する。
 それを見届けた警察官は、僕らの担任に電話をかける。
 担任はすぐに電話に応じたらしく、警察官は諸々の事情を説明。
「どうやら、君たちの担任の先生は、ここに来てくれるみたいだよ。話の通じる人で助かったよ」
 警察官は胸を撫で下ろしているが、僕は憂鬱な気分の真っ只中。
 僕らの担任が話の通じる人だなんて、勘違いも甚だしい。担任が生徒からなんと言われているか、知らないから言えるのだ。
 ――コミュ障教師。
 それが、僕らの担任に付けられたあだ名だ。
 まったく、どうして僕のクラスには、僕を含めてコミュ障が勢ぞろいしているんだ。
 そして待つこと三十分。
 交番に一人の女性がやってきた。グレーのスーツをかっちりと着こなした、怜悧な目つきの持ち主。
 彼女こそ、僕らのクラスの担任である蟻川軍華(ありかわぐんか)先生だ。
「失礼します。先刻お電話をいただいた飯豊悠司、および虎目茨の担任をしているものです」
 礼儀正しい挨拶。
 ここまではまだ普通の人だ。社会人として当然の対応。
「ご足労ありがとうございます」
 警察官はお礼を言うと、深々と頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、うちの出来損ないどもがご迷惑をおかけしました」
 蟻川先生は機敏な動作で頭を下げる。その様子はまるで軍人を彷彿とさせる。
 頭を上げた蟻川先生は、僕と虎目さんを睨むように一瞥。
「話は聞かせてもらった。貴様らはなんの罪もない相手に暴行を加えたらしいな。許しがたい行為である! これは私の受け持つ生徒として完璧とは言えない! よって、私は貴様らを退学処分にするように学校へ申請する!」
 僕らの意見など聞きやしない。担任はいきなり言葉の刃で斬りつけてくる。
 こういった一方的な態度こそ、彼女がコミュ障教師と呼ばれる所以である。
「図に乗るなよ、クソアマ。どうして平教師のお前がオレらの処遇を勝手に決めやがる。顔を洗って出直してこい」
 当然のごとく反発する虎目さん。
「私は貴様らに呼ばれて、わざわざ来てやった。なのに、その態度はなんだ? 貴様のような生徒がいるから私のクラスの規律が乱れる。集団生活における作法を知らん人間など、私の教育方針にそぐわない。そんな人間は要らない!」
 暴徒鎮圧と言わんばかりに、蟻川先生は怒鳴る。
 はっきり言って、虎目さんと蟻川先生の相性は最悪にすぎる。
 両者ともに相手の話を聞こうともしない人間だ。コミュニケーションが成り立つわけがない。
 その昔、インドの独立運動の指導者であるマハマト・カンジーは言いました。『「目には目を」では、世界が盲目になるだけだ』と。
 さすがは非暴力・不服従を貫いた二十世紀の偉人。言葉に重みがある。
 一方で僕の目の前では、盲目的に自分を信じる愚者たちの争いが展開していた。
 虎目さんは蟻川先生を頭が固いと罵倒する。
 蟻川先生は虎目さんの横柄な態度を糾弾する。
 この人たち、なんのために耳が二つもついているのだろう。これが国同士の対談だったら、すでにミサイル発射にまで達している。
 そんなダメな人間たちの小競り合いを、僕はなにも言えずに眺めていた。
 僕だけではなく、これまで僕らに丁寧に対応してくれた警察官も呆れた様子だった。
「君の先生と茨さん、いつもこんな感じなの?」
 耳打ちするように警察官が僕に聞く。
「概ねこんな感じです。学校でやっていることの劣化コピーですね、これだと」
 僕は早く家に帰りたかった。
 どうしてこうなったのか、僕は改めて現状に至った原因を吟味。
 それを考えると、やっぱり例の少女の姿がチラつく。
 僕からホットドックを掠め取り、街でナンパされていたあの少女だ。
 あの子さえいなければ、僕は不幸に巻き込まれなかった。
 今日は、いつものように平穏で無味乾燥とした一日を送れていたはずなんだ。
「大変だねえ。一体、なにがあったらあんなに人って険悪になれるの?」
 僕が物思いに耽っていると、僕の耳元で女の子の声がした。
 突然の出来事に大慌てで声の方を向く。
 そこにはヤツがいた。僕を本日のトラブルに誘った不幸の女神が。
 絵の具で汚れたカーゴパンツと、空色パーカーの少女だ。
「さっきはゴメンネ。事情説明のために君たちを探してたんだけど、もしかして私たちお邪魔?」
 空気なんて読まないで、和やかに手を振って見せる少女。
「いや、助かります。……ところで『私たち』ってどういう意味です? なぜ複数形?」
「それはね、今は私の友達も来てるからなんだ。紹介しよう! 我が親友、説田猫流(せったねこる)ちゃんだ!」
 ここは交番の中である。にもかかわらず、少女は縁日のごとき賑やかさ、
 少女が指差した先には警察官と話し合う一人の女の子の姿。
 背は一四〇センチくらいで、一見すると小中学生にも見える。しかし、警察官と話す態度は落ち着いている。柔らかな物腰は虎目さんや蟻川先生とは対極的だ。
「んで、アタシの名前は蝶野如月(ちょうのきさらぎ)。猫流ちゃんとはマブダチってヤツさ」
 蝶野さんは、えっへんと程よく膨らんだ胸を張る。
「どうして蝶野がここにいる? それに説田も一緒に」
 怪訝そうな声を上げたのは蟻川先生だった。
「先生の知り合いですか?」
 意外なつながりに僕は驚く。
「二人はうちの学校の生徒だよ。二人ともお前と同じ二年生。同級生の顔ぐらい完璧に記憶しておけ」
 蟻川先生は呆れた様子だったが、しかたあるまい。僕は極端に交友関係が狭いのだ。同じ学年でも知らない顔の人間などゴマンといる。
 僕が当惑している横で、蟻川先生は蝶野さんに問い直す。
「それで、なにをしに来た? 私の職務の邪魔は許さんぞ?」
「まさか! アタシはそこの二人にお礼をしにきたんですよ。実は一時間くらい前にアタシは変な連中に絡まれたんです。困ってたら、凛々しい顔の女の子と、弱々しい顔の男の子がアタシを助けてくれたんです。そのときは『ここは任せてお前は先に行け!』みたいなシーンだったから、戦線から離脱させてもらったんです。でもでも、そのことを猫流ちゃんに話したら『それはちゃんとお礼を言うべきだ』って言うからアタシたちは二人を探しました。一生懸命探しました。でも、見つからなくて最後の手段として交番に来てみれば、なななんと、いるじゃないですか! アタシの貞操の恩人が。そして今に至るというわけですよ」
 蝶野さんの舌はよく回る。饒舌すぎて、もう少し回転数を落として欲しいくらいだ。
「じゃあ、虎目が人を殴ったというのは……」
 蟻川先生は、バツの悪そうな顔。
「無論、いたいけのない少女を、悪漢たちから守るためですな。その節は本当にどうも」
 蝶野さんは、ぺこりと虎目さんに頭を下げる。
「いいってことよ。これでハッキリしたな。オレは微塵も悪くないよな?」
 虎目さんは、ぎらりとした笑みを浮かべ、蟻川先生に嫌味に問う。
 これは担任が不利。というか詰みととっていいだろう。
 ところが蟻川先生は傲岸に腕組みをして言い放つ。
「誰かを助けるためだったとしても、お前が人を殴ったのは変わりない。本来ならば、話し合いで解決するのがベストである。よって虎目の取った行動は完璧とは言い難い。ならば、虎目が責を負わなければならないという事実は曲がらない!」
 蟻川先生の言葉に迷いはない。
 自分の非を言い訳しようとしているとか、そんなレベルではない。
 この人、本気で言ってやがる。
 自分の意見を持つことは、生きていく上で大事なことだ。けれど、それを状況に合わせて修正できないのは立派なコミュ障だ。
 どうして文科省は、こんな柔軟性のない人間に教員免許を与えやがった。教員不足はそれほどまでに深刻なのか?
「おい蟻川、お前、脳にウジが湧いてるんじゃねえか? ちょっと表出ろや」
 虎目さんは売り言葉に買い言葉。
 完全に拳で語り合う気でいるが、ここは交番の中だ。頼むから穏便に対処してくれ。
「ほう、教師である私に逆らうとはいい度胸だ。その完璧ではない精神を叩き直してくれる!」
 担任の頭も沸騰中。
 その昔、インドの女性政治家にして首相を務めたインディラ・ガンジーは言いました。『握り拳のままでは握手はできない』と。
 世の中には、素敵な格言がたくさんある。平和主義者の僕は、荒れ狂う彼女たちに聞かせてやりたい。
 まあ、怖いから介入なんてしないけれど。
 僕をヘタレと言いたくば言えばいい。
 僕はしがない観察者。状況を安全な場所から分析し、解析しよう。
 そんな情けない男子高校生がいる中で、一つの声が上がる。
「二人とも、こんなところで喧嘩はよくないです。もっとお互いの言葉に耳を傾けるべきです」
 虎目さんと蟻川先生の視線が火花から熱線へと変化しようとしていた。そんな二人の間に説田さんが割り込む。
 説田さんには怯えがない。
 まるで子猫をあやすかのように穏やかな表情。
 攻撃性皆無の説田さんに、虎目さんと蟻川先生はすっかり毒気を抜かれてしまう。
「いや、なんだ……話し合うって言っても、虎目のヤツが話を聞かないから……」
 言い訳がましく言葉を紡ぐ蟻川先生。
「おいおい、話を聞かないのはそっちの方だろう? どうしてオレが悪いみたいな言い方してんだよ?」
 虎目さんは必死の反論。しかし、蟻川先生と同様に言い訳臭さが漂っている。
 そして、気まずくなったのか虎目さんと蟻川先生は沈黙する。
 沈黙する二人の狭間で、説田さんは目を閉じる。
 沈黙に耐え切れないのか、虎目さんと蟻川先生はモゾモゾと身をくねらせる。
「あーもー、わかったよ! オレが悪かった! それでいいんだな?」
「私が大人気なかった。反省しよう」
 二人して同時に声を上げた。
 虎目さんと蟻川先生の勝負はドロー。さりとて、より広い視点で見ればコミュ障二人に根を上げさせた説田さんの大勝利。
「では、まず二人で握手をしてください。それで仲直りとしましょう」
 にこやかに笑う説田さん。
 虎目さんと蟻川先生は渋々といった様子だが、しっかりとお互いの手を握る。
 説田さんはこの場で一番背が低く、華奢な体型だ。
 にもかかわらず、獰猛な二匹の野獣を制してしまった。
 僕は目から鱗が落ちるような気分だった。
 これだ。
 これこそが真のコミュニケーション能力というものだ。
 本来、つながらないはずの心と心の架け橋になる。これをコミュニケーションと言わずして、他に何がコミュニケーション能力と言えよう。
 僕には説田さんの背後に後光が輝いているように見えた。
「虎目が困っている人を助けるために、しかたなく暴力に頼ったのは、ある程度目をつぶろう。退学処分は言いすぎた。だが、相手を病院送りにしたのはいささかやりすぎと言えんでもない。こうして、教師である私が出向いてしまった以上は、虎目と飯豊の行いを学校に報告する必要がある。学校側を納得させるには、なんらかの処罰が必要なのもわかってもらいたい」
 蟻川先生は、今度は冷静な口調で告げる。高圧的な態度は感じられない。
 虎目さんは、口を尖らせながら「むむう」と唸る。
「わかったよ。でも、具体的にはなにをすればいいんだ?」
 虎目さんも相手に倣って大人の対応。
 実にいい雰囲気だ。
「それは……さてどうしようか……」
 蟻川先生は答えに窮して、首を捻る。
「だったら奉仕活動への参加なんてどうでしょう? 聞くところによると現在の生徒会は人手不足らしいです。虎目さんたちへの処罰になって、しかも人の助けになるなら一石二鳥じゃありません?」
 提案したのは説田さんだ。
「なるほど……それは良いアイデアだ。ならばそういう方向で学校側には話を通しておこう。二人とも、しっかりと奉仕活動をするように」
 蟻川先生は粛と頷く。
 一件落着。めでたしめでたし。
 って、今、蟻川先生は『二人とも』って言ったな。
 一人目は虎目さんだとして、二人目は? ……当然僕だよね。
 どうやら僕はまだ虎目さんと関わるハメになるらしい。
 神様、いったい僕がなにをしたというのですか?
 ……僕の場合は『なにかをしたか』は問題ではないな。むしろ『なにもしなかったから』というのが天罰の理由な気がする。

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