ギフテッドな僕ら/第5話

~生徒会長もコミュ障~


 本館校舎一階に生徒会室は位置している。
 ナンパ男事件のあった土曜日の翌々日の月曜日の放課後。僕と虎目さんは生徒会室を訪れるように蟻川先生から指示を受けていた。
 僕たちへの処罰は結局、説田さんの提案通り奉仕活動だけで済んだ。奉仕活動というとまるで地域社会でのボランティアみたいだが、そうではない。
 実質は生徒会活動のお手伝いだ。
 僕だけならいざ知らず、虎目さんを地域社会で活動させるのは危険だ。虎目さんの場合、絶対にボランティアに関わった人と衝突を起こす。
 そんなことをすれば、地域社会の人に当校への悪印象を与えかねない。
 なので、虎目さんは学内で奉仕活動させるという学校側の判断は実に聡明だ。
 逆に言うと、そこまで虎目さんは学校側から目の上のたんこぶと見られているとも取れる。
 学校のお偉いさんも顔しかめるコミュ障。それはそれでビミョーに格好いいな。少なくとも、自己主張もせず、教室の片隅で観察者を気取っている僕よりは立派だ。
 生徒会室の扉の前で、僕と虎目さんは立ち止まる。
「生徒会室に入るなんて、オレ初めてだ。お前は?」
 虎目さんは、目を輝かせていた。
「僕も初めてだよ。妙に楽しそうだけど、どうしたの?」
 僕は、虎目さんの顔に張り付いた笑顔に一抹の不安を覚える。
「仮に生徒会執行部の連中をオレにひれ伏せさせてみろよ。そしたら、この学校はオレが掌中に収めたようなもの! これは心が踊る!」
 虎目さんの発言内容は幼稚極まるが、彼女なら実際に達成しかねない。
「くれぐれも変な気は起こさないようにね?」
 学校はどうして、こんな社会性に欠ける生徒を入試にパスさせてしまったんだ。当時の入試担当者の目は絶望的な節穴だったとしか言いようがない。
 僕は不安に押しつぶされそうになりながらも生徒会室の扉を開ける。
「失礼します……って、ええ?」
 扉を開けた瞬間に、僕はのけぞった。
「こいつはいったいどういうことだ? 生徒会室ってのはメガネ優等生がキリッと仕事してうような場所じゃないのかよ」
 虎目さんの生徒会室へのイメージはステレオタイプすぎる。とはいえ、現状に比べればそちらの方がマシだった。
 僕らが扉を開けた生徒会室は、まるで台風一過の惨状だった。
 資料と思わしき用紙が、デスクの上どころか、床にまで散乱している。
 空き巣が荒らしていったと言われても不思議ではない荒廃ぶりだ。
 しかも、不気味なことに生徒会室にいたのはたった一人。最奥の席で、憔悴した目の女子生徒が僕らを睨みつけている。
「なに?」
 女子生徒が怒気を含ませた物言いで、僕らに訊いてくる。
 まるで悪霊の類を彷彿とさせる女子生徒。僕は言葉を返せない。
「オレらは蟻川先生に言われて、生徒会活動の手伝いをしに来た者だ。オレが虎目茨で、こっちが飯豊悠司。二人共二年生だ」
 相手がどれだけの不審者であろうと臆さない虎目さん。こういうところだけは、素直に尊敬する。
「ふーん、あっそ。私は生徒会長の白鷲里奈(しらわしりな)。学年は三年生。今回はご苦労さま」
 白鷲さんの労いの言葉は空っぽだった。心というか魂というか、そういう人間らしさが一切込められていない。すっかり燃え尽きてしまったサラリーマンみたいだ。
「んで、オレらはなにをすればいい? さっさと仕事を済ませて、さっさと帰りたいんだけど?」
 虎目さんはふてぶてしく、空いている席に座って足を組む。
 一方で僕はお利口さんに立ったまま白鷲さんの返答を待つ。
「君たちの仕事は、美術準備室の整理よ。あの部屋にある絵は無価値同然のゴミばかり。それを全てゴミ置き場に移動させればお仕事は終了。簡単でしょ?」
 言いながら、白鷲さんは僕らに目を合わせようとしない。世界に絶望したような眼差しで天井を仰いでいた。
「了解。んじゃ、行こうぜ飯豊」
 話だけ聞くと、虎目さんは立ち上がる。
 けれど僕は、今の状況が腑に落ちない。
 荒れに荒れた室内と生徒会長以外の不在。芳しくないにおいがプンプンする。
「白鷲さん、どうしてこの部屋はこんなにも荒れているんですか? それに他の生徒会役員はどこに?」
 僕が初対面の相手に自ら声をかけるなんて、年に一度あるかないかのレアケース。
 慣れないことはすべきではない。手は緊張で汗ばんでいる。
 けれど、情報不足のまま白鷲さんの指示に従うのは危険な気がした。
 僕は自分の身を守るために、情報という武器を手に入れる必要がある。
「あの役立たず共なら、きっと今日は来ないわ。まったくなによ、私ばかりに責任を押し付けて。生徒会長は私なんだから、他の連中は私の駒として黙って働けばいいのよ」
 白鷲さんは、ブツブツと怨嗟混じりの言葉を紡ぐ。
 そして、僕が聞いてもいないのに、白鷲さんは続きを語る。
「生徒会活動とは、所詮は点数稼ぎの場。だから私は生徒会活動をしているっていうのに、なによあいつら。私のやり方にイチャモンをつけるばっかり。挙げ句の果てにはみんなで仕事をサボって、私を馬鹿にする! こんなことあっていいわけがないわ!」
 白鷲さんは一通り言い終えると、歯をきしませる。
 細かい事情まではわからない。しかし、大まかな事情は察することができる。
 要するに白鷲さんは、他の生徒会役員メンバーと仲違いを起こしたのだ。その結果として、他のメンバーは生徒会の仕事をボイコット。ストライキを起こされたといってもいい。
 ストライキを起こされる生徒会って、非常識も甚だしい。
 とはいえ、他の生徒会役員が仕事を投げ出したくなる気持ちもわかる。
 白鷲さんの話を聞く限りでは、彼女は他の人間を道具程度にしかみていない。
 そんな自己中人間の下で働こうなどとは誰も思わない。
 よくこんな生徒が、生徒会選挙で受かったな。
 そういえば、今期の生徒会会長の立候補者は一人だけだった覚えがある。生徒会長に関しては信任投票が行われたのみ。
 一般生徒にとって、生徒会長は面倒な役職に過ぎない。自分以外の誰かがやってくれるなら、どんなヤツでも構わないから賛成票を投じる。
 そのような衆愚政治の産物として、白鷲さんのような人間が生徒会長になる。
 民主主義は、問題のある人間をリーダーにしないためのチェック機能でもある。事なかれ民主主義は自分たちの首を絞める悪手。
 かくゆう僕も、生徒会長立候補者がどんな人間か知らないまま賛成票を投じた。ものすごく損した気分だ。
 この生徒会長も、僕らと同じくコミュ障といえる。
 どうにも僕は最近、コミュ障な人間と関わる機会が多いな。
 類は友を呼ぶ――とだけは考えたくないが、この諺は一つの真理だ。胃が痛くなってくる。
「生徒会がどうなろうと知ったことじゃねえな。オレにとっては関係ないし。押し付けられた奉仕活動をさくっと終わらせて、さくっと帰る。これだけだ。行こうぜ、飯豊」
 虎目さんは、白鷲さんを同情するわけでもなく、さりとて侮蔑するでもない。
 心底興味のなさそうな顔で白鷲さんに背を向けて、生徒会室を後にする。
 僕は虎目さんの背を追う。生徒会室を出るときにもう一度だけ、僕は白鷲さんを見た。
 やっぱり彼女は憔悴した目で、呆然と天井を仰ぐ。
 これがコミュ障の末路なんだ、と僕はしっかと目に焼き付けた。
 白鷲さんと同じ轍を踏まないためには、僕はコミュ障を脱却しなければならない。
 そのためには、どんな手を使ってでも、この内向的な性格を改善しなければ。
 そうでなくては、僕に明るい未来などありはしない。

   ◆

 生徒会室を後にした後、寄り道をすることなく僕らは美術室に向かった。
 美術室は特別教室棟の二階に位置している。
 放課後というだけあって、特別教室棟は文化系の部活に勤しむ生徒が行き交っていた。
 生徒たちは談笑しながら廊下を闊歩する。
 けれど、虎目さんの姿に気づくやいなや、彼らの状況は一変。皆が口をつぐみ、俯いて虎目さんとすれ違う。
 虎目さんが恐怖の対象であるのは、うちのクラスの人間に限ったことではないらしい。
 みんなして触らぬ神に祟りなしと言わんばかりの態度。
 そんな対応をされるたびに虎目さんは、鋭い目つきを更に鋭くさせていた。
 虎目さんが今にも爆発してしまいそうで、僕は内心ヒヤヒヤしていた。
 虎目さんの横を歩くのは、安全ピンを外した手榴弾を持ち歩くみたいなもの。生きた心地が全くしない。
 だけど、虎目さんは爆発しなかった。
 虎目さんの横を歩きながら、僕はふとこんなことを思ってしまう。
 虎目さんの瞳に宿っているのは、怒りなどではないのかもしれない。本当は、ただ人から忌避されることへの悲しみなのではないか。
 確証なんてない。そもそも僕は、人とちゃんと関われないコミュ障だ。
 いくら観察者を気取ってみたところで、僕は頭でっかち。経験に裏付けされていない観察力などたかが知れている。
 だけど、虎目さんの怒りが本当は悲しみなら、彼女は僕と同じ弱い人間と言える。
 弱いから他を威嚇し、さも強そうなフリをする。
 益体もない考えだ。実際に虎目さんと接する上で役に立つわけではない。
 下らない思索に耽っていると、僕らは美術室に到着する。
「邪魔するぜ」
 不躾に虎目さんは美術室の扉を開けた。
 室内では、二人の女子生徒がイーゼルに向かって絵を描いていた。
 そのうちの一人は――。
「あー、土曜日の人たちだ!」
 僕たちに気づき、女子生徒の片割れが僕らを指差す。
 その女子生徒の姿に、僕は一瞬、身構えてしまった。
 そこにいたのは蝶野如月さんだった。
 彼女こそ、僕が虎目さんと奉仕活動をするハメになった遠因。全ては彼女がホットドッグをかっさらったことから始まった。
 とはいえ、それに文句を垂れても、器の小さな人間と侮られるだけ。
 僕は、ネガティブな考えを頭から振り払う。
「どうして、お前がここにいるんだ?」
 怪訝そうな顔つきで、虎目さんは蝶野さんに聞いた。
「アタシは美術部員だからだよ」
 相手が虎目さんで会っても、蝶野さんに臆するところは一切なし。まるで同年代の人間に接するように話す。……いや、実際的に虎目さんと蝶野さんは同年代だけど。
「君たちは一体何者だ?」
 と僕らに聞いてきたのは、蝶野さんでない方の女子生徒。
 背はスラリと高く、整った顔立ちの持ち主だった。
 目つきは凛としているが、虎目さんのような凶暴さは感じさせない。明鏡止水。そんな言葉を連想させる。
「え、あ、えっと僕は飯豊悠司で、こちらは虎目茨さんと言います。二人共二年生です」
 初対面であるのに加え、女子生徒が美人であるため、僕は無駄に緊張していた。
「ご丁寧にどうも。私は鳴海(なるみ)イルカ。三年生で、美術部のメンバーだ。それで、今日はなんの用だ?」
 鈴が鳴るような鳴海さんの声は穏やかで、聞いていてとても和む。まるで夏の日に木陰で涼んでいるような気分になってくる。
「おい飯豊、さっさと説明しろ。やることをやって、さっさと帰るぞ」
 虎目さんが横から僕の脇を、彼女の肘で小突く。
 これではまるでパシリだが、虎目さんが怖いので僕はなにも言えない。
「僕らは生徒会長に言われて、美術準備室にある絵を片付けにきました」
 僕は単に事実を伝えただけのつもりだった。
 ところがこれに蝶野さんは、
「な、なんだって、そいつは一大事だ!」
 叫ぶやいなや、蝶野さんはこの部屋に隣接する美術準備室に駆け込んだ。
 何事かと僕が立ち尽くしていると、ガチャリという機械的な音。
「どうしたんです、蝶野さん?」
 事情をさっぱり飲み込めない僕。蝶野さんの話を聞こうと美術準備室に入ろうとする。
 ところが、美術準備室の扉は固く施錠されていた。
「我々美術部は、断固として生徒会長の横暴を許さない! アタシはなんとしてでも美術部を守ってみせるぞ!」
 扉越しに蝶野さんが叫ぶ。
 僕には蝶野さんが言わんとしている意味が掴めない。
「話が見えないんで、とりあえず中に入れてくれませんか? そうでないと僕らその部屋の片付けができないんで……」
「断固拒否! 美術準備室は現在よりこのアタシが占拠した!」
 蝶野さんの言葉に、僕はポカンと口を開けるしかなかった。
 僕は改めて、美術準備室のドアノブに手をかけて回そうとする。しかし、結果は変わらない。施錠されたまま。
「あの、冗談とかそういうのはいらないんで、カギを開けてもらえます?」
 あくまで物腰柔らかく僕は要求する。
「ノーだよ飯豊クン! アタシは本気だ! アタシはあの生徒会長が心を改めるまでここを出ない。ハンガーストライキも辞さないつもりだ」
 扉越しだというのに、蝶野さんの声はうるさいくらいだ。
 蝶野さんの意図が読みきれず、戸惑うしかない僕。
「どけ、飯豊。オレが蝶野の相手をする」
 勇ましく言うと、虎目さんが開かずの扉の前に立った。
「じゃあ、ここは任せるよ」
 現状に手も足も出ない僕は、素直に引き下がり虎目さんに選手交代。
 虎目さんが、どんな案を持っているかは知らない。しかし、何もしないよりはマシだろう。
 事実として、虎目さんの態度に優柔不断さなどなかった。
「さっさと部屋から出てきやがれ、クソアマが! オレらの仕事の邪魔をするんじゃねえっっっ!」
 微塵の躊躇なく、虎目さんは扉に蹴りを入れる。
 何度も何度も容赦なく。
 早く帰りたいという心意気だけは伝わってくる。下校に対する並々ならぬ情熱が、虎目さんの蹴りにはこもっていた。
 なんの考えも持たない僕より、虎目さんの方がマシと言ったな? あれは嘘だ。
 虎目さんの考えは強攻策にすぎる。
「嫌だ! アタシは暴力になんて屈しないぞ!」
 案の定、反発してくる蝶野さん。
 問題が解決するどころか、こじれてしまっている。
 まるで童話『北風と太陽』みたいだな。
 今の虎目さんは、旅人のコートをはぎ取らんと荒れ狂う北風。
 一方で蝶野さんは、コートを取られまいと抵抗する旅人。
 泥沼化。そんな言葉が僕の脳裏によぎった。
「そんなに息巻いてもしょうがないよ。蝶野君とて人の子だ。宇宙の終わりまでは立てこもってはいられない。ここは心を落ち着かせて待ってみてはどうかね?」
 鳴海さんの声が背後から投げかけられる。
 振り向くと、鳴海さんは呑気にイーゼルに向かっていた。
「おいおい、あのクソアマはおたくの部の人間だろう? だったら、お前が責任とって、部屋から出させろよ」
 虎目さんは、鳴海さんにつっかかっていく。どうやら、自分の力では蝶野さんを従わせるのは不可能と判断したようだ。
「それは難しいな。蝶野君は言いだしたら聞かない子だ。彼女の気が済むまで放置する。これがベターな方法だよ」
 鳴海さんは、淡々と落ち着き払った声。
 けれど、その穏やかさが裏目に出たようだ。虎目さんの顔が一瞬にして赤くなる。
「ふざけるな! オレはな、人から舐められるのが一番嫌いなんだよ! いいからさっさと扉を開けさせろ!」
 虎目さんは、鳴海さんの右手首を握り締め、恫喝する。
 並みの人間なら、虎目さんに恐怖して、すぐに行動するところだ。
 ところが、鳴海さんは動じない。
 それどころか、
「君は全体的に力みすぎだよ。そんなに力を込めては、自分の力を逆に相手に利用されてしまう。――このように」
 鳴海さんはスイッと流水のような動作で、自身の腕を振る。
 すると虎目さんの身体が宙で回転。
 虎目さんはしたたかに床へ叩きつけられる。
「ぐはっ!」
 突然の事態に、完全には受け身を取りきれない虎目さん。
「どうして……?」
 魔法のような現象に一番驚いていたのは虎目さんだった。
「基本的にはてこの原理だよ。支点と力点と作用点を上手く調整してやれば、これくらい雑作もない」
 淡々と、それこそ物理の公式でも語るように鳴海さんは言う。
「気に食わねえ! その人を見下したような態度、全くもって気に食わねえ!」
 虎目さんの獰猛な咆哮が響いた。彼女は飛び起きると同時に、両手の拳を構える。
 まさに一触即発。ちょっとの刺激で部屋の空気が爆発しかねない。
 けれど、鳴海さんはただ虎目さんの様子を見据えるのみ。構えなんてありやしない。
 そんな中、美術室に入ってくる生徒がいた。
 その生徒は説田さんだった。土曜日に交番で、虎目さんと蟻川先生の争いを調停した僕と虎目さんの恩人。
 なぜ説田さんが美術室に? しかも、このタイミングで?
 入室するとしたらバッドタイミングにすぎる。僕なら虎目さんの叫び声を察した瞬間に部屋から遠ざかる。
「事情はわかりませんが、とりあえず二人共落ち着きませんか? 実はですね、さっき職員室でクッキーをもらってきたんです。一緒に食べましょう」
 この場に似つかわしくない微笑みの説田さん。僕には説田さんが天使に見えた。
「ふむ。私はちょうど小腹が空いていたところだ。喧嘩をするのは、クッキーを食べてからにしよう」
 鳴海さんは相変わらず穏やかな口調で、虎目さんを諭す。
 あまりの呑気さに、挑発ともとれる鳴海さんの言葉。
 ところが、虎目さんは構えた拳をほどいた。
「……わかったよ。ただし、別にお前の言いなりになったわけじゃねえからな。オレはこの前、説田には世話になった。だから、説田の顔を立ててやるだけだ」
 虎目さんはブレザーのポケットに手をつっこんで、説田さんの元へ歩いていく。
 その様子を、説田さんは穏やかに眺めていた。

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