ギフテッドな僕ら/第8話

~これからの会計学の話をしよう~


 予算案を見たとしても、僕が明晰に分析できるとは限らない。
 そもそも僕は生徒会役員ではなく、生徒会運営のノウハウなど持っていない。
 僕の仕事は、生徒会長から予算案のデータを入手した段階で終わりだ。後は美術部のメンバーが知恵を振り絞ること。
 それでも、説田さんに頼まれると断りきれない。彼女には、交番での蟻川先生の暴走を止めてもらったという義理がある。
 帰宅した僕は、パソコンを立ち上げてメールボックスを確認する。
 受信メール一覧には、説田猫流の名前があった。
『今期の生徒会予算案のデータになります。ご確認ください』
 簡潔な文面と共に、表計算ソフトのファイルがメールに添付されていた。
 僕はファイルをダウンロードすると、早速展開し、中身を確認する。
 ファイルには、生徒会予算についての詳細な情報が書かれていた。
 数字だけを無味乾燥と並べただけの資料ではなかった。円や折れ線などの各種グラフを使用して、直感的にデータを把握できるように作成されていた。
 このファイルを作成した人は、よほど資料作成に長けているに違いない。生徒会長が直々に作ったのか、それとも現在ボイコット中の他の生徒会役員が作ったのかは判然としないが。
 僕は一通りデータを閲覧する。
 別におかしなところはない。不正経理などとは縁遠そうなしっかりとした構成だ。
 逆に言えば、この予算案には付け入る隙が見当たらない。
 無駄を見つけて、そこを修正するように抗議して予算削減という手法は使えそうにない。
「まいったねえ、これは」
 椅子の背もたれに身体を預けて、独りごちる。
 僕は普通科の人間であって、商業科の知識は持ち合わせない。会計学など、昔流行った、さおだけ屋が潰れない理由を著した本を読んだ程度の知識があるだけ。
 あるいは経営分析を行うなど夢のまた夢。野球部のマネージャーがマネジャーになる本なら読んだが、今の状況に応用できるとは思えない。
 知識というインプットなくして、アイデアというアウトプットなど成り立たない。
 情報だけあっても、加工技術がないのでは宝の持ち腐れだ。
 それでも、僕は暇だった。
 学校の課題がないではないが、一時間もあれば終わるような内容だ。
 それよりも、予算案をどうするかという方が、よっぽど上質な課題に映った。
 なにせ、予算案の方には決まりきった解答がない。
 世の中には決まった答えがない問題を毛嫌いする人もいる。けれど、僕はどちらかというと、その逆の部類の人間だ。
 答えがないとういことは、自分で答えを作ってしまって構わないということだ。
 探究心が実にくすぐられるシチュエーション。
 ……なんて、他の人に言ったら変人扱いされて、今以上に人が離れていくんだろうな。ご用心ご用心、と。
 まあ、即座に問題に関する解答をこしらえなければならないというものではない。
 白鷲さんを放置しておくのはベストではない。けれど、人望のないリーダーがなにか強攻策をとれるわけがない。
 よって、予算案についてはゆるりと考察していればいい。それこそ、暇つぶしに挑戦するパズルでも解くみたいに。
 とはいえ、解けないだろうなあ。
 この予算案は文句が出ないほどに平等に作られている。
 学校側から支給される生徒会予算には限りがある。
 それでも予算の一部を学園祭に流用しようとするなら、部費という支出を減らす必要がある。
 ――という具合に考えると、生徒会長の言い分は論理的である。ただし、それは生徒会長の都合だけをファクターにしたときの論理。美術部の都合など完全に無視してしまっている。
 要するに白鷲さんは論理や合理が暴走してしまっている。
 これは感情や本能が暴走するよりもタチが悪い。
 もういっそ、生徒会長の弾劾裁判でも実施したほうが早いんじゃないか?
 いやいや、そういう政治的な問題はやる気のある人たちが考えるべきこと。
 やる気のない僕は、ほのぼのと予算案パズルでも解いていよう。
 にしても……部費以外で減らせる支出ねえ。
 そんなものないだろう。あったとしても、下手に予算をケチれば関係する生徒から抗議の声が上がるのがオチだ。
 削れない支出。
 支出は削れない。
 ……あれ?
 だったら、導き出される結論なんて一つしかないじゃないか。
 机の引き出しから、電卓を取り出した。
 一つのアイデアが僕に降ってきた。あとは、それが数字の上で実行可能かを計算するだけだ。

   ◆

 どんなアイデアも、人に提案できなければ意味がない。
 僕には、自分のアイデアを口にするつもりは毛頭ない。
 だって、アイデアを口にして、理論の穴を突かれでもしたら堪ったものではない。
 僕がしたことは単なる思考実験であり、現実とは関わりのないこと。
 下手をすれば妄想でしかないと謗りを受けかねない。
 ましてや、提案すべき相手はコミュ障生徒会長。些細な欠点にイチャモンをつけてくるに決まっている。
 よって、僕は自分のアイデアをそっと胸のうちにしまっておくことにした。
 予算案について一計を講じた翌朝。僕は後ろ向きな方向に不退転の決意を抱いて登校する。
 どうせ相手はみんなから爪弾きにされている生徒会長。必要以上に警戒するなどエネルギーのロスも甚だしい。
 今日も、いつもと変わらぬ学校生活が待っている。
 と、そんな具合に僕は、教室につくまですっかり油断しきっていた。
 けれど現実は違った。
 教室の扉には人だかりができていた。
 皆が皆、教室の中に顔を向けている。
 人だかりは落ち着きなくどよめき立っていた。
 まるで事件現場みたいな様相。
 コミュ障で他者との関わりが薄い僕が、なんらかのトラブルに巻き込まれるなどないに等しい。しかし、群衆の焦燥が伝播し、僕も同調するように不安な気分になってくる。
 教室の中の様子が気になる。人だかりの隙間から、僕も教室を覗いてみることにした。
 その瞬間、僕の思考は停止した。
 教室内部には、たった一人の女子生徒がいるだけだった。
 問題はその女子生徒が手にしているものだ。
 女子生徒は刃を限界まで飛び出させたカッターナイフを握っていた。
 しかも、刃の切っ先を自分自身の喉元に向けている。
「落ち着け! 早まった真似をするんじゃない! ここで死んでも、それは全くパーフェクトではない!」
 人だかりの先頭では、クラス担任の蟻川先生が必死に室内の女子生徒を説得していた。
 けれど、まずは蟻川先生自身が落ち着くべきだ。こんなときまで完璧さにこだわらないでくれ。
「うるさい! 早く飯豊と虎目の二人をここに呼びなさい!」
 癇癪を起こしながら、教室内の白鷲さんは怒鳴り立てる。
 ――そう、白鷲さんなのだ。教室内にいるのは。
 白鷲さんは血走った目の下にクマを作り、心なしか顔色がくすんでいた。ちゃんと身なりを整えれば美人で通りそうなので残念な限りだ。
 とか、僕は益体のないことを考えて現実逃避。
 そんな僕を心の弱い人とか言わないでいただきたい。
 だって、なんの心構えもないまま登校してみたら、自分のクラスに凶器を持った生徒が自らの身を盾にして立てこもり、その生徒が僕の名前を叫んでいる。
 これで落ち着いていられるやつは人間じゃない。人生を悟りすぎだ。
 僕はそっと、この場を立ち去ることにした。
 触らぬコミュ障に祟りなし。
 君子、コミュ障に近寄らず。
 智はコミュ障を免るるを貴ぶ。
 偉大な先人たちの至言を、若干ながら歪曲させつつ僕は戦略的撤退を試みる。
 しかし僕が、白鷲さんと群集に背を向けたその刹那、
「おはよう、飯豊。一体、この人の群れはなんだ?」
 登校してきた虎目さんが、僕に声をかける。
 虎目さんが呼んだ僕の名前に反応した群集が、一斉に僕に視線を向ける。
「飯豊、そして虎目! いいタイミングで来てくれた! お前らにしては珍しく完璧なタイミングだ」
 蟻川先生が生徒を褒めるなど、猿がシェイクスピアの名文をタイピングするほどの奇跡。
 けれど、ちっとも、全く、髪の毛ほども嬉しくない!
「これは僕らと関わりがあることですか?」
 万が一にも間違いという可能性がないわけではない。僕は一応、蟻川先生に確認を取っておく。
「白鷲の話を聞くに、彼女は飯豊と虎目に話があるらしい。よって、まずはお前たちが話し合え」
「僕らではなく、警察を呼んだ方が良いのでは?」
「これは子どもの喧嘩であろう? わざわざ公権力を介入させる理由などあるまい」
 不思議そうに首を捻る蟻川先生。クソ、この人、どうしょうもなく気が効かない。
 学校のお偉い先生方がこの騒ぎを聞きつけて、彼らが通報するのを待つべきか?
 いや、学校とは所詮は閉鎖的な組織だ。この騒動が外部に漏れるのを嫌って、箝口令を敷いている場合だってありうる。
 論理的結論――僕と虎目さんが、この場を収集するのがエレガント。
「あのクソ生徒会長、やっぱり昨日ぶっ飛ばしておいた方が良かったんじゃないか? 叩けば直る的な理屈で」
 虎目さんは、拳をポキポキならしながら、怖い顔をしてらっしゃる。
「虎目さんも落ち着こうか。ここで殴り込んでも、拳が届く前に白鷲さんの刃が自分を切るのが先になってしまうよ」
「む、それは面白くないな」
 しかめっ面ではあるが、虎目さんは納得してくれた。
「アナタたち、なにをゴチャゴチャ話してるの! また私を貶めるつもり?」
 白鷲さんはヒステリックに喚き出す。
「まさか、違います。信じてください!」
 僕らは、どうすればお互いが幸せな場所に到達できるかを話していただけです。他意はないです。
 とはいえ、どうしたものかね、この状況。
 立てこもり犯の相手なんて、僕は生まれてこのかたしたことが……。
 ……あった。
 それもつい昨日のことだ。
 蝶野さんが、美術準備室から出てこなかった一件は、深刻さの違いはあれど立派な立てこもり。
 今の状況と似ていると言えなくはない。
 だったら、昨日と同じ手段が使えないだろうか?
 すなわち――。
「まず、白鷲さんの話を聞かせてください。僕らはまずそこから始める必要があります」
 相手側の要求を吟味しないと、交渉を進めようがない。
「アナタたちは、私に謝罪しなさい!」
 カッターの切っ先を、僕たちに突き出して白鷲さんは告げる。
 簡潔な要求は恐れ入るが、いかんせんセンテンスが短すぎる。せめて5W1Hのうち、WHYくらいは明確にしていただきたい。
「どうして僕らが白鷲さんに謝らなければいけないんです?」
「この後に及んで白ばっくれるつもり? 昨日、自分たちが私になにをしたのか忘れてしまったというの?」
 白鷲さんは、歯ぎしりによって顔を歪ませる。
 どうにも会話の歯車が噛み合っていない。この状況は危険だ。中途半端に触れている歯車が欠けやすいように、粗雑なコミュニケーションではこの交渉が損壊しかねない。
 コミュニケーションは勝敗を決するためのものではない。しかし、早まった白鷲さんが自分に刃を突き立てれば、それは僕の負けである。
 ――慎重かつ大胆に。
 手垢のついた言い回し。言うは易く、行うは難し。それでも、この場を大団円に収束させるためには必要な要素だ。
 僕は改めて、交渉という行為が針に糸を通すようなものだと実感する。
 コミュ障男子高校生にそんな難題を与えてくるなんて天のミスキャストっぷりは見事なものだ。神様もまたコミュ障なのかもしれんな。
「僕らは確かに白鷲さんの言う通り、昨日アナタに多くの非礼を犯しました。多すぎてどこから謝ればいいのかわからないくらいです。なので、どこから謝ればいいのか教えて欲しいです」
 相手を挑発しないように、自分に非があるという態度で接していく。
「一番許せなかったのは予算案のデータを私から巻き上げていったことよ。私はしっかりと予算案を組んだ。それなのに、開示要求するってなによ? そんなに私の仕事が信用できないっていうの?」
 後半はもはや独り言になっていたが、大体の動機は掴めた。
 要するに白鷲さんは悔しかったのだ。
 他の生徒会役員に逃げられた白鷲さんは失意のどん底にあった。そんな中で、一般生徒からも自身の仕事ぶりを疑われるような行為をされた。
 だから堪忍ならなかったのだろう。
 分析するに、僕らが生徒会室を訪れたとき既に、白鷲さんのストレスはすでに臨界状態だったのだ。
 白鷲さんは、いつ爆発してもおかしくない精神状態だった。そこにたまたま僕と虎目さんが現れて、ものの見事に火をつけた。
 なにが悪いといえば、僕らの運が悪かったとしか言いようがない。
 けれど、白鷲さんの地雷を踏んでしまったのは僕らであるのも事実。後始末は僕らでつけるしかない。
「その件については深く謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」
 僕は頭を下げた。その程度でどうにかなるなら安い取引だ。
「そうよ、悪いのはアナタたち! だから虎目茨、アナタも私に陳謝なさい! なにぼーっと突っ立ってるのよ!」
 深く頭を垂れた状態で、目を横にスライドさせる。
 そこには腕を組んだまま、仁王立ちする虎目さんの姿。
「やなこった、どう見積もっても悪いのはお前だ。私のどこに非があるっていうんだ? 非がないんだから頭は下げない。むしろ、こんなことをしてみんなに迷惑をかけたお前こそ頭を下げるべきだ」
 忘れていた。虎目さんもまた相手に道を譲らないタイプのコミュ障であるのを。
 こうなった虎目さんは、言いだしたら効かない。僕の腕力では強引に虎目さんの頭を下げさせるのは不可能。よしんば、それができたとしても、白鷲さんは納得しない。
 あれ、これってもはや交渉決裂ですか?
「……ふざけるな。ふざけるんじゃないわよ! 私の素晴らしい仕事にケチをつけておいて、謝りもしない! これはあってはならないことよ!」
 頭を下げた状態のまま僕は、上目遣いで白鷲さんを見た。
 カッターを持つ手を激しく震わせる白鷲さん。いや、手だけではなく全身が震えていた。全身に漲った怒りが、オーバーフローしている。
「うるさい! お前はちゃんとした仕事なんてしていない! だから他の生徒会役員はお前に愛想を尽かせた。というか、飯豊はいい加減に頭を上げろ。お前はなにも悪くない。もっと自分のしたことに胸を張れ!」
 虎目さんは僕の首根っこを掴まえて、強引に頭を上げさせる。
 でも、頭が定位置に戻るとモロに白鷲さんと目が合うわけで……。
 僕と白鷲さんの目と目があった。
 白鷲さんの瞳からは熱視線が放出されていた。けれど全然ときめきは含有されていない。
 白鷲さんの瞳は、たった一言こう告げていた。
 ――お前をコロス。
 始業前だけど下校したい。登校なんてするんじゃなかった。
「私の仕事が間違っている……? だったら、他にどんな案があったというのかしら? 私が組んだ予算案以上に素晴らしいものがあるなら、今すぐにここで提示しなさい! さもなければ……」
 白鷲さんがそこまで言うと、野次馬から悲鳴が上がる。
 白鷲さんが再び自身に刃の切っ先を向けたからだ。
「もし、ここで私が死んだら……虎目茨、アナタの責任よ! アナタが無茶苦茶なことを言って私を殺したの! 一生罪の十字架を背負って生きなさい!」
 無茶苦茶なのは白鷲さんだ。
 自分が死んだら虎目さんのせい?
 笑わせるな。
 正しいことを言っているのは虎目さんの方だ。
 相手が刃を構えていようと臆さない虎目さんの態度は、強情ではあるけれど、一本芯が通っている。
 そんな彼女の生き方は美しい。
 逆に白鷲さんのやり口は卑怯そのもの。自分の命を盾にして、わがままばかりを垂れ流す。こんなもの公害と大差ない。
 僕は及び腰だった自分の姿勢を正し、真正面から白鷲さんを見据えた。
「な、なによ? なにか文句があるっていうの?」
 僕が急に態度を一変させたことに、白鷲さんは一歩後ろず去る。けれど、こんな吹けば飛ぶような男子に臆するなんて、とんだお笑い種だ。
「もしも僕が、白鷲さんの組んだ予算案以上のアイデアを提示できたら、そのときは……こんなバカげたことをやめてもらえますか? 美術部を潰さずに、かつ今以上の予算を学園祭に当てる手段があったとしたら」
 これから僕の行おうとしていることは、交渉というよりは詐欺に近い。
 けれど、もう手段なんて選んでいられるかよ。
「そ、そんな方法あるなら、是非とも聞きたいわね。言ってみなさいよ」
 僕の言葉がよほど魅力的だったのか、白鷲さんが少しだけ聞く耳を持った。
 掴みは上々。少しとは言え、相手が心の扉を開いたなら、後は強引にでもこじ開けてやる。
「ならば、言わせてもらいます。アナタは部費を削って、予算を増やそうとしました。しかし、支出を減らせば各部活動から抗議の声が上がり、アナタも不利益を被ることになります」
「だったら、他にどんな方法があるっていうのよ。他に削れそうな支出なんてないわ。アナタも予算案を見たなら、それぐらいわかるでしょう?」
「確かに他に削れそうな支出はありません。だったら、答えは簡単です。予算を増やしたい。でも、支出は減らせないというなら、他に取れる手は一つしかありません。収入を増やせばいいんです。こんなの会計学の基礎的な話です」
 僕の提案に、この場にいた人間が一瞬静まり返る。
 今の言葉だけでは説明が足りないのは自分でも理解できている。
 けれど、プレゼンにおいてはまず自分の言い分の骨子を提示する。これはわかり易く相手に伝える技術の初歩の初歩。
 僕はコミュ障のくせに、話し方のハウツー本を読むのが大好きだ。プレゼン上手になる方法が書かれた本にも何冊か目を通している。
 あるいは、コミュ障だからこそ話し上手になる方法論を模索したというべきか。コミュニケーションが下手だから、その能力を渇望するのは自然な流れ。
 もっとも、どれだけプレゼン能力があったとしても、僕にはそれを相手に伝える勇気が欠如している。
 どんな名刀も抜くことができなければナマクラと一緒。僕は今までずっと、自分の勇気のなさに腐っていた。
 だから、僕が言いたいことを言わなければならない状況を作ってくれた白鷲さんには感謝したいくらいだ。
 まあ、だからって容赦するつもりはないんだけれど。
「収入を増やすって、一体どこからお金なんておりてくるのよ……。学校側に予算倍増の交渉でもしろっていうのかしら?」
「いいえ、違います。確かに僕のアイデアを使えば学校側から多少の援助は受けられるかもしれませんが、それはオマケみたいなものです。アイデアの本筋は生徒たちの活動を活発化させるところにあります」
「意味がわからないわね。舌先三寸での誤魔化しなら許さないわよ」
 白鷲さんの人間不信は極限状態らしく、警戒の色を濃くさせる。
 実際的には僕の考えはデータの分析が甘い。ちゃんと生徒たちのニーズを調査したわけではない。
 けれど、百パーセント信頼にたるデータを用意することは元より不可能。
 ならば、どれだけ僕の頭と舌が回ってくれるかが勝敗を決める。
「僕が提案したいのは、各部活がお互いをリスペクトできる環境作りです」
「……なにそれ?」
 白鷲さんは瞬きを増加させる。未だ信頼は勝ち取れていないが、僕の意見に興味を維持させるのには成功といったところ。
「例えばです、この学校には絵を描くということに着目すれば、似たような部がいくつも存在します。つまり、美術部と、イラスト部と、マンガ研究会などがそれに該当します」
「そうね、だから私は活動内容が重複する部を撤廃し、無駄を削ろうとした。それのなにが悪いのかしら?」
「悪くはありません。無駄があるなら削減するのは真っ当な方法です。しかし、ベストでもありません。先にも言ったように、そんなことをしても、アナタは不要な恨みを買うハメになってしまいます。リーダーたるもの、恐れられても憎まれてはなりません。それが真の帝王学というものです」
「だったら、どうしろと?」
「無駄を利用すればいいんですよ。活動内容が似たような部でも、完全に一致しているわけではありません。それぞれが追求しようとしていることには当然ズレが生じます。そのズレはポジティブに解釈すれば、その部における特徴であり強みです。もっと言えば先鋭的な部分であり、専門的な部分です。それを廃部によってかき消してしまうのは、生徒会にとって大きな損失といっても過言ではない」
「……まあ、そういう捉え方もなくはないかもしれないわね。でも、それをどう利用するっていうの?」
 良し。上手く話に食いついてくれた。
 僕は一拍間をおいて、いよいよ話の確信に入る。
「コラボレーションさせちゃえばいいんですよ。例えば、美術部は古典絵画の技法や歴史に詳しく、イラスト部は現代アート――特にCGに強いと聞きます。マンガ研究会はマンガという表現形態から鑑みて絵に物語を持たせるノウハウを持っているはず。このように、それぞれが強みを持った部がお互いの専門性を共有し合えたら、どうなるでしょう? 部活間のコミュニケーションが密になり、生徒全体の活動が活発化する。それはきっと生徒会にとっても喜ばしい状態のはずです」
「ちょっと待ってちょうだい。それはそうかもしれないけれど、そんなに上手くいくかしら? 部活同士でコラボレーションをすると言っても、そこには調整役が必要となるに決まっているわ。誰がわざわざそんな面倒なことを買って出るのかしら?」
 白鷲さんの疑問はもっともだ。ある意味、僕のアイデアの弱点であるけれど、実はそれが話の肝なのだ。
「それを生徒会が行えばいいんですよ。生徒会ならば、部活動の活動記録や使える予算を把握しているはずです。あるいは、視聴覚室や会議室の手配も得意でしょう? 生徒会が部活同士のハブになってやれば、円滑なコミュニケーションが可能になります。けれど、それをタダでやるのではなく、各部から少しずつ手数料を受け取る。全部活動から部費の三パーセントずつ受け取るだけで、美術部を潰した場合と同等の額が収益として計上されると僕の試算では算出されました」
「な、なるほど……」
「さらに言えば、そうやって生徒や生徒会の活動が活発になれば、学校側から降りる予算も増える可能性も十分に考えられます。学校側にとっても、生徒が明るく活発に生活するというのは魅力的です。身も蓋もない言い方ですが、メリットがある場所には投資をしたくなるのが人情というものです」
「でも、そんな大仕事を私一人でできるかしら。現状、生徒会役員で活動しているのは私一人だけ……」
 白鷲さんは、寂しげな表情をする。
 そんな彼女を叱咤するために僕は言う。
「きっと、アナタ一人では無理でしょう。だから、このアイデアをお土産代わりにして、もう一度、生徒会のために働いてくれるように役員の人たちに頼めばいいんです。役員の人たちだって、きっと最初は志があって立候補した人たちなはずです。白鷲里奈という一個人のためではなく、全生徒のための仕事をしてもらうように頼めばいいんです」
 僕としても、ボイコットした生徒会役員が復帰してくれるかは未知数だ。だけど、今は楽観的な道筋を立て、白鷲さんをその気にさせるのが有効と判断。
「私なんかにできるかしら?」
 急に弱気になる白鷲さん。
「できるかどうかは問題ではありません。生徒会長がやりたいかどうかが問題なんです。いい仕事、したくないんですか?」
 僕の質問は究極的には卑怯だ。なぜなら、ここで『いいえ』と答えられるやつはいない。。
 白鷲さんは、カッターの刃を収め、制服ブレザーのポケットにしまう。
「私の負けよ、飯豊悠司。この場での非礼を大人しく詫びさせてもらいます。ごめんなさい。そして、ありがとう。私、やり直してみるわ」
 そういうと、頭を下げてくる白鷲さん。
 彼女の瞳からは、ぽたぽたと涙の雫が滴り落ちていた。
 今回の騒動を起こして、きっと彼女への風当たりはより強いものになるだろう。
 だけど、僕は白鷲さんに勇気をもって困難に望んで欲しい。
 僕のアイデアは、僕の頭の中にあるだけでは、所詮は机上の空論に過ぎない。僕の絵空事を現実にできるのは、唯一白鷲さんだけなのだから。

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