ギフテッドな僕ら/第10話

~友達~


 部活動コミュニティが開かれたのは、それから二日後のこと。
 僕と虎目さんは、関係者でもないのに会合に参加させていただくこととあいなった。
 場所は美術室だが、今日はイラスト部の人やマンガ研究会の人もいる。
 ただでさえ、新しく人間関係を構築するのが苦手な僕には厳しい環境だ。
 自分が変なことを言って、場の空気を悪くしたりしないだろうかと不安である。
「おじゃまします」
 僕が美術室の扉を開けるのは、もうこれで何度目だろうか。
 扉の先には、体育で使うジャージに着替えた生徒が大勢いた。人数にして二十人弱。
 室内の机は部屋の隅に除けられていた。新聞紙が床を覆うように敷かれ、そのうえに三畳分くらいの大きさの白い布が置かれている。布の周りには色とりどりの塗料が用紙され、今まさにコミュニティの旗印が描かれようとしていた。
「いらっしゃい。みなさん! こちらが今回の部活動コミュニティを提案した飯豊悠司君と虎目茨さんです」
 部屋に入ってきた僕らを、白鷲さんが紹介する。
 僕と虎目さんは、それぞれが自分の名前を言い、お辞儀をする。随分と簡素な自己紹介だけれど、適度な自己主張の加減がわからないので、これぐらいが精一杯。
「……虎目……茨」
 集まったメンバーの中から、震えるような声が上がった。
 その声に釣られてか、他の参加者もにわかにざわめき立つ。
 声に耳をそばだててみると、
「もしかして、俺らの命はここまでか?」
「勘弁してくれ……」
「……オー・ジーザス」
 諦めにも似た言葉の数々。
 要するに、現在ざわついている連中は虎目さんに怯えているのだ。僕が以前にそうだったように、虎目さんのことをただ怖いだけの人と思い込んでいる。
 説田さんのように相手の本質を見抜ける人間など少数派だ。出会って間もない、しかも悪評に絶えない虎目さんを『優しい』と評した説田さんを、僕は改めて尊敬する。
「そうか。そうだよな。オレがいたらみんな嫌がるのは当たり前だよな」
 僕の横で、虎目さんが悲しげに声を漏らす。
「ど、どうして三つの部や生徒会と関係のない人たちまで呼んだんです?」
 参加者の男子生徒の一人が、白鷲さんに問いを投げる。
 その彼もまた、チラチラと虎目さんの顔色を窺っていた。
 だけど、虎目さんが嫌うのは、そういう中途半端な態度だったりする。質問者の彼の言動は最悪の一手に等しい。
「ああん? つまりお前はオレにいなくなれと?」
 チラ見する彼の視線に対し、ガンを飛ばしてしまう虎目さん。
「ひぃ!」
 死を覚悟したのだろう質問者は、無様に悲鳴を漏らす。
 場の空気が急速に冷えていく。
 おそるべし虎目茨。四谷怪談や皿屋敷なんて目じゃないほどに、存在自体がホラーとサスペンスに満ちている。
「飯豊君と虎目さんは私の友達です。なにか文句はありますか?」
 最悪なムードの中で声を上げたのは説田さんだった。
 一同の視線が、一斉に説田さんに向いた。
 僕ならばヘタれて腰砕けになるであろう量の視線。けれど、説田さんに臆するところは一切なし。
「確かに二人は私たちの部活とは関係ないかもしれません。でも、私は二人にも見てもらいたかった。二人が提案したアイデアがどのように形になっていくのかを。わがままを言って申し訳ありません」
 説田さんは、みんなに向かって頭を垂れる。
 すると一同は、
「説田さんが言うならしょうがない」
「確かに言いだしっぺにはここに来る権利がある」
「猫流ちゃん、頭を上げてよ」
 などなど、友好的な意見が飛び交う。
 説田さんの人徳パネエっす。
「みんな、ありがとう」
 説田さんは笑顔でみんなに謝辞を伝える。
 冷え切った空気が、元の温度に回復。
 ところがここで混乱している者が約一名。
 虎目さんだった。
「せ、説田。オレとお前が友達って、どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ? それとも私と友達でいるのは嫌ですか?」
「そ、そんなわけない! で、でも、オレと友達になんかなったら、お前の評判が下がっちまうぞ。だって、オレは……」
 虎目さんの肩が震えていた。
「評判を気にして作る友達なんて、本当の友達じゃありません。私は虎目さんのことが大好きです。だから友達なのです」
 大衆の面前だというのに、説田さんは堂々と宣言する。
「お、おう! 友達だな! 友達か。へへ、なんかスゲエな」
「そうです。友達はすごいんです」
 会話になっていない気もするが、それでも虎目さんと説田さんの心は通じ合っていた。
「では、話がまとまったところで、みなさん楽しくお絵かきとしましょう! 生徒会からは『いいカンジで』というオーダーを出しておきます。ちなみにここでいう『いいカンジで』とは、『お任せします』というのに加え、『そこにグッドを求める』という仕様です!」
 空気が和んだところで、白鷲さんの傍らに控えていた黒馬君が話を取りまとめる。
「なんという無茶ぶり! 逆に私のファイティングスピリットに火がつくね」
 蝶野さんが賑やかにはやし立てる。それにより、場の空気が加熱される。
 生徒会からのオーダーは過酷を極める。
 課題は自由なのに、良い仕事を求めるとは鬼の発注だ。下請け業者が神の技術を持っていなければ到達できない。いっそ、自由からの逃走を図りたい。
 まあ、生徒会サイドの言っていることは半分冗談とみるべきだ。
 生徒会長たる白鷲さんはパフォーマンス重視な思考の持ち主。さりとて、さすがに今回はレクリエーション的な集まり。ハイスペックな完成度は求めていないだろう。
 ……本当に求めていないよな?
 不安になってきた。
 これまでの白鷲さんの言動を振り返る。安心できる要素がありやしない。
 むしろ、完成した旗を見て『これを制作したのは誰だ!』と喚き、どこぞの国のデモみたく旗に火をつけかねない。
 僕は白鷲さんに視線を送ってみた。
 白鷲さんは「えへへ」と緩みきった笑顔を返してくれたが、一ナノメートルも安心できない。
 しかも、この場において問題児は白鷲さんだけではなかった。
「よっしゃ、絵ならまかせろ。オレの絵心を披露してやろう」
 虎目さんが下絵用のチョークを手に取る。そして、いきなり純白の布地に絵を描きこんでいく。
 虎目さんに迷いなどない。今の彼女は、まるで渾身の一本を奪おうとする柔道家。日の丸でも背負っているかのような気迫だ。
 でもこれ、スポーツじゃないからね?
 誰もなにも言えないで三分ほど経過。
「よし、できた! どうだ、オレの力作は!」
 虎目さんの額には一仕事を終えた労働者の汗。
 虎目さんの下絵を拝見させていただいた僕は度肝う抜かれる。きっと、他の皆様も同じ思いだったに違いない。
 ――アグレッシブ。
 そう、虎目さんの絵心は攻撃的(アグレッシブ)なのだ。
 拳の暴力が存在するように、言葉の暴力も存在する。ならば、視覚の暴力も存在しうる。虎目さんの絵は、そんな教訓を僕らに叩き込んでくれた。
「どうした、みんな。声も出ないほどに感動しているのか? でも、オレは絵の素人だ。なにか問題があったら指摘して欲しいぜ」
 虎目さんは珍しく謙虚な物言い。けれど、問題点じゃない部分を見つける方が難しい。そんな絵にどんな感想を述べればいいだろう。
 沈黙が室内を支配する。
 僕らは言うなればジャイアン様にリサイタルの感想を求められた民衆たち。正直な意見を言おうものなら八つ裂きにされ、我が身可愛さからお世辞を取り繕おうものなら本人は調子に乗ってしまう。
 けれど、複数人が集まれば一人は場の空気が読めないものがいる。
 そういう問題児は世間でこう呼ばれる。
 ――コミュ障、と。
「茨ちゃんの絵ってすごくデタラメだね。みんなで描き直した方がいいよ」
 禁断の呪文を唱えたのは、蝶野さんだ。
 蝶野さん本人曰く、自分はADHDという発達障害で先天的に我慢が苦手なんだとか。我慢することは人と歩幅を合わせるための必須技能。それができないとなれば、コミュ障という謗りを受けても仕方ない。
 しかし、僕は蝶野さんの英雄的発言を一生忘れない。彼女の犠牲を称え続けよう。
 説田さんはコミュ障とは天から与えられた才能――ギフテッドであると語った。蝶野さんの曇りなき言葉は、コミュ障に秘められた無限の可能性の一端を示唆するものであった。
「なに!」
 虎目さんの驚愕。彼女の眉間には深いシワ。一方で渋面を浮かべる蝶野さんの眉間にも同様にシワが寄っている。『シワとシワを合わせると幸せだね』とか言いたいな。到底言える雰囲気ではないけれど。
 誰か、タオルを投げてやってくれ。このままでは蝶野さんの首が死神の鎌に刈り取られてしまう。
「要するにさ、茨ちゃんの絵は詰め込みすぎなんだよ。例えば――」
 論破と、論破と、そして論破。蝶野さんは虎目さんの絵を具体的にダメ出ししていく。
 これに虎目さんは、ブチ切れ……。
「なるほど、一理ある」
 ……なかった。
 自分の至らなさを恥じているらしく、俯いてしまった。
 俯いた虎目さんの視線の先には小さな聖女がおられた。
「虎目さんの絵には、たくさんの想いが詰まっているんですね。だけど、どんなに素晴らしい意見でも言い過ぎは逆効果です。『如才なくではなくポイントは一突きに』をキーワードに、この絵をブラッシュアップしていきましょう」
 説田さんは、虎目さんに微笑みかけながら言う。
 その場の一同も空気を読んで「それでいこう!」みたいに賛同している。
 話が綺麗にまとまった。
 よくよく考えてみると、この手の共同作業は誰かが先陣を切って突っ込んでいくことも必要だ。
 みんなが空気を読み合えば、お先にどうぞの精神が悪影響を及ぼしかねない。譲り合うことはネガティブに見れば自己主張をしないこと。そういう優柔不断さは、こういう創作活動においては大きなマイナスだ。
 そういう意味では、虎目さんの向う見ずな態度は必ずしも批判できるものではないのかも。
 第一回・部活動コミュニティは大いに盛り上がった。
 虎目さんの絵を叩き台にして、どんな絵にしていくかが熱いディスカッションが行われた。
 みんなではしゃぎながら、一つのものを作り上げていく。それはずっと独りですごしてきた僕にとっては夢のような時間だった。こんな日々が毎日続けばと願わずにはいられなかった。

   ◆

 旗作りを終えた僕らは、美術室を片付けて学校を後にする。
 学校を出るとコミュニティメンバーはバラけてしまったが、それでも僕が独りで下校するということはなかった。
 僕は虎目さんや美術部三人娘と学校から駅へと向かって歩いていた。
 楽しくおしゃべりしながら下校するなんていつ以来だろうか。僕には二度と訪れないイベントだと思っていた。
 本当は、白鷲さんも僕らと下校したがっていたが、生徒会の仕事があるらしく僕らは作に帰ることに。
 僕らは楽しく他愛もないことを喋りながら歩いていた。
 しかし、説田さんだけは違った。彼女にしては珍しく深刻そうな表情をしている。
「どうした説田、悩みごとか?」
 説田さんの異変を察知した虎目さんが聞く。
「あ、いえ、そんなに大した話ことではないです。大丈夫です」
 説田さんは返すが、深刻そうな顔は変化しない。
「おいおい、水臭いな。オレでよかったら協力するぜ?」
 虎目さんの言い振りは実に男らしい。
「あーうー、でも……」
 説田さんは瞳を中空に泳がせる。本当にどうしてしまったというのだ。迷うという行為自体が説田さんらしくない。
「大方、黒馬君のことでも考えていたのであろう?」
 話にカットインしてきたのは鳴海さんだった。
「……そうです。むう、それを言っちゃいますか」
 顔を赤らめた説田さんが言う。
「黒馬がどうかしたのか? まさか、また生徒会の連中がイチャモンをつけてきたとか?」
 虎目さんは険しい表情。必要とあらば戦争も辞さないような態度だ。
「ち、違います。私はただ、どうやったらもっと黒馬君と仲良くなれるかなあって……」
 歯切れの悪い説田さんの言葉。
「……よくわからん。まるで恋する乙女みたいな言い分だな」
 虎目さんは冗談で言ったのだろう。けれど、説田さんの赤らんだ顔が、更に赤らんでいく。
 その様子を見て、
「……マジで?」
 虎目さんの驚愕。
「はい。でも、二人で遊びに行こうと誘うのは怖くて、だから悩んでいるのです」
 懊悩する説田さん。
 だったら、グループで行けばいいんじゃないかな。例えば、説田さんや黒馬君の友達も一緒に呼んでしまえばいい」
 僕は提案するが、説田さんは難しそうな顔。どうやら、僕の提案には穴があるようだ。
 けれど、説田さんは口をつぐんだままだ。僕を気遣っていると考えるのが妥当。
「例えばだ、飯豊君。仮にグループで遊びに行ったとする。そうなると、そのグループは団体行動を取ることになる。これは逆に言えば、黒馬君と二人きりの時間を確保するのが困難になるということだ。猫流は二人になったときに間が持たないのを恐れているのであって、二人きりになりたくないわけではない」
 解説してくれたのは鳴海さん。
「そういうことですか。となると、要求されるのは、説田さんの事情を知っていて、彼女をサポートできる人員ですね」
「そうだ。更に言えば、男女のペアだとありがたい。男女のペアだと、猫流と黒馬を二人きりにもできるし、いざとなったら男同士と女同士のペアにも変えられるからな」
「まるで戦の陣形を組むような話ですね」
 僕は苦笑しながら頷いた。このとき僕は、説田さんのコイバナを他人事として捉えていた。
 けれど、それは蝶野さんの一言で叩き壊される。
「だったら悠司君と茨ちゃんがお供すれば?」
 蝶野さんの提案に僕と虎目さんは同時に「は?」と顔をポカンとさせる。
「ど、ど、どうしてオレが飯豊と、なんだ、そのデートみたいな真似しなきゃならないんだ?」
「だってほら、二人とも仲良さそうだから」
 慌てふためく虎目さんと、飄々と返す蝶野さん。
「オレと飯豊は付き合ってるわけじゃない。だから、説田たちのデートの邪魔をしたらマズイだろう」
「別に、猫流ちゃんをサポートするのに二人が付き合ってる必要はないと思うけど……じゃあ、悠司君と生徒会長が一緒に行動すればいいんだ! 生徒会長は悠司君が好きみたいだから、ちょうどいいよね! これならみんなハッピーだ!」
 蝶野さんは、とんちを解いた一休さん並みに目を輝かせる。
 だけど、虎目さんはこれに、
「ダメ、ダメ、絶対にダメだ!」
 虎目さんの絶叫が下校路に響き渡る。
「どうして? 生徒会長なら言われなくても悠司君にベタベタするよ? そうすることにより、デート現場に甘い雰囲気が生まれて、猫流ちゃんの相手も猫流ちゃんにくっつきたがるのだと私は思うけど」
「ベ、ベタベタするぐらいならオレにもできる! 要するに恋人っぽくくっついてりゃいんだろう? オレの演技力を舐めんな!」
 虎目さんの謎の宣言。
「ほほう、ならば猫流ちゃんのデートのサポーターは茨ちゃんと悠司君で決定! せいぜいイチャコラしたまえ、フハハハハ!」
 蝶野さんの高らかな笑いと、唖然とする虎目さん。
 ところで、今の会話には僕の意見や都合が微塵も考慮されていない。
 ……なんて、現在の雰囲気で言えるわけもない。どうせ、休日は遊ぶ友達もいない暇人だしね。
「布陣は完成したな。後は黒馬君を遊びに誘うだけ。二人とも、猫流を任せたぞ」
 鳴海さんすら、僕の意見を聞かないで話をまとめてしまう。
 コミュ障の僕に、片思いする少女の協力など荷が重すぎる。はっきり言って、人選ミスもいいところだ。
 けれど、自分にとって不利な話ほどトントン拍子にまとまってしまうのが世の常らしい。
 説田さんは早速黒馬君にメールし、黒馬君からは速攻OKの返事。
 完全に人様に流される僕の明日はどっちだ?

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