ギフテッドな僕ら/第11話

~手と手を繋いで~


 土曜日。デートの日がやってきた。
 集合場所は、本日のデートのメインである水族館の入口前。
 水族館は埠頭に建てられており、海がすぐ近くにある。
 青い空と潮の香り。まったくもって、コミュ障の僕には似合わないロケーションだ。僕はせいぜい、紙とインクの匂いがする図書館がお似合いな人間なのだ。
 集合場所に来たのは僕が最後だった。他のメンバーである虎目さん、説田さん、そして黒馬君はすでに到着済み。
 とはいっても、僕が遅刻したわけではない。僕とて体育会系の部活動もかくやと言わんばかりの五分前行動を心がけていた。そんな僕よりも早いということは、他のみんなは、よほど時間に余裕を持って行動するタイプらしい。
 特に虎目さんが集合時刻に合わせるなんて意外だ。ミニブログのオフ会もどきをしたときも、彼女は時間までに集合場所で待っていた。
 僕はてっきり虎目さんが時間という概念さえもねじ伏せるような人間だと思っていた。
「遅えぞ、飯豊。待ちくたびれちまった」
 やってきた僕に対して、虎目さんは憮然とクレームをつける。
「とか言っても、虎目さんも今来たところなんですけどね。だから定番の『私も今来たところだよ』みたいなセリフが聞けると思っていたんですが、残念です」
 説田さんが言う。
「言わねえし、そんなの。説田はちょくちょく変な冗談を挟んでくるよな」
 反応に困ったらしく、虎目さんは苦笑にも似た表情。
「では、全員揃ったところで、中に入ろうか」
 黒馬君が、全員を確認し言う。このメンバーを取り仕切ってくれる人がいるのはありがたいことだ。さすが生徒会役員。リーダーシップを発揮するのはお手の物というところか。
 僕らは入館料を受付で支払うと、水族館の中へ。
 そこには青の世界が広がっていた。
 まるで海の底に入り込んだような神秘的な感覚が押し寄せてくる。
 入口エリアには円柱状の水槽がいくつも並べられ、その中では色鮮やかな魚たちが舞い踊る。入館したばかりの人間のテンションを殺さず、それでいて人の流れを止めない演出だ。
「へえ、中々にお洒落な空間だね」
 黒馬君も僕と同じく感動しているらしく、感嘆の声を漏らす。
 本日の主賓に喜んでもらえてなによりだ。ここで黒馬君が白けてしまっては、こんかいのデート大作戦はご破産である。
「でもよお、カップルが多すぎないか?」
 ……ただまあ、なににでも文句をつけたがる悪い癖の持ち主が一名。
 言わずもがな虎目さんである。
「それは休日だからしかたないんじゃないかな。というかカップルだけじゃなくて、子ども連れの人も結構いるとおもうけど」
 僕は虎目さんにツッコミを入れる。
「でもさあ、子ども連れだって元々はカップルだった連中だろう? いわばカップルが進化して家族になるわけだ。となると、ここはリア充の巣窟ってことになる」
「な、なるほど……」
 虎目さんの理屈はわからんでもない。
 恋人同士が愛を育んで、その結果として結婚し家族になり、子どもが生まれる。そういう意味で子ども連れもまたカップルにカウントしても間違いではない。
「そういう目で見ると、友達だけで構成されたグループは、この場においては異端だ。むしろ舐められている気がする」
 虎目さんは意味不明な被害妄想を炸裂させる。
 そんな虎目さんは咳払いをすると、更に言う。
「そこでだ、俺たちもカップルのフリをしよう」
「「「はい?」」」
 虎目さんの突拍子もない意見に、残り三人の怪訝そうな声がハモった。
「要するにだ、オレと飯豊、そして説田と黒馬がそれぞれペアになればいいと言っている。も、文句あっか?」
 なぜか最後の方は声を上ずらせながら凄んでみせる。
 さりとて、虎目さんにしては珍しく生産的な提案だったので僕は感動していた。
 虎目さんの案を実行すると、自然に説田さんと黒馬君をくっつけられる。同性同士でかたまってしまうという事態の予防にはもってこいだ。
「飯豊、て、手をつなぐぞ! 存分にリア充っぽい雰囲気を演出しろ!」
 虎目さんの言い方は、まるで民草に勅命を出す王様だ。けれど、僕には逆らう理由がない。
 虎目様の言うことは絶対。
 というわけで、僕と虎目さんは手を繋ぐ。
 僕は普通に彼女の手を握ったが、
「違う、これではカップルっぽくない!」
 虎目さんは僕の手を握りなおす。
 お互いの指を交互に重ねる繋ぎ方――いわゆるカップルつなぎというやつだ。
 そこまで踏み込みますか、虎目さん。
 友達のためにそこまでやってのける虎目さんは勇者だ。
「ほら、オレ達だけじゃ恥ずかしいから、お前らもしろよ」
 虎目さんは黒馬・説田ペアにもカップルつなぎを強要する。
「イエス・マム!」
 命令に応じると黒馬君が説田さんの手を取る。
 虎目さんの口元が円弧をつくる。内心で『計画通り』とほくそ笑んでいるに違いない。
 虎目さんの命令に従い、説田・黒馬ペアも恋人つなぎを敢行。まさに虎目さんの言葉は絶対遵守の力だ。
 手をつないだまま、両ペアは水族館を見てまわる。
 つないだ手から伝わってくる虎目さんのぬくもりは優しいものだった。僕は人に触れたり触れられたりするのは苦手だ。なのに、彼女と手を繋ぐことには、微塵の不快感も湧いてこない。
 思えば、僕はどれだけの間、人に触れずに過ごしてきたのだろうか。
 ここでいう触れるとは、物理的な意味での身体接触だ。要するにスキンシップ。
 人間同士の空間的な距離感は、心の距離に比例する。
 臆病者の僕は、ずっと人から逃げてきた。
 人に触れるのを逃げてきた。
 友達はおろか、家族にさえも僕は触れることをためらって生きてきた。
 人に触れずとも人は生きていける。もっと言えば、人に触れることは煩いを増やすだけとも考えていた。
 けど、煩いやしがらみを切って捨ててしまうと、充実感すらも欠落するのが人の心の仕組みらしい。
 虎目さんの手の暖かさが、僕の心に空いた穴を埋めてくれるような気がした。
「なあ、飯豊。いきなり手をつないでみたけど、もしかして迷惑だったか?」
 回遊魚の泳ぐ大水槽の前を眺めていた、虎目さんが急に言い出した。
「驚きはした。だけど、嫌ではない。むしろ、ありがたいくらいだよ。こうしていれば、誰も僕らがコミュ障だなんて思わない」
 僕は、より強く虎目さんの手を握る。
「『僕ら』って複数系かよ。……でも、オレもコミュ障なのは事実か」
 横目で虎目さんを見る。目を伏せて消沈した様子だった。
 これは言葉選びを間違えたな、と僕は悔いた。自分がコミュ障であることに、虎目さんは人一倍敏感なんだった。
 だから僕は、虎目さんを勇気付ける意味で、こう言った。
「僕らはコミュ障でギフテッド。これからゆっくり才能を育てていけばいいよ」
 きっと僕らは、偏った性格を変えられるほど器用な人間ではない。そこまで小回りが効く人格構成なら、そもそもコミュ障になってなんていないわけだし。
「オレにできるかな。不用品のオレに」
 虎目さんにしては珍しい自己卑下。
「あんまり自分を悪く言うものじゃないよ」
 僕が言うと、お前が言うなとツッコミが飛んできそうだな。でも、ここは自分のことは棚に上げさせてもらう。
「わかってるよ。卑屈になっても、なにも変わらないことぐらい。でも、ダメなんだ。オレ、ずっとそう言われながら育ってきたから。もう自分が不用品としか思えないんだよ」
「もしかして、それって虎目さんのお母さんが関係してる?」
 以前、僕らが補導されたとき、虎目さんの母親は交番への出迎えを拒否した挙句、担任に丸投げした。
 明確な拒絶。虎目さんと母親の親子関係が良好でない状況証拠。
「オレは今の母親の実の子どもじゃない。今の母親はどうしょうもなくオレが邪魔らしくてね。会うたびに喧嘩してる。こんなご時世なら星の数ほどあるような陳腐な話だ。ついでに言うと、実の母親は育児ノイローゼで自殺しちまったんだと。オレが物心つく前の話だから、詳しくは知らねえけど」
 あまりにあっけらかんと言ってのける。しかし、逆にそれが痛々しかった。
「その後にできたのが、今の母親?」
「そういうこった。実の母親の自殺の原因も、今の母親から聞かされた。不用品――あの女は、オレをそうやって蔑みながら育ててきた。だけど、そんな圧力があったからこそ、オレは強く生きねばならないと思った。でも、長年言われ続けて、自分が不用品だという考えは頭にこびりついちまった。だから、オレはもっと強くならなきゃならない。あの女の言葉を弾き返せるくらいに」
 青の世界の底で、暗い炎が煙を上げる。
 平凡な家庭で育った僕には、虎目さんの悲しみは計り知れない。
 けれど、虎目さんが本当に幸せになるためになるのに必要なのが強さでないことはわかる。
「虎目さんが手に入れるべきは強さなんかじゃないよ」
 手をつないだまま、僕は虎目さんに言う。
「ああん?」
 不快げに虎目さんは顔を歪める。僕は一瞬だけ身を竦ませるが、ここで怯むわけにはいかない。普段は勇気の出し惜しみをしているんだから、肝心なところで使わないでどうするっていうんだ。
「虎目さんはもう十分に強い。だから、これからはどう力を手に入れるかじゃなく、どう力を使っていくかを考えようよ。説田さんも言っていただろう? 虎目さんは、勇気をもって未来を切り開いていける人だって。僕もそう思う。僕は、ずっとそんな力に憧れてきた。だから、自分の可能性を無碍にしないでほしい」
「……」
 沈黙する虎目さん。
 その後、虎目さんは館内ではずっと無言だった。
 自分から言い始めたことだからか、虎目さんはしばらく手を放さなかった。けれど、僕にはその手が急速に冷えていくように感じられた。
 水族館の出口手前のミュージアムショップで、僕らは男子と女子に別れた。言いだしたのは黒馬君だった。
 ファンシーなヌイグルミと戯れる女子二人。対して男二人は、瀟洒なガラス細工を眺めていた。
「ところで、飯豊は虎目さんが好きなのか?」
 ガラスのシャチに心惹かれていた僕に、黒馬君は唐突に聞いてくる。
「ふぇ?」
 心構えなんてしていなかった僕の間抜けた声は、さぞ滑稽だっただろう。事実として、黒馬君の顔には意地の悪い笑みが張り付いている。
 黒馬君の質問に対し、僕がまず確認したのは虎目さんだった。彼女は、自分が話題にされることに人一倍敏感だ。黒馬君の声が聞こえていたら、まず反応する。
 しかし、虎目さんは呑気そうに説田さんと話し込んでいる。こちらの話が漏れてはいないようだ。
「黒馬君が言う好きというのは、ライクの方でしょうか? それともラブの方でしょうか?」
 まずは言葉の定義を明確にしなければならない。これを取り違えると、大恥をかくことにも繋がりかねない。
「もちろん恋愛的な意味合いに決まっている。というか、高校生なんだから、それぐらい察せって」
 苦笑する黒馬君。
「以後気をつけます」
 下手に出るのが適切かはわからないけれど、一応謝っておく僕。
「んで、俺の質問の答えは?」
 嬉々として目を輝かせる黒馬君。まるで娯楽感覚で僕に視線を注いでくるが、僕の答えは、
「……正直、よくわからない」
 優柔不断を極めていた。
「なにそれ? そういうの冷めるわー」
 渋い顔をされた。しかし、そんな顔をされても困る。それとも語りえぬものについては沈黙するのが正解だったというのか。
 せめて言い訳代わりに、僕は取り繕いの言葉を探す。
「恋は僕にはまだ早い気がするんだ」
「……それはなぞなぞか?」
 今度は黒馬君が困惑する番だった。
「そのままの意味だよ。ただでさえ、僕は人とコミュニケーションを取るのが得意じゃない。そんな人間に恋をする資格なんてないよ」
「あー、確かに飯豊ってクラスで浮いてるカンジするもんな」
「あうう……」
 黒馬君は、僕が気にしていたことをグサリと指摘する。
「要するに、お前はコミュニケーション能力を上げたいと考えているわけか。わかるぜ、その気持ち。やっぱり今の世の中、その手の能力は必須だよな。コミュ障なんて人間のクズだし」
 黒馬君は、酷薄に言い切った。
「コミュ障の人間には価値のないみたいな言い方だね」
「当たり前だろう、そんなの。コミュ障なやつは空気が読めない。場を盛り下げる。この世にいるべきではないね」
 黒馬君の意見は、コミュ障はギフテッドだと言った説田さんとは対極のものだ。
 だけど、僕は同時に思うのだ。
 コミュ障な人間をお荷物と考える彼の方が多数派なのだ。彼の意見は、残酷なくらいに正しい。
「もしも、コミュ障から脱却できるとしたら、どんな手があるだろう」
 コミュ障は活かすべきか治すべきかで、僕の心は揺れ惑う。
 もしも、ありのままの自分でいられたなら、それはさぞ素敵なことだ。けれど、それが単なる理想論でしかないのも理解している。
 素の自分でいられる場所なんて、きっとこの世のどこにもありはしない。人はどこかで現実と折り合いをつけなければならない。
 それに――。
 もしも、僕にコミュニケーション能力があったなら、もっとたくさん虎目さんを笑顔にできるに違いない。
 感情が豊かで、ボキャブラリーが豊富で、ユーモアのセンスがあれば、僕は虎目さんと日の差す道を歩めるのだ。
「コミュ障を治す方法なんて簡単だ。どうでもいいと判断したものは、手早く切っていく。株でいうなら損切りだな。自分に有益なものを取捨選択して、自分を輝かせることを怠らなければいい」
 黒馬君の理論は、殺伐とした砂礫の大地のようだ。
 でも、クラスでも人気者の黒馬君が言うなら、聞く価値はある。
 要るものと要らないものを合理的に区別するのは成功の第一原則。冷たく凍える世界の理。
 けれど、僕はそれを完全には受け入れられない。
 どうしても、暖かくすべてを包み込むような意見が拭いきれない。
 考えても結論は出ない。
 だから僕は、考えるのをやめにした。
「ところで、黒馬君の方こそ説田さんのことをどう思っているのさ。もちろん、恋愛的な意味で」
 強引な話題転換は単なる誤魔化しだ。
「んー、可愛らしくて魅力のある子だと思うよ。可能なら彼女にしてしまいたいと思ってる」
「へー、そうなんだ」
 それって相思相愛じゃないか。
 だったら、どっちかが相手に告白すれば万事解決だ。
 それで説田さんの思いは達成できる。
 たとえ、説田さんを眺める黒馬君の瞳から蛇の冷たさを感じても、そんなのはきっと僕の錯覚だ。
 大丈夫、きっと上手くいく。

   ◆

 水族館を出ると、僕らは埠頭を散策したり、ファーストフード店で駄弁ったりして過ごした。
 生産性はゼロかもしれないけれど、楽しい時間だった。そうやって過ごす時間は弦から放たれた矢のごとし。あっという間に辺りは黄昏時。熟れた果実のような西日が海に沈もうとしていた。
 埠頭に作られたガーデンエリアに僕らはいた。
「私と黒馬君を二人きりにしてください」
 頼み込んできたのは、説田さんだった。
 説田さんの事情を知っている僕と虎目さんは「わかった」と頷く。黒馬君は驚きもせずに澄ました顔。
 多分、この場での出来事は全て茶番だ。
 みんながみんな、お互いの事情を察している。
 けれど、事態を収束させるには一種の儀式が必要だ。
 告白することは、灰色の局面を白と黒に色分けするということ。
 正直、虎目さんと二人きりになるのは、何となく気まずかった。しかし、三十分くらい席を外せば、説田さんと黒馬君の決着はついているだろう。
 いいだろう、三十分だけ待ってやる!
 某ラピュタ王な大佐の十倍の寛大さを僕は予定していた。
 どうでもいいけど、あの話、『人がゴミのようだ』と言った大佐がゴミのようだったね。
 僕と虎目さんの狭間には、重い沈黙が立ち込める。海と夕焼けと若い男女が揃っているのにロマンスが欠片もありやしない。
 海を望みながら、僕と虎目さんは黙りこくる。
 真の絆でもあれば無言にも耐えられるんだろうけれど、僕は五分と持たずにギブアップ。
 仲睦まじい二人だと思った? 残念、コミュ障でした!
「虎目さんは、あの二人の交際が上手くいくと思う?」
「おかしな質問だな。普通、説田の告白が成功するかどうか聞くものじゃないのか?」
「そこら辺はすでに黒馬君から確認済みだよ。彼も説田さんに気があるみたい」
「それはめでたいことだ。まあ、説田みたいなやつこそ幸せにならなきゃ、そりゃ嘘ってもんだよな」
 ヒュウ、と口笛を鳴らし、虎目さんは言う。
「虎目さんは、説田さんのことが大好きなんだね」
「というか、単なる憧れだよ。あいつはオレにはないものをたくさん持ってる。例えば、オレにはない優しさとかな」
 虎目さんの瞳には夕日の赤が反射しているのに、とても冷たい。
「羨ましいなら、虎目さんも優しい人間を目指せばいいじゃないか」
「言うは易く、行うは難し。お前がちゃんと自己主張できる人間になったら、我が癖を治すことを考慮してやるよ」
 諦念に塗れた虎目さんの言い分だけど、僕は否定できない。
「となると、虎目さんが優しさを手に入れるのは次の世紀になるだろうね。あるいは来世でのお楽しみだ」
「そういうこった。だからオレの代わりに説田には目一杯幸せになってほしい。多分、あいつはオレの影みたいなものだから」
「確かに、性格が正反対だからね」
 僕は力ない笑いと共に同意する。
 ところが、虎目さんは首を横に振る。
「残念、ハズレ。オレと説田は正反対なんじゃない。一緒なんだよ」
 意味深な発言に、僕は首を傾げる。
「同じ系統の動物だからといって、虎と猫を一緒くたにするのは乱暴すぎだよ」
「おいおい、ヒデェ意見だな。オレが言いたいのはそういう意味じゃねえよ。説田からはオレと同じ匂いがするんだ。オレは人に対してノーと言い、説田は人に対してOKという。だけど、あいつはもしかしたら、オレと同じで自分が不用品だと思っているだけなんじゃないかって時々思うんだ」
「そうかなあ?」
 コミュ障の人間さえも才能ある人と言うのが説田さんだ。そんな人間が自分を拒絶しているとは論理的には考え難い。
「自分がダメだと思ってるやつが、自分と比べて他人はOKだと思うことはありうる話だとオレは思うぜ。オレだって、いつも人を羨んで生きてきたから」
「虎目さんの言葉は、ちょくちょく人の心臓を抉るね」
 乾いた笑いしか浮かんでこない。だって、彼女の言い分は、僕にも適応されるのだから。
「だから、オレは怖いんだ。説田が誰かに恋をする――好きなるのは、ただの依存なんじゃないかって余計な勘ぐりをしてしまう。あいつと黒馬が結ばれたとして、説田は本当に幸せになれるんだろうか?」
 僕は虎目さんの疑問には回答できない。
 けれど、そんな疑問を抱くことは無意味だ。事態はすでに動き出してしまっている。
 三十分が経過し、僕らは説田さんと黒馬くんの元へ戻った。
 そこにいたのは、手と手をつないだ仲睦まじそうな男女の姿。
 説田さんと黒馬君の笑顔が咲いていた。カップル、リア充、恋人たち。どの言葉を当てはめても間違いではない。
 これで良かったんだと僕は自分に言い聞かせ、幾許かの不安を押し殺す。
 西日に炙られた世界が、僕らをせせら笑っているかのように見えても、そんなことは気にしないでおこう。

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