ギフテッドな僕ら/第12話

~崩壊の足音~


 ことあるごとに、美術部をお邪魔させてもらっていると思うことがある。
 もう、僕も虎目さんも美術部に入った方が早いんじゃないかな?
 けれど、僕に部活参加の予定はない。美術部に入ろうにも、僕は絵が壊滅的に下手だ。実は虎目さんの画力を笑うことはできない。
 僕がお呼ばれしたのは、説田さんの恋愛成就の祝賀会だった。当然のように虎目さんも一緒だ。最近、僕と虎目さんがペアで行動することが多い。
 放課後の西日が差し込む美術室で、僕と虎目さんと、そして美術部三人娘が机を囲む。
「それでは、猫流ちゃんと黒馬くんの末永い幸福を祈って、かんぱーい!」
 蝶野さんは元気一杯に音頭を取る。しかし、他のみんなはテンションを上げそこねたような表情。
 特に表情に影が差していたのは祝われている張本人の説田さんだ。
 頑張ってどうにか笑っているような印象を受ける。まるでやましいことでも隠しているかのようだ。
 僕が盛り上がりきれないのは、説田さんへの違和感を抱いたせいだ。多分、他のみんなも同じような感情を抱いているに違いない。
「ねえねえ、黒馬君とはどこまで進んだの? もうキスとかした?」
 ……ただ一名、蝶野さんを除いては。
 相変わらず空気を読む機能が壊れている。見事なまでのKY。ここまでいくと、そこにシビれる、憧れる。
「まだなにもしてないですよ。せいぜい、手をつないだ程度です」
 説田さんは、自らの事情に土足で踏み込んでくる蝶野さんに嫌な顔一つしない。パステルカラーの優しい微笑み。
「逆を言えば相手に触れるところまではいったわけですな。交際初日にしては上出来ですぞ。お見逸れしました」
「……ありがとう」
 お礼を言うが、説田さんは蝶野さんに目を合わせていなかった。
「なんつーか、暗いな。もう少しはしゃいでもいいんじゃねえか?」
 ついに虎目さんが不満を口にし始める。室内に満ちた重たい空気にこらえきれなかったのだろう。言いたいことは言うし、白黒はハッキリさせる。それが虎目流だ。
「私はちゃんと楽しんでますよ?」
 応じる説田さんは、やっぱりちゃんと相手に目を合わせていない。
 そんな優柔不断な態度を、虎目さんはもっとも嫌う。
 玉虫色の返答では、虎目さんは納得しないのだ。
「嘘をつくな。いくらオレでも終いにはキレるぞ?」
 虎目さん、その言い方だと普段の自らが温厚であるみたいです。アナタが激情を我慢できたことなんてありましたっけ?
「やめたまえ。君はどうにも相手を恫喝してしまうな」
 鳴海さんが、虎目さんに苦言を呈する。
「ああん?」
 純粋な戦闘力では、虎目さんより鳴海さんの方が格上。なのに虎目さんは猛犬となって食ってかかる。
 お祝いムードなんて室内のどこにもありはしない。美術室は、戦火が飛び交う一歩手前の緊張状態。
「やめてください二人共! 喧嘩は良くないです!」
 剣呑な戦士二人の調停を試みる説田さん。
 けれど、いつぞや交番で虎目さんと蟻川先生を和解させたときのような芯の強さは存在しない。完全に腰が引けていた。
「むむう、これって祝賀会のつもりだったんだけど……。そうだ! だったら黒馬君もここに呼ぼう! やっぱりカップル二人揃わないでお祝いなんて不自然だよね。というわけで、善は急げ。黒馬君に電話だ。でも私、彼の番号知らないからケータイ貸して、猫流ちゃん」
 蝶野さんの申し出に素直に応じる説田さん。
 蝶野さんは早速通話する。
 黒馬君に通じたらしく、蝶野さんはしばらく話し込む。
 けれど、通話が終了すると蝶野さんは困った顔で、首を振る。
「どうやら、黒馬君は生徒会の仕事で忙しいらしいよ」
「そう……ですか……」
 説田さんは残念そうに顔を俯かせる。
 一方で蝶野さんには不敵な笑みを浮かべる。
「だったらこうしよう! 彼が忙しくて、こっちに来れないなら、こっちから出向けばいいよ! よし、みんなお菓子とジュースを持って移動だ!」
 わお、なんという逆転の発想。
 一同はポカンとするしかないが、一度火のついた蝶野さんの暴走は止まらない。
 躊躇なんて言葉は、蝶野さんの辞書には書かれていない。
 瞬く間に彼女は美術室を飛び出した。
 僕らはみんなして蝶野さんの後を追う。
 誰か一人くらいは蝶野さんに追いつけそうなものだが、実際はそうではない。
 蝶野さんは無駄に足が速い。それは脚力というよりは、迷いのなさに起因している気がする。
 蝶野さんは、自分で自分を止められない。だから、止まろうともしない。
 注意欠陥『多動性』障害――ハイパーアクティブとはよくいったものである。
 蝶野さんを追いかけているうちに、結局僕らは生徒会室の前までたどり着いてしまう。
 時計ウサギを追っているうちに、不思議の国への穴に落ちた気分。
「んだば、お邪魔しまーす」
 蝶野さんはノックもせずに、生徒会室の扉を開けた。
 実に豪快に。
 けれど、蝶野さんが開けてしまったのはパンドラの箱の蓋。
 室内では災厄といっていい光景が展開していた。
「はい?」
 目に飛び込んできた事態が理解できず、僕は素っ頓狂な声を上げるしかできない。
 生徒会室には黒馬君と、僕の見知らぬ女子生徒の姿。
 問題なのは、二人の体勢だった。
 二人は仲睦まじそうに隣り合って座り、濃厚な口づけを交わしていた。
 まるで恋人たちであるかのように。
 否、その姿はまごうことなき恋人たち。
 僕らに気づいた女子生徒は、一瞬だけ間をおいて、大慌てで口づけを中断する。
「や、やあ、みんな。一体なんの用かな?」
 あくまで爽やかな微笑みを目論見る黒馬君。
 僕たちはなにも言えない。言えるわけがない。
「おいおい、黒馬、今のはどういう了見だ?」
「というと?」
「どうして、お前は説田という彼女がいるのに、他の女とキスをしたかってオレは聞いている」
 虎目さんは地獄の業火を背負いながら、黒馬君を問い詰める。
「他に彼女? それってどういう意味?」
 黒馬君の隣の女子生徒が、大慌てで目を瞬かせる。
 ここまでこれば、色恋沙汰に疎い僕でも状況を把握できる。
 すなわち、僕らは奇しくも黒馬君の浮気現場を目撃してまったようだ。
 蝶野さんの行動は、本当に良くも悪くも奇跡を起こしてしまうな。
「俺が愛しているのは君だけだよ」
 黒馬君は、隣の女子生徒に微笑みかける。
 隣の女子生徒を慈しむように。
 説田猫流という少女を嘲るように。
 これにキレたのは虎目さん。
「黒馬テメエ!」
 猛り狂う重戦車となって、虎目さんは黒馬君に突撃。
 振り上げられた虎目さんの右拳が、黒馬君の頬を猛襲。
 ぶん殴られた黒馬君は後方に吹き飛ばされる。
 けれど、その程度では虎目さんの怒りは収まらない。
 床に仰向けになった黒馬君に馬乗りになって、彼の襟首を掴んだ。
「答えろ、黒馬! お前の彼女は説田じゃなかったのか?」
 返答しだいでは、二撃目、三撃目もありうる状況で黒馬君は薄ら寒い笑みを浮かべる。
「いやいや虎目さん、それは価値観の相違というものだよ。説田は確かに俺の彼女――つまり俺の所有物。でも、だからといって、それを愛さなければならないという法はない」
「んだと?」
「本当に愛されたいなら、愛されるに足るだけの特別さを持っていなければならない。さて、説田さんのどこにそんな魅力があるだろうか? 確かに、説田さんはとても従順で、彼女にしておけば色々と便利そうだ。だけど、彼女はそれだけの存在だ。彼女は僕にとっての特別にはなりえない」
「ふ、ふ、ふざけるな!」
 怒りで虎目さんの全身が打ち震えていた。
 左手は黒馬君の髪を鷲掴みにし、右手は再び振り上げられている。
 虎目さんの義憤は、冗談抜きで黒馬君を殺しかねない。
 これ以上、虎目さんの拳を暴力で汚してはならない。
「やめるんだ、虎目さん!」
 僕は、胃の腑から目一杯の叫び声を搾り出す。大声を出すなんて、いつ以来なのか思い出せないほどに久しい行為だ。
 大声を出す僕がよほど珍しかったのか、虎目さんの動きが止まる。
 僕は虎目さんに詰め寄る。
「今すぐ、黒馬君を解放するんだ」
 虎目さんに指図するのは怖い。他者にとはいえ攻撃体勢に入っているならなおのこと。
「お前は黒馬を許せっていうのか?」
「違う。僕も黒馬君を許せない」
「だったら、オレを止める理由はどこにある? オレは怒っている。憤怒といってもいい。こいつはオレの友達を裏切った。そんなやつに鉄槌を下さないなんて間違っている」
 虎目さんの目の中には鬼がいた。その鬼は優しさと同義なのだと僕は思った。
 けれど、僕は彼女に言ってやらねばならない。
「君の怒りは正しいが、やっていることは間違っている」
 火のついた虎目さんに油を注ぐような言葉であっても構わない。
 ここで誰かがきちんと言ってやらないと、虎目さんはこの先ずっと間違い続ける道を選びかねない。
「どうした、なにがあった!」
 僕らの背後から、切迫した女性の声。
 振り返った先にいたのは僕らの担任、蟻川先生だった。
 ちなみに、現在の虎目さんは黒馬君に馬乗りになりながら、拳を構えた状態。
 しかも、先刻一発殴られた黒馬君の口元からは血が垂れていた。
 明らかに暴行の現行犯。
 最悪のタイミング。
「虎目、これはどういうことか説明しろ」
 腕を組んで仁王立ちの蟻川先生。
「先生、ちょうどいいところに来てくれた! 助けてくれ! 急に虎目さんが暴れだして、僕を殴りつけてきたんだ!」
 虎目さんの下敷きになったまま、黒馬君は叫んだ。
 悔しいが、黒馬君の主訴は事実だ。言い訳はできない。
「虎目、すぐに黒馬を解放しろ。これは命令だ!」
 蟻川先生の威圧的な態度に、虎目さんは反抗しなかった。
 蟻川先生に言われるがままに、虎目さんは黒馬君から離れる。
 虎目さんから自由になった黒馬君は、
「フン、この暴力コミュ障女め」
 侮蔑混じりの言葉を吐き捨てる。
「さて、虎目はこれから生徒指導室だ。今度という今度は、お前の暴力を許すわけにはいかない。完璧にお前の責任を追及した上で、完全にお前を退学処分にしてくれる」

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