ギフテッドな僕ら/第14話

~動き出す者たち~


 盤面は多勢に無勢。虎目さんを助けるために、僕は一人で多くの人間を相手にしなければならない。
 きっと、一昔前の僕なら自分にこういうだろう。
 そんなことは無茶であり無理、よって無駄である――と。
 正直、今の僕にネガティブな考えがないわけではない。
 たった一人で戦うのは怖い。
 負けるかもしれない。
 ポジティブ本にはよく『成功のためにはネガティブなイメージを持つのは厳禁』みたいなことが書いてあるが、そんなのはただの理想論。
 不可能と思えることを成し遂げようとする人間は、恐怖もするし不安にもなる。
 問題なのは、ネガティブな思いを押し殺すことじゃない。
 自分が恐怖していることを知り、不安に押しつぶされそうなのも自覚し、それでも前に進もうとすること。
 虎目さんと会えなくなることは怖いし、僕の行動が成功するかは不安に塗れている。
 ただ、行動せずに虎目さんが学校からいなくなる方が断然に嫌だというだけだ。
 放課後。
 僕は美術室に赴く。
 いつもは虎目さんと二人で出向いていた美術室。普段は、虎目さんがどんなトラブルを巻き起こすかヒヤヒヤしていたくせに、一人で来るのは侘しいものだ。
 扉を開けると、そこにはいつも通り美術部三人娘がいた。
 けれど、表情は暗い。
 まるで喪に服しているかのような重苦しい空気だ。
「いらっしゃい。今日は何の用ですか?」
 説田さんは困ったように視線を伏せながら、僕に聞いてくる。
 多分、彼女には僕の思惑が読めているのだろう。元々、聡明な人だから。
「僕は説田さんに聞きたいことがあって、ここに来ました。僕が聞きたいのは黒馬君の人となりについてです」
 問題を解決するには、まず情報収集は欠かせない。
 本来ならば、黒馬君のことは黒馬君本人に質問するのが近道だ。けれど、彼からの情報収集する前に、彼の人となりを知っておくことは重要だ。
 交際し始めたばかりの男子に浮気をされて、説田さんが傷心中なのは想像に難くない。僕の行為はひどく配慮に欠けるものだ。
 だけど、虎目さんは説田さんのために大暴れしたのだ。説田さんには、虎目さんのために喋ってもらう義務がある。……と、僕はやや無理矢理な理論を組んでいた。
「もし、私が黒馬君について弁護しだしたらどうする気です?」
 説田さんは、俯いたまま僕に問うてくる。
「それはそれで、ひとつの情報です。それだけ黒馬君が魅力的な存在という、ね」
「悠司君は、冷静な人なんですね」
「少年漫画の主人公と違って、キレてパワーアップするキャラではないもので。僕が唯一人より出来ることは考えることですから」
 自戒を込めて自嘲する。
 僕は冴えない内向的な高校生にすぎない。特に権力を持っているわけでもないし、ピンチのときに金剛力を発揮するアビリティもない。絶大なカリスマなんて夢のまた夢。
 そんな人間でも、当たり前のことをバカにせずちゃんとやるぐらいのことはできる。
「私は、実は黒馬君に彼女がいることは知っていました」
 淡々と語りだす説田さん。
「その上で、黒馬君に告白したんですか?」
「はい。どうしても、彼への思いは抑えきれませんでした。だから、私は自分の思いを諦めるために、……彼に振ってもらうために、あの日告白したんです。ところが、私の意に反して黒馬君は、私の告白を受け入れてしまった」
 不思議なことに、僕は説田さんや黒馬君を批判する気が湧いてこなかった。
 所詮は人の色恋沙汰と割り切っていたからかもしれない。それに、二人を批判して過去を変えることができるわけでもない。
「しかし、虎目さんはそんなことを知らずに、ただ自分の友達が浮気されたと判断して暴れまわった――ということですか」
 だとしたら、虎目さんは救われない。一人で感情的になって、一人で先走った形になる。
「だから、罰せられるのは私だったんです。私さえいなければ、何も起こらなかった」
「説田さんは、それを学校側には言ったんですか?」
「校長に直談判しました。けれど、ダメでした」
「どうして?」
「黒馬君は教育委員会のトップの息子だからです。おそらく校長としては、お上に楯突くような真似はしたくないのでしょう」
 権力構造の問題か……。
 自分の都合のいいようにコミュニケーションをするには、どれだけのパワーを持っているかは重要だ。
 持っているパワーは人によって異なる。
 腕っ節が強い奴もいれば、経済力を持っている奴もいる。情報力もコミュニケーションにおける重要なファクターだ。あるいは友達の多さだってパワーになりうる。
 そういう尺度で判断すると、僕と黒馬君のパワー間には、圧倒的な差がある。
 腕っ節と経済力に関しては判定に困るが、残る情報力と友達の多さでは完全に僕の負けだ。
 僕は友達が極端に少ない。悲しいかな情報の量や質は友達の量に比例する側面を持つ。
 結局はコミュニケーション能力がものをいう。
 それに加えて、黒馬君は親の権力の庇護下にある。相手が悪すぎる。虎目さんを学校に復帰させるのは至難の業だ。
 けれど、相手がパワーを持つ人間ならば、勝機はそこにある。
「逆を言えば、黒馬君を味方につければ、校長側への交渉が一気に楽になりますね」
 真正面からぶつかって勝てない相手ならば、そいつを自分の味方にしてしまえばいい。こんなものは戦略の基本である。
「言っていることは理に叶っているが、君は本当にそんなことが可能と思うか?」
 聞いてきたのは鳴海さん。
 椅子に深く腰掛けた状態で、僕を見据えてくる。
「険しい道のりだと思います。だけど、諦めるつもりはありません。このまま、虎目さんが退学になってしまっては、僕も虎目さんも、そして説田さんにとってもベストな結果にはならない」
 僕は断言した。せっかく友達になった虎目さんと説田さんが、こんな形で離れ離れになるなんて馬鹿げている。
「そうか、ならば君の思うがままに駆け抜けてみればいい。君が最初にここに来たときには、頼りなさそうな印象しか受けなかったが、随分といい顔をするようになったな」
「まあ、基本的に虎目さんの後ろでおっかなびっくりするのが僕の役目でしたからね」
 この前までの自分を思い出すと、情けないやら懐かしいやらで苦笑がこみ上げてくる。
 随分と僕は虎目さんに変えられたものだ。人間、短期間で変身できるものだね、いやはや。
「虎目茨を助けたいというビジョンは見えた。基本方針となる戦略も立てた。となると、次は戦略を実行するための戦術が必要だな。これについて考えはあるのか?」
 鳴海さんの問いかけに、僕は考えこむ。しかし、おいそれと具体案までは出てきてくれない。
「担任の先生も巻き込んじゃえば? 茨ちゃんって、担任にも嫌われてるみたいだから、そこら辺の関係も改善しておいて損はないんじゃないかな。なんだかんだで先生に嫌われてると色々不便だし」
 提案してきたのは蝶野さんだ。この人は、普段はデタラメな言動をとるのに、肝心なところでシャープな冴えをみせる。
「それでいきましょう。蟻川先生の場合、重度の完璧主義がネックになりそうですね」
 蟻川先生は一癖も二癖もある性格。しかし、逆を言えばその癖を取っ掛りにすれば交渉の余地はある。

   ◆

「断る!」
 虎目さんを助けるのに手をかしてほしいという僕の要求は、あっけなく砕け散る。
 放課後の職員室に、蟻川先生の拒絶の声がこだました。
 蟻川先生への嘆願は、僕と説田さん、そして鳴海さんの三人で行うこととした。
 蝶野さんは美術室で待機。彼女の空気の読めなさは、どう作用するか未知な部分が大きい。僕はアドリブに弱いので、この場においての不確定要素は取りのぞいておきたかったのだ。
「そもそもだ、どうして私が虎目のために尽力しなければならないかが疑問だ。私はこれまで何度となく、虎目を更生させるべく手を焼いてきた。しかし、虎目は私が求める完璧さとは程遠い。否、対極にあるといってもいい。そんなやつは我がクラスにはいらん!」
 蟻川先生の言い分は頑固一徹というより、頭が固いだけ。けれど、それを指摘してもお互いに言質の取り合いという不毛なコミュニケーションに突入するのは目に見えている。
「蟻川先生は、教育熱心なんですね。普通なら中途半端なところで妥協するものなのに、アナタの教育への情熱には感服します」
 説田さんは言う。皮肉とも取られかねない台詞だが、説田さんのように優しげな印象の女の子が口にすると、まろやかに聞こえる。
「無論だな。私ほど教育者に向いている人間も他にあるまい」
 蟻川先生は胸を張る。
 ……アナタの性格や行動傾向のどこが教師向きなのだろう?
 理想の教育者とは、生徒の可能性を引き出すものだ。蟻川先生にそれができるとは考えがたい。
 完璧主義とは、言い換えれば禁止や規制の大量生産にほかならない。がんじがらめに縛られていては生徒の可能性はしおれるだけだ。
「先生は自身の教育について哲学をお持ちなんですね」
 説田さんは興味深げに頷く。
「その通りだ。そもそも教育とは――」
 蟻川先生は自身の教育論を語りだす。
 先生は、まあ喋ること喋ること。
 もしかして酒でも入っているんじゃないかと疑いたくなるほどくだを巻く。
 そんな蟻川先生の話に僕と鳴海さんはじっと堪える。一方で説田さんは、ふむふむと興味深そうに相槌を入れながら傾聴していた。
 聞くこと。それが説田さんの真の能力な気がしてきた。
 人の話を集中して聞くというのは、存外疲れるものだ。それが自分の興味のない話ならなおのこと。
 三十分ぐらいして、ようやく蟻川先生は話に満足したらしく、
「やはり、説田は物分りのいい生徒だな。実に関心だ」
 とか言ってくる。
「いえいえ、私などまだまだ至らない点でいっぱいですよ。ちゃんと謝りたい人に謝れないような、そんな人間なんです」
 説田さんは、ちょっと俯きがちに言ってみせる。
「……そう、なのか。詳しい事情は知らないが、悪いことをしたら謝る。これは当たり前のことだ。当たり前のことがちゃんとできる人間にならねばならんぞ」
「そうですね。ところで先生。虎目さんは、クラスの人に謝罪はしたのですか?」
 ここで再び虎目さんの名前を出す説田さん。
「いや、あいつは散々クラスメイトに迷惑をかけたのに、ごめんなさいの一言もない。実に礼を失したやつだよ」
 不快げに顔を歪める蟻川先生。
「確かに、それは人として失格ですね。先生のお言葉を借りれば完璧ではない。ならば、蟻川先生。退学にするどうこう以前に、まず茨さんはクラスメイトや、あるいは今回の事件の被害者である黒馬君に謝罪するべきです」
「ふむ、一理ある」
「退学にするかどうかは勿論先生方が判断することなので、私は口出しできません。しかし、仮に退学処分にするとしても、人としてやるべきことを放棄していいことにはなりません」
「もっともな話だ。それで?」
「なので、先生が真の教育者であるならば、虎目さんが謝る機会をつくるべきです。そうでなければ、本当の意味でこの学校や、あるいは先生のクラスのためにならないのではないでしょうか?」
「……なるほど。筋の通った意見だな。確かに、真の完璧さを求めるならば、虎目の謝罪は必須条件。しかし、虎目がわざわざ謝りに来るとは考えにくいな」
「それなら大丈夫です。彼女への説得は私たちで行うとします。こういうのはむしろ、教師と生徒という縦の関係より、友達同士という横の関係の方が上手く説得できるものですから」
「よかろう! ならば、説田たちは虎目を呼び出し、私は場所と時間を用意する。これでいこう!」
 蟻川先生は意気揚々と手を打った。
 計画通りの展開だけれど、僕は改めて説田さんのコミュニケーション能力に脱帽する。
 この人だけは、敵に回しちゃいかんなと僕は心にしっかと刻み付ける。

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