ギフテッドな僕ら/第15話

~教室という名の法廷~


 黒板の前に立つ虎目さんと、彼女に顔を向ける三十人強のクラスメイトたち。
 まるで不祥事を起こした企業の重役と、報道陣みたいな構図。
 僕は、虎目さんの発言をクラスメイトの側から見守る。
 虎目さんへは、事前に僕から事情を説明している。
 正式に黒馬君へ謝罪することにより、彼の溜飲を下げる。また、クラスメイトに対して虎目茨は変わったんだというアピールをする。
 これによりクラスメイトの間での空気を、『別に虎目さんを退学にしなくてもいいのではないか?』というものにする。これが最高のシナリオだ。
「今回、黒馬には大変な迷惑をかけた。本当に申し訳ないと思っている」
 深々と頭を下げる虎目さん。
 それが心からのものかなんて関係ない。ただ、みんなに『あの虎目茨が頭を下げた』というインパクトを与えられればそれでいい。
 虎目さんは素行が乱暴な分、少しでも殊勝な態度を取れば、それだけで反省しているように見えるはず。
 僕の計算ではそうなるはずだった。
 ところが黒馬君は、虎目さんに対して、
「そうだね。君の今までの蛮行は許しがたい。僕だけならいざ知らず、君は他にもこのクラスの人間を威圧し恫喝した。これはあってはならないことだ」
 激しく糾弾。
 黒馬君の言い分は正しいが、もう少し慈悲があってもいいんじゃないだろうかと僕は歯噛みする。
 黒馬君の言葉を皮切りに、クラスからは虎目さんへの糾弾の声。
 やれ「早く学校から出て行け」だとか、「もう顔を見せるな」とか、みんな虎目さんが弱い立場なのをいいことに言いたい放題だ。
 虎目さんは拳をわななかせながら、俯きなにも言わない。
 僕は激しく後悔していた。
 謝れば多少なりとも許してもらえると思っていた。しかし、それはあまりに甘い目算だったようだ。
「というわけだよ、虎目さん。僕としては君を許すのもありかと思っていたけれど、でも、クラスメイトの意見を僕のわがままで捻じ曲げるわけにはいかない。君は、退学という形でしっかと責任を取るべきだ」
 黒馬君は、さも自分に正当性があるかのように言う。
 教室には付和雷同が満ちていた。
 黒馬君の言葉に、クラスメイトたちはさらに調子に乗り始める。
 罵声と怒号が室内に入り乱れて、もはや混沌と化していた。
 それでも虎目さんはただ堪える。
 ああ、どうしてこうなってしまったんだ。
 僕はただ、虎目さんをクラスに復帰させたかっただけなのに。
 僕はどうやって、この状況を収束させるべきかを考え始める。
 もはや作戦は失敗だ。
 考えろ、確実で安全な手段を。
『みんな黙れ!』と怒鳴れば、多少は効果があるだろう。
 だから、僕はそうしようとした。
 けれど、僕は改めてクラスの様子を観察してしまう。
 今、この喧騒を止めようとしたならば、僕はクラスメイトから確実に異分子と見なされる。
 それはすなわち、今後のクラスでの立場を今以上に危うくするということ。
 紛い物とはいえ、僕はここ数日でクラスメイトに溶け込み始めている。
 虎目さんをかばうことは、それをぶち壊すこと。
 今後の僕の学校生活に暗雲を立ち込めさせることに他ならない。
 僕の背筋が凍る。
 クラスメイトに拒絶されながら、学年末までこのクラスで過ごす。
 それは退学よりも辛いことだ。
 僕は声を振り絞ろうとするが、拒絶に対する恐怖から声帯が硬直していた。
 そんな中で、目に入ってきたのは弱々しい虎目さんの姿。うずくまり、耳を塞いだ、このクラスで一番か弱い少女の嘆き。
 ――まったく、僕はどうしょうもないクズだな。
 初めから決めていたではないか。
 もう虎目さんの涙は見たくないと。
「みんな静まれ! 大勢で一人を攻撃して恥ずかしいとは思わないのか!」
 僕は精一杯の声で怒鳴ってみせた。普段大声を出さないので、喉が痛かった。
 さーて、言っちまったぞ。
 こうなったら、もう後には退けない。
 みんなが僕をギロリと睨みつける。僕は尻込みするが、そんな弱気な態度ではこの局面を乗り切ることはできない。
 僕は、可能な限り威風堂々とみんなに視線を返す。
「おいおい、飯豊。お前何様のつもりだよ? どういう了見で俺らに文句を垂れているワケ?」
 男子生徒の一人が、僕に噛み付いてくる。
 目つきは剣呑。
 今すぐにでも『ごめんなさい』と言って、調子に乗った発言を取り消したい気分に駆られる。
 しかし、それでは意味がない。
「みんなこそ何様のつもりだよ? 女の子一人に集団で罵声を浴びせる。こんなことが許されていいわけがない!」
 僕は正論で切り込んでいく。もちろん、正論は世論には適わないことを承知してだ。
 クラス中の生徒が、僕に侮蔑の視線を投げつけてくる。まるで百目の怪物と対峙しているようで気味が悪い。
 けれど、その中には、すがるような虎目さんの眼差しもあった。
 それだけで、僕は強くなれる気がした。
 一人の少女のために、クラスメイトを敵に回すなんて僕も中々に青春をしているじゃないか。
 不敵な笑みが、僕の口元を歪ませる。
 きっと、恐怖や不安が上限を突き抜けて、変な脳内物質が出ているに違いない。今しばらく頑張れ僕の脳細胞。いつもはヘタれているんだから、今ぐらい根性をみせろ。
「良いわけがない。虎目さんは普段から俺たちは恐怖で虐げてきた。これこそあってはならないことだよ」
 そう言ってきたのは黒馬君。彼の言い分は事実であり、一応の筋は通っている。
 今のクラスメイトたちは、独裁政権に革命を起こす民衆の気分を味わっているに違いない。
 独裁者を始末するのは正義。正義のためにはどのような手段を用いても構わない。
 きっと、そんな論理回路が頭の中で形成されているのだ。
 数は正義。悲しいかもしれないが、これは真理だ。
 ならば僕は……。
 僕は虎目さんに与する悪になってやる。
 そう考えると、気分は随分と楽になる。
 悪党は実に気持ちがいい。なにしろ正しいことをしなくてもいいのだから。
「だから、虎目さんを退治しなくてはならない、と? それはご立派なことだね。女の子一人をクラスぐるみで叩く。これはイジメとなにが違うんだ?」
 僕の目線の先にあったのは、生徒の姿ではない。蟻川先生だった。
 完璧主義教師にしてみれば、さぞ腹の立つ言葉だろう。
 蟻川先生は、苛立たしげに口元をヒクつかせていた。僕にはそれがかえって滑稽だった。
 だから、続けて言ってやる。
「教師が生徒とグルになって、イジメに加担する。先生の求める完璧さは、ずいぶんとご立派ですね。先生は本当にいい教師になれると思いますよ。もちろん、反面教師という意味ですけどね」
「おのれ、飯豊! 言わせておけば! 教師に対して敬意を示さんとはなにごとか!」
 僕の皮肉に、ついに蟻川先生がキレた。
 だけど僕は怯まない。元々、この先生には尊敬の念は欠片もありはしなかったんだ。せっかくだから、言いたい放題言ってやる。
「大体、そもそも前提がおかしいでしょう? 黒馬君は彼女がいるのに、他の女の子と付き合った。その女の子は虎目さんの友達。友達のために怒るのは当たり前だ! そんな虎目さんの心情も汲み取れないなんて、アンタはどれだけコミュ障なんですか!」
 理路整然と、僕は蟻川先生の問題点をつついてみせる。
 蟻川先生の顔は真っ赤だ。明日からの僕のクラスでの立場を考えると憂鬱。しかし、大事なのは今。
 虎目さんを悲しませるものがあるならば、僕は自滅覚悟で戦ってやる。
 蟻川先生が顔を真っ赤にさせる。
「き、き、貴様ッ!」
 と蟻川先生が叫んだ刹那。
「ちょっと待って!」
 生徒の方から声が上がった。何事かと思い、僕と蟻川先生は声の方を向く。
 一人の女子生徒が、顔面を蒼白にさせながら起立していた。
 女子生徒はさらに言う。
「黒馬君が、他の女の子と付き合ってるって本当のこと?」
 唐突な質問に、僕はきょとんとせざるを得ない。
「それがなに?」
 僕は高ぶった感情を殺さないように、粗野に言ってのけた。
 女子生徒は困惑しているが、僕はさらに困惑する。
「私も黒馬君の彼女なんだけど……」
 女子生徒の告白。教室はシュールな空気に包まれる。
 みんなの視線は一転して黒馬君に殺到。
 黒馬君は、白目を剥いていた。
 あれ、これって修羅場ですか?
 しかも、黒馬君の彼女であるという宣言は一人ではとどまらない。
 他に二名ほど「私もなんだけど?」と告白する女子がありけり。
 こうなったらもう、笑うしかない。……黒馬君が。
 残りのクラスメイトたちは、黒馬君をシロアリでも見るような目。
「黒馬――ちょっとツラ貸せや」
 虎目さんは獄卒の瞳で言うが、その態度を横暴だと反論する者はいやしない。
「私たちも黒馬君に話があります」
 黒馬君の彼女たちも、虎目さんに便乗。
 結成されたのは被害者の会。けれど、これから彼女たちが黒馬君にとっての加害者になるのは想像に難くない。
「……ちょ、ちょっと待ってくれ! お前ら落ち着けよ!」
 浮気男は必死に言い訳しようとするが、その様はとても醜い。
 彼女を複数人つくれるのは確かにコミュニケーション能力の現れ。しかし、コミュニケーション能力がありすぎるのも考えものだ。
 黒馬君は抵抗してみせるが、虎目さんによって教室外に引っ立てられる。
 本当の地獄はここからなんだろうけれど、教室内に同情する人間なんていないだろうな、きっと。

次→

←前

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする