ギフテッドな僕ら/最終話

~結局はコミュ障~


 結論だけ言うと、虎目さんの退学は先送りになった。
 世論なんて移ろいやすいものの代名詞だ。人からの評判を気にかけていても、どこで足元をすくわれるかわかったものではない。
 三日前まではクラスメイトから敬遠されていた虎目さんも、今では『不埒な浮気男に天誅を加えた正義の味方』として株価が上昇中。
 黒馬君からすれば、自身の浮気がバレた件については僕や虎目さんに禍根が残る結果だろう。
 しかし、だからといって八つ当たり的に僕らに制裁措置を加えようものなら、クラスメイトから謗りは間逃れない。
『自分の都合が悪くなったら親の力を使って相手を潰すのか?』と思われるのは、彼としては芳しくないと判断したようだ。
 もちろん、自分のバックには強大な権力があることを誇示するのも、保身としてはありだ。
 にもかかわらず、虎目さんの退学を取り消すように動いたのは正解だと僕は思う。
 あえて自分を不利な状況に貶めた相手を許すことで、黒馬君は自分が反省している風に周りに示した。また、自身が広い度量を持っていることもアピールできただろう。
 虎目さんを悪者にするよりも、有効な一手である。スキャンダルの火消し作業は、ボヤのうちに行うに限る。
 図らずしも、僕は人間関係の力学の恩恵を授かることになった。

   ◆

「かんぱーい!」
 蝶野さんが、ジュースの入った紙コップを高々と掲げた。彼女の音頭に、集まったメンバーが応える。美術室には笑顔が満ちていた。
 美術室の黒板には『祝☆退学免除!』と書かれている。今日は虎目さんが学校生活に完全復帰を果たせお祝いをしていた。
 集まったのは例によって、僕と虎目さんと美術部三人娘。
 今回の祝賀会では、誰も影を帯びた表情なんてしていない。説田さんと黒馬君が恋人同士になったときとは全く空気が違う。
 気兼ねなく笑うことを許された雰囲気は心地が良い。
「おかえりなさい、茨さん」
 説田さんは柔らかく微笑む。そこからは後ろめたさとか、負い目を感じない。心から虎目さんの復帰を祝っている様子だ。
「おう、戻ってきたぜ。オレのために色々動いてくれてありがとうな」
 虎目さんにしては珍しい、素直な反応。
「そのお礼を言うべきは私ではありませんよ。悠司君こそ、今回の復活劇の立役者です」
 説田さんが言うと、虎目さんが僕を見やる。恥ずかしさから僕は顔を伏せてしまう。
「いや、僕一人に感謝されてもなあ。虎目さんを助けたいと言い出しただけで、みんなの協力がなければ今回のことは成し遂げられなかった。僕一人の力なんて、微々たるものだよ」
 謙遜ではなく、本気で自分の無力さには恥じ入るばかりだ。
 ところがこれに、説田さんは首を横に振る。
「だからいいんですよ。一人の力には限界があります。だから、人は他の人と力を合わせる。それは勇気と呼ばれるものです。悠司君には勇気があった。これはつまり、そういう話なんです」
「そう……かな……?」
 褒められても、心のどこかで自分を褒めきれない自分がいる。
 喜ぶのが下手。欠陥だらけの僕だけれど、これだけは早急に治した方がいいな。
「説田の言うとおりだぜ、飯豊。言いだしっぺには、全てにおいて責任を追う義務がある。義務があるなら当然権利も発生する。だから、自分が言い出して、結果を出せたことは誇るべきだ」
 虎目さんの理屈には図々しさすら感じたが、僕は彼女の意見を飲み込むことにした。
 虎目さんの笑顔を守れた。それだけで、僕は自分を褒めてあげたい気分になる。
 本当に、虎目さんは笑うと可愛らしい人だな。
 そこで僕はふと気づく。
 僕は虎目さんにいつまでも笑っていて欲しくて、しかも彼女の涙を見たくない。
 ……あれ、これってもしかして恋ってやつですか?
 その可能性に思い至り僕は、全力で瞬きをする。
 だって恋って……。
 今まで観察者気取りで、誰にも心を開かなかった人間に、そんなこと可能なのか?
 しばし黙考してみるが、答えなんて出てきやしない。
「どうしたの、呆然としちゃって? もしかして、茨ちゃんの笑顔に惚れちまったとか?」
 蝶野さんの直球ストレートな質問は、時速一五〇キロで僕にめり込む。見事なまでのデッドボール。
「な、なにを言ってるんだよ! 飯豊がオレみたいなやつに惚れるわけがないだろうが」
 顔を赤らめて虎目さんは、ジタバタと腕を振る。
 そんな彼女は、ありていにいって可愛らしかった。
 僕は自覚する。きっと、これが恋なのだと。
 けれど、僕が次に口にした言葉は、
「そうだよ、僕に恋は十年早い。僕と虎目さんでは釣り合わないって」
 僕はなんとか言葉を絞り出す。
 徹底的に自分の気持ちを隠すために。
 しかし、言った後に僕は激しい自己嫌悪に見舞われる。
 自分の気持ちを素直に言葉にできないとは、僕もまだまだコミュ障だ。
 たとえ、コミュ障がギフテッドだとしても、これは改善していかねばなるまいな。

【ギフテッドな僕ら】了

←前

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする