告白は日曜日の放課後に

 去年一年で背が十五センチも伸びたから、今年度からはちゃんと指定された下駄箱を使用することとする。
 去年、高校に入学した時の俺は一六〇センチにも満たない低身長だった。しかし、一年を通じて俺の背丈は劇的にアップした。別に食事に気を使っていたわけでも、背が伸びる素敵グッズを購入したわけでもない。にもかかわらず、今では身長が一七〇センチを超えているのだから、人生何があるかわからない。
 入学当初、俺が学校から指定された下駄箱は、一番上の段で使いにくくて仕方なかった。
 だから俺は、数段下の空いている下駄箱を一年間、勝手に使わせてもらっていた。流石に一年生の三学期頃になると、別に指定された位置に戻すのもありかと思ったが、惰性で同じ下駄箱を使っていた。
 しかし、せっかく年度も変わる。俺は指定された下駄箱を使用することに決めたのだ。
 ちなみに、俺の通っている学校はちょっと奇特で、下駄箱に関しては高校生活三年間を通じて変更がない。年度が変わればクラスもかわるのだから、下駄箱も変えればいいのにと思う。まあ、学校の習慣には往々にして奇異なものはつきものだ。ここで、論じても仕方あるまい。
 俺、渡部陽太《わたべようた》は、気を引き締めて下駄箱の蓋に手をかけた。
 二〇一二年四月七日。土曜日だというのに、うちの学校は新年度の始業式だった。いくら文部科学省が脱ゆとり教育を推し進めているからといっても、土曜日ぐらいは家でゆっくりしていたかった。
 とはいえ、何事も初めが大切だ。新年度初日は、クラスでの人間関係のポジショニングを策定するのに重要な一日と言えよう。初顔合わせをサボって一年間クラスで一人ぼっちというのは笑うに笑えない。
 そういった事情から、俺は土曜日に粛々と登校し、粛々と下駄箱の蓋を開ける。
 一年間使用されていない下駄箱には、気だるげな空っぽがある……はずだった。
「なんだこれ?」
 俺の下駄箱の中に、何かが入っていた。
 なんだろうと取り出す。
 それは封筒だった。色は桜の花びらを連想させる薄いピンク。封筒の止め口部分には真紅のハート型のシール。
 まるでラブレターみたいだなという感想を抱いた。
 ……いや、実は本当にラブレターだったりして。
 その可能性に至ったとき、俺の中で電流が走る!
 だって、ラブレターですよ、奥さん。
 高校二年生になって彼女いない歴と年齢がイコールの男子が、この展開に興奮せずにいられましょうか? 否、不可能である!
 俺は大興奮で封筒の中身を確認する。
 そこには、白の便箋に少女らしい丸っこい文字で、
『ずっと前から陽太君のことが好きでした。直接会って告白したいので四月八日の放課後、学校の裏庭にある桜の木の下に来てください。待っています』
 春だ! オラが高校生活に春が来た! 今宵の夕餉は赤飯じゃ!
 俺が歌舞伎役者だったら、『こいつは春から縁起がいいや』なんて大見得を切っていたに違いない。残念ながら、俺は歌舞伎とは縁もゆかりもない世界の住人なので、そんなことはしないけれど。
 歓喜を抑えられない俺は、口元をほころばせる。
 告白は四月八日の放課後。つまり、明日。これは今日の夜、ちゃんと眠れるか不安である。
 ……って、待て。それっておかしくないか?
 改めて確認すると、現在は二〇一二年四月七日――土曜日だ。
 今日が土曜日なら、明日は当然日曜日。
 にもかかわらず、放課後に会いたいってどういう意味だろう。
 誰か、有識者がいたらお尋ねしたい。
 ――日曜日の放課後って、いつだ?

   ◆

 掲示板で新クラスと名簿番号を確認してから、俺は二年F組の教室に入る。
 名簿番号を参照して、自分の席に着くと、哲学者もかくやという深い思考に没入する。
 俺の頭痛の種は、下駄箱に投函されていたラブレターと思わしき何かが。
 暮れなずむ放課後、桜の木下で学校の女子から告白される。
 男なら誰でも憧れるであろうシチュエーション。
 しかし、指定されたのは日曜日。
 わからん。これはどういうトンチだろうか。
「どうしたの、朝から深刻そうな顔をして」
 俺が考え込んでいると、声をかけてくる者がいた。見慣れた顔だったので、俺は特にたじろぎもしない。
 俺に声をかけてきたのは七条涙子《ななじょう るいこ》。同じ学年の生徒で、加えて言うなら腐れ縁の幼馴染。
「いや、なんでもない。それより、今年もまたお前と同じクラスだとはな」
 俺は涙子の顔を見ながら辟易していた。掲示板で、同じクラスのメンツを確認していたが、実際に涙子の姿を目の当たりにすると奇妙な気分は累乗的に増していく。
 小学校から今まで、涙子とは違うクラスになったことがない。一体、どれだけの確率変動が起こればそのような奇跡が起こるのやら。運命の女神様は、相当に性格が破綻しているらしい。
「なによー、その嫌そうな態度。私だって、一緒になりたくて一緒になったわけじゃないわよ」
 不服そうに唇を尖らせる涙子。
 お互いに率直な感情をぶつけあえるからこそのじゃれあいだ。
「ところで、その手紙はなんなの?」
 涙子は視線を落とし、机の上に置かれたラブレター(仮)を凝視。
「これは……」
 俺は大慌てで手紙を隠そうと試みる。だが、俺よりも早く、涙子の手が手紙をひったくる。
 手紙の内容に目を通すと、みるみるうちに涙子の表情が漂白されていく。
 まるで幽霊に遭遇したかのような反応。
「いくら俺がモテないからって、そのリアクションは酷すぎないか?」
 それとも涙子は、俺の男子力が虫けら並みとでも言いたいのだろうか。ありうる可能性なので、深くは考えないでおこう。
「べ、べ、別に驚いてはないわ。私は極めて冷静かつ落ち着いていて、そしてクールよ」
「異議あり。その手の震えはなんだ?」
 俺の指摘に、涙子は視線を右往左往させる。
「だ、だって、この手紙は……」
 完全に脳の処理限界を突破していた。
「そうだ。これは俺へのラブレターだ。しかし涙子君、それだけで浮かれるような俺ではない。文面に指定された日付を見たまえ。四月八日、つまり明日だ。日曜日の放課後っていつだよ! テル・ミー、そしてヘルプ・ミー!」
 ここが教室だというのに、俺は叫んでいた。大慌てで自身の心を沈静化させるが、時すでに遅し。クラスメイトの目が若干引いていた。
 新年度早々、俺が変な人認定されたかも。
 憂うつな気分に陥りながら、俺は再度涙子に尋ねる。
「問おう、日曜日の放課後とはなんぞや。女子高生の間ではメジャーな表現なのかね? 是非、現役JKにご教授願いたい」
「私は寡聞にして、そんな奇っ怪な言い回しを知らないわね。……陽太はどうするつもり?」
 半開きの目で、涙子は聞いてくる。
 その質問に対し、俺は、
「わかんねえ。とりあえず、明日まで考えてみるわ。もしかしたら、送り手の書き間違いの可能性もあるし、もしかしたら、この手紙自体が単なるイタズラかもしんないし」
 これは優柔不断ではない。熟慮である。と、俺は俺に言い訳をしておく。実際は、今日一日、ずっとモヤモヤした気持ちを抱えていたわけだけれど。

   ◆

 四月八日、日曜日。制服ブレザーに着替え俺は早朝から学校に向かった。
 結局俺は、昨日発見した手紙をイタズラではないと判断した。もし、あの手紙がイタズラで、俺をからかうことが目的だとしたら、日曜日に学校に呼び出すというのも不自然だ。
 ましてや、放課後は日曜日には存在しない時間帯だ。そんな指定するのも意味深すぎる。
 故に、俺はあの手紙の内容に従うことにした。
 もしかして、四月八日という日付自体が送り主の書き間違いだったのかもしれない。
 けれど、送り主が特別の事情で四月八日を指定した可能性もゼロではない。
 不確定な事柄が多過ぎるが、わざわざ俺にラブレターを書くような奇特な女の子に会えるんだ。今日一日くらい潰してやるさ。
 とはいえ、日曜日の放課後がいつからなのかがわからない以上、可能な限り早く動く必要があるのは辛いところ。
 日曜日は部活のために校門が開けられるのが午前八時。俺は、その時間に合わせて一人登校する。
 そして、呼び出された桜の木の下で待ちぼうけ。
 一応、暇つぶしのために何冊か本を持ってきていた。どれも最近流行りの作家の本ばかりで、内容的にはさして難解ではないはず。なのに、今後自分に降りかかる展開が気がかりで内容が頭に入ってこない。
 風が吹くたびに、桜の花びらが儚くも散っていく。
 今年の桜もそろそろおしまいだ。桜が散れば、学校からもクラスからも、浮かれた新年度の空気は消え失せ、葉桜のように味気ない日常に引き戻される。
 もしかして、昨日のラブレターが俺にとっての最大のイベントで、後は無味乾燥とした一年になったりして。
 ……否定しきれないので、マイナスなことは深く考察しないでおこう。
 うららかな春の空気は、俺をまどろみの淵へ誘い込む。
 夢現の気分に浸りながら、俺は今日までの高校生活を思い返す。
 一年間、色々なことがあった。
 去年のクラスは、恋人こそ作れなかったが、それでも楽しかった。
 幼馴染の涙子と同じクラスと知ったときは驚いたものだ。
 同じ中学からは涙子以外は女子が進学してこなかったこともあって、俺と涙子はよく行動を共にした。
 今でもありありと思い出せる。
 あれは忘れもしない去年の四月六日。入学式は始業式より一日早く行われた。その日に俺は涙子と一緒のクラスであることを知った。
 俺は涙子に『今年もまた一緒かよ!?』とげんなりした態度を表向き見せてしまった。しかし、その実、俺は同じ中学の友達が一緒のクラスであったことに安心していた。
 そして、一年間、俺は涙子と同じクラスで過ごした。
 俺の中での不思議は、涙子が彼氏をつくらなかったことだ。
 あれで彼女は、男子から結構モテる。容姿端麗なのに加え、利発な性格だ。実際に何度か告られたことがあるらしい。
 一回だけ俺は『どうして告白を断ったんだ?』と聞いたことがあった。
 そんな俺に対して涙子は、悲しそうな顔で『他に好きな人がいるから』とだけ返した。
 涙子も中々に辛い恋をしているのが窺えて、俺はそれから先、涙子が男子を振ったという話を耳に入れても、詮索はしなくなった。
 涙子が好きな男って、どんな奴なんだろう。涙子に釣り合うような男子は、ちょっと想像できない。あいつと付き合えるとなれば相当な幸せ者だ。
 俺と涙子は、別々の誰かに恋をして、やがて離れていく。幼馴染といっても、その絆は永遠ではないと思う。きっと、どんなつながりもいつかは減耗していく。
 今日という日に上手くことが運べば、俺は晴れてリア充の仲間入り。そうなれば、恋人を放って涙子に構い続けるというのは難しくなる。
 というのは、現段階においては捕らぬ狸の皮算用か。
 ケータイを取り出して、俺は現時刻を確認。現在、朝の九時。先は長そうだ。
 そんな中、メールの着信音がした。
 確認すると涙子からだった。
『今日、学校に行く?』
 絵文字も顔文字もない簡潔な文面。
『というか、もう来てる。校門が閉まるまでは待つつもり』
 俺の返信。長丁場への覚悟に涙子からは呆れられるかなとも思ったが彼女は、
『わかった。風邪ひかないようにね』
 割と優しい内容の言葉。涙子らしからぬ態度に、ちょっと虚をつかれてしまった。
 ケータイをしまう前に、俺は改めて画面に表示されている今日の日付を見やる。
【4月8日(日)】の文字。
 やっぱり四月八日は日曜日だ。動かしがたい事実に、俺はため息を一つ。
 四月八日が平日ならば、すべての問題は解決なのに。
 そこまで考えて俺は目をしばたかせる。
 ――四月八日が平日ならば。
 自分がとんでもない勘違いをしている可能性に気づき、俺の背筋が凍った。
 大慌てでケータイに入っているスケジュール管理用のカレンダーを表示させる。そして、恐る恐る、過去のカレンダーを表示させ、やがて二〇一一年の四月までたどり着く。
 俺は自分の考えを何度も頭の中で反芻させる。
 自分の考えに綻びがないかを必死になって探すが見つけられない。
 俺は、ブレザーの内ポケットに入れていたラブレターの文面を再度確認する。

『ずっと前から陽太君のことが好きでした。直接会って告白したいので四月八日の放課後、学校の裏庭にある桜の木の下に来てください。待っています』

 俺は文頭の『ずっと前から』という言葉に気が遠くなる思いがした。
 だから、俺はケータイを操作して、とある人物に通話する。
 三コール目で相手につながる。
「もしもし、涙子か?」
 その相手とは、誰であろう七条涙子だった。
「どうしたの?」
 改まった声の俺に、涙子はびっくりしている様子だった。
「お前に謝らなきゃいけないことがある。すぐに会いたい。今、どこにいる?」
「……家だよ。でも、今から学校に行こうとしてた」
 まるで泣いているかのようなか細い声で涙子は告げた。
「わかった。待ってる。俺、お前が学校に来るのを待ってる。ずっと、ずっと待っててやる」
 俺の宣言。
「うん、ありがとう」
 涙子はそう言うと通話を終了させた。
 涙子の感謝の言葉に、俺は罪悪感が喉元からせり上がってきた。
 そこは『ありがとう』ではなく、『バカ野郎』と俺を罵倒する場面だろうが……。

   ◆

 二十分後。
 桜の木の下に制服姿の涙子の姿が現れる。
「お待たせ」
 涙子はぎくしゃくとした笑顔で、俺に言ってくる。
「いや、待たせたのは俺の方だ。すまなかった」
 俺は深々と頭を垂れた。謝って許されるものとは思えないが、そうするより仕方がない。
「あのラブレターの意味、わかっちゃったんだね」
「気づかずに終わってしまうところだったよ。あのラブレターに書かれた四月八日とは、今日のことではなかったんだな」
 俺はケータイを取り出すと、涙子に画面をかざす。
 表示されていたのは二〇一一年四月のカレンダー。
「去年の四月八日は金曜日だ。金曜日なら平日だから、当然放課後だって存在しうる。そういう話だったんだな」
 俺の問いに、涙子はこくりと頷く。
 真実が俺の推理通りだとしても、俺の気分はまったく晴れない。
 それもしかたがない。

 ――だって俺は、去年一年間、ずっとラブレターを自分の下駄箱に放置し続けたのだから。

 この話をややこしくした原因は、一年前の俺の身長にある。
 当時、低身長だった俺は、最も上の段に割り振られた自分の下駄箱を使いにくいと感じた。だから俺は入学初日から誰に断るでもなく勝手に空いている下の方の下駄箱を使用した。
 だから、気づけなかったのだ。入学したての男子の下駄箱にラブレターが投函されていたことに。
 そして、一年という月日が経ち、背の伸びた俺は指定された下駄箱を開けた。そこで件のラブレターを見つけた。
 挙句の果てに、四月八日という日付から『日曜日の放課後』というトンチキな言葉まで生み出す始末。恥ずかしすぎて自害したい。
「まったく、嫌になっちゃうな。今更になって、あのラブレターが話題になるなんて。私に謝るってことは、あのラブレターを書いたのが誰かもお見通しってことね」
「当たり前だ。入学したての時期のラブレターに『ずっと前から』なんて言葉が入っている。これは入学前から俺のことを知っていた生徒に他ならない。少なくとも俺には入学当初、お前以外には女子の知り合いはいない。だから、この手紙を出したのは涙子と考えるのが妥当だ」
 もっとも、俺が知らなくとも相手が一方的に俺を知っている可能性はなくはない。だから、これは推理としては穴だらけ。むしろ推理というより推測に近い域だ。
 なのに涙子は言うのだ。
「なるほど、入学した日の夜に大慌てで書いたから、そこは自分でも気がつかなかった」
「妙なところでうっかりさんだな」
「正直言うとね、告白する前に差出人が陽太にバレちゃうなら、それはしかたないかなって思ったんだ。字の形で私だって気づかれるかもしれなかったし」
「でも、入学早々にラブレターって……」
「ちょっとアグレッシブすぎたかな? でもね、高校に入ったらすぐにでも陽太に告白するっていうのは決めていたの。ズルズルと『友達』なんて関係を続けるのは耐えられなかったし、それに他に彼女を作られたらたまったものじゃないし」
 なるほど、涙子には涙子なりの焦りがあったのか。
 まあ、実際問題としては俺には去年一年彼女なんてできなかったという事実がある。涙子は焦る必要は全くなかったのだが。
 涙子は続ける。
「ショックだったのは、去年の四月八日に陽太がここに来てくれなかったこと。最初は、私の姿を見かけて私に気づかれないように立ち去ったのかなとも考えた。でも、次の日からも陽太は変わらずに接してくれた。私、すごく戸惑ったんだよ。同時に、陽太のことを諦めきれない感情まで出てきて、一年間、陽太への気持ちを隠すのが大変だった」
 やがて、涙子の瞳から一条の輝くものが流れ出す。
「俺は……」
 二の句が次げない。
 本当に俺は、とんでもないことをしてしまった。
 涙子にとってのこの一年は、想像に絶する。
「陽太って、本当にどうしょうもない男だね。だけど、そんな陽太に恋をした私も、どうしょうもなく男を見る目がないと思う。だから、今ここで言うね。――ずっと前からアナタのことが大好きでした」
 優雅に花びらが咲き誇る桜の下で、涙子は一年間告げられなかった想いを伝えてくる。
 その告白に対する俺の返事は、
「これからも、ずっと一緒にいよう」
 何事もなかったかのように頷けるのは男の図々しさのなせる業。
 涙子の指摘するとおり、本当に俺ってどうしょうもない男だな。

【告白は日曜日の放課後に】了

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