空気の王に君は成れ/第6話

~さよなら、空気人間ライフ~


『さーて、お送りしたのはこの私、虹川美弦のマイ・ベストアニソン『メイド魔法少女・マジカルくすは』オープニングテーマ『ジハード・ジハード・トゥルルル☆』でした』
 テンションが天昇していそうな声と内容がスピーカーから垂れ流される。
 というか何故、虹川会長? 放送部はどうした?
「すまん、この放送のどこがどう大変なのかね?」
 校長は厳粛に質問。
「もう間もなく始まるかと」
 闖入者の男子は、校長の質問に淡々と返す。すると、まるで計ったかのように、スピーカーから爆弾発言が投下される。
『ではでは、ソウルフルなアニソンで学校中が熱くなったところで、今日の本題『大橋成平先生が自分のクラスの女子生徒に告白して、挙句フラれた件』についてお話しましょう!』
 室内中の視線が、大橋先生に固定される。大橋先生は、
「な、なにを言っているんだ」
 どうにか取り繕うとするが、虹川会長はこちらの事情などお構いなしに話を進めていく。
『今日は大橋先生に告白された女子生徒がゲストとして駆けつけてくれたよ。紹介しよう、この学園一の美少女と名高い久我島風花だ!』
『どうも、二年七組の久我島風花です』
 声は真面目で固かったが、確かに久我島のものだった。
 今度こそ大橋先生が言葉を失った。
『まずは、証拠の音声を聞いていただこう』
 虹川会長が言うと、機械が駆動する音がする。そして、男女の声が流れてくる。その内容は、僕が一週間前に掃除道具入れの中で聞いたものだった。

「好きだ久我島。俺は一人の女性としてお前に恋をしてしまった。だから俺と付き合って欲しい」
「あの、私は生徒で、先生は教師で、そのそういうのは……」
「もちろん、そんなことは知っている。そしてそんなことは関係ない。一人の男が、一人の女
「ごめんなさい、先生。私は先生とお付き合いはできません。これは教師と生徒だからとかではなく、とにかく駄目なんです」

 ――と、ここで音声は終了。
 音声における男性の声が大橋先生なのは、本人がいるこの場ではすぐに判別がつくことであった。
『私はこの件を生徒諸君に伝えるために、こうして放送室を占拠させてもらっている。教師と生徒の恋愛。なるほど、甘美な響きだ。しかし、どれだけ魅力的な生徒がいたとしても、その想いを御するのが教師の理性というものではなかろうか。そして、ここからが更に問題なのだが、大橋教諭は自分の恋が上手くいかなかったからといって、翌日、同クラスの男子生徒を殺めようとしている。そうだね、久我島風花?』
『その通りです。大橋先生は、生徒の一人を私の好きな相手と決めつけて、怨敵であるかのように首を絞めつけました。私は大橋先生を止めようとしました。でも、大橋先生はそんな私に暴力を振るおうとしました』
 久我島は淡々と証言を紡いでいく。
『となると、大橋先生は君にも手を上げたと?』
『髪の毛を掴まれるなどはありましたが、直接叩かれたりはありませんでした。なぜなら一人の男子が、暴れ狂う大橋先生に飛びかかり、私を助けてくれたからです』
『ほう、その生徒の名前は?』
『多々良涼君です』
 はっきりと断言する久我島。室内の人間は僕に注目する。
「う、嘘だ! 私はそんなことしていない! 校長、これは私を陥れるための罠です! 実際、うちのクラスの生徒でそんな証言をした人間はいない!」
 異議を申し立てる大橋先生。しかし、そんな彼にトドメが刺される。
『二年七組の諸君、君たちが何を恐れて真実を隠蔽したのかは私の知るところではない。もしかしたら、誰か一人の、クラスで発言力のある人間が、初めに多々良君を陥れようと虚偽の申告をして、それにつられて賛同したのかもしれない。一人が賛同して、二人が三人になり、やがて白であったはずの真実が、集団心理によって黒に染められるなんて話はよくある話だ。心理学に明るい者はアッシュの三本線という実験を思い出してもらえればいい。しかしだ、私の元で真実を語ってくれた者がいる。彼のプライバシーを守るために声質は変えさせてもらっているが、これは重要な証言であると私は認識している。聞いてくれたまえ』
 そして、また録音された音声が再生される。
 機械的に変えられた男性の声だった。テレビで匿名希望者のインタビューにおいて証言者の声が野太い感じに変換されたりするが、まさにそれだった。
 その内容は、まさしくあの日、あの教室で起きた事件を詳細に語っていた。
 ――大橋先生が僕を絞殺しようとしたこと。
 ――久我島が僕を助けようとして、逆に大橋先生の標的になったこと。
 ――そんな彼女を助けようと僕が大橋先生に襲いかかったこと。
 それらの出来事が包み隠さずに証言されていく。
 声質変換がなされた証言が終わる。
 大橋先生はもはや喚き散らす気力も残っていないようで、愕然と崩れ落ちていた。
『聞くところによれば、現在、久我島風花を助けた多々良涼は暴力沙汰を起こした罪で退学処分を検討されているという。しかし、先生方にお願いしたい。今一度、今回の事件について再調査し、そもそもこの事件は誰が発端となって生じ、本当の責任は誰にあるのかを吟味して頂きたい。以上だ』
 そして、放送は一方的に終了。
「これは、どうしたものか」
 深々と溜息をつき、校長は椅子に座ったまま天井を仰いだ。
「では、僕はこれで失礼します」
 存在感のない男子は、一礼すると何事もなかったかのように退室した。その落ち着いた態度は、まるでさっきまでの慌てぶりが演技だったかのようだ。

   ◆

 翌日は土曜日だったが、学校側から退学に取り消すという連絡が我が家に届いた。そして週明けの月曜日から僕は学校に復帰した。
 僕に自主退学を勧告した件について学校側は陳謝。大橋先生はひとまず休職という形をとるらしい。数日後に懲戒免職などの厳罰を下すようだ。なので、この一件についてはマスコミに流さないでもらいたいという要請もつけられた。
 学校側が完全に、教師の不祥事を隠蔽に走っているが、そこら辺の事情はこちらとしても飲むしかない。一応、僕の方も人を撲殺しかけているので潔白の身ではない。
 双方が妥協するには、両者がちょっとずつ泣き寝入りするのがベター。交渉事の基本だ。
 学校復帰初日の通学路は居心地が悪いものだった。校内放送では多々良涼という名前が流されただけ。なので、僕の姿を見ても僕が多々良涼だとわかる生徒はそうそういないだろう。僕の対人関係は薄っぺらいのだ。けど無意識的に視線を警戒してしまう。
 けれど、こんなところで竦んでいるわけにはいかない。
 だって、クラスメイトは確実に僕の顔と名前が一致しているのだから。
 教室に入るとクラスメイトの視線に串刺しにされるのは、もはやテッパンネタを超えて天丼ネタだ。
 僕は自分の席についた。と簡単に言ってしまうが、そもそも自分の席が残っていること自体がよく考えてみれば奇跡だ。本来なら、席どころか学校での籍すらも失ってもしかたない状況だったのだ。
 僕が黙考していると、
「おはよう」
 気さくに声を掛けてくる者がいたので驚いた。集団無視されるくらいの覚悟は決めてきたのである意味で拍子抜けだ。
 目の前にいたのは久我島だった。
 昨日、彼女が校内放送で証言してくれたから僕はここにいられる。よって、無視するわけにもいかない。
「おはよう。昨日はありがとう」
「よかった。てっきり『余計なお世話だ』と言われるかと思ってビクビクしてたんだよ」
 久我島が大橋先生から助けようとしたから僕は退学寸前とところまで追い込まれ、久我島が僕を助けようと校内放送で証言したから僕は針のむしろである教室にいる。よって、久我島が悪いと言えなくもないが、それはどう考えても逆ギレだ。人として恥ずかしいのでそれは避けたい。
「それより、久我島さんは放送室なんて占拠して大丈夫だったの?」
「大丈夫だよ。虹川会長が口八丁手八丁で切り抜けてくれたから。それに昨日は私や会長よりも大橋先生の方で先生たちはてんやわんやだったし。そうだ、虹川会長が昨日件で涼に会いたいって言ってたよ。放課後あたりに生徒会室に行ってみたら?」
「そうだな。お礼は言っておくべきだよな」
 僕は頷く。
 それに、どうしてあの人が大橋先生の告白シーンの音声なんて持っていたのかが気になる。ここで久我島に聞いてもいいけど、いかんせん人目が気になる。
 とか話し込んでいる内に始業のチャイムが鳴り響く。
 久我島は「じゃあまた話そうね」と言って自分の席に戻っていった。
 教室に入ってきた教師は、当然大橋先生ではなかった。何故か教頭先生だ。
 クラスがざわつくが、教頭先生は、
「静かにしろ!」
 これを一喝。とりあえず、教室は静かになる。
「大橋先生は諸事情により急遽休職されることになった」
 簡潔すぎる事情説明だったが生徒側からの質問はなし。訊かずとも事情は大体把握できるし、何より不機嫌そうな教頭の様子はとても質問できる雰囲気ではない。
「いいか、私は忙しい。本来ならここにはこの学年の副担任がべきだ。にも関わらず、私が来たのはその副担任がすでに以前から病気で休職されている他の先生の代理を別クラスで努めているからだ。いいか、私がこのクラスに来るのは今日限りだ。なので、クラス委員長は起立しろ!」
 教師というよりは軍人みたいなものいいが癪に障ったが、僕は渋々起立した。
 前方の席にいた久我島も起立する。
「そうか、君たちが多々良と久我島か。大橋教諭の件は、しかし君たちが撒いた種でもある。なので、今後のクラス運営は君たちが務めるように。いいか私は今後こんなクラスに一切関与しないぞ! それと、くれぐれもトラブルは起こさないように! それでは失礼する。出欠席は君たちが取って、出席簿は毎朝職員室にいる学年主任に届けるようにしなさい。以上だ」
 言うだけ言って、教頭先生は退室。
 って、オイオイ。僕と久我島でクラス運営をしろだと?
 一難去ってまた一難。どうやら僕の受難は終わりそうにない。それどころか日に日に悪化している。
 理想の空気人間ライフはどこに行く?

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