空気の王に君は成れ/第7話

~一歩先を行くジャイアニズム~


 学級運営は原則として、クラス委員長であるところの僕と久我島に放り投げられた。さりとて、今日一日はさしたる混乱はなかった。
 出欠席はいる奴といない奴を確認すれば済む話だし、授業は各教科担当者が勝手に進めていく。帰りのショートホームルームに配るプリントをわざわざ職員室に取りに行くのは億劫だったが、そんなものはちょっとしたお使いだ。
 クラス運営って、もしかして担任がいなくても回っていくんじゃないだろうか? そんな不謹慎な感慨さえ湧いてくる。
 放課後になると、僕は生徒会室へと足を運んだ。メイド服のトラウマはあるものの、しかし、僕を助けてくれた虹川会長に謝辞を入れないわけにはいかない。変な人ではあるが、仮にも僕の恩人なのだ。
「失礼します」
 生徒会室の扉をノックすると、中から「どうぞ」と声がした。僕は扉を開ける。
 室内には虹川会長がいた。そして、彼女だけではなく他の生徒会役員の方々もおられた。
「待っていたよ。そろそろ来る頃ではないかと予想していた。すまないが、私以外の役員諸君は席を外してもらえないだろうか。私はそこにいる多々良君と二人きりで話したいことがある」
 虹川会長が言うと、役員の間で「彼が多々良涼……」と小声で聞こえてきた。どうやら僕の名前は生徒会役員の記憶にすら刻まれているらしい。
「んじゃ、俺らは学食で駄弁ってますんで、用事が終わったらケータイに連絡下さい」
 生徒会役員の一人が告げて、一同は退室。部屋には僕と虹川会長の二人きり。
「さて、立ち話も何だから適当な席に座りたまえ」
 虹川会長は着席を促すが、僕は首を横に振った。
「座る前に言わなければならないことがあります。この前は、僕を助けてくれてありがとうございました」
 深々と頭を垂れる僕。
「うむ、その感謝の気持ち確かに受け取った。さあ、頭を上げてくれたまえ。そして、座ってくれたまえ。生徒会長の第一義は、臣民たる一般生徒を守ること。私は当然の責務を果たしたまでだ」
 僕は頭を上げた。そこには虹川会長の誇らしげな笑みがあった。
「では、失礼します」
「うむ」
 空いていた席につく僕。そして、第二の目的を果たすため質問した。
「ところで、虹川会長はどこから大橋先生が久我島さんに告白した音声を入手したんです?」
 僕がこの部屋に来た目的の二つ目は、この事実の真相を確かめるためだった。知らないでも学校生活は送れるが、わからないままというのは少々気持ちが悪い。
「無論、自分で録音したのだよ。あの日、君が教室にいないと久我島風花に言われて私は一端二年七組の教室から撤退した。しかし、もしかしたら、久我島風花が君を庇うために嘘をついているかもという可能性に至って再び教室に戻ろうとしたのだ。ところが、扉を開けようとしたら大橋成平が久我島風花と話し込んでいた。私は以前から大橋教諭から胡散臭さを感じていたので、もしかして失脚させられるネタでも取れるんじゃないかとケータイの録音機能を回してみたのだよ。そうしたら案の定告白イベントだ」
「会長、物凄い勘の良さですね」
「否、人間観察力が研ぎ澄まされていると言ってもらいたいな。そうでなくても、一部では大橋成平はかつて自分の教え子に手を出したという噂もあったしな。まあ、イケメン教諭なら誰でも付きまといそうなものだがね。それはそうと多々良涼、久我島風花へのお礼はしたかね。私は君を助けようと躍起になっている彼女を見て、放送室占拠に踏み切ったのだよ」
「そうだったんですか」
 つくづくお節介な奴だ。僕なんて放っておいても問題ない空気人間だというのに。
「それと、各務原水鏡(かがみはらみかがみ)にも感謝するべきか。わざわざ、会議室にまで乗り込んで、校長共に私の放送を聞けるようにお膳立てしてくれたのだから」
「各務原?」
 初耳だ。でも『会議室にまで乗り込んで』というくだりでピンとくるものがあった。といっても、あのときの人物の顔は明確に思い出せない。なぜならあまりに平均的で特徴のない容貌だったからだ。
 あのとき、虹川会長の放送が聞けたのは、謎の男子生徒が会議室に入って来ていきなりスピーカーをオンにしたから。もし、あのとき彼が現れなかったら校長はリアルタイムで虹川会長の放送を聞けなかった。
「あの人も、会長の仕込みだったんですか?」
「仕込みとは失礼な。彼は私の友人だよ。私の、後輩を助けたいという思いに賛同し、わざわざ駆け参じてくれたのだ」
「そうですか。だったらその人にもお礼した方がいいですよね」
「無論だ。しかし、困ったことに彼はこの学校の生徒ではない」
「は?」
 会長の言葉が理解できなかった。
「彼は知波大附属の生徒だ」
 知波大附属――正式名称は私立知波(ちなみ)大学付属高校。我が校である県立知波高校から徒歩三十分のところにある高校だ。
「どうして他校の人が? いやいや、そもそもあの人うちの学校の男子制服来てましたよ?」
「言ったろう、彼は私の想いを組んで馳せ参じてくれたと。彼は中々義に厚い人間だよ。制服は単なる変装だ。彼の特技は主に諜報や変装だ。容姿、身長、振る舞いが平均的で印象に残らないということをフルに生かした特技だと私は思うよ」
「忍者みたいな人ですね」
「言い得て妙だな。水鏡は本拠地の学校では、二つ名ももっている。その名も――」
「その名も?」
 僕はちょっと興奮してしまった。二つ名なんて代物を実際にもっている人がこの世にいようとは。少々のオタク臭さは否めないが。
「その名も【姿なき徘徊】という」
「まさに隠密行動が特技です、ってカンジですね」
 うわ、ヤバイ、本格的に格好良い。むしろ、僕の目指す空気人間の究極形みたいな称号じゃないか。僕もいつかそんな名で呼ばれてみたいものだ。
「どうやら水鏡に大いに興味を持ったみたいだね」
「わかります?」
「無論だ。今の君は目が輝いている。実は明日、水鏡は当校にやってくるのだ。潜入任務としてではなく、れっきとした取材として」
「取材? 一体何の?」
「明日の放課後は、私は同胞たちとサミットを開くのだ」
「サミットって、各国の首脳陣が集まって会議するアレですか?」
「意味合い的にはあっている。集まるのは日本のサブカルチャーに深い造詣を持った文化部系の有力者たちだ」
「それって言い換えればオタクですよね」
「身も蓋もなく言うね。しかし否定はしないよ。私を含めこの学校で抑圧されているオタク層が、いかに他生徒にサブカルの魅力を伝えていき、共存し、相互利益を生みだすのかを討論する。私はこれを『活オタク』と呼んでいる」
 虹川会長の語り草は熱い。
 彼女は更に続ける。
「元来オタク文化は楽しいものだ。それを『暗い』『キモイ』『変態』などという偏見だけで触れようともしないのは愚の骨頂。ならば、私は活オタクの道を説き、すでにオタクと呼ばれる者にはプレゼンターとなってもらい、オタクを敬遠する者に歩み寄ってもらおうと考えたのだよ。そして、その方法を具体的に絞っていくのが明日行われる活オタクサミットである!」
「それを水鏡さんは取材に来ると」
「いかにも。彼が取材し、活オタクの道を彼の学校の生徒にも伝え、啓蒙していく。これぞジャーナリズムだ」
 それはジャーナリズムというより洗脳では? とも思ったが言わない。話が拗れそうだ。
「じゃあ、僕もそのサミットに参加なり傍聴すれば水鏡さんに会えると?」
「いや、君にはサミットにおいて重要な任務を与えたい」
「と、いいますと?」
 訊きながら虹川会長の、一番良い笑顔に僕は嫌な予感しかしない。
「君が明日すべきは男の娘になることである! 君の神々しいまでの男の娘姿を世に示し、活オタクの象徴とするのだ!」
 虹川会長の瞳は銀河の輝き。事実として脳内では銀河鉄道が疾走していそうだ。
「いや、それはちょっと……」
 気押されながらも僕はこの場を去る口実を探す。
「甘いよ、多々良涼。私が何のために君を大橋成平から助けたと思っているのかね?」
 がっしりと僕の肩を掴む虹川会長。
 汗。ヤバイ、僕はどうやら、とんでもない高利貸しに借りをつくってしまったらしい。
「会長から滲み出る真善美の心がそうさせたのじゃないですか?」
 僕は言ってみたが、虹川会長は粛々と首を横に振る。
「リーダーたるもの真善美を持っている必要はない。それを持っているかのように見せかけることの方が余程大事だ。むしろ私は手段を選ばないようなマキャベリズムを好む」
「そういうのを素で言っちゃいますか」
「普段はそんな本性は隠しているがね。だが、むしろ君に対しては韜晦しても意味がなかろう。君は私に借りがある。借りは返さなければならない。よって、君は私の指示に従わなくてはならない」
 債務者に対し、債権者は容赦のない言葉を浴びせてくる。
「僕の人権とかは、考慮してないんでしょうね」
「無論だとも。私のものは私のもの、そして君は私のものだ」
 マキャベリズムというよりは、一歩先を行くジャイアニズムだった。
「わかりました。やればいいんでしょ、男の娘。でも一回切りですからね?」
「良かろう。まずはお試しで一回切りということにしよう」
 駄目だこの人の欲望。とどまるところを知らない。
 もう、どーにでもなーれ。

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