空気の王に君は成れ/第8話

~活オタクサミット~


 翌日の放課後。僕は男の子であると同時に、男の娘だった。
 着替えは生徒会室にて行った。なにぶんメイド服に袖を通すなど人生初。そして人生最後であるのを願うばかりだ。
 生徒会役員の人々に手伝ってもらった。さらに着替えさせられただけではなく、メイクまで施された。メイクは虹川会長直々のものだった。とにかく手際が良かった。
 ファンデーション、付けまつげ、口紅など、男の僕からすれば別次元のアイテムであった。インモラルな気分になっている自分がいて吃驚だ。
 メイクが完成し、最後にウィッグを装備し、多々良涼・女の子ヴァージョンが完成。確認のために鏡を見せられた際に僕は絶句した。
 そこにいたのはまさしく女性だった。元々、母親似の女顔だったが、それでも大変身だった。
「これは誰ですか?」
 鏡を指しながら思わず訊いてしまった。
「名前は無難に涼子ちゃんでどうだろう」
 虹川会長は意地の悪い笑みで提案。
「もう好きに呼んで下さい」
 僕は半ば観念して、今日一日は無抵抗な玩具でいる腹を括った。
 しかし、本番はこれからだ。生徒会室を出ると、廊下を行きかう人々が僕を凝視してくる。僕が女装しているからというよりは、学園祭でもない時期に校内にメイドが現れたことに対する驚きだろう。
 僕は俯きながら活オタクサミットの会場である小会議室まで足早に駆けていった。
「失礼します」
 一応挨拶をして、小会議室の扉を開けると、
「キタコレ!」
「こんなに可愛い子が女の子なわけがない!」
「この戦もらった!」
 などと既に席についていたオタクの猛者たちが僕の登場に叫んだ。
 発せられた言葉は明らかにオタクそのもの。なんだけど、僕はこの部屋に居合わせた人々を改めて観察。
 部屋にいた男子は四名。妙に小ざっぱりして、清潔感にあふれた、スマートな出で立ちの人ばかりだった。僕は『オタク』という単語から、小汚い人や太った人の集まりを想像していた。
「どうやら、彼らのルックスに驚いているようだね」
 きょとんとする僕に、虹川会長が声をかける。
「この人たちが、オタクの首脳陣なんですか?」
「いかにも。私が目指す活オタクの道とは、すなわち一般人との共存だ。そのためには、こちらからも歩み寄りをする必要がある。我々が目指すのは近づきやすいオタクなのだ。近づきやすさを演出するには、まずはルックスから。人は見た目が九割なんて本もあるくらいだしな。活オタクの道を説く首脳陣にはそれなりに努力を払わせているのだよ。スローガンは『三次元にも嫁をッ!』だ。ここにいる者たちの中にはリアル世界に彼女がいるものもいる」
 どうやら僕は首脳陣に対して甘い見積もりをしていたようだ。精々、ありがちな無精者っぽい格好の人々の集いかと思っていた。
 恐るべし、活オタク。
 首脳陣のスペックの高さに畏敬の念を抱いていると、
「お待たせいたしました、ご主人様」
 小会議室に入ってくる者がいた。
「……萌だ」
「……萌以外の何物でもない」
「……ああ、世界に萌の光が満ちる!」
 首脳陣は昇天しかけていた。
 それもそのはず。現れたのは我が校随一の美少女・久我島風花。しかも彼女も何故かメイド姿。
「どうして久我島さんが?」
 連射モードのシャッターのごときスピードで瞬きをしながら、僕は訊いた。
「これ、対価なの。放送室を占拠するのに虹川先輩の力を借りた。その見返りだよ」
 僕を助けたのみならず、その対価まで支払うとは律儀な奴だ。ここまで献身的な態度を取られると逆に裏がありそうで怖い。人の善意にひねた解釈を加えるのは人としてどうかと自分でも思う。しかし、善人すぎる人間から胡散臭さを拭いきれないのは仕方ない。
 僕は改めて久我島を観察する。
 オタク首脳陣が感嘆の声を漏らすだけはある。元々、オタクの道とは縁遠そうな元気系の美少女がメイド服。それはまさに異文化交流に等しい。小慣れたコスプレイヤーがメイド服を着るのとは違い、所作に初々しさが滲み出ている。これをとって首脳陣は萌と評するのだろう。
「なに? 私に見惚れちゃった?」
 久我島はいたずらっぽく訊いてくる。
「そ、そんなんじゃない」
 ニコニコ顔の久我島。
 く、くそう、普通に可愛らしいな。
 とか僕が躊躇していると、首脳陣の方から、
「百合だ」
「いや、でも片方は男の娘だろう?」
「男の娘は二次元換算すれば女の子だ」
「なるほど、一理ある」
 とか言う声。見た目は一般人ないしイケメンなのに中身はどうしょうもなくオタクだ。
「早くも盛り上がってきたね。このまま議論に入ってもいいけれど、一人紹介しておきたい人間がいる。水鏡、立ちたまえ」
 虹川会長に指示されると、四人の男子生徒のうちの一人が起立した。
 水鏡という単語に、僕はハッとする。よくよく見ると起立した男子は、この間、僕の退学が詮議されようとしていた場に乗り込んできた男子だった。
 その人物、各務原水鏡は今日もうちの学校の制服を着ていたため、すっかり首脳陣に溶け込んでしまっていた。
「みなさん、始めまして。僕は各務原水鏡と言います。今日は活オタクサミットの取材のために知波大附属の方から来ました」
 丁寧に一礼する水鏡さん。
 首脳陣の皆様は、彼が我が校の制服を着ているのに驚きもしない。なので、予め連絡はされていたのかもしれない。皆が水鏡さんを拍手で向かい入れる。
「それにしても驚いた。この学校は色んな意味でレベルが高い。初々しい美少女メイドと、女装男子メイドのコラボレーション。これは是非、一枚撮っておきたいけど、二人は大丈夫かな?」
 水鏡さんは、ポケットからデジカメを取り出す。
「無論だとも」
 答えたのは虹川会長。本来なら僕と久我島の両名の同意が必要。しかし、今日に限っては僕も久我島も虹川会長の命令は絶対だ。
「それでは二人とも、世のオタク共を蕩かすポーズと笑顔をお願いします」
 そう言われても困る。僕は久我島に視線を送り、助けを求めたが、久我島は既に胸の前で手をハート型に組んでいた。こいつ、順応が早すぎる。
 どうしょうもないので、僕も久我島の真似をする。が、恥辱以外の何物でもない。
「はい、チーズ」
 お決まりの文句でシャッターを切る水鏡さん。
 この写真が世に出ないのを祈るばかりだ。ネットにUPされたら首吊ってやる。

   ◆

 活オタクサミットでは侃々諤々の議論がなされる。
 いかにして一般生徒とオタク層との溝を埋めていくかが論点となった。オタクといっても好みのジャンルは人によってまちまちだ。アイドルオタクもいればアニメオタクもいるし、ゲームオタクもいる。
 見た目だけは一般生徒な首脳陣だが、議論に費やされる熱量は大したものだ。彼らの熱気だけで室温が上昇していても何ら不思議ではない。
「まずは男の娘の魅力を伝えるべきだ! 一般的にも女装男子は認知されつつある。女装男子という存在がそもそも、二次元世界からの産物であると一般人は認識すべきだ」
「なるほど。まずは二・五次元の世界をオタクへの入り口として据える。そして、然る後にその先にある二次元というアルカディアに迷える子羊たちを導くという寸法か!」
 どうでも良い論議が展開される。ちなみに水鏡さんは議論には直接参加せずに、熱心に議論の内容を大学ノートに書き込んでいる。本当にジャーナリストみたいだな、この人。
「ならば、そこにおられる多々良君を、我が校における活オタクのシンボルにするのはいかがだろうか」
 首脳陣の一人から、とんでもない提案がなされる。
「うむ、良い意見だ。男でもあり女でもある男ならば、男子にも女子にも受け入れられるに違いない。もらった! この戦もらったぞ! デマオンの心臓の在りかがわかったのび太一行も、こんな気持ちだったに違いない!」
 そして、首脳陣の視線は熱線となり僕を灼きつくす。
「行こう、多々良君! 我らとともに約束の地へ!」
 大興奮の首脳陣だったが、僕は、
「嫌です。断固拒否します」
 一言、無表情で切り捨てた。今日一日でさえ嫌々女装しているのだ。それを活オタクなる得体のしれないものの象徴にされたら引きこもりになるのを考えざるを得ない。
「く、ツンデレとは。燃えてきた。燃えてきた。萌えてきたぞ。そして、良いだろう多々良君。我ら活オタクの道を行く者たちは、まずもって君の心を射止めるところから始めよう。ここに我々は宣言する。本年は男の娘元年であると!」
 そして室内に響き渡る歓声。
 駄目だこの人たち。とどまる所を知らない。
「よし、本日の議論は一端ここまでとしよう。次回の議論は一週間後。それまで各陣は多々良君の心を鷲掴みにする計略を練ってくるとしよう」
 ――応! 応! 応!
 首脳陣たち一人一人が一騎当千の古兵に映ってしまう。どうやら僕もそうとう焼きが回っている。
 厄介な話に巻き込まれたなあ、と遠い目をせざるを得なかった。

   ◆

 サミットも終わり、僕は生徒会室でメイクを落としたり、メイド服を脱ぐのを生徒会の人に手伝ってもらっていた。只でさえ女性物の服なんて着たことがないのに、このメイド服は妙に凝ったつくりなので着るのも脱ぐのも不自由する。
 久我島は当たり前ながら別の部屋で着替え中。着替え次第、こっちの部屋に来るとのこと。
「今日は面白いものを見させてもらったよ」
 暢気な声を上げたのは、水鏡さんだった。
「水鏡さんも、オタクサイドの人間なんですか?」
 訊いたのは僕。あんな議論に顔を出すからには、そもそも興味があるということ。あれに興味があるということは水鏡さんもオタクであるという結論に達するのは自然な流れ。
「オタクというには僕は造詣が浅すぎるかな。精々、興味を引かれたライトノベルを読む程度だから。でも、推理小説好きをミステリーオタクと呼ぶなら、確かに僕もオタクかな」
「推理小説というとコナン・ドイルとかアガサ・クリスティとか、そこら辺ですか?」
「古典ミステリーも好きだよ。でも、最近読んでるのはもっぱら国産ミステリーかな。特に新本格派と呼ばれる作家の作品にハマってる。島田荘司はテッパンだよね。『占星術殺人事件』は何度も読み返したよ。時間に余裕があるなら、君も読んでみるべきだ」
 朗々と自分の好みを語り出す彼は、確かにオタクの域に達している。
「考えておきます。ところで水鏡さんは、どうして僕を退学から助けるのに尽力してくれたんですか? 無関係どころか他校生だというのに」
 話を逸らす意味も込めて僕は質問した。
「何のことはない。前から一度、他校への潜入任務ってやってみたかったんだ。僕の存在感のなさはどこまで通用するのかを試してみたかったんだ」
「リスクとかは考えなかったんですか?」
「考えたよ。リスクと冒険心を天秤にかけて、冒険心が勝ったから僕は君を助けるのに協力した。だからね、僕にお礼をしようとかは考えなくていいよ」
 まるで僕の心中を見透かしているかのように水鏡さんは言ってくる。
「でも、僕はあなたに感謝しています。それだけは伝えたかった。だからサミットに参加して、あなたと話す機会を窺っていたんです」
「そうか、ふむ、君は実直で真面目な子だね」
 水鏡さんは平然と言うが、僕にはその言葉を嚥下するのが躊躇われた。
「僕は、そんな人間じゃない、です。卑怯で、どうしょうもないグズ。それが僕です」
「自己嫌悪なんて自分に対する甘えだよ。甘ったれた人間ほど自己嫌悪すれば他人から許されると勘違いする」
 水鏡さんの口調は決して厳しいものではなかった。なのに彼の言葉は僕を明確に貫く。
 僕は彼に何も言い返せない。言い返せるわけがない。彼の言は絶対的に正しい。
「ゆっくりとでも自分を好きになっていくことだね。君は君という人間からは逃げることはできないのだから。それにね、例えアマチュアとはいえ小説を書いている奴は、人間観察力を鍛えているものさ。だからまあ、ちょっとは僕の言葉を信じて欲しいな」
「へえ、小説書いてるんですか」
「そうだよ。というか、僕は文芸部の人間だし」
「じゃあ、どうしてうちの学校に取材に来たんですか? てっきり新聞部とかそういう部の人だと思ってました」
「確かに今日は校内新聞の取材だよ。けれど、新聞部しか校内新聞を出してはいけないなんて校則はない。僕は『文芸部新聞』なるものを発行して、新聞部発行の既存の校内新聞に果敢に挑戦しているんだよ」
 文芸部新聞。これはまた、珍妙な話だ。
「水鏡さん、通っている学校で絶対変わり者扱いされてるでしょ?」
「いやいや、僕は通ってる学校では空気みたいな存在だよ。そもそも各務原水鏡なんて本名もみんなに覚えてもらえないくらいにはね」
「だったらなんて呼ばれてるんですか?」
「僕はね、実は文芸部で部長をしているんだ。だからみんなして僕を『文芸部長』と呼んでいる」

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