空気の王に君は成れ/第11話

~再挑戦~


 駅のホームで僕は水鏡さんと別れた。水鏡さんの乗る電車は上り方面。対する僕は下り方面。
 水鏡さんを見送った後、僕はケータイを取り出す。アドレス帳から相手の名前を探す。登録されている人間の数が少ないのですぐに見つかった。
 久我島風花。
 僕が今から電話を掛けようとしている相手。
 僕が今から覚悟を伝えようとしている相手。
 ボタンを押すと、コール音が鼓膜を震わせる。時間にしてわずか数秒。けれど、僕には果てしなく永い時間だった。
 コール音が積み重なるにつれ、僕の決意は揺らいでいく。言ったら、きっと引き返せない。引き返せるのは今のうち。
 もしも久我島が電話に出なかったら、それはどれだけ気楽なことだろう。いっそ、切ってしまえと弱い自分が、悪魔のように囁く。
 だけど、ここで逃げたら僕には二度とチャンスはない。鉄と弱腰な心は熱いうちに打たなければそのまま冷え固まってしまうのだ。
「もしもし――」
 幸運だったのは、僕の心が折れる前に久我島が電話に出てくれたこと。
「もしもし。今、電話良い?」
 僕は訊きながら祈る。駄目と言わないでくれ、と。
「もちろん良いよ! どうしたの、急に?」
 久我島の承諾に、僕は胸をなで下ろす。
「久我島さんにお礼を言いたくて電話したんだ」
「お礼? 私何か涼にしてあげたっけ?」
「ああ、君はとんでもないことをしてくれた。僕をクラス委員長に推薦してくれた。僕はそれについて、ありがとうといわなければならない」
 率直に僕は告げる。率直過ぎて、久我島からすれば意味不明だろう。だけど、そうとしか言いようがなかった。
「えっと、どうして……」
「どうして、とは?」
「だ、だって、私が涼をクラス委員長に推薦したから今日みたいな、ぐちゃぐちゃなロングホームルームを仕切ってもらうハメになったんだよ」
「だから、お礼を言われるのはおかしい、と? そうだなあ、正直に言えば最初クラス委員長に指名されたときは、君を恨んだよ。僕は空気人間として目立たず慎ましやかに学校生活を送るつもりだったから」
「だったらどうして?」
「僕はね、中学の時に許されない失敗を犯した。多分、それはもう取り返せない。僕は二度と失敗したくないと思った。だから、僕は空気人間になろうと決めたんだ。何もしなければ失敗はしないからね。だけど、今日僕は変な人に変な諭され方をした。『真のリーダーとは空気みたいなものだ』って。人に愛されるよりも、人に恐れられるよりも、人を幸せにするシステムを作るのがリーダーなんだって。それを聞いた時、そのスタンスなら僕はリーダーになっても中学の時の二の轍を踏まずにすむんじゃないかって思ったんだ。だからね、僕はこのチャンスをくれた君に感謝したい。だから、ありがとうなんだよ」
 僕は一気に言い切った。頭の中にあったものをそのまま口に出しただけ。上手くまとまっていないのは承知の上。
 それでも僕は言わずにはいられなかった。
「よくわからないけど、でも涼が感謝してくれるなら、それだけで嬉しい。だったら、これからはもっと二人で話し合いましょう。どうすればあのクラスをまとめることができるのかを。どうすればみんなが笑顔でいられるかを」
「ああ、そうだな。やってやろう。今日は散々だったけど、来週のロングホームルームにはみんなが一丸になれるように。今度は二人がバラバラに戦うんじゃなく、二人が一緒になって戦おう」

   ◆

 ぶっつけ本番に挑むのは勇気かと問われれば、僕は否と答える。ぶっつけ本番とはすなわち、本番までの情報収集、あるいは根回しを怠ったツケなのだ。
 苦境になるであろう事態に、ぶっつけ本番で挑む奴は阿呆だ。
 したがって、僕と久我島は阿呆である。
 学級崩壊に半ば等しかったロングホームルームから一週間が経った。
 そしてやってくる今週のロングホームルーム。
 僕と久我島には情報収集する術がなかった。僕はクラスメイトから舐められているし、久我島の方は主に女子からは疎遠状態。こんな状態ではクラスメイトからの情報収集も、クラスメイトへの根回しも行いようがない。
 僕と久我島に与えられた情報は唯一無二。
「今から今週のロングホームルームをはじめます。今週の議題は学園祭のクラス企画についてです。まずは、今から配布するプリントに目を通して下さい」
 僕が言うと、久我島がプリントを配っていく。そのプリントの内容は、先週のロングホームルームで出された収集の付かない意見をまとめたものだった。
 僕と久我島が持っている唯一の情報とは、これだった。クラスメイトたちの無軌道で自分勝手な意見。それぐらいしか彼らの思惑を知る術はない。しかし、逆に言えば、まず相手が何を欲さんとしているかが分かっている。拡大解釈すればこのクラスにおけるマーケティングができているようなもの。
 これは大きな強みだ。相手の要求を引き出すという、交渉においてまず行うべきことは図らずとも完了している。
 クラスの雰囲気は相変わらず最悪に近い。雑談、居眠り、他所事が完全にまかり通っている。しかし、意見をまとめたプリントに、多数の生徒が目を通す。興味深かったというよりは、自分が言った意見がちゃんと記載されているかのチェックだろう。
 しかし、どんな理由であろうと、まず少しでもクラスメイトの関心をクラス企画に持っていければ成功だ。
 更に一人の女子が、
「ところでその筒は何?」
 黒板の脇に置かれた高さにして一・五メートルはあろう白い筒を指差す。それは丸められたA1用紙。
 この用紙はロングホームルームに際して教室に運びこまれた代物だ。なお、それまでの保管場所は生徒会室。「二年七組のクラス企画の議論に必要なんです」と虹川会長を説得したら保管を快諾してくれた。生徒会長としてもクラス企画が未決定のクラスには協力を惜しまないらしい。ただし、借りは利し付きで返せとの仰せだが。
 また変な格好させられる可能性は否定できないが、今はそんなことよりクラス企画を優先。僕は再び悪質高利貸しに借りを作った。
「これはね、こういうものだよ」
 僕は久我島に視線で合図を送る。
 久我島が用紙の一端を掴み、僕は丸められた用紙を展開。
 広げられた用紙は、黒板にマグネットで固定される。
 にわかに教室がざわめく。用紙がまっさらな白紙ではなかったからだ。
 用紙には、大量の付箋が張られていた。その様はまるで用紙に鱗でも生えているかのようだった。
 付箋には一枚一枚、書き込みがなされている。なるべく大きな文字で書いたつもりだが、それでも後ろの席の奴には読めないかもしれない。
 けれどそれでもかまわない。まず大事なのはインパクト。この付箋つき用紙を作成した目的はまず見た目で相手を圧倒すること。
 そして、この用紙を作成した二つ目の目的は、バラバラな意見をまとめること。
「この用紙に張られた付箋の一枚一枚には、先週皆からもらった意見が書かれています。そして、同じ意見や類似した意見は近い場所に張って、僕達なりにその意見を枠でくくって、その共通点を書き出しました」
 用紙には付箋が張られているだけではない。
 似たような意見は、用紙上の近い場所に集合させて、赤い線で囲ってある。そしてそのライン上には、その意見をカテゴライズしたタイトルを別の付箋に書いて張ってある。
 バラバラな意見といっても、完全に共通点がない訳ではない。共通点は探せば結構見つかるものだ。
 僕と久我島はこの一週間を費やし、どうにか意見を分類するのに腐心した。
 ただし、そんな作業をしているのはクラスメイトには伏せていた。
 もっと皆で話し合えば、より意見が出てきたり、僕と久我島だけではできない発見もあったかもしれない。
 ただし、そこにはリスクが付きまとう。事前に何をやっているのかが知れてしまった場合、僕や久我島に敵対心を持っている連中に、反対意見を考える期間を与えてしまう。
 最高なのは、反対意見が出てきても、それをみんなで話し合い、妥協し合い、意見を一つに集約していく民主的方法。しかし、クラスが無軌道な状態ではそれは難しい。下手をすれば、先週の繰り返しになりうる。
 だからこそのぶっつけ本番。まあ、ぶっつけ本番の場合も『どうして事前に何も言わなかった』とか『独裁的だ』とか『横暴だ』と叩かれればアウトだ。
 例えば、ここが物語の世界なら民主的に話し合って大団円なんてのが王道だろう。でも、ここは現実であって理想郷ではない。目的のためならば、多少なりとも策を労するべき。
 そういう風に僕は決断した。
「これらの意見をまとめると、みんながやりたいと思っていることは、次の三つに分けられます。一つ目は模擬店などの出店系。二つ目は舞台発表系。三つ目は調査展示系」
 僕は一端言葉を切って、息継ぎをする。と同時にみんなの反応を窺う。
 反対意見はない。当たり前だ。僕は単なる事実を述べているだけに過ぎない。
 これら三つの分類は、予め用紙の上で分類されていた。僕はおもむろに指し棒を取り出すと言葉に合わせてポストイットのグループを指していく。
 ちなみに僕の分類は独自分類ではない。生徒会に提出する書類ではまずクラス企画は『出店』『舞台発表』『調査発表』あるいは『その他』のどれであるかを申請する必要がある。僕が今もっともらしく語っている分類は単に書類に記載されていた内容の焼き直し。
 もっとも、クラス委員長じゃないみんなは、そんな書類があることすら知らないだろうけど。
 反対意見がないのをいいことに、僕はプレゼンを進めていく。
「これら三つの領域を網羅する出し物について、まず僕らクラス委員長で討議しました。その結果、僕らはこれらの要件を満たせるものとして縁日をしたらどうか、という結論に達しました」

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