空気の王に君は成れ/第12話

~悪意と敵意と害意の中で~


 久我島は一端用紙を黒板から除けて、『縁日』と大きく板書する。
 みんなの反応を再度観察。
 みんなまず、理解できないとう具合に首を傾げている。
 更に一人のギャル系の女子が一言。
「みどりのひ?」
 違うそうじゃない。『縁日』と『緑の日』は漢字が似ているが、僕は確かに『えんにち』と口にしたぞ。
 我がクラスの学力低下を懸念していると、
「緑の日ではなく縁日だよ。つまりお祭り。要するにみんなで一緒にお祭りをしましょうという話だよ」
 久我島が脚注を加えてくれた。
「僕らが考えたプランはこうです。まず、クラスのメンバーを出店班、舞台班、調査班にわけます。出店班は例えば綿飴や金魚すくいなどの縁日で定番の出店を用意。舞台班は例えば神楽などの縁日で演舞される出し物を発表。調査班は一つのお祭りについて調査し、このクラスの出し物がどの地区のどういう祭りを題材にしているかという発表します」
 自分たちの中ではよくまとめられたプランだと自負している。というか、出店と舞台発表と調査発表の三つを満たせる題材など他に思いつかなかった。
 ちなみに縁日という言葉を最初に持ち出したのは久我島だ。彼女のひらめきは然したるものだった。僕が『みんなの意見って要するに出店と舞台発表と調査発表の三つを同時並行しろってことだよね』と言った瞬間に、『だったら縁日なんてどうだろう』と口にした。
 問題があるとしたら、彼女はひらめきが優れているが、それを上手く説明できないところだった。彼女は分析や説明なしで直感的に答えに辿り着けるタイプみたいだ。
 それはそれで素晴らしい才能だが、しかしクラスへの発表の場ではそれはマズイ。なので彼女のひらめきを元に僕がみんなへの説明や説得の仕方を練った次第だ。
 さて、僕と久我島が言いたいことは大体消化した。あとはみんなの反応待ち。
 んで、クラスメイトの一人が言うのだ。
「でも、それって二人で勝手に決めたことでしょ? どうして私たちがそんなのに従わなきゃいけないの?」
 更に、
「そうだ。どうして俺たちが多々良の意見に左右されなきゃならないんだ!」
「そうだよ。裏切り者の久我島さんの言うことなんて聞きたくない」
「あんたたち、ちょっと調子乗り過ぎ!」
 僕らが二人で突っ走ったツケが回ってきた。
 一人の憤怒は二人に飛び火し、三人の憤怒はその倍に。加速度的にクラスメイトが敵になる。
 二、三人の反論なら想定していたが、想定が甘かった。僕は他人の身勝手さについて軽くみすぎていた。
 悪意。悪意。悪意。
 敵意。敵意。敵意。
 害意。害意。害意。
 負の感情の連鎖に僕は居竦む。
 どうにか収集しなければ。でなければ、僕はクラスから完全に排除される。
 排除。排除。排除。
 嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 逃げたい。逃げたい。逃げたい。
 脳内を役立たずな電気信号が駆け廻る。
 僕はうろたえて、助けを求める子どものように久我島に視線を投げた。
 そこにあったのは僕と同じように怯える久我島の姿。だけど、僕はそんな久我島を見て、一週間前の決意を思い出す。
 もう、二度と久我島の涙は見たくないんだ。だから僕は戦うと決めたんだ。
 だから、こんなところで怯えているわけにはいかない。
 勇気をだせ、多々良涼。
 ここが分水嶺。クラスが一丸となるか空中分解するか運命の分かれ道。
 僕は深呼吸をすると、毅然と、決然とクラスメイトを見据えた。
 非難の声がガラス片となって飛んでくるが、僕はたった一分だけうろたえずに耐えきってみせた。
 動揺を見せない僕に、今度はみんなの方が動揺する番だった。
「クラス企画の大部分を、僕ら二人で勝手に決めた点については謝罪しなければならない。本当に申し訳ないことをした」
 僕は深々と頭を垂れる。
 結果を出すためならばプライドなど気にしていられない。元々僕には、プライドという防壁で守るべきものなんてない。
 ただし、謝るときでもあくまで態度は堂々と。毅然としていなければ相手につけこまれるというのもあるが、まず自分の心が挫けてしまいそうだ。
「でも、みんなの反対意見がでるなら、あえて僕は問いたい。では僕らが考えたアイデア以外に他にどのような道があるのかと」
 ここでクラスの一人一人に目線を投げかけるように、室内の生徒を観察。僕の意見に眉間を寄せるものもいたし、逆にうろたえるものもいる。
 だが、概して誰も代替案を提示してこない。
 それもそうだろう。今起きている僕らへの反対意見は、発言の中身に問題があるからではない。提案者が僕と久我島である点が気に食わないだけなのだ。
 感情的に相手を批判する連中は確かに始末が悪いが、そんなもの論理的につつけば案外簡単に瓦解する。
 黙りこくるクラスに、僕は更に一押し。
「僕は今までクラスのことに無関心だった。クラス委員長になるまではクラスの輪の中に入ろうとも思わなかった。だけど、せっかくクラス委員長になったからには、最高の思い出作りの場である学園祭のクラス企画を成功させたいんだ。それは決して僕の名誉のためなんかじゃなく、クラス全員で共有できる思い出を作りたい。確かにこのクラスでは、色んな嫌な出来事もあった。でも、三月の修了式の日に『色々あったけどトータルで見ればいいクラスだった』と皆で笑っていられるクラスにしたいんだ。だから僕は、クラス委員長として、みんなが幸せになれるシステムを作っていきたいんだ」
 僕は一気に言い切った。息継ぎについてなんて考えずにまくし立てたから、言い切って酸欠気味になった。
 みんなはまだ黙ったままだ。
 そこへ更に、これでもかと言わんばかりに、みんなの前に一歩出る生徒の姿があった。
 久我島だった。
「私も概ね多々良君と同じ考えです。でも、私にはシステムつくりなんて難しいことはきっとできません。でも、みんなのために身を粉にすることはできます。私もこのクラスを、今のバラバラな状態で終わらせるのは嫌です。私には、わがままで皆を裏切ったという罪があります。だから、クラス企画を完遂するという形で償わせてください。そのときに、私だけがハバにされる覚悟もできています。だけど、それでもこのクラスに関わらせてください。私はこのクラスが好きです。みんなに裏切り者とそしられようと、私はこのクラスが好きです。だから、私がしたことの償いとして、最高の思い出を作るという形で、私は皆に謝罪したい。だからどうか、よろしくおねがいします」
 久我島も頭を下げる。
 それにあわせて、僕も再度頭を下げる。
 クラス委員長が二人して頭を下げるなんてクラス討議としては異例の事態。
 クラス中に動揺が広がっていく。
 どうするべきかという内容が、話し合われていくが、群集たちにはその意見がまとめられない。
 そんな中、一人の男が声を上げた。
「別にいいんじゃねえ。俺らに他にアイデアがあるわけじゃねえんだし。上手くいかなかったら言い出した多々良に責任があるってことにすれば良いってだけ話にする。それで決定しようぜ。これ以上俺らで議論なんてしても、久我島さんたちが持ってきた意見以上のものは出そうになし」
 声の主は、猿渡亜紋だった。
 そして、それが僕らにとっての決定打になった。
 悔しいがカリスマ性では彼には勝ち目がない。
 だけど、僕としてはこれで満足だ。今回の目標はあくまでクラス企画の決定。
 それに対して外部的なファクターが入ったのは想定外だが、しかしそれは嬉しい想定外。
「では、みんなが納得いったみたいなので、次の討議はクラスメンバーの班分けです。先にも説明したように、縁日をやるにあたり出店班、演舞班、調査班の三つに分けたいと思います」

   ◆

 その日の放課後、僕はすっかり疲れ切っていた。
 みんなの前で、自己主張するのは思っていた以上に精神を酷使する。本当なら、放課後は居残って今日の討議をまとめてプリント化したかった。
 しかし、それは久我島がやってくれるとのこと。彼女なりに僕を慮ってくれているようだ。
 彼女一人に任せるのも悪い気がしたが、疲れ切っていたのも事実。
 今日は彼女の善意に甘えさせてもらうことにした。
 半ば朦朧とする意識を引きずって下校路を歩く。
 そんな中、前方に見える信号待ちの集団に一人の男がいた。
 猿渡だった。横にいた奴と話していたので、彼の横顔がこちらがわから見えた。
 今のペースで歩いていけば、信号が青に変わる前に猿渡の集団に追い付いてしまいそうだ。
 僕は故意的に歩くペースを落とそうかとも思った。
 しかし、そんな弱気な心を僕は奮い立たせる。彼にはどうしても言わなければならないことがある。
 今まで意識が朦朧としていたのなんて嘘みたいに、僕ははっきりとした思考も以って駆けていく。
「猿渡君!」
 僕は彼の横から声をかける。ちなみに呼び捨ては微妙に怖いので君付け。
「んあ? 多々良?」
 片眉を上げながら、怪訝そうな顔の猿渡。
 僕と彼の間の時間が一時停止。その後に猿渡は、にやりと笑いツレに、
「ワリい、先に行っててくれ」
 指示を出す。
 そして僕らは二人きり。僕はすっかり蛇に睨まれた蛙。
「んで、何よ? 喧嘩なら買うぜ?」
 猿渡は拳をゴキゴキとならし剣闘士のポーズ。
 一方僕は、両掌を前に突き出し『ちょっと待った』のポーズ。我ながらヘタレである。
「僕は君に喧嘩を売りたいんじゃない。ただ、今日のロングホームルームの件でお礼が言いたかっただけだ」
 意外そうに目を瞬かせる猿渡。
「今日の? ああ、俺が久我島さんの提案に賛同したこと?」
「そうだよ。君があのタイミングで賛成意見を出してくれたからクラスはまとまった。だからお礼が言いたかった。ありがとう」
「そんなことか。お前、絶対A型だろう。マメっつーか、几帳面つーか。でもまあ、お前に感謝されても嬉しくもなんともねえけどな」
 言葉とは裏腹に、彼の笑顔は邪悪なものから、親しみの湧くものへと変化。僕の態度に、猿渡の方もすっかり毒を抜かれてしまったらしい。
 彼は続ける。
「俺は久我島の味方をしただけだぜ。誰がお前なんかの手助けをするかよ。あのタイミングで俺が賛同すれば、まあ逆らう奴なんていないさ。そうしたら、クラス全員が久我島に賛同する。賛同された久我島はきっと、俺のおかげでクラスがまとまったと考える。すると久我島の中での俺の株が上がる。そうすれば久我島とお近づきになれるチャンスが大きくなるわけだ」
「意外に打算的な理由からだったんだね」
「当り前だ。何の利益も上がらないのに、わざわざリスクなんて冒すかよ。ハイリスクならハイリターンであるべきだ」
 猿渡は当然のごとく言う。それは真理だ。誰もメリットがないのに火中の栗など拾いたがるものか。
「だけど、僕は君に感謝する。結果だけ見れば、久我島さんを守れたんだ。彼女の笑顔のためならば、どんな打算も計算も、僕は利用してみせる」
 宣言。
 猿渡の視線が再度厳しいものになる。
「へえ、言うじゃねえか。お前ってもっと弱々しい奴だと思ってた。案外それが本性か?」
「いいや、僕は弱くて、脆くて、薄っぺらい人間だよ。だけど、君が僕に違う印象を抱いたんだとしたら、それは久我島さんのおかげだ。僕は彼女のおかげで今日は勇気を出せた」
「久我島のおかげ、か。なんつーか、今のお前、良い目してるよ。最初の頃は見てるだけでムカつくような死んだ魚の目してたくせに。いやいや、マジで。そんなゴミみたいな奴でさえ更正させちまうんだから、久我島はやっぱり良い女だぜ」
 一人でまくしたてる猿渡。そして、彼はビシッと僕を指さす。
「いいだろう、多々良涼。これからはお前をゴミとは見ねえ。どっちが久我島にふさわしい人間か、これから学園祭までの間にどっちが久我島の心を射止めるか勝負といこうや」
 あれ、何か話が再びこじれ始めてる。
「勘違いするなよ。俺は別にクラス企画を妨害する気はねえ。っていうか、それだと久我島が悲しむからな。俺はお前なんかには絶対先を越されない。久我島を手に入れるのは俺だ」
 言うだけ言って、猿渡は去っていった。
 っていうか、猿渡、僕が久我島に恋をしていると勘違いしてらっしゃる?
 これはこれで面倒臭い。
 どうやら僕は、生まれて初めてライバルというものを持つことになったようである。

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