空気の王に君は成れ/第13話

~これはデートですか?~


 六月に入ると、校内はいよいよもって学園祭ムードになる。六月最後の土日が我が校の学園祭だ。
 僕は他クラスに友達がいないので(もっとも自分のクラスにもいないが)、他の教室に立ちよる用事はない。それでも、扉が開け放たれている教室の中をちらりと見ると、学園祭に必要な物資が、教室の後ろに積まれたクラスも散見される。
 教室の後ろが物置と化す現象は我がクラスにも同じことが言える。特に我がクラスは出店に、舞台発表に、調査発表と多角経営。必然、物資は多くなる。
 物資の多くは生徒各々が持ち寄ったもの。学園祭のクラス企画において、クラスに幾分かの準備金が配布されたりしている。しかし、うちのクラスは『準備金は大事に』をモットーに、極力低予算で物資を調達できるように努力している。基本的に必要な物資はコネや伝手を使って借りてくることにしているのだ。
 出店で使う調理器具は、地元の町内会やテキ屋に顔が効く奴が借りてくる。
 同じ理屈で、さらには神楽用の巫女服を借りてくる奴まで現れる。こちらは神社にコネがあったからというわけではなく、どこぞのコスプレイヤーさん垂涎の逸品らしい。
 みんなの人脈の豊富さには感嘆せざるを得ない。
 僕一人だったら、絶対にクラス企画を実行するのなんて無理だ。でもそれは、他のクラスメイトにも言えること。
 一人一人では無力でも、それを束ねれば大きな力になる。何だか毛利元就の三本の矢みたいな話だ。まさに青春だなあと、まるで他人事のように僕は僕の置かれた状況を客観視する。
 我がクラスのクラス企画についても、一応説明しておこう。
 うちのクラスは前述の通り、出店、舞台発表、調査発表の三つを同時並行で行う。
 出店は無難に焼きそば、綿飴、たこ焼きを作る。縁日に屋台で出るメニューは基本的にファーストフード的なもの。学園祭にやってくるお客さんは、色々なところを見て回りたいだろうから、食べ歩きできるメニューには需要があると考えられる。
 舞台発表については、巫女による神楽を行う。当初は教室で行う予定だった。しかし、出店を出すと舞えるスペースが少なくなるのではないか、ということで体育館ステージで行えるように生徒会に交渉済み。
 調査発表に関しては、舞台発表と共同で動いている。要するに演舞しようにも、どこの祭りのどんな舞いをモデルにするのかが決まっていない。なので、調査班が舞いについて研究し、演舞班がそれを実行するという流れである。
 なお、巫女に扮して演舞するのは男子からの圧倒的な推薦により久我島になった。みんなして巫女姿の久我島を拝みたかったようで、男子諸君は欲望に忠実である。
 校内一の美少女と名高い久我島が巫女姿。学園祭本番はおおいに湧くだろう。
 とか、僕はプロデューサーの気分で我がクラスの布陣を分析。件のロングホームルームから、僕は一応クラスでリーダーをしている。
『一応』という枕詞がついているのは、別に僕がバリバリ指示を出しているからではない。
 僕はあくまでクラス企画の運営が上手く回るように情報のハブになっているにすぎない。多角経営な企画を遂行は、下手をすればクラスが空中分解しかねない。それを阻止する一番の手立ては他班の進捗状況を情報として回すこと。
 なので三日に一度は、クラスへの報告として、三班の進捗状況に関するレポートを作成して、クラスに配布している。また、各班で出ている問題を公表することにより、班の問題をクラス全体でカバーできるように努めている。
 進捗レポートは、出来る限り教室で書くようにしている。本当は図書室に引きこもって書きたいが、生の情報を手に入れるためには教室にいて、みんなが作業している横で執筆するのが一番。
 ちなみに『情報は現場にこそあり』と仰ったのは水鏡さん。僕はクラス運営に煮詰まると彼に相談する。彼自身はうちのクラスの部外者だが、部外者だから見えてくるものもあるようで的確なアドバイスをくれる。
 進捗レポートの添削は、進んで引き受けてくれた。彼自身、文芸部ながら校内新聞を作っているということで、どうすれば人に的確に情報を提供できるかのノウハウを持っている。
 そんなわけで、僕は今日も今日とて、教室の窓際で進捗レポートの原稿を書いていた。
 教室では着々と学園祭への準備が進んでいた。黙々と作業が進んでいるというよりは、みんな和気藹藹と雑談を交えながら作業している。クラス女子から一時邪険に扱われていた久我島も、少しずつクラス女子に再度受け入れられつつある。というか、女子全体を建設的な意味合いで統率できるのはやはり久我島しかいないのだ。
 一方で男子サイドの統率者は猿渡である。僕はあくまで観察者目線でしかクラス運営に携われないが、猿渡は持ち前のカリスマで男子たちに指示を出す。
 更に同性の者たちを束ねている関係で、久我島と頻繁に話しているのを度々目撃する。
 別にそれ自体は問題ないのだが、きっと猿渡からすれば、そういった打ち合わせ的な話し合いから、より久我島と距離を詰めようとしているのだろう。
 そんな光景を見ると、僕は決まって落ち着かない気分になる。どうしてかはわからない。
 僕は久我島には笑っていて欲しい。だけど、猿渡や他の男の前で笑っている久我島を見ていると、胸に奇妙な靄が生まれる。
 この、漠然と黒い感情はなんだろうか。
 久我島の笑顔を独占したいというネガティブな想いを抱くようになったのはいつの頃からだろうか。

   ◆

 学校から帰ると、スキャナーで原稿をパソコンに取り込み、水鏡さんに送信する。
 水鏡さんは、送られた原稿について一時間程度で意見を返してくれる。どんだけあの人はスペックが高いんだという話だ。迅速な反応にはいつも頭が上がらない。
 原稿を送信してから、水鏡さんのレスポンスがあるまで、僕はしばしベッドで横になる。
 本当はやることがたっぷりある。原稿についての意見をもらったら、それを参考に原稿を清書する作業がある。クラス企画で出ている問題について皆に情報を下ろす前に自分なりに吟味してみる必要もある。
 更に学園祭と関係ないところでもやるべきことはある。出されている宿題をやるのは言うに及ばず。学園祭が終わったらその一週間後には期末テストなので事前準備は今のうちからしておかないとならない。学園祭のある週は今以上に忙しくて勉強なんてできないだろうし、終わった後は結果が成功でも失敗でも放心していそうな気がする。
 今月だけでいいから一日が三十時間になればいいのに、とか非現実的な考えまで湧いてくる始末だ。
 そんな陰鬱で、モチベーションが上がらなくなると、僕の脳裏に一つの光景が過る。
 大失敗をしたロングホームルームがあった日の放課後の図書室で、久我島が見せた涙。
 僕はそんなものは二度と見たくない。
 だから僕は戦うと決めたんだ。
 これではまるで、久我島の虜みたいじゃないかという不快感を抱きながら、それでも彼女の笑顔が僕のモチベーションになっているのも事実。
 僕は結局、久我島をどう思っているのだろうか。
 自分で自分の気持ちがわからない。
 こんなに忙しい日々に巻きこんだ久我島。
 しかし、忙しくても空気人間をしていたときよりも何倍も充実している。
 そんな懊悩する青少年のケータイの着メロが鳴り響く。
 ディスプレイには『久我島風花』の文字。
「もしもし。今時間ある?」
 響いてくる久我島の声は、ややこわばっていた。普段の朗らかな彼女の声の印象からかけ離れていた。
「時間は大丈夫だけど、何かあった?」
 まず僕が想定したのは、クラスでトラブルが発生したなどのネガティブな事態。僕にはどうしても最悪の事態に身構えてしまう癖がある。
「えっと、何かあったというんじゃないんだけどね、涼は今週の日曜日に予定ってある?」
「無いよ」
 端的に僕は答える。
「じゃ、じゃあさ、日曜日にどこか行かない?」
 途端に久我島は弾んだ声に。しかし、僕には質問の意図が読めない。
「どこかって、どこへ?」
 要件を伝えるならば、5W1Hをきちんと伝えて欲しいものだ。
「どこって、どこにしよう。えっと、じゃあそれは涼に任せるよ」
 丸投げされた。
「えっと、どこに行くか決まったらメールして」
「わかった。要件はそれだけ?」
「え、あ、うん。まあ、これだけ。じゃあね、私、日曜日楽しみにしてるから!」
 最後に語調を上げて、久我島は電話を切った。
 一体なんだっていうのだろうか。
 そもそも向こうから電話をかけておいて、行先は僕に任せるって、どういう意味だ。
 久我島の不可解な態度に僕はしばし思案。
 そして至った結論。
 これって一般的にいうデートという奴ではないですか?
 いやいやいや。
 落ち着け。それは早とちりの可能性が高い。でも、他の可能性が思い浮かばない。
 久我島に電話しなおして、『今のはデートの誘い?』と訊いてみるか?
 いや、それはない。
 仮にデートだったとしたら訊き直すのは野暮だし、デートでなかったら自意識過剰も甚だしいと思われてしまう。
 検討するべき案件がまた一つ増えた。どうやら久我島は、僕の脳内のメモリをパンクさせたいらしい。

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