空気の王に君は成れ/第19話

~責任の取り方~


 久我島が目覚めたという吉報は、その日のうちに二年七組生徒に伝えられた。しかし、久我島は精密検査に回されたため、今日の面会は見送られた。
 みんなが久我島への再会を渇望している間に、僕にはやらなければならないことがある。
 クラス企画の再開の提案。
 僕は久我島との約束を果たさなくてはならない。
 全ては最高の学園祭のために。
 それは僕と久我島のエゴで、単なる押し付けなのかもしれない。
 そんな一方的な押し付けを、三十人強のクラスメイトにプレゼンしなければらないのだ。
 観察者気取りの四月の僕にだったら絶対にできない。リスクとリターンが釣り合っていないとか理屈をこねて、絶対に逃げていた。
 だけど僕は、もう四月の僕ではない。
 僕には今、戦って守るべきものができた。
 きっと、それは一般的には勇気の源と呼ばれるもの。
 人は、ただ一輪の花のために勇者になれる。
 勇者になるのに、竜を倒す必要はない。魔王にさらわれた姫君を助ける必要もない。
 胸に咲いた一輪の花を守り抜く。ただそれだけで、人は勇者になれるのだ。
 僕は病院の喫茶店で暢気にコーヒーを啜っている水鏡さんにお礼をすると、家に帰って制服に着替える。そして、学校へ。
 学校についたのは六限目の途中だった。
 遅刻にも程がある。クラスで悪目立ちしてしまって、内心自分に苦笑した。
 六限目が終わり、帰りのショートホームルームになる。
 運命の時がきた。
 はっきり言って、何の準備もしていない。
 何の策略も練っていない。
 ある意味、裸一貫で三十人強の相手と対峙するようなもの。
 だけど、その三十人強の相手を、敵と取るか味方と取るかは自分の考え方一つ。
 六限目の授業の担当者が去ると同時に、僕は教卓の前に立つ。
「みんな、聞いて欲しいことがある」
 こうやって、教卓の前に立って皆に訴えかけるのは、その結果がどうであれ、きっと今日で最後になるだろう。
 僕は過去何度もそうしてきたようにクラスメイト全員に視線を送っていく。
 クラスメイトは、僕が何を言わんとしているのか予期しているらしく、あえて何も言わない。
 みんなが予期しているであろう言葉を、僕は何の奇も衒わずに告げた。
「クラス企画を再開しよう」
 僕の言葉にざわめきは起こらなかった。
 賛成とも反対ともわからない、玉虫色の局面。
 僕の額に汗がにじむ。それは、決して暑さから来るものではない。
 衝撃を加えようものなら、一瞬で爆ぜるであろう空気。
 そんな室内で、僕の言葉を次いでの発言があった。
「今更どういう風の吹きまわしだ? クラス企画を再開して久我島に取り入ろうって寸法か?」
 猿渡は鋭い視線で僕を睨みつけていた。
「クラス企画の中止は、昨日決定した話だ。あの話はどうなる。まさかお前はみんなの意見を覆してでもやるつもりか?」
「みんなの意見を覆すつもりはないよ。ただ、あのときは『久我島さんが大変な事態になってるのに、僕たちだけで騒いでいてもいいのか?』という話だった。ならば、久我島さんが目覚めた今となっては、そこにこだわる必要はない」
「なるほどな。確かに多々良の言葉にも一理ある。でも、ズタズタにされたクラス企画の備品あどうするつもりだよ」
「それはまた、みんなで作り直していきたいと考えている」
「おいおい、つまり俺らにまた余計な労力を費やさせるわけ? お前、それちょっと考えが甘くない?」
「勿論、皆に迷惑を掛けるのは百も承知だ。だけど僕は、このクラスで、みんなに想い出をつくってもらいたいんだ」
「想い出、だと?」
 猿渡は少し尻込みする。
「学園祭なんて極端なことを言えば想い出作りだ。別に上手くクラス企画が転がっても大した収益がでるわけじゃない。それでも学園祭をやるのは、想い出を作るためだ」
 僕は畳み掛けるように言葉を紡いでいく。
「想い出とは読んで字のごとく想いの出ずる源なんだと僕は思う。多分、僕たちがこれからの人生でシンドイときに、踏ん張れるかそうじゃないかは、その人がどんな想い出を持っているかで変わってくるんだ。諦めたという想い出を持っている人はすぐに折れる。反対に逆境に乗り越えて諦めなかったという想い出を持っている人は強い。僕は、みんなも知っての通り生徒会長として最低の行いをした。つまり、僕は最高の生徒会長になるのを諦めたんだ。そして諦めた人間からは勇気も尊厳も何もかもが心から抜け落ちていくんだ。だから僕は、みんなにそんな思いをして欲しくない。いつか、将来シンドイときに本当の意味で背中を押してくれるのは過去の自分なんだ。だから、僕はこのクラスみんなのためにクラス企画を再開したい!」
 別に前もって台本を用意していたわけではない。なのに僕の口からは立て板に水のように口上が溢れていた。まるでイタコになったかのような心境だった。
 それでも、猿渡は言うのだ。
「でも、もしやってみて駄目だったらどうするつもりだよ? お前、そこんところ考えいるのか?」
「全責任は僕が持つ、なんて言い方では納得いかないかな? 確かに僕はみんなと同じ高校生で何の権限もない。だけど、失敗したときの先生や生徒会からのお叱りは僕一人で受ける。みんなも僕だけの責任にして構わない」
「お前はそれでいいのかよ?」
「言いだしっぺは僕だからね。所謂言いだしっぺの法則というやつさ」
「もし、クラス企画が頓挫して、クラスが空中分解したら、クラス中の怒りや失望や嘆きは、お前にぶつけられるわけだが?」
「それも構わない。ただし、その辺の負の感情に久我島さんを巻き込むのは無しだ。そもそも彼女は大橋成平のせいで、入院を余儀なくされただけなんだから」
 人間、自分の身の安全さえ考えなければ、結構気が楽になる。僕は自分のクラスでの自分の立場とか、後先なんて考えずに猿渡の問いに対して答えている。
 それはなんとも心地良い。
 僕は今、僕が言いたいことをそのまま告げているのだ。
「お前、本当に変わったな」
 猿渡は言った。
 猿渡は僕の目を見据えてくる。彼の眼差しは真剣なものだった。僕に少しでも非があれば、即座に叩き斬られそうな剣呑さを有していた。
 まさに審判のときだった。
 けれど僕には億する理由など無し。ただ、彼の瞳を真芯から見据え返すのみ。
 数十秒におよぶ視線の交錯。
「わかったよ、好きにやれよリーダー」
 縫いつけられた時間は再び動き出す。
 やったよ、久我島。僕はやったんだ。
 安堵から胸をなで下ろそうとした。
 しかし、
「ところで、巫女舞は誰がやるの? 流石に復帰したばかりの久我島さんにやってもらうのはシンドイでしょ?」
 女子の一人が言った。
 素朴な疑問だったが、ある意味大問題だった。
 巫女舞は二年七組のクラス企画の華である。別に久我島以外の女子がやっても支障はないが、誰がやるかはしっかりと早急に決めておきたい。
 学園祭本番まで残り一週間。その期間内で観客に見せても恥ずかしくない出来に仕上げなければならない。
 更に言えば、巫女服の修復はどうしようか。大橋成平に引き裂かれたままだ。縫い繕ってどうにかできるレベルの破損ではない。
 勢いでクラス企画再開を提案したが、解決すべき問題は累積している。
 僕が眉間にシワを寄せて考えていると、教室の扉が開く音がした。
「失礼! 話は影ながらこっそり聞かせてもらったよ!」
 入って来たのは虹川会長。
 今の言いぶりからするに、どうやらクラスでの討論を盗み聞きしていたらしい。
 別に入って来ても、このクラスのメンバーは誰も文句は言わなかっただろうに。
 唐突な登場だったが、それはもういつものことなので敢えてツッコミは入れない。
「ならお分かり頂けると思いますが、僕たちはクラス企画を再開します」
「うむ! だが、私が論点としたい話はそこではない。君たちは巫女舞を誰がやるかで困っているようだね」
 嬉々とした虹川会長が、僕には最大の危機。
 予知能力なんて異能を保持しているわけでもないのに、僕の中で危険信号が明滅する。
「更に大橋成平のせいで巫女の衣装はズタズタであったと私は記憶している」
 マズイ。マズイぞ。
 これは僕にとっての災厄へのフラグに違いない。
「実は私に、新しい巫女服を用意する伝手がある」
「え、マジっすか?」
 クラスメイト男子の一人が驚く。
 僕には、それがどんな連中なのか想像がついたが、一応確認のために聞いておいた。
「誰ですか?」
 僕の質問に、虹川会長は鼻をフフンと鳴らす。
「我が盟友、活オタクサミットの構成員だ」
 やっぱり。
 まあ、そんな予想がついていたのは僕一人だけみたいで、他のみんなは『活オタクサミット? 何それ、おいしいの?』みたいな顔。
 虹川会長は、みんなの困惑など一切無視。自身の胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
「これを見てくれたまえ」
 虹川会長に促され、写真に群がるクラスメイト。
 僕もその写真を一瞥したが、卒倒しかけた。
 二人のメイド姿をした人物の写真。
 二人のメイドのうち、一人は久我島風花。
 そしてもう一人は……。
「誰です、久我島の隣のメイドさん? スゲー美人で俺好みなんですけど?」
 そう評したのは猿渡だった。すまん猿渡、今のお前の台詞は君の生涯の黒歴史になる。
「久我島風花の隣の御仁は、実はこの二年七組のメンバーである!」
 クラス中の生徒が、写真の人物に該当する生徒を探そうときょろきょろ女子を観察。しかし、該当する人物は見つからない。見つかるわけがない。
 なぜなら、その人物はそもそも女子ではないのだから。
 そして、生徒会長の仮面をつけた死神が、僕の肩にポムッと手を置く。
「皆の目は節穴かね? ここにいるではないか?」
 解答の提示と共に、みんなが固まった。時間が凍った。僕の中の何かが壊れた。
 みんなが僕の顔を覗き込む。
「本当だ」
「オー、ジーザス」
「死のう」
 ちなみに自決を決意したのは猿渡だ。まあ、『俺好み』とまで言っちゃったからねえ。
 僕は猿渡の長寿と健康を祈ると共に、これから来るであろう虹川会長の要求を撥ね退ける方策を思案する。
「さあ多々良君、交渉の時間だ。君が学園祭において巫女さんをするならば、私は巫女服を貸し出してくれるようにサミットメンバーに交渉しよう。というか、彼らなら二つ返事で承諾するであろう。どうするかね?」
「えーっと、普通に女子が巫女さんやった方が、無難じゃないですか?」
「答えはノーだ。祭りとはハレの日。すなわち日常の向こう側にあるもの。そのような日において無難な選択など愚の骨頂!」
 朗々と主張する虹川会長は、例えるなら水を得た魚であり、銃を手にしたトリガーハッピーであり、ガンダムに乗ったアムロ・レイ。とにかく活き活きしていた。
「男が巫女ねえ。面白そうじゃん」
 女子の一人が賛同。
 その一言はクラス全体に波及する。
 みんなが、僕に熱い視線を送っていた。
 そして、自暴自棄になった猿渡がトドメを刺してくる。
「さてリーダー、お前の言う責任とやらを見せてもらおうか」
 投了。
 チェックメイト。
 もうどうにでもなーれ。
 頭の中で諦めの境地が三重奏を奏でていた。
「……させて……いただきます」
 僕は声を声帯から、どうにか引き絞ろうとするが、無意識によりそれは抑制される。
「なに~? 聞こえんなぁ~?」
 虹川会長が、どこかの獄長のごとき言葉の暴力で僕を苛む。
「巫女さん、是非させていただきます!」
 僕の中で何かが切れた。その何かが何なのかは考察したくなかった。
「「「「「うぉーーーッ!」」」」」
 割れんばかりの歓声。ベルリンの壁が崩壊した瞬間に立ち合わせた民衆も、きっとこんなテンションだったに違いない。
 久我島、僕やったよ。ていうか、やっちゃったよ。
 視界が涙でぼやけるのは、一つの仕事を達成した感動からだと思いたかった。

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