空気の王に君は成れ/第20話

~一致団結~


 この一週間、二年七組の生徒は、馬車馬のように働いた。
 これまで準備し、大橋先生に破壊の限りを尽くされた備品の再調達。それを一週間で行うのは気の遠くなるほどにタイトな作業だった。
 再度、クラス企画に必要なものを準備するときに、一番役立ったのは、僕がみんなと情報を共有するために書いた学級通信だった。
 あれには各班が何を行い、何が問題になったかが、わかりやすくまとめられている。
 全く新しい作業をゼロから始めるとなれば、一週間で準備するなど到底不可能。しかし、一度やったことのある作業を、もう一度繰り返すだけならば、それは面倒臭いだけで難しくはない。
 記録やデータのバックアップの大事さを図らずとも痛感させられた。
 なんて他人事のように言っているが、僕は遊んでいただけではない。
 むしろ、この一週間一番忙しかったのは僕だ。
 みんなに指示を出すのと同時並行で、巫女舞の練習もスケジュールに組み込まれていた。しかも、我がクラスで巫女舞に一番精通しているのは元踊り手の久我島。彼女から指導を受けるために僕は毎日病院を往復した。
 しかも、久我島自身はまだ身体の調子が良くないため、彼女自身が実践してくれるわけではない。
 幸いにも彼女の練習風景を録画したケータイムービーがあったので、大まかな動作はそれを見て覚え、細かい所作は久我島に口頭で指摘してもらった。
 さらに巫女の衣装に関しては、二年七組以外の面子も動いていた。
 活オタクサミットの人々である。
 彼らは『せっかくだから』という謎の理由で、新しく僕のために巫女服を新調すると言い出した。
 緋袴や小袖を一から作るという豪傑っぷりも見せてくれた。オタクとしての教養と造詣の深さを他が為に使う様はまさに活オタク。不覚にも、あの変態集団を尊敬してしまうところだった。
 ――全ては萌のために、萌は全てのために。
 活オタクサミットの一人が述べた格言である。熱い。無駄に熱い。彼らは『萌』の信徒であると同時に『燃』の勇者でもあった。
 かくして、僕は様々な人を巻き込みながらクラス企画を修復していった。
 このように人々を強制的に巻き込んでいく力こそリーダーシップなのだと、僕は我がことながら感心してしまう。
 空気人間だった四月と比較すると、遥か遠くまで来てしまったような寂しさすら覚える。
 まるで、自分が自分でなくなっていくような感覚。だけど、僕はもう四月の僕に戻ることは叶わないし、そもそもそれを望まない。
 過去の自分を乗り越えて、新しい自分を形成していく過程。それはきっと、成長と呼ばれるものに違いない。

   ◆

 結局、久我島に退院の許可が下りたのは、学園祭前日の金曜日だった。病院側としては、もう少しゆっくり療養していて欲しかったらしいが、彼女自身の希望もあって早期退院ということに。
 久我島は病院を退院した後、一端家に帰って制服に着替え、それから学校で二年七組メンバーと合流する予定だった。
 夕方までには登校するという連絡を受けていたので、二年七組生徒は教室で待っていた。
 ところが、午後四時を回っても久我島は教室に現れなかった。
 久我島の親御さんに連絡したところ、久我島は病院から家に帰り、三時頃には学校に向かったとのこと。
 親御さん曰く、本当は彼女を学校まで車で送っていきたかったらしい。しかし、彼女はこれ以上迷惑はかけられないと言って一人で学校に向かったそうだ。
 時間的には、もう学校に到着していなければ変だ。
 なのに久我島は現れない。
 僕は親御さんへの通話を終えると、即座に久我島のケータイに発信する。
 十コールくらいした後に、通話に応じる声が聞こえた。
「もしも~し。これから私直々に電話しようと思ってたのに、超タイミングいいじゃん」
 明らかに久我島のものではない声に、背筋が凍った。
 更に言えば、僕には通話に応じている相手が誰なのかがわかった。
「赤沢か?」
「超正解! ムカつくから死ねば? キャハハハハ……」
 耳障りな笑い声は、まさしく赤沢蛍の声以外のなにものでもなかった。
「久我島さんはどうした? なんでお前が彼女のケータイに出る?」
 最悪の回答を想定してしまい、僕の全身から血の気が失せる。
「安心しなよ。久我島さんはまだ生きてるよ。でも、これから死んだ方がマシな目に会うかもね」
「どういう意味だ?」
「実は私たち、久我島さんを拉致っちゃった☆」
「拉致……。いや、そもそも『私たち』?」
「そうそう、恐怖に震える涼の声って最高! 『私たち』っていうのは私のお友達を含めてのこと。いつぞやのゲーセンで涼も見たでしょう?」
 僕の脳裏に過ったのは、数年ぶりに赤沢と再会したときに、赤沢が自分の取り巻きだと言っていたガラの悪い連中だ。
「今の久我島さんは、まさにその連中にパクリと食べられようとしちゃってます。なんて言うか、オオカミを前にした赤ずきんちゃんで~す。でもでも、まだ食べられてはいません。なぜなら久我島さんは大事な人質だからです」
「それは、どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。ねえ涼、これから知波駅の北口にある廃ビルの四階においでなさいな。勿論一人で。そうしたら久我島さんを解放してあげる」
「もし、行かなかったら?」
「その時は赤ずきんちゃんは、哀れにもオオカミさんたちに食べられてしまうでしょう。バッドエンドって奴? そうそう、警察呼ぶのは無しの方向ね。そんな場合は久我島さんの顔を私直々グチャグチャに刻んであげる。それに、こんな事件があったなんて外部に知れたら、二年七組は学園祭自粛命令が出るでしょうね。涼がクラスメイトの努力を踏みにじりたいなら警察でも自衛隊でも呼んでいいけどね。キャハハハハ!」
 そして、哄笑と共に電話は切れた。
「不穏な言葉が出てたけど、何があったんだ?」
 僕が顔面を蒼白にしていると、横にいた猿渡が訊いてくる。
 僕は呼吸を整えて、事情を説明する。
 事情を説明すると、猿渡の顔は僕と対照的に真っ赤になった。
「よし、ぶっ殺そう。マジでぶっ殺そう。久我島に手出ししようってんなら相手になってやんよ」
 剥き出しの闘争心。尻込みなど微塵もない猿渡。
 他のクラスメイト(特に男子)は億するところなしというカンジ。
 僕一人で行かせるつもりは皆無だった。
「ちょ、ちょっと待ってよみんな。相手の要求は僕一人で来るってものなんだよ?」
 狼狽しながら僕は言った。
「ああん? そんなの罠としか思えないし。むしろ、お前みたいなもやしっ子一人で久我島を救出できるとでも思ってるの?」
 猿渡はさも当然のように言ってくる。いや、彼の意見はきっと十中八九正しい。
 僕一人で敵陣に乗り込んで行っても久我島を救出できるとは限らない。
「むしろ、その赤沢って奴は、お前の前で久我島を蹂躙して楽しむつもりなんじゃねえの?」
 更に猿渡は提言。
 僕には反論の余地がない。
 赤沢の目的が僕への復讐ならば、僕を深い絶望の淵に追いやる手段をとるに違いない。
 ならば、みんなで乗りこんでいくのが、この場合の最善手といえよう。
 しかし、それには一つ問題がある。
「みんな、一つだけ心しておいて欲しい」
 僕は久我島を救わんとする騎士諸君の顔を見渡すと、厳粛に言った。
「なんだ?」
 猿渡は僕の真面目な顔に、眉をひそめる。
「みんなで殴りこみに行くということは、明日のクラス企画はできないことを意味しているかもしれない。それはわかっているよね」
 僕は頭に火のついた面々に、頭から冷や水をぶっかけるがごとく言う。
「それは……」
 猿渡を筆頭に、目を泳がせる一同。どうやらその辺の事情は考慮していなかったらしい。
「あえて言う必要はないけれど、それでもあえて言っておく。殴り込みをかけたのが学校側にバレれば僕たちは、停学は間逃れないだろう」
「なるほどな。んで、リーダー。お前の意見は?」
「へ?」
 僕に判断を仰いできたのが意外だったので、間抜けた声をあげてしまった。
「だーかーらー、俺らじゃなく、テメエはどうしたいかって聞いてるんだよ」
「僕?」
「要するに今の状況は、学園祭を取るか久我島を取るかっていう、究極の二択だろう? だったらさあ、どっちを取るのかを、お前に決めさせてやるよ。選べ。お前にとって本当に大切なものはどっちなのか」
 猿渡は陰惨な笑みで僕に問う。
 けれど、僕の答えなんて決まっている。
「勿論、僕は久我島さんを取る。僕がクラス企画をする理由は、クラスみんなで最高の想い出を作る為だ。だから、明日という日に、二年七組の人間が一人でも欠けるのは許さない。ならば、最優先に考えるべきは久我島さんだ」
 つまり、今までみんなと作って来たクラス企画は手段でしかないという表明。殴られる覚悟くらいはしていた。
 しかし、僕の選択に罵声を飛ばすものは一人もいなかった。
「ならば、一切の問題はない。一切の後悔もない。助けに行こうぜ、久我島を!」
 猿渡が言うと、男子全員が「おおーッ」と鬨の声を上げる。
「えっと、女子のみんなもそれで良い?」
 男子だけで盛り上がるのも問題なので、一応女子にも訊いておく。
「行ってきなよ。ていうか、女の子を人質にするのなんて許せないし」
 女子の一人が誘拐犯に心からの侮蔑の言葉。
 クラスの心は一つだった。
 待っていてくれ久我島。今助けに行く。

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