空気の王に君は成れ/最終話

~祭りの後~


 そして、学園祭本番の幕は上がった。
 学園祭は二日かけて行われる。本日土曜日はその一日目だ。
 僕は体育館に設置された舞台の上で、巫女に扮して舞っていた。
 音楽に合わせて、一つ一つの所作をこなしていく。
 きっと本物には届かないであろう素人の舞いだったが、それでも僕は一挙手一投足、丁寧に舞う。
 舞台の下では観客たちが僕を鑑賞しているが、しかし僕も舞台の上から観客たちを眺めていた。
 観客の顔までは判別できない。それでも、大勢の人々が体育館を埋め尽くしているのはわかる。
 学園一の美少女である久我島が出演しないから、客足が遠のくかとも思っていたが、実際は違っていた。
 昨日、本番前のリハーサルがあり、そこで僕は衣装、化粧共に本番でする格好をしていた。どうやら、それが原因だったようだ。リハーサルの順番待ちで様子を観ていた他クラスの生徒が『謎の美少女』が巫女舞をするという噂が口コミで広がった。
 僕としては嬉しいような悲しいような複雑な心境だ。『謎の美少女』というのは男性に対しては全く以って褒め言葉ではない。ただし、その噂のおかげで大勢の観客が動員できたのは僥倖。
 なので敢えて気にしないようにしよう。
 巫女舞は喝采の拍手と共に無事終了。
 僕は舞台発表出演者の控室に戻ると、即座に化粧を落として、制服に着替える。『謎の美少女』が実は男だったというのをネタばらしはしない方針だ。謎は謎として、男どもの幻想と妄想をかき立てる材料にしておこう。
 世の中知らない方がいい真実だってあるのだ。
 そして、つつがなく二日に及ぶ学園祭本番はほぼ全ての工程を消化し、残すは後夜祭だけとなった。
 校庭中央にはキャンプファイアが焚かれ、みんなしてフォークダンスを踊っている。
 もうすぐ、祭りが終わってしまう。
 思い返せば長い学園祭だった。
 学園祭自体はあっという間の二日間だったけど、そこに至るまでの道のりは決して平たんなものではなかった。
 空気でしかなかった人間が、いきなりクラス委員長に抜擢され、みんなのリーダーになっていく。正直、今でも現実感がない。
 だけど僕は戦い抜いた。
 いや、その台詞はまだちょっと早いか。
 僕にとって本当の戦いはこれからだ。
 僕は後夜祭の会場から外れたところにある学校玄関の扉に凭れかかり、ある人を待っていた。
 相手は勿論――
「ごめんなさい。……待った?」
 久我島風花だった。
「待つだけなら問題なかったよ。けど、久我島さんをフォークダンスに誘おうと躍起になる男子共には腹が立った」
「あれ、それって嫉妬?」
「そうだね。まさかの嫉妬だよ。自分でも吃驚だ」
 まさか、久我島に言いよる男に黒い感情を向ける日がこようとは自分でも驚きだ。僕はもっと淡白で無関心な人間だと自負していたのに。
「でも嬉しい。それって涼が私を何よりも欲しているってことだから」
「ポジティブな解釈ありがとう。久我島さんも、変な男に好かれちゃったね」
 自嘲しながら肩を竦める僕。
「いいのよ。私はそんなところを含めて涼が好きなんだから。ところで涼。私はいつまで『久我島さん』なのかしら?」
 思いっきり顔を近づけてきて、挑発的に訊いてくる。
「そうだね。それが君の望みだったね。謝るよ、風花」
 ――風花。そう言った自分の顔が熱くなるの自覚する。
 人の名前を呼び捨てするのに慣れていないのに、いきなり女の子にしろというのはハードルが高い。
 ただしまあ、それにも慣れていかなくちゃならないな。
「ねえ、風花。僕は君にとても大事な話をしていなかった。つまりさ、風花が目覚めた日の病院での話の続きなんだけど」
 僕は彼女を見つめて一拍置く。そして、告げるのだ。
「僕と付き合って下さい。僕は風花を世界で一番愛しています」
 生まれて初めての告白。彼女からの返事を待つ数秒が僕には膨大な時間に感じられた。
「勿論。私も涼が大好きだよ」
 そして久我島は……、いや風花は僕を抱きしめる。僕も彼女を抱きかえした。
 これから僕は空気人間に戻ることは絶対に出来ない。
 どんなに空気であろうとしても、世界で確実に一人、僕を空気と認めない人間がいるのだから。
 夜の空には煌々と月が煌ていた。それはまるで新しい道を歩き始めた僕らを祝福しているかのようだった。

【空気の王に君は成れ】了

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