魂でしか聴こえない

 俺、水橋理音《みずはしりおん》には夢があった。それは自分の彼女に、俺の歌を聴いてもらうことだ。
 彼女の名前は藤堂《とうどう》キズナ。学年は俺と同じ中学三年生だが、通っている中学は違う。
 利発で、朗らかで、可愛らしい少女だ。中学生活も残り三か月を切ったというのに、中学の制服を着ていないと小学生に間違われるくらいに外見は幼い。本人はそれをコンプレックスに思っているが、俺は別に気にしていない。
 逆にいうと、彼女が自身の身体的特徴で嘆いているのは、幼く見える外見だけ。俺はそれを素直にすごいと思う。
 なぜなら、彼女は耳が聞こえないからだ。いわゆる聾《ろう》というやつである。彼女の障害は生まれつきのものらしい。
 キズナは自分の耳が聞こえないことを嘆かない。実生活においては様々な不自由があるだろう。けれど、彼女は色々な工夫を考えるきっかけになるから、とても楽しいと気丈に振る舞う。
 俺はキズナの、そんな人としての強さを愛おしく思う。
 俺が音楽を始めたのは中学二年生の時。動機は女子にモテたかったからという、不純でありきたりなものだった。
 だけど、今の俺が音楽を奏でる理由は、すべてキズナのためだ。彼女のために作曲し、詩を綴る。彼女への慕情を表現したい一心で、俺はギターを弾き、歌を紡ぎあげる。
 キズナからしてみれば迷惑な話だろう。耳が聞こえないのに、音楽を送られても嫌がらせ以外の何物でもない。
『キズナのための音楽』は、しょせん俺のエゴ。自己満足にすぎないのだ。
 その証拠に、キズナは一度として俺の歌が聞こえないことが残念だなんて言うことはない。
 もっとも、音楽を初めて一年くらいしか経っていない俺の歌は、周りから荒削りで未熟という評価。そんな出来損ないは聞こえない方がキズナにとっての幸せなのかもしれない。
 俺は音楽を続けるべきなのだろうか。
 異性にモテたいという目的はもう果たせている。キズナという最良の恋人を手に入れた。なら、俺が音楽を続けることは、キズナにとって不快なだけではないだろうか。
 自分の音楽に対する不信感は拭いきれない。
 だから、俺は思い切ってキズナの本当の想いを訊いてみることにした。
 キズナにそんなことを訊くのは、彼女への侮辱かもしれない。だけど、これから俺がキズナと付き合っていくには、どうしても訊いておかなければならない。
 休日を使ったデートの途中で寄った公園のベンチで、俺はついにキズナに訊いた。
「なあ、お前は俺が音楽をしていることをどう思っている?」
 俺は唇をなるべく大きく動かしながら告げた。本当は手話を交えながらの方がいいが、そちらは現在勉強中。彼女との会話はいつも、キズナが読唇術を身に着けていることに甘えさせてもらっている。
『どうしたんです、急に?』
 キズナは不思議そうに眼をきょとんとさせながら、所持していたスマートフォンで言葉を綴る。
「俺はさ、キズナへの想いを表現したくて音楽を作って、奏でている。でも、お前は耳が聞こえない。それって、お前からすれば、やっぱり迷惑だよな」
 尋ねながら、俺の心は千々《ちぢ》に乱れていた。唇がわななきかける。
 俺はキズナからの拒絶を覚悟していた。今日を以って音楽から足を洗うつもりでいた。
 なのに、キズナは答える。
『いいえ。私は理音の音楽が大好きです』
 俺には理解できない。できるはずがない。
「お世辞はいいんだ。だって、お前は耳が聞こえない。だから、俺の歌だって聞こえない。聞こえない歌なんて……意味がない」
 俺の言葉は、耳の聞こえないキズナへの冒涜に他ならない。だけど、これから先、ずっと彼女に気を使わせるよりはマシと判断して言い切った。
 これに、キズナは首を横に振る。
『私の耳では理音が奏でる音楽を聴くことはできません。でも、実は私には理音の音楽は聴こえているのです』
 俺には意味が分からない。けれど、キズナは俺の困惑をよそに続きの言葉を綴る。
『なぜなら、私は理音の声を聴いているからではありません。私はアナタの魂を聴いているのです。アナタが私のために書いてくれた楽譜や詩、そして、それを音楽として表現しようとする姿、微かとはいえ肌に伝わる空気の振動。私にはきちんと理音の魂が伝わっています。だから、私にはアナタの音楽がしっかりと届いているのです』
 キズナは世にも優しい顔で微笑んだ。
 俺は笑わざるを得なかった。自分の浅はかさを。
 俺は、完全にキズナに敗北した。彼女の強さを甘くみていた。そんなことを告げられては、この先ずっと音楽をやめられるわけがないではないか。
 安心と、そして畏敬を覚える俺に、キズナはトドメを刺してくる。
『私は理音の音楽をこれからも聴いていきたいです。覚悟してください。魂が籠っていない音楽は、どれだけ取り繕っても私には届きませんよ?』

【魂でしか聴こえない】了

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