巫女が恋した月下の紅蓮/第7話

鬼退治


 僕が一通り姉さんに吐露すると、一同は学校最寄りの公園に移動していた。下校時刻であることもあって校門が閉められるからだ。ちなみに吐露した際、昨日僕が体育倉庫に閉じ込められた件については隠し通した。それを告げてしまえば、雅量を助けるために体育倉庫から現れた【紅蓮の君】が僕だとバレてしまう。
「まったく、弱い男なんてゴミと一緒よね。男は本来女を守るべき生き物でなくてはならないわ。なのに私と星河さんが、種橋君の救助に出向くってどういう了見かしら」
 ベンチに足を組んで座って、雅量は憤然と言う。
「それに私たちに五人がかりでかかってきた、ガラの悪い連中も実に醜悪ね。腕力を誇示できればそれが強さだと思っている奴ほど滑稽な話はないわ」
 雅量の意見をまとめてしまうと、草食系男子も肉食系男子もダメという結論に達する。
「それなら雅量はどんな奴ならいいんだよ?」
 僕は辟易としながら訊いてみる。
「無論、【紅蓮の君】のようなお方が最高よね。か弱い乙女に降りかかる妖怪に対し、頑とした態度をとる。そして、敵を倒した後はそれを私に恩着せがましく主張するでもなく、颯爽と謙虚に去っていく。そんな人が最高よね」
 真実を言えば【紅蓮の君】が颯爽とあの場から姿を消したのは謙虚さからではない。保身のためである。
 雅量は壮絶な勘違いをしているが、僕は今日も保身のために真実を隠蔽し続ける。
「苗木ちゃん、君の意見に少し修正をいれさせてもらいたいな」
 言いたい放題の雅量を、真剣な眼差しで見つめながら姉さんは言った。
 姉さんとしても弟が言われっぱなしなのが、聞き捨てならないのだろう。持つべきものは自己主張できる姉である。
「苗木ちゃんは、京真や先ほどの馬鹿どもを批判しているが、それは間違いだ」
 いいぞ姉さん、もっと言ってやれ。
「けれど、そこのボンクラと先ほどの害虫どもの貧弱さは非難すべきものではありませんか?」
 雅量の抗弁。しかし、相手は仮にも一学校の生徒会長。弁論能力でいったら、姉さんに軍配があがるに決まっている。
「いやいや、私が言いたいのはそういうことじゃない。問題なのはね、苗木ちゃんが京真やさっきの連中だけを批判しているところにある。弱い男は京真やさっきの連中だけじゃない。誤解を恐れずに言うなら、男とは総じて弱い。どうせなら、世の男ども全体の弱さや卑怯さを糾弾するべきだ」
 あれ? なんか姉さんの発言がおかしな方向に転がっている。
「大体、男なんて動物は男尊女卑とかいうお題目を作らなければ、そもそも女には敵わないのだ。男尊女卑とは男が女を虐げることだろう? つまり、男はわざわざ女を下等であるとこき下ろさなければ自分の矜持すら守れない生き物だと言えるな」
 姉さんの言葉には迷いがない。心底世の男にうんざりしているような言い方だ。
「なるほど。つまり、種橋君は特殊な例ではなく、むしろ世の男としては一般的な例であると?」
「然り。むしろ、苗木ちゃんがいう【紅蓮の君】の方が特殊な例と言えよう」
 僕は姉さんをてっきり弁護人だと勘違いしていた。むしろ、この人も僕、というか世の男を責めたてる検事側の人間だったようだ。
「ならば、世の男どもには【紅蓮の君】の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいところですね。【紅蓮の君】のような殿方が増えれば、世の中はぐんと良くなるに違いありません」
 祈るように手を組み、夜空に想いを馳せるように天を仰ぎながら雅量は言う。
 僕の爪の垢で、世の中がよくなるならいくらでも採取していってくれ。グラム一万円で売ってやるよ。
 それにしても、雅量の【紅蓮の君】への勘違いもここまでくると甚だしいな。ここまで言われると、【紅蓮の君】本人としては若干引かざるを得ない。
 それとも雅量はこれまで、ろくな男に出会わなかったのだろうか。だとしたら、お悔やみを申し上げたいところだ。
「けれど、世の男どもが往々にして弱い生き物だとしても、種橋君の弱さは異常だと私は思います。そのあたりを、星河さんはどうお考えですか?」
 雅量の批判の矛先が、男全体から再び僕個人に向けられた。
 頼む姉さん、今度こそ異議申し立てをきちんとしてくれ。
「反論の余地もないな。確かに京真は人間としては弱い、薄い、中身がない。姉として恥ずかしい限りだ」
 まさかの三段突きに、僕は不覚にもよろめく。
「姉さん、実は僕のことが嫌いだろう?」
 半分涙目になりながら訊くしかなかった。
「何を言うか。私はお前のことを家族として愛している。でも、異性としてはちょっと、という感は否めない」
「さらりとトドメを刺すのはやめてくれ。トラウマになるから」
「では、どうすれば京真が強くなるか。ふむ、これはちょっとした難題だな」
 姉さんは顎に手を当て、真剣に思案し始める。
「大丈夫ですよ星河さん。私に良い考えがあります」
 朗らかな笑顔の雅量。その笑顔が逆に胡散臭い。
「参考までに是非聞いておこう」
 厳粛にうなずく姉さん。雅量は僕の方を向いて、そして真っ黒な言葉を吐き捨てる。
「仏教には輪廻転生という便利な考え方があるわ。だからね、種橋君、現世が駄目でも来世があるじゃない」
 右手の親指を上方に立てて、気さくな口調で言ってくる。
「それは死ななきゃ治らないレベルだと言いたいのか?」
「それぐらい文脈から察しなさいな。それともアナタはおつむまで弱いのかしら」
 上方に親指を立てた右手を、上下方向に反転させる雅量。完全に僕への宣戦布告だった。
「お前、絶対今まで男と付き合って三日以上交際が続いたことがないだろう。お前みたいな奴は男の方から願い下げだ」
「そもそも私は男性と付き合った経験は一度もないわよ。なぜなら私に見合うような強い男性がいないんですもの。馬鹿げた男に熱を上げずに今まで過ごしてこられた自分の鑑識眼を褒めてあげたいわ」
 僕の皮肉に雅量はまったくなびかない。むしろ、自分が純潔であることを誇らしげに語る。
 いやまあ、女性の純潔は大事だよね。男の場合はそうでもないけど。
 会話が僕に不利な方向に傾いている。どうにか形勢を逆転する手立てはないかと考えていると、黒電話の呼び鈴の音が宵の帳に鳴り響く。
「はい、もしもし――」
 雅量は制服の胸ポケットからケータイを取り出す。呼び鈴の音は雅量のケータイの着信音だったようだ。
 雅量は緊張した面持ちで通話していた。
 電話の向こうの相手に対して雅量は、ただ『はい』と『いいえ』でしか返さない。無駄な発言を一切排除しようという心理状態にあるようだ。
 雅量ほどの慇懃無礼で横柄な奴に、電話越しでもあるにも関わらず態度を崩させない相手。これは中々に興味深い。
 誰だろう?
 気にはなる。さりとて、雅量のプライベートな事情に踏み込んでいいものだろうか。
 雅量の通話が終わるが、僕は相手のことを訊いてもいいものか未だ思案していた。しかし、
「今の電話は誰だったんだい? 随分緊張してたみたいだけど」
 優柔不断な僕に代わって質問したのは姉さんだった。
「私の父です」
 雅量は簡潔に返す。その表情は相変わらず固い。
「もしかして、早く帰ってこいって叱られちゃった? もしそうなら、今日はここでお開きにするけど」
 姉さんは、気さくな調子で言う。
「違います。新たな妖怪退治の命が下ったのです」
 一見すると毅然と言っているようで、しかし、雅量の口調は微妙に震えていた。
「どうした? らしくない。妖怪退治なら苗木ちゃんの専門分野だろうが」
 雅量の震えを姉さんも察知したらしく、不思議そうにしていた。
「そ、そうですね。妖怪退治は私の本分。ならば、憶する必要は欠片もありはしないです」
 雅量の言葉からは虚勢が見え見えだった。
「一体、どんな妖怪を退治するように命じられたんだ?」
 僕が訊くと、雅量はやや丸まっていた背中を、途端に伸ばし、自信に溢れたかのように胸を張った。
「そんなにも気になる?」
 偉そうな態度で、少しばかり癪に障る。しかし、今までの態度に戻っただけなので、僕としてはこっちの方が安心できた。
「是非お聞かせ願いたいな。お前がビビるほどの妖怪なんてこの世にいるのか?」
「私がビビる? それは笑うところかしら。種橋君、女性にモテたいなら、もっと笑いのセンスを磨くことね」
 完全なる上から目線。しかし、彼女自身、そうしないと潰れてしまいそうなのだろう。
「善処するよ。んで、どんな妖怪?」
 僕が改めて訊くと、雅量は数秒だけ逡巡して告げる。
「――鬼よ」
 端的な説明に、僕は逆に混乱した。
「何だって?」
「だから鬼よ。オニ。英語で言ったらオーガよ」
 わざわざ英訳までしてくれた。というか鬼とオーガは微妙に違うのでは? とも思ったが、敢えてツッコまない。
「鬼って、どんな鬼だよ?」
 平然と質問しながら、内心では僕は怯えていた。
 鬼。
 それは僕を指しているのだろうか。それとも、また別の個体を指しているのだろうか。
 情報が少なすぎる。可能な限り雅量から情報を引き出さなくては話にならない。
「どんな鬼かは、未だ調査中みたいよ。ただ、『頭に角を生やした人型の妖怪』を目撃した一般人が何人も出ているらしいの」
「それは恐ろしい話だな」
 一応、平凡な返事だけをしておいた。
 しかし、僕は怯えていた。
 もしも雅量の父親が退治を命じた鬼が僕だとしたら?
 鬼の力を開放すれば、退魔士にも対抗できる力を僕は得られるだろう。しかし、人の身として生きる僕が、人である退魔士と対峙したとき、本当に力を発揮できるであろうか。
 それに、僕一人の力が強力であったとしても、退魔士の側が単独で挑んでくるとは限らない。複数で掛かってこられたら僕の勝算は激減する。どんなに力があっても一人は弱い。同時に統制の取れた人間のチームワークは厄介だ。
 不安は二重三重に膨らんでいき僕を蝕む。
 僕はちらりと姉さんに視線を送る。
 僕が鬼であることは特秘事項だ。しかし、例外的に僕が鬼であるのを知っている人物も極少数ながら存在する。
 そのうちの一人が姉さんだった。
 僕が姉さんに視線を送ったのは、彼女の意見を求めたいから。
 その視線をしっかと受け取ったらしく、姉さんは頷く。
 しかし、姉さんが口にしたのはとんでもない言葉だった。
「苗木ちゃん、一つ頼みがある。その鬼退治に京真も参加させてやってくれないか?」
 姉さんの表情には一切のおふざけはなかった。だからこそ、僕と雅量は、「は?」と間抜けた声と表情を露わにするハメになった。
 この人は何を言っているんだ?
 僕が雅量と鬼退治?
 僕のまばたきの回数は、累乗的に増加していった。

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