巫女が恋した月下の紅蓮/第8話

【紅蓮の君】を探しなさい


「京真は弱い。それはもう絶望的なまでに」
 姉さんは言葉をオブラートに包むという日本人の美徳を知らないようだ。姉さんの断言は僕の胸を真っ芯から突き刺す。
「そんなのはわかっています。種橋君は脆弱で惰弱で貧弱。これは敢えて説明するまでもないことです」
 雅量の言葉にも、僕への配慮は一ミリグラムも配合されていなかった。
「でもね、私が思うに京真の弱さは肉体面以前の問題として、精神面に起因すると考えている。京真は自分で自分を人間としては最弱だと思い込んでやがる。だから努力しない。努力しないから駄目なままだ」
「なるほど、病は気からというわけですか」
 雅量、弱いのは病じゃない。ただの特性だ。
「つーか、京真は仮にも種橋家の人間なんだ。強くなれないわけがないんだよ」
 姉さんは大儀そうに頭を掻きながら言う。
「その件については私も気にはなっていました。もしかして、種橋君の、というか星河さんのお父様は種橋蓮星という方ではありませんか?」
「そうだよ」
 肯定する姉さん。雅量が退魔士である以上、いつかは種橋蓮星の名にたどり着くのは予想していた。しかし、実際にその場面になってみると気分は複雑だ。
「苗木ちゃんは、うちの親父、つまり種橋蓮星についてどこまで知っている?」
「異端なる退魔士として有名なことがまず挙げられますね。退魔士にとって妖怪は退治すべきものなのにも関わらず、彼は妖怪との共存の道を模索していると聞きます。退魔士協会に属さず、独自の道を行く不埒者、と私は父から聞いています」
「まあ、一般的な退魔士からはそんな評価だろうな。いくつか親父を弁護したい部分もあるが、話が逸れるから今はいいや。んでさ、私としては、いずれ京真には退魔士になってもらいたいわけ。でも今のペラペラ人間じゃ退魔士なんて無理だ。だったら、実地訓練を通して強くなってもらおうっていう算段さ」
 姉さんの説明に僕も雅量も渋面を浮かべざるを得ない。
「姉さん、僕は何度も言うように退魔士になる気なんてないよ。僕は退魔士にふさわしい人間じゃない」
 そもそも、僕は人間ですらない。鬼だ。鬼が退魔士をするだなんて聞いたことがない。
「私も反対ですね。種橋君が退魔の世界に身を投じても、はっきりいって足手まといです。ありていにいって邪魔になるのは目に見えています」
 あいかわらず情け容赦ない雅量だが、今だけはその無慈悲さがありがたい。
「いやいや、苗木ちゃん。別に私は京真を戦闘要員にしてほしいと言っているわけじゃない。あくまで精神面を鍛えるのが目的だ。厳しい退魔の世界に京真の腑抜けた根性を晒して、ちょっとでもメンタリティを向上させたいのさ」
「確かに妖怪と対峙するだけで、肝は据わってくるかもしれませんね。しかし、星河さん。それでも種橋君が足手まといになるという問題は解決しません。それとも種橋君は私が仕事をする上で何か役に立つとでもいうのですか?」
 雅量は僕を品定めするように、視線でなめまわす。明らかな値踏み。相手が美少女とはいえ、気持ちいものではない。
「それなら問題はないよ。戦闘力のない京真でもできる仕事はちゃんとある」
「なんです?」
 首を傾げる雅量。本当に僕のことなどチリ紙以下の存在と考えている様子だ。
 そんな雅量に姉さんは言うのだ。
「苗木ちゃんは、これから鬼を探したり退治したりと忙しくなるわけだろう? だったら、その間、裏で京真には【紅蓮の君】探しをさせればいい」
「「はい?」」
 僕と雅量の声がハモった。二人とも理解できないという様子だ。でもきっと、僕の方が雅量よりも事情を理解できていない。
「だからさ、【紅蓮の君】を京真に探させるんだって。どうせ苗木ちゃんは夜のお務めの傍らに【紅蓮の君】を探すつもりだったんだろう? それなら人手は多いに越したことはねえよな」
「それはまあ、そうですけど。けれど、私は種橋君が足を引っ張るような真似をしたら、迷うことなく足を切ります。私は自分の任務最優先で行動したいので」
「それでいい。なに、京真も男だ。それに最悪の窮地に追い込まれないで何が鍛錬か! つーわけで交渉成立」
 姉さんは強引に話をまとめようとする。しかし、僕が納得いくわけもない。
「ちょっと待ってよ姉さん。雅量の手伝いをして僕に何のメリットがあるっていうのさ?」
 僕は抗議の声を上げた。それに対して姉さんは数秒間考えたのち、僕に耳打ちをする。
 それは雅量には聞こえないだろうほどに、ひっそりとした声だった。しかし、姉さんの言葉は僕の心臓を串刺しにした。
「四の五の言ってると、【紅蓮の君】の正体を苗木ちゃんにバラすぞ?」
 僕はポカンとして、姉の皮をかぶった悪魔を見つめることしかできなかった。
「一体、何を種橋君に言ったのです?」
 雅量の問いに姉さんは、
「協力しないと、恥ずかしい過去をバラすぞ、と脅してみました」
 平気で嘘をつく。
「そうですか。けれど、私からしたら種橋君にどんな黒歴史があっても興味ないですけどね」
「こういうのは個人のコンプレックスにかかわる問題だからねえ」
 いけしゃあしゃあと、嘘に嘘を重ねる姉さん。こんな奴が生徒会長なのだからうちの学校も相当人手不足なようだ。
「んじゃ、今日はお開きにしようか。京真が苗木ちゃんの愛しの君探しをするのは明日からで、今日は私とミーティングだ」
 姉さんは軽快に手を打ち鳴らす。
 そしてこの夜、僕と雅量はわかれていった。

   ◆

「一体どういうことなんだよ! 僕が雅量の思い人探しの手伝いって!?」
 家に着くなり玄関で、僕は姉さんに詰め寄る。家に着くまでは沈黙を保ってきたが、玄関の扉を閉めてしまえば誰かに聞かれる心配はない。
「いいじゃねえか、ちょっとは乙女の純情につきあってやれよ。なあ【紅蓮の君】?」
 姉さんは意地悪く、そして愉快そうに笑っていた。
「そもそも姉さんは僕が【紅蓮の君】だって気づいていたんだね?」
「当たり前だ。昨日の夜、苗木ちゃんの話を聞いたときから予測はしてたよ。妖怪をいとも簡単に屠る赤い髪の炎使い。そんなのまんま京真じゃないか」
 何を今さらと言わんばかりに、首を横に振る姉さん。その涼しい態度が逆に腹立たしい。
 とはいえ、僕も覚悟はしていた。
 姉さんは時折奇怪な言動をするが、決して馬鹿ではない。仮にもうちの学校の生徒会長でもあるし、地味に成績は学年上位に位置している。
 そんな姉さんが、昨日の雅量の話から【紅蓮の君】が僕であると気づかないのは逆に不自然だ。
「それでなくとも姉弟なんだから、真相なんて嫌でもわかるって話だ」
 姉さんは軽く言うが、それが癪に障った僕は、
「血は繋がっていないけどね」
 憮然とした声で言った。
 けれど、姉さんは僕の言葉に笑みを消失させ、悲しそうな表情を浮かべた。
 僕は激しい後悔に襲われる。僕と姉さん、あるいは僕と種橋蓮星は血が繋がっていないのは事実。けれど、姉さんはそれでも今まで僕を弟として、そして家族として接してきてくれた。
僕の不用意な発言は、姉さんのこれまでの努力を否定することに繋がる。
「なあ京真、私たちが家族になってかれこれ何年だ?」
 姉さんは僕を責めるでもなく、淡々と訊いてくる。
「僕が父さんに引き取られたのが六歳のときだから、もう十年になるね」
「そう、十年だ。私は最初驚いたよ。親父が鬼の子供を引き取ってきて『今日からこいつは家族だ』っていうんだから」
 大切な思い出を、零さないようにすくうがごとき眼差しで姉さんは言う。
「最初は僕、全然姉さんたちに心開かなかったよね。今でも少しそういう部分はあるけど」
「そうだな。お前はもうちょっと人に甘えるということを覚えた方がいい。自分が鬼であることに負い目を感じすぎだ」
「だけど、鬼は人間からしたら退治すべき妖怪で、そんな奴が退魔士の家族になるなんておかしいよ」
「安心しろ。おかしいのは京真じゃない。人間と妖怪は共存できるんだと主張している親父だよ。でもさ、私はそういうおかしさって世の中に必要だと思うんだ。周りからしたら異端かもしれない。異常なのかもしれない。でも親父の理想は純粋だ。だからさ、お前はもっと自分を誇るべきだ。種橋京真という人間は人と妖怪を結ぶ可能性であることに。まあ、だからといって濫りに鬼の力を開放するのは間違いだけど」
「違う! 昨日僕が鬼の力を開放したのにはきちんとした理由があるんだ。あれは雅量が妖怪に殺されそうだったから仕方なく――」
「それぐらいわかってる。むしろ私はお前のしたことを評価してる。確かに鬼の力を開放するのはお前にとって禁忌。だけど、そんな個人的なお題目より誰かの命を最優先した。こんなのいくら私でもお前を叱りつけるわけにはいかない」
 姉さんは世にも優しい目つきで僕を見つめた。そして更に続ける。
「でもな京真、お前がもしこれから人間として生きていくというならば、いつまでも鬼の力に頼っていちゃ駄目だ。お前は人間・種橋京真として真の強さを手に入れなければならない」
「だから、雅量の【紅蓮の君】探しの手伝いを? でも姉さん、そもそも僕が【紅蓮の君】なのにどうやって【紅蓮の君】を探せと?」
「さあな。それは自分で考えろ。鬼であることをバレるのを覚悟で自分が【紅蓮の君】であると明かすもよし。あるいは上手く情報操作して【紅蓮の君】は既にこの街にいないと騙すのもよし」
「どっちにしろハイリスクだね」
「そうだ。お前は安全を求めすぎるところがあるからな。ハイリスクなミッションに身を委ねるというのに慣れた方がいい。安全なのはぬるま湯で気持ちいいかもしれない。けど、いつまでも温ま湯につかっていたら、いざという時に真の強さを発揮できない。これは男として格好悪いだろう?」
「格好悪いといけませんか?」
「どうせなら格好良く生きてみようぜ? 幸いにしてお前は雅量ちゃんほどの美少女を一目ぼれさせるほどには格好良くなれんだ」
「雅量が恋したのはあくまで【紅蓮の君】だけどね」
 僕は自分で言って肩を落とす。現状では【紅蓮の君】としての僕と、種橋京真としての僕の落差が大きすぎる。種橋京真としての僕では、到底格好良い人間にはなれないし、強い人間など夢のまた夢だ。
「最初からそんなに落胆すんなって。世の中には棒ほど思って針ほど叶うって言葉があるんだ。最初に極太の棒くらいの大志を抱いてやっと針の細さほどの夢がかなう。なら最初からか細い目標でいたら、髪の毛ほども叶いはしないよ。いいか京真。何度もいうけどお前は種橋家の人間だ。私たちの家族だ。だからお前が強くなれないわけがない。胸を張って明日から退魔の世界に身を投じてみるんだ」
 姉さんの言いぶりには深刻さは皆無だが、僕はこれからの心配事を考えると気が気でない。
 雅量にどうやって【紅蓮の君】について伝えようか……。
 僕が沈鬱な気分でいると、やれやれと肩をすくめて、そして言うのだ。
「とりあえず飯にしようぜ。今日はお前が美少女に恋をされたのを記念してのお赤飯だ」

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする