巫女が恋した月下の紅蓮/第10話

最弱の退魔士


「グッドナイト。こんなところで会うなんて奇遇ね」
 二刀流の修道女――舞阪ジョセは陽気な態度。今しがた妖怪を退治したとは思えないほどに緊張感がなかった。
 ジョセは笑顔だが、修道服が笑顔といささか不釣り合いな気がした。僕の中での修道女のイメージは、慈悲や憐れみ深い表情が似合う人々だった。
 だから、僕は彼女が本当に修道女なのか疑ってしまう。確かに衣装は修道女のものといって間違いはない。黒の修道服に身を包み、腰には紐が結ばれており、首からはロザリオが下げられている。けれども、両手に握られた二振りの片手剣がどうにも彼女の格好をコスプレ臭くしてしまう。
 ぼくがマジマジとジョセを見ていると彼女は、
「視姦? そういうプレイはちょっと……」
 両手で胸元を隠しながら言う。しかし、面倒臭いのでジョセのボケに僕は乗らない。
「お前、修道女だったのか?」
 僕が訊くとジョセは困ったような顔をする。
「確かに家は教会だけど、私ってそれほどまでに敬虔に神様は信じてないのよね。聖書は解説本で中身知ってるくらいだし。もっというならダーウィンの進化論を否定しない程度には、いわゆる原理主義とは距離を置いているわ」
「お前の中で信仰の有無の判断基準は進化論を信じてるか否かなのか?」
「ちなみに、妊娠中絶には反対派よ?」
「神様曰く『産めよ、増えよ、地に満ちよ』だっけ?」
「違うわよ。自分の責任で生命宿したんだからそれを育てるのは当然の義理でしょ、という理屈」
「ある意味でまっとうな考え方だな。んで、話は逸れたけど、ならお前はどうして修道女の格好をしているんだ?」
 質問したが、僕の中ではすでに答えは出ていた。それでもわざわざ訊いたのは確認のためである。
「私は退魔士よ。なんなら、退魔士の横にエクソシストってルビを振ってもいいでしょうね。それとも今時は退魔士よりも祓魔師って言い方が若い子には通るかしら」
「三次元と二次元をごっちゃにするな」
「あら、もしかしたらこの世界だって、誰かによって書かれた想像の世界かもしれないじゃない」
「ははは、そんな馬鹿な」
 とか下らない話をしている場合じゃないな。
 そもそもジョセが何の説明もなく『退魔士』などという言葉を使ったのが僕には不思議だった。彼女が僕を一般人だと認識しているならまず、先ほどジョセが退治した異形についてから説明するのが普通だろう。
 となると考えられるのは、
「もしかして、ジョセは僕の父親について知ってるクチだったのか?」
「そりゃそうよ。退魔士の世界では種橋蓮星は有名人だからね。京真の種橋って名字みれば、嫌でも種橋蓮星との関係は察せるでしょう」
「確かに僕は種橋蓮星の息子だよ」
 ただし義理のだけどな、とは言わない。
「やっぱりね。でも、私の中で予想外だったのは種橋蓮星の息子が妖怪から逃げるだけしか能がない奴だったって点ね。それとも、こういう人気のないところでしか発揮できないような力を持っているのかしら?」
 ジョセは井戸端会議のごとく気さくに訊いてくるが、その質問は僕にとってのアキレス腱だ。
「僕は単なる人間だよ。特別な力は持ってない。正直、さっきの妖怪にここに追い詰められて死を覚悟してたくらいさ」
「ふーん。そういうことにしておきましょうかね」
 含みを持った言い回しだったが、ジョセは納得してくれた。しかし納得といっても、それは一応という形なので僕としては居心地が悪い。
「ところで、ジョセも鬼を探しているのか?」
 居心地が悪いときは話題転換に限る。それでなくてもジョセに対するクエスチョンは増えるばかりなのだ。彼女の事情を聞いておいて損はない。
「鬼? 鬼ってオーガのこと?」
 お前も鬼をオーガと訳すか。もしかして、それがスタンダードなのか?
「そうだ。僕の知り合いの退魔士が最近、この界隈に鬼が出るから退治せよと命令を受けているんだ。だから、お前もそうなのかなあと思って」
「残念ながら、私の目的は鬼じゃないわ。【夢喰らい】と呼ばれている謎の妖怪よ」
「僕にとっては初耳の妖怪だな。どういう妖怪なんだ?」
「だから謎の妖怪って言ったじゃない。どんな姿なのかは正体不明。ただ、特性として人の夢に現れて、その人を誑かしたり、あるいは廃人にしたりするらしいわ。といっても現状では情報がしっかりしてないから噂の域をでていないのだけれど」
「へえ、それは安心して寝ていられないな」
「だから私みたいなペーペーの退魔士が駆り出されているわけ。退魔士協会も結構テキトーよね。倒すべき相手がどんな姿で、どこにいるのかもわかってない噂段階で下っ端を動かすんだから」
「わかってないから下っ端を動かすんじゃないのか? 実は単なる噂でしたってオチで文句を言われても下っ端なら握りつぶしやすいだろうし」
「なるほど。所詮、退魔士もサラリーマン社会ってことね」
 退魔士自身であるジョセが辟易した風に首を振る。どこの組織にもしがらみはあるようだ。というか――
「退魔士って給料もらってやるものなんだな」
「それだけじゃないけどね。中には人々の安寧を守りたいっていう純粋な願いで退魔士をやっている人もいるわよ。でも魅力的な俸給なのは事実よ。じゃなきゃ真夜中に妖怪退治なんてやってられないわよ。さて、では私から質問してもいいかしら」
「なんだよ?」
「さっき京真が言ってた『知り合いの退魔士』って、もしかして雅量さんのこと?」
 すんなりと正答にたどりつくジョセに僕は少なからず吃驚する。
「退魔士の間で雅量も有名なのか?」
「ある意味では、有名な退魔士よ。そう、最弱の退魔士という意味においてはね」
 一瞬、ジョセの言っていることの意味がわからなかった。
「雅量が……最弱?」
 僕は確認の意味を込めて、彼女の言葉をオウム返しする。
「いかにも。彼女は最弱なの。元々は将来を嘱望された退魔士だったんだけど、色々な事情があって今わね」
 僕は改めて雅量の戦っている姿を思い返してみる。僕が体育倉庫に閉じ込められた晩、雅量は一人で木の化け物と戦っていた。最初こそ善戦していたものの、途中からは完全に押されていた。
 確かにあれを『弱い』と形容することはできよう。
「けれど、雅量が最弱だとしたら、どうしてあいつは鬼の討伐になんて出向くんだよ。鬼なんて妖怪の中では最強クラスの存在じゃないか」
 僕は腑に落ちず、疑問を口にする。別にジョセに回答を求めていたわけではなかったが、彼女は、
「自分に対する『最弱』という評価を覆したいんじゃないの? 鬼は最強の妖怪。そんな存在を討伐することができたら、さぞ周りからの評価は上がるでしょうね」
「でも、雅量に鬼を討伐するように命じたのは雅量の父親だよ。父親なら娘が弱いとして鬼の討伐を命令するものかね?」
「むしろ父親だからこそ、自分の娘に討伐を命じたのでしょうね。雅量さんの父親はね、退魔士協会でもお偉いさんなの。そんな父親の娘が最弱の退魔士扱いされていたら父親としても面子が立たないでしょう」
「酷い話だな。自分の世間体のために娘を死地に送り出したっていうのか」
 僕ははらわたが煮えくり返る思いだった。親とは本来子どもを守るべき存在。なのに自分の名誉のために子どもを危険な目に合わせるなんて言語道断だ。
「でも、雅量さん自身が命令を拒否しなかったということは、彼女も了承済みってことなのよね。雅量さんとしても周りからの自分の評価を挽回したいという願望はあるはずよ。つまり親子で利害は一致しているわ」
「そう言うと随分さばさばした親子関係なんだな」
「そうかしら? むしろドロドロした親子関係かもしれないわよ。親は娘が最弱呼ばわりされて疎ましい。一方で娘は親に認めてほしくてたまらない。そんな関係だってありうるのよ。どっちにせよ、そこら辺の事情は本人に聞かないとハッキリしないけれどね」
「聞いたところで正直に答えるものかよ。雅量の性格的に鼻で笑って終わるだけな気がするよ」
「それはありうるわね。でも、それもいいんじゃない? 結局私たちがどれだけ彼女について喋くったところで、彼女自身の問題は彼女が解決するしかないのだから。さて、長話が過ぎたわね。私は件の【夢喰らい】の捜索に戻るわ。もうすぐ丑三つ時。魑魅魍魎が一番闊歩する時間帯。何の力も持たない種橋君は早くにおうちに帰ることをお勧めするわ」
「そうするよ。はっきりいって退魔の世界はコリゴリだ」
 姉さんには散々お小言を言われるかもしれないが、退魔士ゴッコは今日限りとしよう。【紅蓮の君】探しは不毛なだけだし、何より夜中まで起きているのは眠くてしかたない。雅量にせよジョセにせよ、こんな夜中まで働いてよく学校でぶっ倒れないものだ。
 退魔士がある意味では一番の化け物なのかもしれない。僕はそんな思いを抱きつつ帰路へとついた。

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