巫女が恋した月下の紅蓮/第11話

ジャン・ヴァルジャンには程遠い


 夜が明けて、僕は寝不足だった。夜を通して街をぶらついて、帰宅してもいいだろうと判断したのは明け方だ。
 流石に今回は仮眠を二時間ばかり取った。仮眠が本眠になった挙句、学校をすっぽかす可能性もあったが、もうそんなこと知ったことではない。起きられなかったら起きられなかったときだ。と、諦めの境地にも似た心境で爆睡していたら七時頃姉さんに起こされた。
 姉さんはいつも通り生徒会の仕事があるようで僕より早く登校した。つまり、姉さんに隠れてこっそり二度寝も出来た。けれど二度寝して学校をサボったのがバレたときが怖かったので僕は時間を守って登校した。
 もっとアグレッシブに生きられたら、それはどんなに幸せだろうか。ヘタレの僕には無理な相談だけれどね。
 学校についた僕は、机に突っ伏しって入眠準備はバッチオーケー。だったんだけども……。
「おはよう種橋君。ちょっといいかしら」
 僕の前の席に雅量が陣取っていた。言い方こそ慇懃だが、態度は横柄だった。
「よくない。僕は眠いんだ」
 雅量と睡眠を天秤にかけて、どちらに傾くかなどあえて言うまでもないだろう。僕は再び机に平伏するが、それでも雅量は言葉を浴びせてくる。
「それはいけないわ。なんなら栄養ドリンクを――」
「いらん。そんなものでは僕の目は覚めない」
「――点眼してあげましょうか?」
「用法を守って使ってくれ!」
 世にもおぞましい光景を想像し、僕は恐怖と共に机から頭をあげた。目から栄養ドリンクなんて入れたら『目がっ目がああああ』と、どこかの大佐みたいに絶叫するハメになるのは受け合いだ。
「改めましておはよう、種橋君」
 高原の風のごとき爽やかさの雅量。まるで天使のようだ。
「お前の笑顔を見たら『人は天使になろうとすると悪魔になる』って言葉を思い出した」
「それこそ用法間違ってない? そんなことはどうでもいいわ。昨日は結局、あの後どうなったの?」
「どうにもなってないよ。何の変哲もない夜だった」
 本当は妖怪に襲われたり、クラスメイトに助けられたりしたが、説明する気力が湧いてこない。ひたすらに眠い。
「では、【紅蓮の君】を見つけられなかったと?」
 不快気な顔で雅量は詰め寄る。目つきが剣呑に光っていた。
「見つけられなかったよ、いやー、自分なりに善処してみたけど、情報が少なすぎて完全に無理だわ」
 さも当然のごとく言ってみせる僕。我ながらいい性格をしている。
「いいけどね。正直期待してなかったし。それじゃあ、お休みのところお邪魔して悪かったわね。良い夢を」
 雅量は席を立とうとするが、そこに、
「おはよう京真! 昨日はすごく刺激的な夜だったわね」
 などと、大声の爆弾を投下するものありけり。そのもの名は舞阪ジョセ。金髪のツインテールをぴょこぴょこと揺らしながら、僕に駆け寄ってくる。
 ジョセの言葉に、当然周りのクラスメイトは動揺する。
「おい、刺激的な夜ってどういう意味だ?」
「昨夜はお楽しみでしたねってことなのか?」
「あいつ、雅量さんのみならず、舞阪さんまでも――」
 主に男子からの視線が痛かった。
 けれど、馬鹿男子よりもなお鋭い眼差しを向けてくる者がいた。
 雅量だ。その背に絶対零度の冷気をまとい、視線で僕を射殺そうと試みていた。
「どういうこと? 種橋君は昨日、【紅蓮の君】を探していたはずだけど?」
「【紅蓮の君】なにそれ? そんなの探すわけないじゃない。だって彼は昨日私と夜の逢瀬を楽しんでいたんですもの」
 待て。昨日のあれのどこが逢瀬だ。僕は妖怪退治に巻き込まれただけだ。
「それとも、雅量さんは愛しの君がいるのに、種橋君にも気があるのかしら?」
 ジョセの言葉は完全なる挑発だ。
 雅量とジョセの間に火花が飛び散る。
 修羅場を迎えていたが、僕には全く非がない。理不尽としか言いようがない。
「とりあえず、種橋君はどっちの下僕なのかアナタときっちり話をつけた方がよさそうね」
 雅量は龍のごとき気迫で言葉を紡ぐ。
「そうね。犬にご主人様は二人もいらないわね」
 ジョセは虎の威風堂々さをまとい雅量に返答。
 ところで、二人して僕を下僕とか犬呼ばわりするのはやめていただけませんかね?
 こうしてまた僕は、学校での立場が弱くなっていく。ジャン・ヴァルジャンには程遠いなあと、僕は教室の窓から青いお空を阿呆みたいな顔で眺めていた。

   ◆

 この日の授業は寝倒した。途中、僕の睡眠を妨げんとする極悪教師も現れたが関係ない。『眠たいなら立って寝ろ』と仰る先生もおられた。そんな場合は仕方ないので僕は立った状態で寝てみせた。快眠とまではいかなくとも瞼を閉じるだけでも脳をリフレッシュさせる効果はあっただろう。きっとアルファ波がドバドバ出ていたに違いない。
 帰りのショートホームルームが終わると、僕はそそくさと教室を後にする。目指すは自室のベッド。それこそ夢の世界への入り口なのだ。
 ところが学校玄関で靴を履きかえている際に、校内放送が流れる。
『一年一組の種橋京真君、雅量苗木さん、舞阪ジョセさんの三名は至急本館一階の小会議室に集合してください。繰り返します――』
 早く家に帰って惰眠を貪りたい僕にしてみれば極悪としかいいようのないメッセージだ。
 しかも今の放送を聞かなかったことにして、帰ってしまうことはできない。
 今の放送で流れた声に、僕は聞き覚えがあった。毎日会っている人物なので間違いようがない。
 声の主は我が姉、種橋星河だ。
 放送の無視イコール電話での呼び出しだ。あいにく僕のケータイは緒川に没収されてから使用不能。買い直しもしていない。しかし、相手が姉さんである以上、家の電話に掛ければ済む話だ。その電話すらも拒否した場合、僕は土下座では済まされない事態に陥るだろう。大晦日にやっている笑ってはいけないシリーズも真っ青の仕置きが待っているのは請け合いだ。『デデーン、京真アウト』などというフレーズが僕の脳内を駆け巡る。
 睡眠の対価として永眠を払うのは等価交換とは言い難い。
 しかたないので僕は上履きを履き直し、本館一階にある小会議室へ移動。
 最初に到着したのは僕だったようで、鍵は開いていたが、部屋には誰もいない。
 僕は向かって右側の最奥の席に座り、姉さんの到着を待つ。さも何か考えている振りで目を閉じながら。
 三分ぐらい経ったころだろうか、部屋の扉が開く音がした。
「あら、こんなにも早く来ているだなんて、よっぽどお姉さんが怖かったとみえるわ」
 僕は瞼を開けて、部屋の入り口を見る。相変わらず棘のある台詞を吐いたのは雅量だった。その隣にはジョセもいた。
「おはよう! まあ、夕方だけどね」
 昨夜遅くまで妖怪退治に興じていたはずのジョセは、すこぶる元気だ。こいつには数時間寝ただけで元気ハツラツてな具合のアビリティでもあるのだろうか。ナポレオンみたいだな。
 益体もないことを考えていると、最後に姉さんが現れる。
「よし、みんな来てくれたみたいだな。御苦労。苗木ちゃんとジョセちゃんも席についてくれ」
 両手を腰に当てて、偉そうにこの場を取り仕切り始める。これぐらいの気概がないと生徒会長などやってられないのだろう。
 なお、最後に姿を現したのは姉さんだけではなかった。
「はじめまして、みなさん。よろしくお願いします」
 姉さんの傍らで深々と一礼する生徒がいた。男子制服を着ていたので男子なのだろうが、声が中性的だった。
「……こちらこそ」
 僕も座ったまま一礼した。何者とも知れない人物だったが、姉さんの連れである以上は無礼には振舞えない。
 僕が頭を上げると、相手も頭を上げていた。
 そこにあったのは端正な顔立ち。声と同様に中性的でそれだけでは判別がつかない。
「ボクは七条時也《ななじょうときや》と申します。お三方と同じく一年生です。こちらの種橋星河さんの弟子をしています」
 さらりと七条は言うが、僕は聞き捨てならなかった。
 虚を突かれた僕は、姉さんに視線を送る。
 視線をキャッチした姉さんは頷いて説明を入れてくれる。
「本人が言うように、七条は退魔の仕事における私の弟子だ。弟子といっても私は直接戦闘が専門ではない。どちらかといえば情報収集などの後方支援が専門だ。七条には退魔の世界におけるバックアップ業務の手取り足取りを教えている」
 姉さんに弟子がいることも驚きだが、直接戦闘が専門じゃないというのは実は初耳だ。
 僕の中での姉さんのイメージは、妖怪をちぎっては投げちぎっては投げのファイティングスピリット溢れる逸材だった。事実として先日緒川と対峙したときも、先陣切ってブン殴りに行っていたし。
 しかし、よくよく考えてみれば姉さんが後方支援というのも腑に落ちないわけでもない。姉さんが得意とするのは治癒の術。これは確かに対妖怪戦で前衛をするのはキツイものがある。それに姉さんは退魔の世界の中立派・種橋蓮星の娘なのだ。父親が人の世界と妖怪の世界の調整役をしているのだから、それに協力する形になるのは自然なことだ。
「姉さんの弟子になるってことは、七条君は二アリーイコールで父さんの考えに賛同しているって考えてもいいのかな?」
 僕は七条に訊いてみた。
「はい。ボクはまだ種橋蓮星さんと直接対面を果たせていませんが、彼の理念に賛同しています。あと、ボクのことは呼び捨てで構いませんよ。同学年なんだし」
 柔らかい口調で七条は言ってくる。気性の激しい姉さんとは正反対の印象を抱かせるタイプの人だ。でも、逆にお互いを相補しあえそうな仲とも言えなくもない。
「七条の自己紹介も終わったところで、早速本題に入ろう。今回は情報交換会を行いたいと考えているんだ」
 姉さんは入り口付近の席に座ると話の口火を切った。ちなみに七条は座らず姉さんの隣に立って控えている。弟子というか秘書みたいだ。
 姉さんの提案の意味するところがわからず僕は首を傾げた。首こそ傾げていないものの、雅量とジョセも腑に落ちないらしい顔をしていた。
 そんな三人の心中を察して、姉さんは言葉を重ねる。
「つまりね、ここにいるメンバーにはそれぞれの思惑がある。その思惑を一人でため込むのではなく、開示して、協力し合える部分は協力していってはどうだろうというわけだ」
 姉さんは、僕、雅量、ジョセのそれぞれに視線を送りながら言った。

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