巫女が恋した月下の紅蓮/第12話

対策会議


「どうしてアタシが雅量さんと協力しなきゃならないんですか? 雅量さんと組んでも足を引っ張られるだけな気がするんですけど」
 ジョセは不服そうに言った。
 そんなジョセの態度が伝播したかのように、雅量も憮然とした表情を作る。
「それは私の台詞ね。舞阪さんと連携しても、得られるものは少ないでしょうに」
 そして舞い降りる気まずい雰囲気。重力が増したかのような空気感。
 しかし、この集まりの提案者の姉さんは涼しい顔。
「まあまあ、二人とも。そんなに険悪な顔をしなさんなって。お互いに人々の夜の安寧を守ろうとする退魔士だろうが。志としては一緒なんだから、足並みを合わせても損はないんじゃないか?」
 二人を諌める姉さんはあくまで柔らかい口調だ。
「私は慣れ合いをしたいんじゃありません。私を舞阪さんと協力させたいならば、彼女と組むことが私にどんな益をもたらすのか具体的に示して下さい」
「それはアタシの台詞だよ。アタシも星河さんの具体的な提案を聞きたいなあ」
 ある意味では意見は一致している二人。しかし、意見が一致しているからこそ、お互いが握手するなんてことにはなりそうにない。
「メリットならあるさ。苗木ちゃんとジョセちゃんの勢力がお互いの情報を交換すれば、単純にいって双方得られる情報が二倍になる。苗木ちゃん側からすれば探している鬼についての情報量が増える。ジョセちゃんからすれば【夢喰らい】についての情報量が増える。こうすることによって妖怪探しが効率化できると思わないか?」
 姉さんはごく自然に言ったが、僕には腑に落ちない点があった。
 しかし、そのことについて訊いたのは僕ではなくジョセだった。
「どうして星河さんが、【夢喰らい】の情報を掴んでいるんですか?」
 ジョセは狐につままれたような顔をしていた。
「その理由は簡単だ。ジョセちゃんお父さんに聞いた」
「はい?」
 事情が掴めずに目を瞬かせるジョセ。話が見えないのは僕も一緒だった。
「姉さん、そこでどうしてジョセのお父さんが出てくるんだ?」
 質問したのは僕。ここでジョセの父親が出てくる因果関係から理解できない。
「ああそうか。京真は舞阪牧師についてから知らなかったのか。ひょっとして苗木ちゃんもあんまり詳しくない?」
「はい。名前程度しか存じていません」
 話を振られた雅量は首肯する。
「そんな情報不足の二人に、ジョセちゃんのお父さんについてを説明したいんだけど、OK?」
 プライバシーに関わることだからだろうか、姉さんはジョセに了承を求める。
「それには及びません。自分で説明します。うちのお父さんは元退魔士だったの。ただ昔、妖怪との戦いで脚をやられて今は現役を退いて後方支援に回っているの」
 訥々と説明してくるジョセ。その言葉を姉さんが引き継ぐ。
「加えていえば、舞阪牧師はこの街の妖怪退治における南勢力の指揮官だ。ちなみに京真のために説明を加えると、この街の妖怪退治は北勢力と南勢力に分かれて行われている。南勢力は今言ったようにジョセちゃんのお父さんが仕切っている。反対に北勢力は苗木ちゃんのお父さんが仕切っている」
「退魔の世界も一枚岩じゃなかったんだな。どうせなら、手を組んで仕事をした方が効率が良さそうなのに」
 鬼の分際で、退魔関連に疎い僕は釈然としなかった。
「どこの世界にも派閥争いはあるもんさ。まあ、苗木ちゃんのお父さんと、ジョセちゃんのお父さんには浅からぬ因縁があるとも噂されるが……それはいいだろう」
「そういうものなのか。ところで七条はどっちの勢力の人間なんだ?」
「ボクは星河さんと同じく中立です。退魔という同じ目的を持っている人たちが角を突きつけ合っているのを見ていられなくて星河さんに弟子入りしたんです」
 七条の言わんとする理念はわからんでもないが、でも僕は同時に考える。中立という立場もまた、一つの派閥にカウントされるのではないだろうか。中立という勢力が生まれることで、北勢力と南勢力は一つになるのではなく、北勢力・南勢力・中立勢力の三すくみになってしまう危険性だってありうる。
「では、話を戻そう。私はね、内々に舞阪牧師から相談を受けたんだ。最近この街に【夢喰らい】という妖怪が現れて、人々を誑かせているとね。舞阪牧師の元には、【夢喰らい】によって精神を病んで悪魔払いを希望する人も現れ始めている。なので、舞阪牧師としてはこれ以上事態が悪化する前に【夢喰らい】を退治したい。しかし、相手が操るのは夢という形の無いものだ。だからどう捜索していいのかわからない。だから、捜索範囲と情報量を増やす意味で、舞阪牧師は北勢力と手を組みたがっている。けれど、南勢力と北勢力の間には確執がある。そこで調停要員である私に相談を持ちかけた。んで、私の提案は北と南のそれぞれの勢力のトップの娘である苗木ちゃんとジョセちゃんに一働きしてもらおうというものだ。二人とも退魔師としては強くはないが、それでもそれぞれの勢力が持っている情報の交換くらいならできるだろう。幸いにして二人は同じクラスなんだし、情報交換の場はいくらでも設けられる」
「なるほど。話はわかった。お父さんが言い出したことだったら、アタシはそれに従う」
 以外もジョセは素直に折れた。
 しかし、雅量の方はそれほど簡単ではなかった。
「南勢力のトップ直々の提案であるというのはわかりました。しかし、それは私、ひいては北勢力の面々にどんなメリットがあるのでしょう?」
 確かに先ほどの姉さんの話には、南勢力の都合が盛り込まれていただけだ。雅量の属する北勢力に利益があるとは思えない。
「北勢力にもメリットはあるさ。北勢力では現在鬼を追っているんだろう? だったら、南勢力との情報交換は不利益になるとは思えない。むしろ、南は【夢喰らい】を、北は鬼をそれぞれ討伐すればいい」
「それは詭弁ですね。元々私たち北勢力は自ら情報収集して、これまで妖怪を退治してきました。なのにちょっと敵が強力そうだからホイホイと南勢力の応援を仰いでしまっては沽券に関わります」
 頑なに姉さんの提案を拒否する雅量だったが、姉さんは泰然自若としていた。
「では、北勢力にではなく雅量苗木という個人に協力を要請しよう」
「私に?」
「そうだ。今回の情報交換を利用して【紅蓮の君】探しを効率化させる気はないかい?」
 姉さんは雅量にとっての最大のカードを惜しげもなく切っていく。
「そ、それは……」
「なにせ【紅蓮の君】についての情報は少ない。ならば、南勢力の情報網も持っていた方が苗木ちゃん個人としては都合が良いんじゃないか?」
 姉さんは親切を装って理屈を並べたてるが、真実この人は大した詐欺師だ。なにせ姉さんは【紅蓮の君】の正体を知った上で雅量と交渉しているのだから。
 雅量は苦渋の表情を浮かべている。
 自分の恋のために自分の勢力を裏切るか。自分の勢力のために自分の恋を諦めるか。
 そんな悩める少女に、我が姉は最後の一押し。
「それとも苗木ちゃんの恋は、簡単に諦められるような甘っちょろいものだったのかな?」
 これに雅量は姉さんを睨みつけ、
「そんなわけはありません。私の想いは本物です。いいでしょう。【紅蓮の君】の情報を最優先で伝えることを条件に、南勢力に協力しましょう」
 宣言。勢いづいて雅量はいうが、それは姉さんの掌の上で踊っているだけにすぎないことに本人は気付かない。
 恋は人を盲目にさせるというが、いやはや、その実例を目の当たりにするとは思わなんだ。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする