巫女が恋した月下の紅蓮/第13話

ありえない反撃


 その日も夜はやってくる。僕は鬼という妖怪の癖に、日に日に夜が憂鬱になっていく。
 夜は眠るための時間だ。にもかかわらず、強制的に妖怪退治に駆り出される。誰か僕の人権を守って下さい。
 今日の待ち合わせ場所も、昨日と同じ神社の境内。体力不足の僕としては石段を登るのさえ億劫だ。
 今日は昨日と違い、姉さんも同伴している。姉さんは軽快に石段を上っていく。若いって素敵だねとも思ったが、残念、歳だけで言えば僕の方が若かった。
 けれども、心の年齢でいったらどうかと言われれば、これは確実に姉さんの方が若さを保っている。何事にも意欲的な態度を示し、行動力もある。まさに青春真っ盛り。
 一方僕は、内向的で消極的な性格。心の弾力性がかなり劣化してしまっている。
 僕たちが境内に着くと、本日招集されたメンバーが全員そろう。
 本日の集いの参加者は、僕、姉さん、雅量、ジョセ、七条の五名。
 雅量は巫女服で、ジョセは修道服。まるでコスプレ大会だ。ちなみに七条はジーンズにカットソーという普通の格好だ。
 五人という人数に、とっさに戦隊モノヒーローを連想してしまう。この場合、レッドは姉さんだとしても、ピンクは誰がやればいいんだろう。僕でないのは言うに及ばず。さりとて雅量とジョセはヒロインという柄でもないだろう。
 となると残った七条か? 一見すると女子にも見える容姿なのでアリといえばアリだ。戦隊モノのピンクが男の娘――これは中々斬新だ。
 益体もないことを考えていると、姉さんが、
「みんなよく集まってくれた。感謝する」
 まずは挨拶から入る。そして、話を続ける。
「今日みんなに集まってもらったのは他でもない。鬼と【夢喰らい】の捜索のためだ」
 案件を確認するように告げる。
「はいはい、質問。どうして、わざわざ一端ここに集まったんですか? 情報交換が目的ならメールでやりとりすればいいじゃないですか?」
 ジョセが手を挙げて質問した。確かに彼女の言う通り。情報交換だけなら、IT革命を向かえた僕らの世代には心強いツールがある。
「それはね、メールの文面だけでは伝わらないこともあるからだよ。何だかんだ言っても、直接顔を合わせて話した方が伝えられることは多い。それに、私たちはこれから同じ目的を持って動く仲間だ。仲間なのにメールだけのやり取りというのも無味乾燥としているだろう」
 姉さんは諭すように言う。その内容は生徒会長的というか、むしろ教師的だ。
「むむう、そういうものですか?」
「そういうものだよ。それでは各自、散開としよう。何かあったら情報は伏せず、きちんと連絡すること」
 ちなみに僕は今日の夕方、ようやくケータイを購入し直した。各員の番号とアドレスは姉さんが今日の放課後に交換済み。なので僕は、姉さんから全員分の番号とアドレスを教えてもらい、みんなに僕の番号とアドレスを知らせる意味でメールした。
 姉さんの注意に、しかし雅量は不服そうな顔をしていた。
 それに気付いた姉さんは、
「どうした苗木ちゃん?」
「例えば【夢喰らい】を見つけたとして、どうしても連絡しなきゃいけませんか?」
 雅量は訊いてくる。
「そりゃそうよ。そうでなきゃ、協力する意味がないじゃない」
 答えたのは姉さんではなくジョセだった。
「なら訊くけど、例えば【夢喰らい】を見つけたとして、私が退治したらそれは誰の手柄になるのかしら?」
 雅量の顔には底意地の悪そうな笑顔が張り付いていた。
「な、まさかアンタ、手柄を独り占めするつもり?」
 雅量の不穏当な物言いに、ジョセが噛みついた。
「さてね、ただ私が倒せるようならば、連絡などしなくとも私直々に手を下した方が早いのではないかという話よ」
「馬鹿なこと言わないでちょうだい。【夢喰らい】はうちの勢力の獲物なの。勝手に手を出さないでほしいわね。それとも雅量さんは【紅蓮の君】とやらの情報はいらないというのかしら」
「それは……! けれどよく考えたらアナタたちが【紅蓮の君】の情報を手に入れられるとは限らないじゃない」
「それはこっちも同じことよ。アンタが【夢喰らい】の情報を手に入れられるとは限らない。けれど、そこを譲歩して協力関係を結んでるんだから、アンタもアタシたちの勢力に協力するのが筋ってものじゃない?」
 雲行きが怪しくなってきた。一度は結ばれた協定が、雅量の我儘を発端に崩れ始めている。
 しかし、ここで姉さんは二人を諌めるように手を叩く。
「二人とも喧嘩はやめてくれ。いいかい苗木ちゃん、これは共同作戦だ。共同作戦において自分ひとりだけ抜け駆けしようってのはよくない。みんなで利益を分配できるように留意して欲しいな。何を焦っているかは知らないけど焦ってもいいことはないよ」
 姉さんの言葉に雅量は黙り込む。
「まあ、反する北勢力と南勢力の確執は私も多少知ってるつもりだ。直接連絡が取りにくいなら、私をどんどん仲介役に使ってくれ。そのための後方支援だ」
「わかりました。抜け駆けはしません」
 憮然としながらも、雅量は了承する。
 けれど共同戦線に僕はどうしょうもない不安を抱かざるを得ない。
 角を突きつけ合わせる勢力のトップの娘たち。そんな彼女たちが仲良くするなんてことはあり得ないだろうな。
 僕は空を仰ぎながら溜息を一つ。
 そんなときだった。
「た、助けてッ!」
 石段を駆けあがってくる女性の姿があった。
 高校生くらいのいわゆるギャル系といわれる種類に分類されそうな少女だった。
 突然の闖入者に僕たちはぽかんとせざるを得ない。
 けれど、境内に現れたのは少女だけではなかった。
「おーい、どこに行こうっていうんだ? 俺たちを誘っているのか?」
 ガラの悪そうな男たちが石段の下から現れる。そいつらは僕の見知った顔だった。
 緒川と不愉快な仲間たちだった。
「んあ、これはどういうことだ? どうしてお前らがここにいる?」
 僕たちを睨みつけながら緒川は言った。
「それはこっちの台詞だな。どうしてお前たちがこんなところに現れる。というかこの少女はなんだね」
 姉さんの瞳には怒りが点っていた。
 それもそのはず。少女は緒川たちに対して明らかに怯えていた。加えて現在は深夜。緒川たちが何かよからぬ仕打ちを企んでいるのは明白だった。
「た、助けて! こいつら私に乱暴しようとしてるんです!」
 涙ながらの少女の懇願。
「おいおい、俺たちのナンパにホイホイついてきたのはそっちだろう? それはつまり俺たちにお召し上がりいただく覚悟ありって話だろうが? つーわけで、生徒会長さんよ、その娘をこっちに引き渡してもらえねえかな」
 緒川は悪びれず言葉を並べる。
「だが断る!」
 最初に地を蹴ったのは姉さんだった。
「ちょ、おまッ!」
 緒川の顔面に姉さんの拳がクリーンヒット。沈む緒川。
「こいつらの始末は私たちがやっておこう。君は逃げろ」
 姉さんに言われると、少女は脱兎のごとくこの場から逃走。
 そして、残った緒川軍団と僕らの戦いが幕を切って落とされた。しかし、あえて戦闘描写する必要もないだろう。
 相手は先日、姉さんと雅量にボコボコにされた面子の一緒。加えて本日こちらにはジョセや七条もいる。
 単純計算で戦闘力は二倍。残った緒川軍団は四人なので、僕を抜いても一対一の試合方式となる。これではお話にもならない。
 ものの一分と立たずに緒川軍団全員はテクニカルノックアウト。これが格闘技の試合だったら観客からブーイングの嵐が吹き荒れていただろう。
 案の定というがジョセと七条も強かった。ジョセの戦闘スタイルは修道女のクセに軍隊式の格闘を彷彿とさせるものだった。動きに一切の無駄がなくキリング・マシーンと形容しても過言ではない切れ味の攻撃だった。
 一方で七条は柔道をベースにしたものと推測される。相対した相手を見事な一本背負いで鎮める様は勇壮だった。受け身を取れていれば相手もダメージは半減できていたかもしれない。しかし残念ながら相手は受け身をとるという技量がないらしく直に地面に叩きつけられるしかなかった。
 いやはや、皆さんお強いですね。僕なんかすっかり空気でした。
「さて、準備体操も終わったところで、改めて散開としようか」
 姉さんはゴミでも見るような目で死屍累々の緒川たちを睥睨。
「真夜中に女の子を助けるために悪漢を倒すなんて、アタシたちって中々にリア充じゃない?」
 朗らかな笑顔でジョセは言う。そこには一切の情け容赦はない。
「そうかしら。こんなもの準備運動にもなりはしない。本当に弱い男なんてクズ同然ね」
 底冷えするほどの冷たい声で言って、雅量は緒川たちに背を向けて、石段へと歩んでいく。だが、それは油断としか言いようがなかった。
「危ない!」
 僕は慌てて駆けていき、雅量の背中を守った。雅量に突き刺さろうとしていた『そいつ』の拳は、僕の下腹部に吸い込まれる形となった。
 激痛から僕は声も出せなかったが、気絶するほどではない。
「え、何?」
 慄然とする雅量の声が背後で聞こえた。
 僕の前方には、僕たちに対峙する緒川の姿。
「アナタ、まだ私たちとやる気なの?」
 毅然と振舞おうとしているのだろうが、しかし雅量の声は若干震えていた。
「違う。目をよく見てみろ! こいつ正気じゃない!」
 僕は相変わらず雅量を背にしながら、叫んだ。
 復活を遂げた緒川の目つきは正常とは言い難かった。
 瞼の開き方はうつろで、しかも白目を剥いていた。
 そして、悪夢のような光景は幕を開ける。
 それまで気絶していた緒川軍団の面々がのそりのそりと、次々と起き上る。
 しかも、緒川と同じように、うつろ気な表情で白目を剥いている。
「これはどういうことだ?」
 姉さんですら狼狽していた。
「ウガガ……」
 緒川の口から、壊れた機械のような奇声が零れ出す。
 そして、夜の底に閃光が走った。
「な……!」
 餌食となったのは七条だった。閃光は地を這う紫電となり七条を猛襲。
 それは大地を駆ける雷だった。
 突然の攻撃を受けて、七条は地に伏せる。
「術攻撃……だと?」
 姉さんが緊迫の声を上げる。明らかな驚愕。声こそださなかったが雅量もジョセも同じ心境だったに違いない。少なくとも僕は開いた口がふさがらなかった。
 どうして、ただの人間に過ぎない緒川が術攻撃を仕掛けてくる?
 いや、緒川だけではなかった。
 残りの緒川軍団の面々も、それぞれが術を展開してくる。
 ある者は氷の槍を僕らに目がけ飛ばし、またある者は地面を隆起させ僕らに襲い来る。
 緒川たちは退魔師の面々からすればただのザコでしかなったはずだった。しかし、今の彼らは退魔士に匹敵するほどの術攻撃を仕掛ける恐るべき難敵であった。

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