巫女が恋した月下の紅蓮/第14話

鬼の姿


 吹き荒れる術の嵐に僕たちは逃げ回るしかなかった。
 しかもタチが悪いのは、相手が妖怪でない点だ。
 妖怪ならば相手を斬って伏せることも可能だろう。しかし、相手は悪漢とはいえ人間だ。姉さんから聞いたことがあるが、退魔師は人間を守ることが第一義の存在らしい。つまり、ここに集まった僕以外の人間は、職務の主義上、緒川たちに手を出すことが出来ない。
 かと言って、この場から逃走するのも憚られる。なぜならば、電撃を食らった七条は未だ地に伏している。
 仲間を見捨てて敗走するわけにもいかない。
「クソ、何だって言うんだ!」
 姉さんは悪態をつきながら、眼前に方陣を展開。それは術を阻む結界だった。僕たちを囲うように半球形の膜が形成される。
 七条は緒川たちを挟んだ向こう側に倒れている。どうにか緒川たちを突破して回収しなければならない。
「ウガガガ……」
 身体を痙攣させながらも術を繰り出してくる緒川たち。
「あいつら、どうして術が使えるんだよ?」
 僕は根本的な疑問を口にする。
「術というのは、本当は誰でも使える素養を持っているものよ。けれど、術の行使はそれだけで精神に大きな負担を掛ける。だから普通は無意識的に力の制限がなされている。逆をいえば、力の制限を取り外す方法さえあれば、素人でも術は使えるという理屈になるの」
 雅量が説明してくれた。
「だったら、アイツらは強制的に力の制限が取り外されているってことか?」
「そういうことでしょうね。ただ、誰が、どんな手段で、何の目的があってそうしているかまではわからないけれど」
 緒川たちを睨みつける雅量。そこにあったのは明確な焦り。
「お話し中のところ申し訳ないが、もうそろそろ私の結界も限界だ。術が解けたら各自、自分で自分の身を防衛するように」
 悶えるような声で姉さんは言う。
「ちょっと待って。じゃあ、術が解けたら誰が姉さんの身を守るのさ」
「細かいことは気にするな。こういう場合は年長者に格好つけさせろ。いいか、お前らはどうにかして七条を回収しろ。そしたら私のことなんて放って逃げろ」
 姉さんが告げると同時に結界が消失。
 緒川たちの術が、姉さんに向かって殺到する。
 しかし、術攻撃を浴びたのは姉さんではなかった。
「うぐッ……!」
 声にもならないほどの嗚咽が漏れた。
「雅量!」
 僕は叫ぶ。
 敵の攻撃を一身に浴び掛けていた姉さんの前に、雅量が立ちふさがった。彼女は自らの身を盾にして姉さんを守ったのだ。
 僕は雅量に駆けよる。
「何をしているのよ。アナタはさっさと尻尾を巻いて逃げなさい。弱いんだから」
 相変わらずの刺々しい言葉。しかし、雅量の口元は優しげに微笑んでいた。そして、雅量は瞳を閉じた。意識を失ったのだ。
 ――ドクン。
 僕の鼓動が一気に加速する。
 逃げる? 僕が?
 笑わせるな。
 僕は鬼だ。
 鬼がどうして人間如きに遅れを取る必要がある。
 僕は自分の身体中が熱くなるのを感じる。
 みんなを守らなければ。
 けれど人間としての僕に力はない。
 だったら選ぶべき道はたった一つだ。
 僕は右腕につけた数珠に手を掛ける。
「……やめろ、京真!」
 背後から姉さんの叫びが聞こえてくるが、そんなことは知ったことか。
「なあ、人間。あんまり調子に乗るんじゃねえぞ!」
 僕の中の鬼が嗤う。
 そして僕は僕は禁忌を犯す。
 僕は封印の数珠を取り去り、投げ捨てる。
 力の奔流が身体の中を駆け抜ける。
「なッ!」
 背後からはジョセの悲鳴のような声が聞こえてくる。
 あたりまえだ。ジョセの目の前に妖怪の中の妖怪である鬼が突如として現れたのだから。
「お楽しみはこれからだ」
 頭の中まで沸騰した僕は、不敵に言い捨てる。
 そして、紅蓮の炎は巻き上がる。
 飛んでくる氷の槍は解け落ち、
 疾駆する雷撃は超高熱により霧散し、
 大地の隆起さえも溶解させる。
 紅蓮の地獄を僕は顕現させてみせた。
 ――さて、どうしたものかな。
 僕はどうやれば緒川たちの攻撃を停止させられるか思案する。
 僕の炎を以ってすれば緒川たちを丸焼きにするのは十分に可能だが、それは明らかにやりすぎだ。
 僕には緒川たちへの怨念や憎しみはある。けれど、公私混同してはならない。緒川たちは見るからに正常ではない。
 人間にとって鍛錬を積んだ人間しか使えないはずの術が使える。それは暗に誰かに操られている可能性を示唆する。
 言ってしまえば彼らは被害者なのだ。流石に被害者サイドの人間に手出しするのは気が引ける。
 あるいは、それでなくとも僕は人の世界にて生きる身だ。人間を殺生するのには多大な禁忌を感じざるを得ない。
 飛んでくる術を、後方の姉さんたちに届かせないように裁くのは、案外楽な作業だった。
 鬼と化した僕は、体力・集中力・精神力のどれをとっても、底無しだった。
 RPGでいうならHPとMPがカウンターストップしているようなもの。チートな存在である。
 そこでふと思う。
 では、緒川たちはどうなのだろうかと。
 彼らは無限に術を使えるのだろうか? それとも……。
 僕はここで一つの賭けに出てみることにした。
 といっても、僕のすることは変わらない。一心不乱に彼らの術を裁き続けるだけだ。
 それは機械的な作業のように淡々と。暇つぶしの数字パズルを解くように黙々と。
 冷気や雷轟や土石流が僕に襲いかかるが、そんなものは鬼となった僕には怯むに値しない。
 無慈悲なる業炎は、全てを焼き尽くす。
 時間にして五分が経った頃だろうか、緒川軍団の面々に変化が現れる。
「グガ……ガガガ……」
 緒川軍団の一人が、息切れをし始める。
 そいつは氷使いだったが、射出される氷の槍の勢いは鈍り、また氷の槍自体も貧相なものへとグレードダウンしていく。
 それは雷撃使いについても同じことが言えた。それまでは雷と見まがうばかりの紫電であったのに、段々と出力が弱まっていき最後には精々静電気程度の放電しか発生させられなくなる。
 そして、緒川軍団の面々はバタバタと倒れていく。
 今一度言おう。僕は何もしていない。
 ただ、術を無効化していただけ。
 けれど、それが功を奏した。
 要するに、これは消耗戦なのだ。
 いくら強力な術を放てたとしても、それを無限に繰り返せるとは考え難い。
 だったらば、導き出される結論は一つ。
 相手をエネルギー切れにしてしまえばいいのだ。
 RPGにおいてMPが切れた魔法使いのジョブが使いものにならないのと同様に、術使いは術が使えなくなれば脅威でも何でもない。
 そう考えれば後は簡単。僕はただ耐え続ければいい。
 緒川軍団のMPの総量を、僕の気力と精神力がしのげば僕の勝ちだ。
 それは逆を言えば、緒川軍団のMPの総量が僕を陵駕してしまえば、僕の負けを意味していたが、僕はそんな否定的な考え方はしなかった。
 なぜならば僕は鬼だから。
 鬼が術で人間如きに負けるはずがない。
 エネルギーを失った緒川軍団の面子は、再び地に倒れる結果となった。顔には未だ苦悶の表情を浮かべているが、呼吸はしているので命に別条はないだろう。
 ある意味で場を湧かせるような奇策も知恵もない、無味乾燥とした戦いだった。なにしろこれは単なる我慢比べなのだから。
 戦いは終わった。けれど、問題はこれからだ。
 さて――。
 僕は振り返る。
 そこには目を皿のように丸くしたジョセの姿。
「あ、アンタ一体……?」
 普段は飄々としている彼女にしては珍しい表情だが当たり前か。
 これまで平凡なクラスメイトだと思っていた男子が、実は妖怪の中の妖怪である鬼だったのだから。
「見ての通りさ。これが僕の真の姿だ」
 あえて口元を歪ませてみせたが、ジョセは一歩も引かなかった。
 けれど、僕に挑みかかってくるわけでもない。
 ただ、呆然と立ち尽くしていた。
 そんな二人の沈黙を破ったのは姉さんだった。
「京真、その格好も笑い方もお前には似合わないよ。はやく『人間』に戻るんだ」
 つかつかと僕の横を通り過ぎ、地面に落ちていた封印の数珠を拾い、僕に投げてくる姉さん。
 あの術の嵐の中にあって封印の数珠には傷一つなかった。さすがは強大な鬼の力を封じるだけの呪具である。
 僕は封印の術を装着する。
 するとみるみるうちに、身体中を駆けまわっていた力が抑制されていく。残ったのは寝ぼけているときのような気だるさだった。
「どうするジョセ? 今なら気軽に鬼退治ができるけど?」
 冗談めかして僕は訊いてみた。
 けれどジョセは顔を真っ赤にして、
「バカ! 命の恩人を退治するほどアタシは恩知らずじゃないわよ!」
 怒鳴る。
「ハハハ、そうか。ジョセは優しいんだな」
 欠けた月の夜の下、僕は力なく笑うしかなかった。

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