巫女が恋した月下の紅蓮/第15話

巫女だけが知らない


 神社に緒川たちを放置して、僕たちは一端種橋家へと引き上げる。
 緒川たちは一応、ジョセが南勢力の人に連絡を入れて保護する手筈になっている。
 本当ならあんな連中放置でも構わないのだが、それでも彼らは何者かに操られていた身(暫定だけど)。彼らに対して救助の手を指し向けたのは、どちらかというと彼らが可哀想だったというより、彼らにかけられた術がきちんと切れていることの確認である。
 姉さんとジョセが雅量を肩に担ぎ、僕が七条を背負い夜の町を移動した。傍から見たらさぞ怪しい光景だったに違いない。
 種橋家につくと、未だに意識不明な雅量と七条を和室に寝かせて、僕と姉さんとジョセは居間へ移動。
 雅量や七条のいないところで重要なお話をしなければならない。
 その内容とはすなわち――
「まさか京真が鬼だったとわねえ」
 しみじみと言うジョセ。その言い方には恐怖感や嫌悪感は含まれていない。純粋な興味だけがそこにあった。
「いや、それは……まったくお恥ずかしい話です」
 僕は何故か敬語で、しかも畏まった言い方になってしまう。本当に人間の姿の僕は弱いな。
「別に恥じる必要はないけどね。むしろ、鬼なんだから『人間よ、頭からバリバリ食っちまうぞ』くらいの気概を見せてほしいくらいよ。正直、いま目の前にいる京真と、神社で大立ち回りを演じた鬼が同一人物とは思えない」
 ジョセはグサリと痛いところを突いてくる。僕も人間としての自分と、鬼としての自分の間に解離を感じているのだ。
 そして、ジョセは続ける。
「でさ、京真が鬼であるのと同じくらい気になることがあるんだけど、鬼になった京真って髪が赤かったわよね」
「……はい」
「加えて、アンタは炎を操れる」
「……ごもっとも」
 僕たちはソファに座っていたのだが、肩身が狭くなった僕はソファの上に正座する。
「それって、雅量さんの探している【紅蓮の君】と特徴が一致するのは、何かの偶然?」
 案の定の質問を、ジョセは剛速球でブン投げてきた。
「ええっと、それはですね……」
 僕は助けを求めて、姉さんに視線を滑らせる。しかし、姉さんは何かを考え込んでいるらしく、目を閉ざしていた。
 僕のSOS信号は届かない。
 自分のケツは自分で拭けってことですか。
「実はかくかくしかじかの事情がありまして――」
 そして僕はジョセに、雅量が【紅蓮の君】に恋するまでの経緯を説明する。
 ジョセはそれを食い入るように聞いてくれた。
「なるほど、状況は理解したわ。散々【紅蓮の君】とか言ってたくせに、それが超身近な人物であると気付かないとは。幸せは実は身近なところにあるっていう、まるで青い鳥みたいな話ね」
「そんなメルヘンな話だったら、全ての問題は解決だったんだけどね」
「いっそ、雅量さんにバラしてみたら? 案外、ホイホイついてくるかもよ?」
「まさか。僕は雅量には一生黙っているつもりだよ」
「それはまた勿体ない。雅量さんほどの美少女が彼女になるかもしれないのよ? これは思春期男子としてはワクワクのイベントじゃない?」
 気楽に、あくまで気楽にジョセは言うが、僕はとてもそんな軽くは受け止められなかった。
「けれど、僕が【紅蓮の君】だと雅量に教えることは、同時に僕が鬼であると知ることなんだ。雅量は妖怪をジョセ以上に忌避している。だから……」
 僕がそこから先の言葉に詰まっていると、ジョセは、
「退治されるのが怖いってこと?」
「それもある。けども、雅量の夢を壊したくないっていうのが一番かな。恋する人間が倒すべき敵だなんて悲しすぎるよ」
「でも、雅量さんに何も告げないということは、彼女にいつまでも【紅蓮の君】の幻影を負わせること。それも生殺しじゃない?」
 ジョセの指摘はもっともで、僕は再度言葉に詰まる。
 再度沈黙。
「アタシはどっちでもいいけどね。アンタが黙っていてほしいって言うなら、命を助けられた恩義もあるし黙っていてあげる。――そういうことだから、アンタも黙ってなさいよ?」
 ジョセは居間の扉に向かって言い放つ。
 見当違いな方向に声をかけたので僕が首を傾げていると、
「いやはや、バレてましたか」
 居間の扉が開かれて、そこから七条の姿が現れる。
「盗み聞きをするなら、もっと気配を殺すことね」
 ジョセは淡々と、怒るでも楽しむでもない声音で言う。
「本当は盗み聞きするつもりはなかったんですが、居間に入ろうとしたら深刻そうな話が聞こえてきて入りづらくて」
 申し訳なさそうに頭を垂れる七条。
「君は、僕を退治するのかい?」
 僕は訊いた。
「まさか! 僕も舞阪さん同様に、京真君に命を救ってもらった身の上です。アナタが黙っていろというのなら黙っていますよ。それに、僕は人と妖怪の共存を主張する勢力の人間です。立派に人間社会に溶け込んでいるアナタを退治する理由なんてどこにもありません」
 優しく諭すように七条は言う。
「ならいい。僕の正体は黙っていてくれ」
 とか言うが、本音を言えば全然よろしくない。こうやってどんどんど周りに秘密がバレていくのは、いわゆる一つの死亡フラグというやつではなかろうか。

   ◆

 雅量が目覚めたのはそれからほどなくして。
 身体を重たそうに引きづりながら、雅量は居間までやってきた。
「おはよう。つっても真夜中だけど」
 やってきた雅量に、姉さんは気さくに挨拶。
「おはようございます。どうして私が種橋家にいるんでしょうか? 緒川たちはどうなったんです?」
 早速話を本題に切り替える雅量。
「そう慌てなさんな。お茶でも淹れるから、まずは落ち着きな。おい京真、つーわけで、苗木ちゃんにお茶」
 顎でしゃくって僕に指示を出す姉さん。
 あれおかしいな。緒川たちを倒したのは僕なのに、これではまるでパシリみたいだ。
 とかいう文句を言えるわけはない。僕が姉さんに勝てるはずもなく、さりとて客人のジョセや七条に対応させるわけにもいかない。
 僕は姉さんに言われるがまま、台所へ行き、Tパックの紅茶を雅量のために淹れる。
「どうぞ」
 僕がお茶を出すと雅量は、
「ありがとう」
 素っ気ないお礼だけで、ぷいと顔を背ける。……いや、もう慣れたけどね。
 雅量は僕に出された紅茶を優雅に一口。感想はなし。
「それで、星河さん。緒川たちはどうなったのでしょうか?」
 相変わらず答えを急く雅量。彼女はどうにも猪突猛進すぎる。
「彼らなら力を使い果たして、勝手にへばってくれたよ。今は南勢力の面々が事後処理に動いている頃だ」
 簡潔に、結果だけ説明する姉さん。
「そうですか……」
 影のある表情で雅量は言う。
「どうした、思いつめた顔をして」
 姉さんは心配そうに訊いた。
「いえ、私は役に立てなかったのだなあと思うと情けなくて」
 消え入りそうな雅量の告白。ギュッと袴の裾を握りながら、彼女は震えていた。
「なんだ、そんなことか。気にするな。あれは相手が悪かった。それに苗木ちゃんだけじゃなく、私たちのほとんどは役立たずだったさ。苗木ちゃんも見てた通り、七条なんてすぐにダウンしちまうし」
 姉さんはあくまで明るく言ってのける。
「そう……ですか……。ん? 私たちの『ほとんど』?」
 姉さんの微妙な言い回しに雅量は気付く。
 言質を取られた姉さんは、
「あ……ヤベ……」
 小さく声を漏らして雅量から視線を逸らす。姉さんにしては珍しい故意ではない失言だったらしい。
「どういうことか説明していただけますよね」
 ジト目で姉さんを凝視する雅量。姉さんは空中に視線を漂わせる。完全に駄目な政治家と化していた。
「実は京真が緒川たちの術を裁き切ったと言って、雅量さんは信じるかしら?」
 混迷する姉さんに代わって、言葉を紡いだのはジョセだった。ジョセの言葉に雅量は目を点にしていた。
「種橋君が? それは何の冗談?」
 雅量は本気でわけがわからないという顔をしていた。
「私は事実を言っているのよ。あの変態たちの術は京真が全て防いだ。彼が防御してくれたから、相手は燃料切れになって倒れてくれたの」
 ジョセの説明は真実だが、真実なだけに危険だ。
「それは……本当?」
 雅量は僕に訊いてくる。
 僕がどう誤魔化すべきか考えていると、
「本当だよ。緒川たちの攻撃は苗木ちゃんが気絶してから、全て京真が防いでくれた」
 姉さんが答えた。雅量は信じられないといった驚きの顔をしている。
 姉さんが証言してしまった以上、僕は堪忍した。
「その通りだ。僕が雅量たちを守った。何か文句はあるか?」
 強い口調で言うが、内心はヒヤヒヤものだ。
「で、でもどうやって? 退魔師として未熟なアナタが、あんな猛攻撃を全て防ぎきれるとは思えないのだけど」
「それは……えっと……」
 僕は視線を泳がせて、姉さんに助け船を求めるが、姉さんは僕に目を合わせてくれない。どうやら自分で解決せよとのことらしい。
「……奇跡が起きたんだよ」
 追い詰められた僕の口からは、自分でも思いもよらぬ結論が吐きだされる。
「……はい?」
 ぽかんとする雅量。けれど、本当にぽかんとしたいのはこっちの方だ。
「要するに火事場の馬鹿力だよ。人間追い詰められたら思いもよらぬ力を発揮するだろう。あの窮地で僕に隠された真の力が顕現したんだよ! 文句あるか? 僕だってよくわからないんだ!」
 僕は一気に言い切った。我ながら無茶苦茶な理屈だ。『それ、なんてスーパーサイヤ人?』とつっこまれてもやむなしだ。
「そういう……ものなの?」
 しかし勢い任せに言ったのが功を奏した。雅量は訝しげな表情ながらも、納得したっぽい。
 というか、何故こうなった?
 原因を求めて視線を漂わせる僕は、一つの光景を見た。
 ジョセはニヤニヤと意地悪そうに笑っていた。
 もしかして、先ほどの姉さんの失言を取り繕うために、雅量に僕が緒川たちの術を防いだと説明したのは狙ってやったことなのか?
 ありうる。ジョセならありうる。
 僕は半分放心しながら、天井を仰ぐ。
 もしかしなくても、僕はとんでもない奴に秘密を握られたようだ。

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