巫女が恋した月下の紅蓮/第16話

儚きもの


「ところで緒川たちの暴走は、結局何だったんだろうね」
 僕は強引に話題転換を図る。
「何者かに操られていたと考えるのがベターだろうな」
 姉さんが顎に手を当てながら推測する。
「操られると術を発動できるものなの?」
 そこら辺の事情に疎い僕は、目を瞬かせる。
「それは一概には言えないな。術にも色々なものがあるのだから。ただ言えるのは、操られていたからこそ術が発動できたからには、緒川たちを操った術者は相手の精神の深い部分にまで侵入できるということだ」
「どういう意味? というか、根本的な疑問だけど、術ってどうやって発動しているものなの?」
 基本的なところから、僕は知識に乏しい。僕自身、鬼になれば炎を操れるが、それはあくまで『何となく』という大雑把な感覚で行っているにすぎない。
「術とは要するにそのものが持つ精神的なエネルギーを媒介にして行使される。しかし、術は通常の人間には使えない。術は精神を多大に酷使するから無意識的なリミッターが掛かっている」
「つまり、緒川たちを操った何者かは無意識レベルで彼らを操っていた、と?」
 僕の質問に、姉さんは厳粛に首肯する。
「そうなると、相手は相当な手練ね。……はて、無意識?」
 ここで何かに気づいたらしいジョセは言いながら目を見開く。
「どうしたの?」
 僕は訊くが、ジョセはただ一人でうんうんと頷くだけ。完全に一人の世界に入ってしまっている。
 そして、十数秒の後に考えがまとまったらしく、
「もしかしたら、それこそ【夢喰らい】の仕業かもしれないわ」
 いきなりの推理に僕たちは首を傾げる。
「どうしてそこで【夢喰らい】の名前が出てくるのかしら」
 訊いたのは雅量。訝しげな顔をしている。
「鈍いわね。【夢喰らい】は夢に介入したり操ったりする妖怪なのよ」
「だから?」
「夢といったら、言ってみれば無意識の産物。フロイトやユングの理論はご存じかしら?」
 とかジョセは言うが、女子高生がフロイトやユングを知っている方がコアな気がする。
「フロイトの理論では、夢は無意識的な願望充足であるとされ、ユングの理論では夢は無意識的な補償であるとされる、か。二人の理論は部分的には異なるが、どちらも夢は無意識の産物であるという考えでは共通しているな」
 姉さんは語る。というか、アナタはフロイトとかユングを知っている女子高生でしたか。
「その通り。つまり、【夢喰らい】が無意識に介入して、緒川たちの術のリミッターを外したと解釈するのが良いんじゃないかしら」
 ジョセはホームズも吃驚の超推理を展開する。
 しかし、みんなは反応に困っているという様子だ。勿論僕も。
「それは一つの仮説としては面白いかもしれない。しかし、断定するのは早計というものだ。【夢喰らい】が関与している可能性もあるが、そうでない可能性もある。そのように捉えた方がいいだろうな。初めから断定で食ってかかると、隠された他の可能性に気付けなくなる恐れがある」
 姉さんはジョセを諭す。
「むむう。でもでも、だったら他の可能性ってなんですか?」
 ジョセの切り返しに、姉さんは答えられない。
「そういわれると確かに困るね。だったら現状でジョセちゃんの説を最有力候補とする、これで不満はないかな」
「遠回しな言い方なのが気になりますが良しとします。それじゃあ、今回の緒川たちの一件はそういう方向で上には伝えておきますね」
 そしてジョセは立ち上がる。
「お帰りかね? そんなに慌てなくてもいいだろうに」
 と姉さん。
「いえいえ、情報は速やかに伝えてこそですから。それでは皆様、良い夜を」
 そしてジョセは去っていった。
「では私も失礼しようかしら」
 雅量も立ち上がる。
「ちょっと待った。苗木ちゃんは、うちに泊まっていきなさい」
 しかし姉さんが呼びとめる。
「どうしてです? 私も自分の勢力のトップに今回の情報を伝える義務があるのですが」
「そんなことはメールですればいい話だ。なあ、苗木ちゃん。ちょっとジャンプしてごらん」
「はい?」
 怪訝そうに顔を歪める雅量。
「いいから」
 急かすように姉さんは強制する。
 姉さんに言われるがまま雅量はその場で跳躍する。
 ところが――
「痛ッ……!」
 地面に着地すると、苦しそうな渋面をつくる。
「やっぱり。苗木ちゃんは今日の戦闘のダメージが残ってるな。今日は大事を取ってうちに泊まっていきな。何かあったら治癒術の使える私が対処するから」
「でも!」
「はいはい我儘言わないの。怪我人は安静にしていなさい。苗木ちゃんはそうでなくても無理をしたがる性格なんだから」
 姉さんの言葉はお願いではなく、より強制力を持った命令だった。
 痛がるところをみせてしまった以上、雅量は何を言っても説得力はない。
 そして渋々ながら雅量は「わかりました」と頷くのであった。

   ◆

 眠れない夜には、月を仰ぐのがふさわしい。
 僕は居間と庭の間にある窓を放ち、サッシの上に座り、遠い夜空に想いを馳せる。
 緒川たちと戦う前までは、眠い眠いと思っていたが、戦いの後は高揚感からすっかり眠気が覚めてしまった。
 けれど現在抱いているのは興奮ではなく、抑うつ感だった。
 また、鬼の姿になるという禁忌を犯してしまった。
 皆を守るためだったと言えば聞こえはいいが、真実は違う。人間である自分には何の力もないと実証したにすぎない。
 人間の姿に戻った僕には、鬼のときのような迸る力は感じない。けれど、力を行使したときの興奮だけは記憶に刻み込まれている。
 人間としての弱い自分。
 鬼としての強い自分。
 どちらが本物の自分なのだろうかという哲学的な命題を抱かずにはいられない。
 僕の存在は満ちては欠ける月のように、不確かでうつろ気。
 人間でもあり鬼でもあるということは、同時に人間でもなく鬼でもないということ。
 不確定な自分の存在を嘆くわけではないが、不安なのは事実。
「どうして僕はこんなに駄目なんだろう」
 感情を自分の内だけに留めておくことができず、吐きだすように口にする。
「それはね、アナタが自分を自分で駄目だと思っているからよ」
 突然の背後からの声に、僕は驚き振り向いた。
 そこにあったのは雅量の姿。彼女を照らす光源は月明かりだけで、彼女の美しさを妖しく演出している。
 相変わらず不機嫌そうな面構えなのに、美人なのでそれすら絵になってしまう。
「雅量……身体の調子は?」
 僕は心配になって訊いた。先ほど跳びはねただけで身体に障るようだったのを思い出す。
「アナタに気を使われるようでは私も相当落ちぶれたみたいね」
 いつもならイラっとするような言いぶりの雅量だったが、僕は逆に安心した。
「それだけの減らず口が叩けるようなら、心配する必要はなかったみたいだな」
 安堵からの言葉。しかし、これに雅量は余計に憮然とする。
「それではまるで私の本質が根性のねじ曲がった人間みたいね」
「違うのか?」
「私はとても素直で、まっすぐな性格の大和撫子よ」
 どこがだよ、とツッコミを入れようとして僕は留まった。確かに雅量の性格は素直ではないにせよまっすぐではある。ただし猪突猛進的な意味合いで。加えて大和撫子なのは事実だしな。
「隣、いいかしら?」
 僕に尋ねる雅量だったが、僕が答える前に隣に座ってくる。
「お前って、ちょくちょく図々しいよな」
 僕は苦笑する。
「あら、そこは積極的と言いなさい。種橋君はもっと女の子の扱いを心得るべきよ。それとも三十路まで童貞を務めあげて魔法使いになるつもりかしら?」
「童貞を務めあげるって、嫌な表現だな。何の労いにもなりはしないぞ、それ。そもそも絶世の美少女が童貞なんてタームを軽々しく使わないで頂きたい。世の男どもの夢が儚く打ち砕かれてしまう」
「人の夢と書いて儚いというけれど、いっそ人偏を男偏に置き換えてはどうかしら。男の夢と書いてはかない。『はかない』ことが男の夢だなんていやらしい」
 雅量はさも僕が提唱したかのように侮蔑の視線を向けてくるが、完全なるとばっちりである。
「お前、本当に僕のことが嫌いなんだな」
「勘違いしないでね。私は種橋君が嫌いなんじゃない。何度も言うように弱い男が嫌いなだけよ。だから、……ありがとうとは言っておくわ」
 酷く素直じゃない物言いに、僕は「え?」と聞き返してしまう。
「だから、緒川たちから私たちを守ってくれて感謝していると言っているの。それとも、種橋君の鼓膜には風穴でも開いているのかしら?」
「そうじゃないけど……お前でも人に感謝することってあるんだな」
「その言い方だと種橋君は私が恩知らずの、天上天下唯我独尊な生き方をしている人間だと解釈しているみたいね」
「みたいっていうか、実際にそう思っていたよ」
「失礼な。私は謙虚に生きることを目標にしているのよ」
「……そうなのか」
 雅量の言っていることが本気か冗談なのか判然としないので、僕は曖昧な返事をするに留めた。まあ、目標にするだけなら誰にでもできるか。あるいは目標にしなければならないほど上から目線な生き方をしていることを彼女自身に自覚がある現れなのか。
「けれど、種橋君も案外適当な存在よね。ピンチになったらいきなり力が覚醒しましたって。アナタ一体どこのヒーロー漫画の主人公かしら?」
 藪から棒に雅量は言ってくる。
「努力・友情・勝利を信じない程度には屈折した考え方はしてるんだけどな」
「ある意味で今時な若者ね。『海賊王に俺はなる!』みたいな大志はないのかしら」
「むしろお前がその少年漫画を知っているという事実に吃驚だ」
 超有名どころの漫画だし、知っていても不思議ではないが。
「私は漫画大好きな女子高生よ。読書と言ったらもっぱら漫画よ」
 巫女装束なんて着こなしているんだから古文書とか古典を読みこなしていてほしかったが、本当に男の夢は儚いな。
「ところで今更だけど、僕に何か用か?」
「別に。ただお礼を言いたいと思っていたところにアナタが一人でいたから声を掛けただけよ」
「そうか。まあ、あのときは僕自身も必死で、自分を守ろうとしたら、お前たちも守る結果になっただけだ」
「……それでも私も、アナタが緒川たちから私たちを守っている姿を見てみたかったわ」
「え?」
 雅量の言葉に、僕は瞬きを繰り返した。
「か、勘違いしないでよね。私はアナタがどんな術を使ったのかしっかとこの目に焼き付けて、自分の鍛錬の足しにしたかったって言っているの」
「努力家なんだな、お前」
「そうよ。努力は自分を裏切らないもの。もっとも、アナタがどんな術を使ったかは検討がつかないけれど、それでも【紅蓮の君】には及ばないでしょうけど」
 雅量が紡いだ単語に、僕は溜息を堪えた。
「また【紅蓮の君】っすか」
「ええ。私の中ではあの方に助けて頂いた想い出は一生モノよ。種橋君にも見せてあげたかったは。月の明かりの下で舞い踊る魔を退ける猛き焔を。私は今まで生きていてあれほどまでに美しいものをみたことがない」
 雅量は言うが、僕の中での認識は真逆だ。あの焔こそが魔そのもので忌むべきもの。僕が人間でない証。
 けれど瞳を輝かせながら語る雅量に、僕は真実を告げられるわけがない。
 男の夢同様に、女の夢もまた儚い。
 男と女、両方の夢が脆くうつろいやすいのだから、やっぱり人の夢と書いて儚いであっているのだろうな。

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