巫女が恋した月下の紅蓮/第17話

デートと悪霊


 今日は土曜日で学校は休み。よって安心して昼まで寝てられる。
 ここ数日、妖怪退治のせいで夜更かしが過ぎた。なので、僕は昼の三時頃まで爆睡していた。ベッドの上でいかんなく惰眠をむさぼれるのがこんなに幸せだったなんて。睡眠が人間の三大欲求なのが実によく頷ける。
 けれど、僕の至福の時間を妨げる電子音が部屋に響き渡る。
 ケータイが鳴っていた。情緒もへったくれもないアラーム音。高校生ながら僕には着メロを設定しようという発想はない。ケータイは電話とメールができればそれで良し。
 僕は電話とメールで着信音を分けており、現在鳴っているアラーム音から、メールの着信だとわかる。
 故に放置しても支障はないとも考えた。しかし、姉さんからのメールだった場合、返信が遅れるとお叱りを受けることもある。なので一応、送信先だけ確認。
 ディスプレイに表示された名前は『雅量苗木』だった。
 姉さんじゃないならいいや、とも考えたが、雅量の場合も放置したら面倒そうだと考えを改める。
 僕は内容を確認。
『今、電話できる?』
 なんと。わざわざ相手に配慮しての確認メール。まさかアイツにこんな心配りができようとは。
 意外性にすっかり僕の目が覚めた。
 これは僕から雅量にかけるのがマナーなのかな?
 僕はアドレスから雅量を選択し、通話ボタンを押す。
 すると三コール目で繋がった。
「もしもし、どうした?」
 質問力ゼロの漠然とした問いだったが、雅量の思惑が不明な以上、そう尋ねるより他はない。
『種橋君は、明日暇かしら?』
 藪から棒に雅量は訊いてくる。
「……特に用事はないよ」
 いきなりすぎて、やはり雅量の意図が見えてこないが、僕は正直に言った。
『でしょうね。種橋君、日曜日に一緒に遊ぶ相手はいなさそうだもの』
「失礼な。嫌がらせなら電話切るぞ?」
 電話越しでも慇懃無礼さ百二十パーセントの雅量に、僕のこめかみがひくつく。
『待ちなさい。今電話を切るとアナタは一生後悔するハメになるわよ』
「それは何の勧誘だ」
『勧誘ではないわ。デートのお誘いよ』
「はい?」
 通話先からとんでもない言葉が聞こえてきた気がする。
 デート……date……日付? いやいや、どうしてここで日付の話になる。っていうか日付のお誘いってなんだ。
「雅量の言うデートとは逢引という意味でのデートなのか?」
『そ、そうよ。私がアナタをデートに誘ったらおかしいかしら』
「どう考えてもおかしいだろう。何の罠だ」
 これまで僕を邪険に扱ってきた女子から突然デートのお誘い。これは怪しい。もしかして僕の保険金を目当てに一服盛るつもりかもしれない。人間不信の極地みたいな考えに至るほどに僕は動揺していた。
『私はただ、遊園地についてきて欲しいだけよ』
「行き先まで決まっているとは気が早い。どこの遊園地だ」
『浦部ラグーンよ』
「それはまた結構な遠出だな」
 浦部ラグーンとは我が県の西部の海洋開発が運営する施設だ。テーマパーク、ショッピングモール、マリーナなどがある海をテーマとしたシーサイドリゾートである。僕たちの住む街からは電車とバスを使って片道一時間半のところに位置する。
「明日の十時に刈沢駅の南口に集合よ」
「ちょっと待て。僕の都合は関係なしか?」
『あら、だってアナタ明日は暇なんでしょう? いい、明日の十時に刈沢駅の南口。一分でも遅れたらアナタに月曜日はないものと思いなさい』
 それだけ言うと通話終了。一方的なデートのお誘いもあったものだ。
 実はこれ、僕の人生で初のデートのお誘いである。人生初なのだから、もう少し甘酸っぱい思い出であってほしかった。
 雅量は一体何が狙いなのだろう? 僕の背後が狙いか? そもそも【紅蓮の君】という想い人がいるのに何故僕をデートに誘うのかが謎だ。
 しばらく考えてみたが答えは出ない。そういう場合は年長者に相談だ。
 僕は自分の部屋を出て、隣の姉さんの部屋をノックする。
「入っていいぞ」
 入室許可を得た僕は姉さんの部屋に入る。
「雅量からデートの誘いを受けたんだけど、これはどういう罠だと思う?」
 僕が言うと、姉さんが沈黙した。
 そして、一言。
「マジで?」
「今しがた雅量さんからお電話いただきました」
 淡々と返す僕。
 姉さんはしばらく目を閉じ思案。
「我が弟が遂にリア充へと羽化するときがきた! 今宵も赤飯じゃ! 今回は食紅も使って米を深紅に染め上げてやる!」
 鬨の声を上げた。それはもう御近所迷惑なんて考慮にないであろうほどに大音量で。
 駄目だ。相談する相手を間違えた。それから僕は姉さんに根掘り葉掘り事情を問いただされたが、事情を明確に把握したいのはむしろ僕の方だった。

   ◆

 日曜日の午前九時五十分。僕は雅量に指定された刈沢駅の南口に到着した。折り目正しい十分前行動。ところが、すでに雅量は駅の南口に待ち構えていた。
「遅い。種橋君は、女の子を何分待たせるつもりかしら?」
 両手を腰に当てて、お怒りモードの雅量。理不尽だ。僕は指定の時間前に来たというのに。
「そこは『私も今来たところよ』とか言うのがデートのテッパンだと僕は思っていたんだが?」
 こちらに非がない以上、僕は引き下がらない。弱みを見せれば付け込まれるだけだ。テロリストに譲歩を許してはならないのと似たような理屈である。
「どこのフィクションの話よ、それ。現実はそんなに甘くないと肝に銘じなさい」
 どこまでも雅量は毒舌を炸裂させる。デートと聞いて、少しくらい優しい雅量が拝めると考えていたが甘かった。
 本日も雅量の心意気は鋼鉄武装。外見だけならフェミニンな佇まいなのに、残念無念である。
「参考までに訊いておくけど、何分待ったんだ?」
 これで雅量の答えが十分以内だったら細かいことを気にしすぎだ、と文句を言うつもりだった。しかし雅量の回答は僕の目をむかせるに足るものだった。
「……五十分」
 現在十時の十分前。トータルで待ち合わせ時刻の一時間前に雅量は来ていた計算になる。
「それはいくらなんでも早すぎやしないか?」
 ケチをつけるつもりはなかったが、ツッコまずにはいられない。
「だ、だって、デートなんて初めてで、どれくらいを目途に来ればいいのかわからなかったんだもの。アナタを待たすのは悪いだろうし」
 顔を赤くし、上ずった声の雅量。
 ヤバイ。不覚にも可愛いと思ってしまった。
 元々が超絶的な美少女なのだ。照れた態度を取られたら男なんてイチコロだ。
「悪かったよ。もっと早くに来るべきだった」
 不意に突きつけられた雅量の愛らしさに、僕は白旗を振る意味で謝った。先までの謝らないという決意は遥か衛星軌道上に吹き飛んでいた。僕に関白宣言は不可能です。
「わ、わかればいいのよ。さあ、電車に乗りましょう」
 そして雅量は僕に背を向けて歩き出す。僕は彼女の三歩後ろを歩く形でついていく。元より雅量をリードするつもりはなかったが、これは情けない。
 日曜午前の駅の構内は、僕らと同じように遊びに出かけようとする若者たちでにぎわっていた。中には仲睦まじそうに手をつなぐカップルも大勢いたが、僕と雅量にそんな甘さはありはしない。デートから糖分を差し引いたら何が残るというのだ。
 そそくさと目的の駅までの切符を購入し、やってきた快速電車に乗り込む。
 電車内は混雑しており、座席に座ることはできない。
 扉付近で僕たちは立ち話をすることに。
 けれど、僕はお世辞にも女慣れしていない人種である。加えて流行にも疎い。そんな恋愛偏差値の低い人間が、間を持たせるための会話などできようはずもない。
 雅量がお喋りな人間なら、僕は適当に相槌を打っていれば済む話だが、雅量は終始無言。
 しかも、電車内からは仲良く団欒に花を咲かせている若者たちの声が聞こえてくる。それは完全なる沈黙よりも居心地が悪い。
 結局、僕が話題を検索するしかない。
 何にも負けていないのに罰ゲームを受けているような不条理さ。噂に聞くデートはもっとウフフでキャハハな代物だったが、どうやらそれは都市伝説の類のようだ。
「雅量は、どうして急に遊園地に行きたくなったんだ?」
 僕は話題提供と、本日の目的の確認をかねて質問した。
「目的はお化け屋敷よ。お化け屋敷で悪霊退治をするの」
 雅量はざっくりと説明してくれた。ざっくりしすぎていて、見当をつけるのは困難だった。
 最近のお化け屋敷は例えばガンシューティング的な要素でもあるのだろうか。それとも、雅量はお化け屋敷のスタッフすら悪霊とみなすほどにお馬鹿さんなのだろうか。
 想像は膨らむが、答えを絞り込むのはやはり無理がある。
「すまない、もう少し詳しく説明してくれ」
「つまりね、今から行く遊園地のお化け屋敷には悪霊が出るのよ」
「……お化け屋敷なんだから幽霊の一つや二つ出るだろうよ」
 むしろ幽霊要素のないお化け屋敷など、ハンバーグ抜きのハンバーガーのようなもの。恐怖もなにもあったものではない。
「私が言いたいのは、そういう意味じゃない。普通お化け屋敷の幽霊はスタッフが演じているものでしょう? けれどね、浦部ラグーンのお化け屋敷には、スタッフの演出ではない本物の悪霊が取り憑いているの」
「なるほど。それでお前は仕事として、その悪霊を退治しに行く、と?」
「ようやく話を飲み込めたようね」
「でも、それだったらその土地の退魔士が払えばいい話じゃないのか? どうしてわざわざ雅量が出張る必要がある?」
「今から行く土地の退魔を任されている人が、一昨日お務め中に怪我を負ってね。その人は私のお父さんと懇意だったの。だからお父さんに指示を出された私が出向くことになったのよ」
「でも、だったら雅量一人で行けばいいじゃないか。どうして僕が同行する必要がある?」
「アナタ馬鹿なの? 目的地は遊園地よ? そんな場所に一人で言ったら痛い子と思われるじゃない」
「……お前が周りの目を気にするとは驚きだよ」
「心外ね。これでも私は年頃の女の子よ」
「ちなみに遊園地側に事情を説明して、閉園してから秘密裏に悪霊退治するって手段はできなかったのか?」
「それは無理ね。遊園地側からしてみれば『本物の悪霊が出る』なんて絶好の宣伝文句だから、退魔の必要はないと拒絶したらしいわ。けれど、私たち退魔士からしてみれば悪霊を放置するわけにはいかない。だから、こっそりと退治して、ことを荒立てないようにしたいのよ」
「退魔の世界も、存外面倒なものだな」
「面倒なのは生きている人間の世界のしがらみよ。黄泉の世界のしがらみなら、ただ単に一刀両断すれば済む話」
 ため息交じりに雅量は言う。その様は仕事疲れしたOLのようだった。退魔士だろうと何だろうと仕事をするとはつまり、人間関係の複雑な歯車に身を投じるということなのかもしれない。

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