巫女が恋した月下の紅蓮/第18話

螺旋の竜


 電車からバスに乗り継ぎ、十五分ほど揺られて浦部ラグーンに到着する。
 バスを降りると、潮の香りが鼻腔をくすぐる。浦部ラグーンが海に隣接した施設であることを改めて思い出させる。
 バスを降りた僕たちは、潮風に吹かれながら、お化け屋敷のあるテーマパークエリアへと移動する。
 入口ゲートは混雑していた。さすが日曜日のテーマパーク。家族連れからカップルまで、その客層は広かった。五十メートルほどの行列ができている。
 ただし、客はことごとく複数人で訪れる者ばかりだ。一人で来ている者は見受けられない。雅量が僕を誘ったのは正解だったようだ。もし一人で来ていたら、周りから異端者を見る目で見られていた。
 行列にならぶこと十数分。僕たちはようやく受付に辿り着く。
「大人二枚。一日フリーパス付で」
 雅量は受付のお姉さんに言うが、僕は首を傾げる。
「何故、お化け屋敷に行くだけなのに、一日フリーパスが必要なんだ?」
 目的を達成すれば、即帰還の旅ではなかったのか?
「種橋君こそ何を言っているの? 折角の遊園地よ。お化け屋敷だけで帰るのは勿体ないわ。というわけで、アナタ分の料金を出しなさい。今日は割勘よ」
 雅量に指示されて、僕は渋々一日フリーパス付きの代金である四千円を支払う。四人の野口英世先生との別れを遂げると、僕たちはゲートをくぐった。
「まずはお化け屋敷ね。さっさと仕事を終わらせてしまいましょう」
 雅量は受付で渡されたパンフレットを開き、そこに載った園内マップに従いお化け屋敷まで歩いていく。雅量が完全に先行するので、僕は親鳥の背を追う雛鳥のごとくおぼつかない足取りで雅量に追従。主導権なんてありやしない。
 そして辿り着いたのは『コープスマンション』という名のアトラクション。西洋風の外観で建物の壁には枯れた蔦が所狭しと伸びている。雅量は『お化け屋敷』と言っていたが、『ホラーハウス』と言った方が適切な佇まいだ。
 心気臭そうで不気味な印象を抱かせるは、明るい園内の雰囲気から若干浮いていた。
「では、善は急げよ。早速、楽しみ……いえ、仕事をしましょう」
 雅量の言葉と言葉の間に本音がちらり。一日フリーパスを購入したりと、こいつ、仕事と言いながら遊ぶ気満々だ。
 とはいえ雅量も年頃の女の子。これぐらいの無邪気さがあった方が自然だ。むしろ、遊園地に来て早く帰りたいと思っている僕の方が枯れている。
『コープスマンション』内は、いかにもお化け屋敷といった内装だった。毒々しい薄暗い赤の照明が、細長い廊下を照らしている。そこかしこに蜘蛛の巣が張っており、見ているだけで陰鬱な気分になってくる。
 道中、骸骨が天上から垂れ下がってくる仕掛けや、壁から無数の手が出てくる仕掛けなどもあり、仕掛けの度に僕は「うわっ」と悲鳴を上げていた。スタッフ側からすれば良い客だろう。
 一方で雅量はどんな仕掛けにも淡々と対処。表情一つ変えない。非常に冷めているが、普段相手にしているのが本物の妖怪である以上、紛い物であるアトラクションに驚く道理などありはしない。
「種橋君は楽しそうね」
 あまつさえ、ビビりまくりの僕に言う。
「雅量はつまらなそうだね」
「これしきの仕掛けで平常心を失っていては退魔士などできないわ。種橋君はもっと精進するべきね」
 辛口評価の雅量。一瞬ムカっとしたが、思い返してみれば僕は鬼。鬼が人間に脅かされるというこの構図は滑稽かもしれない。
 とかやっていると、
『クルシイ……助ケテ……』
 呻き声が頭上から聞こえてくる。
 いきなりの声に僕はまた身をこわばらせる。
 ところが雅量も弛緩気味だった全身を硬直させる。
 雅量でも驚くような仕掛けなのか、とも思ったが、冷静に考えれば単に不気味な声がしただけだ。そんな仕掛け今までに何度もあった。なのに、ここで雅量が反応するということは……。
「種橋君、気をつけて。今の声は本物よ」
 雅量に険しい表情が浮かぶ。
 彼女の手には既に水の刃が生成されていた。
 幸いにして、僕たちの周りに他の客はいない。
 頭上を仰ぐと、そこには青色に発光する靄。最初はぼんやりとした靄だったが、段々と形をなしていき、最後には青白いしゃれこうべに変化。
『助ケテ……助ケテ……』
 しゃれこうべは僕たちに向かって突進してくる。
 僕は怯むが、雅量は怯まない。
「ええ、助けましょう」
 勝負は一瞬だった。水の刃がしゃれこうべを一閃。
 両断されたしゃれこうべは、その形をとどめておくことができず、再び靄になり、そして消散していった。
「終わった……のか?」
 僕が訊くと雅量は頷く。
「辺りにもう妖気はないわ。ここは健全なお化け屋敷に戻りました」
「そっか。お仕事終了だな。だったら、もう思い切って遊べるな」
「あら、私はてっきり種橋君は私に付き合って遊ぶのが面倒だと思っていたのだけど?」
「というか、こういう場でどうやってはしゃいでいいのかわからないんだよ。今まで友達とどこかに遊びにいくってこともなかったし」
「御両親に遊園地に連れていってもらったことは?」
「それもない。大体、退魔の仕事で年中方々飛び回っている親父が家族サービスするわけなんかない」
「だったら、今日がアナタの遊園地デビューだと?」
「そ、そうだよ。悪いかよ」
「いいえ、私もよ。だったら、今日は目一杯楽しみましょう」
 そして、突如として雅量は微笑む。いつもの皮肉気で嫌みな微笑みではない。まるで白く澄んだ一輪の花のような笑顔だった。

   ◆

【自由落下《フリーフォール》】という書き方をすると、まるで厨二バトル漫画の能力みたいだね。
 とか僕が現実逃避を図るのをさもありなん。お化け屋敷を出た雅量が乗ってみたいと仰ったアトラクションがフリーフォールだったからだ。
 僕は遊園地初体験である。なので、絶叫マシンがどれほどの恐ろしさなのかは未経験だ。しかし、漫画やアニメなどではその恐ろしさが過剰に表現されていることが多々ある。
 知識としての絶叫マシンと、経験としての絶叫マシンの間には確固たる隔たりがあった。
 しかし現在僕は、フリーフォールの座席に座って、軋む機械音と共に天高くへと吊るし上げられていく。
 フリーフォールのゴンドラが上昇するにつれ、景色も変貌していく。頂点に辿り着くころには、建物に隠れていた海を一望できるまでになっていた。
 海が青かった。お空が青かった。そしてきっと僕の顔も真っ青なのだろう。
 一方で雅量はというと、瞳に数カラットの輝きを有している。楽しそうだ。絞首台への十三階段を上るのにも似たこの状況を楽しめる彼女は実はマゾなのか。
 ゴンドラは頂点に到達すると、一度ガシャンという機械音とも振動音とも取れる派手な音を立て、僕の不安を爆発的に増大させる。
 そして、審判の時は訪れる。
 ゴンドラは地球の重力に引きずられ、自由落下を開始する。秒単位、否、ミリ秒単位で減少していく重力加速度。それは刹那の無重力体験。昇天しそうなまでの浮遊感と、胃の内容物がせり上がってくる不快感に襲われる。
 壮絶な絶叫を上げるしかない僕。身を以って絶叫マシンが絶叫を冠する理由を学ぶこととなった。
 地上に到達したゴンドラは、プシューという音を立てて停止。
 僕はすっかり放心状態だった。
 けれど、隣から、
「面白かった! 世の中にはこんな素敵な乗り物があるのね」
 雅量の感嘆の声が聞こえてくる。
 僕は生気でも吸い取られたかのようにヘロヘロになりながらも、ゴンドラから降りる。
 一方で雅量は乗る前よりも肌が艶々しているような気がした。少なくとも表情は活き活きとしたものになっていた。
 僕としては、次は観覧車とか回転木馬とか、大人しいアトラクションに乗りたかった。
 にもかかわらず雅量は言いやがるのだ。
「さて、次はどの絶叫マシンに乗る?」
「ちょっと待て。どうして選択肢が絶叫マシン限定なんだ」
 マシンに乗る前から僕は絶叫していた。
「面白いからよ。素晴らしいわね絶叫マシン。私はもっと刺激が欲しいわ。もっと、もっと人生にスパイスを盛りたいのよ」
 僕からしてみればスパイスというよりはドラッグだ。雅量はすっかり絶叫マシンジャンキーと化していた。
「では次はこれにしましょう」
 雅量は園内マップを指さして、僕に提案。
 雅量が指さした先には『スパイラルドラゴン』とあった。
 どんなアトラクションなのか実物を知らないながら、名前だけでそのコンセプトは容易に想像がつく。
「まるでRPGのラストダンジョンの中ボスみたいなネーミングだな」
 レベルが一ケタの冒険者には倒せないような魔獣なのだろう。僕のヒットポイントが風前の灯だ。
 常任理事国並の拒否権を発動したい僕であったが、雅量の滾る好奇心には打ち勝つ術はない。
「さあ、行きましょう」
 雅量の手に引かれて、僕は『スパイラルドラゴン』への搭乗を待つ人々の列の最後尾へ。
 そして、三十分後。
 燃え尽きたぜ。
 僕は螺旋の竜《スパイラルドラゴン》を制覇した。
 奴がどんなに凶暴だったかは思い出したくもない。思い出と一緒に今日の朝食を吐瀉してしまいそうだ。
 僕はベンチで灰になっていた。
 一方、雅量はハイになっていた。
 同じアトラクションに乗ったというのに、この対極的な反応はなんなのだろう。絶叫マシンは僕にとって即死魔法であり、雅量にとっての回復魔法だとでもいうのだろうか。
「情けないわね。アナタ本当に男の子?」
 散々な言われようである。男の子だから絶叫マシンに強いという不文律など存在しない。
「お前が勇ましすぎるんだ。お前は本当に女の子?」
 まったく、お互い性別が逆ならしっくりくる性格や気性なのに、天は困った采配をしたものである。

次へ→

←前へ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする