巫女が恋した月下の紅蓮/第19話

アナタは【紅蓮の君】ですか?


 僕がスパイラルドラゴンのダメージから回復するまで、アトラクションめぐりは一時中断となった。
 何もしないのも時間が勿体ないということで、僕たちは遅めの昼食を取ることになった。
 現在、午後二時。飲食店が混む時間のピークは過ぎており並ばなければ席に付けないというほどでもない。もっとも、それでも席は満席に近かったが。
 僕たちの入った店は、アメリカンな佇まいのハンバーガーショップだった。木造でカウンター席まである店で、西部劇に出てくるバーを髣髴とさせる佇まい。
 席に着いた僕らはメニューを一瞥し、ウェイトレスに注文する。
 頼んだメニューは、僕は慎ましやかにコーヒーとサラダだけをオーダーしたが、雅量が頼んだのはサードパウンドバーガーのLセット。
 ……サードパウンドってなんだろう。クウォーターパウンドなら某有名チェーン店に期間限定で並べられていたけれど。
 四分の一《クウォーター》でさえかなりの量なのに三分の一《サード》となるとどれほどの量なのか想像が付かない。
 実は雅量は所謂食いしん坊キャラなのではないだろうかと半眼で彼女を見る。
 僕が言わんとすることを察してか雅量は顔を真っ赤にした。
「仕方ないじゃない。私は朝から何も食べてないんだから。それの種橋君のコーヒーとサラダだけって方が異常よ。アナタはダイエット中の女子高生かしら?」
「男子高生だよ。どうせこの先の予定も絶叫マシン巡りなんだろう。だったら、胃袋には余裕を持たせておきたいんだよ。お前もツレが昼食のメニューと感動の再開を果たすなんて嫌だろう?」
「そうね。その時は全力で他人のフリをするわ」
 雅量は早々に運ばれてきたメニューを、フォークとナイフで切り分けながら喋る。
 僕の知っているハンバーガーという食べ物は、片手でお召し上がりいただけるはずのサイズの料理だ。
 けれど目の前のさらに乗っているハンバーガーは直径二十センチ、高さ十センチはあろう巨大な代物である。
 どうやらこの店は外観のみならず、料理のサイズもアメリカンらしい。
 雅量がハンバーガーにナイフを通すと、中からはふんだんな肉汁が垂れてくる。
 香ばしくうまそうな匂いが僕の鼻腔をくすぐる。
 僕も頼もうかという誘惑に駆られるが、しかし、僕はサラダで我慢する。先にもいったようにこれから先にはアトラクションとの戦いが待っているのだ。
「んん! 美味しい。こんなに美味しいメニューがあるのに、サラダだけで済ませようとする種橋君は阿呆ね」
 なんとでも言ってくれ。
 雅量がすっかり巨大ハンバーガーを堪能したら、次に寄ったのはお土産品店だった。
 帰宅するわけではないが、帰宅時間になったら客が殺到して買い物にならないだろうという配慮から日が高い間に寄ることにした。
 お土産品店といっても、商品はこのテーマパークのマスコットのぬいぐるみや、ストラップ、キーホルダー、あるいは絵葉書といった非飲食物がメインである。
 実はこのテーマパーク自体が営業している曜日は通常は土日月の三日だけ。なので、飲食物を置くと食品管理だけでコストがかかってしまうのだろう。
 雅量が持っているマップによると、飲食系のお土産はテーマパーク外のアウトレットモールにあるそうだ。
 雅量は土産品店に来てから、一つのぬいぐるみに興味津々だった。
 そのぬいぐるみは、いわゆるゆるキャラという奴で、海水メガネにシュノーケルをつけた愛らしい猫だった。名前は『浦部にゃん』とタグには書かれている。そのネーミングから彦根の武将姿の猫のゆるキャラを連想してしまうが、きっと無関係だ。
 浦部にゃんのぬいぐるみをもの欲しそうに雅量は眺めている。
「そんなに欲しいなら買えばいいじゃないか。それとも金が足りないなら、僕も協力するぞ」
「違うわ。そういうのではないの。私の父は厳格な人で、こういう特に可愛らしい系のキャラグッズを軟弱な物と憎んでいる。だから、私がこの子を買って部屋に飾ろうものなら、その日のうちに焼却されるわ」
「窮屈な家に暮らしてるんだな」
 僕は初めて雅量に同情した気がする。
 年頃の女の子にもかかわらず、ゆるキャラのようなグッズは禁止。きっと、千葉浦安のテーマパークの国民的ネズミも、山梨発祥の体重がりんご三個分の猫のグッズも禁止されているのだろう。
「だったらあきらめて帰るか?」
「でもね種橋君。この子はここでしか会いないものらしいの。まさか、この子に会いに来るためにこの遊園地まで足を運ぶわけにもいかないし……」
 真剣に思案する雅量に、初めて僕は女の子の一面を垣間見た気がする。
 仕方ない。ここは僕が一肌脱ぐか。
「じゃあさ、雅量。このぬいぐるみは僕が買うよ。僕が買って、僕の部屋に置いておく。これなら気が向いたときにうちに来て、じっくり戯れることができるだろう?」
 僕の提案が、雅量の笑顔の花を咲かせた。
「種橋君にしては素晴らしいアイデアね。それならこの遊園地に来るよりもずっと近くて助かるわ」
 喜んでくれて何よりだ。
 僕は早速ぬいぐるみをお会計へ持っていく。僕の家に置く以上は、僕が代金を支払うのが筋だ。
 しかし会計を済ませてから気づいた。雅量がこのぬいぐるみを戯れにうちに来る機会が増えるということは、僕が【紅蓮の君】であるのがバレる可能性を高めているに過ぎない。
 下手こいた。
 慣れない格好つけなんてするものじゃない。
 僕は頭を抱えたい気持ちで一杯になった。
「どうしてそこで懊悩するのかしら。私がアナタの家に行くのがそんなに不都合?」
 不服そうな雅量。
「滅相もない。雅量ほどの美少女が家に来てくれるなんて光栄の至りです」
 僕は思いっきり引きつった笑顔で言ってやった。
「ふふん、そうでしょうね。浦部にゃんに感謝なさい」
「うわー、ありがとう浦部にゃん」
 僕は自分で買っておきながら、ぬいぐるみを地面に叩きつけたくなる衝動と戦っていた。
「最高の出会いも果たせたし、もう私は満足よ。このお礼はきちんとしなきゃいけないわね。そうだ、今日はこれから絶叫マシン巡りを続行しようとしていたのだけど、それを免除してあげる」
 雅量はしたり顔で言う。
「それはありがたいよ。正直、これ以上絶叫マシンに乗らされたら昼食どころか胃液ごと吐き出すところだった」
 しかし、良く考えてみれば雅量の提案するお礼は、ある意味お礼になっていない。なぜなら絶叫マシンを乗らなければならないという大前提ありきの提案だからだ。絶叫マシンに乗らなければならないという大前提を作り出したのは他でもない雅量だ。
 なんともマッチポンプな謝礼だ。けれど文句は言うまい。絶叫マシン免除は本気でありがたいのだ。
 こうして僕は雅量の尻に敷かれていくんだろうな、とか悲しいことも想ったりしたが、それには断固として蓋をしよう。
「でも、絶叫マシンを取りやめとすると、他に行く場所は限られるわね。ならば種橋君、観覧車に乗りましょう」
「どうした急に。何を企んでいる?」
 唐突な雅量の申し出に僕は身構える。
「失礼な。私は純粋に観覧車に乗りたいだけよ。高いところから見る景色は壮観だもの。そうでしょう? それに高いところから、是非言ってみたい、好きな映画の台詞があるの」
「お前も映画とかからインスパイアされたりするんだな。ちなみに訊いておくけど、どんな台詞だ?」
「もちろんそれは『見ろ、人がゴミのようだ』よ」
「ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ! というか人間を守る側の退魔士が、そんな台詞を吐いていいのかよ」
「もちろん良い訳ないわ。なのでこれは軽いジョークよ。そんなこともわからないの?」
「わからいでか」
 雅量のテンションにはついていけません。
「冗談はさておいて、それでも私たちは観覧車に乗るべきよ。だって、観覧車と言ったらデートの定番なのだから」
 蕩けるほどに艶然とした言い方の雅量に、僕は内心ドキリとする。
 僕がもじもじと何も言えずにいると、雅量は、
「けれど種橋君、いくらデートと言ってもお触りは禁止よ。もしそんなことしたら、アナタはもげることになるわ」
「……どの部位がもげるんですか!?」
 そんなやり取りをしながらも、僕たちは観覧車へ移動。十分ほど列にならんで、観覧車に辿り着く。
 ゴンドラに乗りこむと、僕たちは対面する席に座る。僕たちはカップルではないので、決して隣り合って座るなんてことはしない。しないったらしない。
 係員によって外から錠が掛けられる。
 狭い密室に女の子と二人っきり。これは想像以上に緊張する。
 僕は何を話していいやら頭が熱暴走。
 そんな草食系男子に、目の前の肉食系女子は絡みつくような目線を送ってくる。
「な、なんだよ。お触りは禁止なんだろう?」
 何故か男の方が身構える。ヘタレ、ここに極まり。
「けれど種橋君、ここは空中の密室よ。アナタはどこにも逃げる場所がない。これは何を意味していると思う?」
「……もしかして死亡フラグ?」
「フラグというよりはルート分岐ね。ここでの発言には細心の注意を払いなさい」
「雅量のお気に召さない台詞を吐いたら、即ゲームオーバーってわけかい」
 女の子と観覧車というシチュエーションに、僅かながらも浮かれていた自分が憎たらしい。女の子と言えど、相手は雅量苗木だったというのに。
「そうよ。そしてここではコインを投入してもコンテニューは不可能。だから、心して私の質問に、誠心誠意答えなさい。――ねえ種橋君、アナタは【紅蓮の君】ですか?」
 雅量の質問に、二人の間の時間が止まった。観覧車の駆動する音だけがゴンドラを支配する。
「僕が……【紅蓮の君】……?」
 僕は雅量の質問を、何度も脳内で反芻する。
 確かにこれは重要なルート分岐だ。下手を打ったらゲームオーバーまで一直線。
「さあ、答えなさい。いいえ、答えて下さい。アナタは【紅蓮の君】なのではないですか?」
 目の前の少女の口調に、気の強い退魔士としての雅量と、恋する乙女としての雅量の口調が混じる。
「……それは違うよ。ハハハ、僕が【紅蓮の君】なわけがないじゃないか。どうして、そんなブッ飛んだ結論に至るんだよ」
 冷静を取り繕う僕だが、心臓は早鐘のように鳴っていた。
「それは、一昨日の夜、私は見たからです。緒川たちの術を、紅蓮の炎を以って見事に裁くアナタの姿を」
 声を上げることすらできない僕。人間、核心に迫られたことを言われたら、誰だってきっとこうなる。
「それは本当に、しっかりと、雅量のその目で見た光景なのか?」
 僕は反論の余地を探すべく、迂遠な言い回し。
「それがわからないから、アナタにこうして質問しているのです。私はアナタの髪が赤く変化し、炎を操る光景を見ました。しかし、そのときの私の意識は朧で、それが夢か現かは判別がつきません。だから、私はアナタに、この質問をするために、こうしてデートにお誘いしたのです!」
 なるほど。僕は最初から雅量の掌の上で遊ばされていたわけか。デートなんて単語に浮かれていたが、なんのことはない、このデート自体が死亡フラグだったわけか。
 僕に質問する雅量の目じりには涙がうっすら浮かんでいた。
 涙は女の武器。けれど僕はそんな武器に屈するわけにはいかない。
「雅量、それは現の出来事じゃない。きっと君は夢を見ていたんだ。僕が【紅蓮の君】なわけがない。僕はヘタレで弱い、風が吹けば飛ばされるような薄っぺらい人間だ。嘘だと思うなら、あの場にいた姉さんやジョセに訊いてみればいい。僕は決して【紅蓮の君】ではないと証言してくれる」
 僕は冷酷な嘘をついた。心臓がずきりと痛んだ。
 だけど、しかたがない。真実を明かすということは僕が鬼であると明かすということ。
 観覧車のゴンドラは、頂点に達し、後は下るだけ。観覧車が残りの半円を描く間、僕たちは終始無言だった。

   ◆

 観覧車を下りた僕たちは、まだ日も高い内から帰宅することとした。
 元より雅量の二つの目的である、悪霊退治と、僕が【紅蓮の君】であるかの質問は終わっている。
 これ以上遊園地に居残る理由はない。
 帰る方向が一緒なので、僕たちは共に同じバスに乗り込んだが、それでも会話はない。観覧車からずっとこんな調子。交わされる会話は、必要最低限のごく短いもの。
 雅量の顔には落胆の色が浮かんでいる。
 やっと見つけたと思っていた想い人であろう人間に、自分の見た光景を夢扱いされればそうなっても仕方がない。雅量の想い人探しは、振り出しに戻されたのだ。
 けれども、僕は雅量に真実を告げるわけにもいかない。
 結局、二人に残された道は沈黙しかない。
 美少女の沈痛な表情は、僕の罪悪感を加速度的に増加させる。
 窓の外を眺める。日はまだ高い。なのに車内には落日にも似た沈黙。
 ついに耐えきれなくなった僕は、話の口火を切った。
「雅量は、もし僕が【紅蓮の君】だったら、どうするつもりだったんだ?」
 直球で訊いてみた。変化球を投げて、欲しい情報を相手から引きだす技量は僕にはない。
「もし、種橋君が【紅蓮の君】だったら、私はまず土下座したわ」
「それは風呂上がりの雅量の裸を目撃した際の僕の土下座への詫びか?」
「それもあるけれど、それを含めた全ての非礼と暴言に対する謝罪よ」
「……自分の言動が、酷いものだって自覚はあったんだな」
 ちょっと吃驚。あれは天然でやっているものだとばかり思っていた。というか、故意的にやっていたなら、そっちの方がタチが悪いな。
「アナタ今、私を性悪女と思ったでしょう」
 雅量は僕の顔を覗き込む。雅量は、いつもの底意地の悪そうな顔ではなかった。どこか物憂げで悲しそうな表情。
「それは認識不足だよ。僕は今だけじゃなく、家に連れて帰った夜からずっとお前の性格は破綻していると知っている」
 弱り目に祟り目かもしれないが、雅量に言ってやった。
 いつもの仕返し。だけど、これで雅量は反骨精神を奮起してくれると思ってもいた。
『アナタにはデリカシーが無さ過ぎるわ』とか怒る雅量を僕は想像していた。怒られるために暴言を吐くなんて、中々僕もマゾっ気があるな。
「そうね。私の性格は、もうどうしょうもないぐらいに歪んでいる。これでは本物の【紅蓮の君】に会っても、幻滅されるでしょうね」
 弱り目に祟り目は、泣きっ面に蜂と化す。
 なのに僕ときたら、落ち込んでいる女の子を励ます方法なんて知りやしない。人生経験の浅さが嫌になる。
 だからヘタレた手を打った。
「ところで、雅量は鬼についてどう思う?」
 ギアを無理矢理に変えるが如き、あからさまに唐突な話題転換。
「粛清すべき怨敵ね。鬼だけでなく妖怪は、根こそぎ殲滅すべき。――そんなの当たり前じゃない」
 どこぞの宗教の過激主義勢力みたいな主張。僕の胸は痛む。
 雅量がここまで躊躇なく断言するということは、雅量は僕が鬼だと気付いていない。緒川たちとの戦いにおいても、きっとまた【紅蓮の君】の後ろ姿しか見ておらず、額に生える角を見ていないと推察される。
「どうして雅量は、そこまで妖怪を憎むんだ?」
「逆に訊くけど、悪を憎む心の、どこがいけないのかしら?」
 質問に質問で返された。これはやりにくい。しかも雅量は僕の質問に、不快そうに答えている。ある意味、いつもの雅量に戻りつつあると言えるが、そこには地雷が埋まっていそうだ。
 けれど僕は、意を決して地雷原を突破することにした。地雷原の先にしか僕の求める真実はないのだ。
「ならば質問を変えよう。どうして妖怪全てを悪だと決めつける。中には良い妖怪だっているかもしれないじゃないか」
 僕の質問は、雅量の顔をみるみるうちに紅潮させた。口はへの字に曲がり、目がつり上がる。
 見事に地雷を踏んでしまったようだ。
 なら毒を食らわば皿までも、だ。
「うちの親父は言っていたよ。人間と妖怪は共存すべきだと。妖怪の中には人間と共存を望んでいる者もいると」
 かく言う僕も、人間社会の中で生きようとする妖怪の一匹だ。
「そんなものは信じられないわね。妖怪は人に害をなす存在。だから私の母は殺された。だから許すわけにはいかない。私は亡き母の為にも妖怪を根絶やしにしなければならない!」
 ここがバスの車内だというのも忘れ、雅量は絶叫した。
 他の乗客が驚いて僕たちの方を注目するが、そんなこと雅量は気にしない。
 雅量の瞳に宿るのは暗い焔。悪霊よりもおぞましい憎悪がそこにはあった。
 そして雅量は再び押し黙る。
 沈黙再び。より一層、気まずい雰囲気の帰路となった。

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