巫女が恋した月下の紅蓮/第20話

翻弄と邂逅


 僕は遊園地から帰ると、ひとまず仮眠をとった。
 仮眠の中で、僕は今日遊園地であった出来事を夢に見た。夢にまででてくるほどに、僕は雅量に対し自分が【紅蓮の君】でないと嘘をついたのを気にしているようだ。
 仮眠を終えると僕は、いつもの夜の務めを果たすために、いつもの神社へと向かう。
 僕は昼間の雅量の一件のせいで気分が塞ぎがち。なので、参加したくなかったが、そんな理由で姉さんが欠席を許すはずがない。
 僕は姉さんと一緒に神社に赴いた。神社にはすでにジョセと七条の姿があった、
 しかしまだ雅量の姿はない。デートには一時間も前に集合場所に到着した彼女らしからぬ行動だ。もっとも、予定とする集合時間である午前零時までには十五分ほど時間があるが。
「大分早く来ちまったな。そうだ京真、暇つぶしに今日のデートのことを話せ」
 姉さんの振りに、ジョセが喰らいついてくる。
「デートって、京真がですか? うそ、どうして京真が女の子と。お金を積んで頼み込んだとか?」
 ジョセはさりげなく失礼なことを言ってくる。
「そんなわけないだろう。相手から誘われたんだよ。ちなみに相手は雅量で、内容は主に遊園地に潜む悪霊退治のアシスタント」
 僕はぶっきらぼうに言い切った。
「なんだ、仕事か。でもでも、せっかく遊園地に行ったんだから甘いイベントとかはなかったの?」
「そんなイベントは……ないよ」
 僕は断言しようとしたが、観覧車での雅量との会話を思い出してしまい言いよどむ。
「怪しいなあ。今の言い方だと何があったみたいな言い方だよねえ。……言ってくれないと雅量さんに【紅蓮の君】の正体をバラしちゃうぞ」
 快活に残酷なことをジョセは言ってくる。
「それは困る。というか、【紅蓮の君】絡みで困ってるんだよ」
 そして僕は、観覧車の中での雅量との会話を説明する。
 それを聞いた一同は、沈黙した。
「加えて雅量は、母親を妖怪に殺されていて、激しく妖怪を憎悪している。まさか、そんな奴に『想い人は実は鬼です』なんて言えるか」
 僕は深いため息をつき、天を仰ぐ。
 緒川に体育倉庫に監禁されたときには真円だった月は、すっかり欠けてしまっている。
 僕もあの月のように、欠けて消えてゆきたい。それができたらどれだけ幸せだろうか。
 話し込んでいると、石段を登る足音が聞こえてくる。姿を現したのは雅量だった。相変わらずの巫女服姿も最初に見たときほど違和感を抱かなくなっている自分がいた。
「遅くなりました」
 雅量は謝るが、誰も彼女を咎める者はいない。そもそも、まだ集合時刻には若干の余裕がある。それでも最後に到着したのを気にするあたり、彼女なりに気遣いが感じられる。
 僕はちらりと雅量を観察する。
 心なしか表情は暗い。それは【紅蓮の君】捜索が空振ったからなのか……。
 昼間押し殺した罪悪感が、再び胃の腑からせり上がる。
 僕は一人の少女の純情を踏みにじっている。その事実は重く僕に圧し掛かってくる。
 僕はちら見で雅量を観察していたが、雅量は僕の目線に気付く。
「何かしら種橋君。言いたいことがあるならちゃんといいなさい」
 いつもと同じ、きつ目な言い回し。けれど若干覇気が足りていないようにも見受けられる。
「元気ないなあ、と思って」
 僕は正直に言ってみた。
「元気がない? そうね。私としたことが、アナタのようなヘタレを【紅蓮の君】と勘違いしていたんですもの。それはそれは屈辱の極みだったわ。だから珍しくへこんでいるの」
 溜息と共に、雅量は恨み事を吐きだす。
「……【紅蓮の君】、見つかるといいな」
 僕は無難な返答をするが、内容は壊滅的に残酷だ。
 見つかるわけの無い想い人。
 見つかっても怨敵にしかならない想い人。
 見つかるのと、見つけられないのは、雅量にとってどちらが幸せだろうか。
 神社の境内にいた誰もが、口を噤む。空気を読んだというよりは、空気に流されただけの沈黙。
「生きていれば色々なことはつきものさ。さて、全員そろったみたいだし、本日の作戦を伝えよう」
 姉さんは、あくまで明るく言い放つ。そんな姉さんにすら影が差しているように思えてしまう。けれどそれは自分の沈んだ気分を姉さんに投影しているだけなのだろう。
 沈んだ気分のときに見るものは、どうしても全てが沈んで見える。人は目でものを見ているとしても、判断するのは頭や心だからだ。
 今の沈んだ光景が、今の僕の心の全てなのだ。
「本日もメインは情報収集だ。苗木ちゃんと、ジョセちゃんを中心にそれぞれ班を組む。私はジョセちゃんにつくから、残りの男二人は苗木ちゃんにつけ」
 姉さんは指示を出してくるが、僕は困惑を隠せない。
 雅量と僕が一緒? やめてくれ、気まずくなるだけだ。
「姉さん、その班分けは変えることができないのか?」
 嘆願する僕。
「そうですよ、星河さん。私は種橋君みたいな弱い人間のお守をするのはごめんです」
 雅量も姉さんに異を唱え始める。彼女としても僕と一緒にいるのが苦痛なのだろう。
「あえて変更する理由がないな。パワーバランス的には量班の釣り合いは取れていると私は考えるが? それとも苗木ちゃんは、非戦闘員の一人や二人のお守もできないほど余裕がないのかな?」
 挑発するような姉さんの言いぶりに、雅量は押し黙る。
「そ、そんなんじゃありません!」
 コンプレックスを突かれた雅量は叫んだ。まんまと姉さんの口車に乗せられている。
「んじゃ、問題ないな。これにて班分けは決定。何かあったら随時連絡をするように。ではジョセちゃん、行こうか」
 そう言うと姉さんとジョセは神社から去っていく。
 残された三人は、呆然と佇むよりほかはない。
「とにかく、ボクたちも行きましょうか」
 言い出したのは七条。僕は「そうだね」と頷くが不安でいっぱいだった。
 雅量と七条と共に夜の街を散策するのは、どうなるか、はっきりいって未知数だ。
 雅量との間のギクシャクした関係もさることながら、七条のスペックがいまいち掴み切れていない。
 緒川たちが術を使ってきたとき、最初にダウンしたのは七条だ。さりとてあれは明らかな不意打ちであって、彼の真の実力が出し切れないで終わっただけかもしれない。
 とはいえ、七条の能力がどれだけ高かろうと、彼は僕とも雅量とも接点がない。彼からしてみればこちらの班に組まれるのは完全なるアウェイなはず。
 まず、打ち解け合うところから始めなければいけないのだろうか。って、それではまるで年度初めの新しい学級みたいだ。
 僕たちが今からすべきは、命を賭けた妖怪探し……のはず。もっと気を引き締めていかなければならないのに、いまいち集中しきれない。
 だというのに、事態はいきなり展開する。
「二人とも、後ろ!」
 石段を降りようと、社に背を向けた僕と雅量を、七条が呼びとめる。
 何事かと僕と雅量は社の方を向く。
「な……!」
 僕は驚愕する。
 そこにいたのは巨大な髑髏。所謂がしゃどくろと呼ばれる妖怪だ。
 一体いつの間に現れたというのか。まったく気配はしなかった。
 僕たちの困惑など我関せずといった調子で、がしゃどくろは腕を振り上げ、無数の鬼火を召喚。鬼火は僕たち目がけて殺到する。
「く……!」
 雅量は水の刃を構え、次々と鬼火を両断。勢いをそのままに、がしゃどくろを斬りつけようとする。
 しかし、だ。
「え?」
 途端にがしゃどくろの姿は消失。雅量の刃は空を切る。
「雅量、後ろ!」
 僕は叫んだ。突然消失したがしゃどくろは、突然雅量の後ろに顕現。
 雅量は反転し、再度がしゃどくろに斬りかかるが、標的は再び消失。再び雅量の背後に現れる。
 がしゃどくろの動きは完全に雅量を翻弄していた。
 そして、がしゃどくろは背後から雅量を薙ぐ。
 突発的な攻撃だったが、雅量は俊敏な動きで回避。
 再び、雅量とがしゃどくろは対面切って対峙する。
 そんな雅量たちを、僕と七条は見守るしかできない。
「瞬間移動する妖怪なんて非常識も甚だしいわね!」
 雅量は叫ぶと同時に斬りかかるが、翻弄するようにがしゃどくろは再再度消失。
 神出鬼没な動きに雅量はついていけない。
 僕も何かをしたい。しかし妖怪に対して対等にやり合うには、封印を解いて鬼になる他ない。
 ここで鬼に変化したら、今度こそ雅量に正体がばれる。そして言い訳はできないだろう。
 歯噛みする僕。
 そんな中、横で一緒に指をくわえて見ていた七条は言うのだ。
「しょうがないですね」
 ――と。
 何か秘策でもあるのかと、僕は七条を見た。
 すると、とんでもない光景が僕の視界に飛び込んでくる。
 七条の髪が、みるみるうちに紅蓮色に染まっていく。
 更に七条は唱える。
「燃えよ!」
 その言葉をきっかけに、月下に灼熱の花が咲く。
 紅蓮の炎が夜の闇に顕現し、がしゃどくろめがけて飛んでいく。
 その様はまるで――
「【紅蓮の君】!?」
 雅量はがしゃどくろと対峙しているのを忘れ、振り向き、叫んだ。

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