巫女が恋した月下の紅蓮/第21話

もう一人の紅蓮


 炎はがしゃどくろ目がけて飛んでいくが、しかし瞬間移動によりがしゃどくろは炎を回避。空を切った火炎弾は虚空ではじける。
 そんな光景を、僕は困惑しながらただ眺めるしかない。
 いや、僕だけでなく雅量も死合の運びを傍観する側に回っていた。
 それもそうだろう。今まで散々探し求めていた【紅蓮の君】と思わしき者が突如現れたのだ。
「ここはボクに任せて、雅量さんは下がっていてください」
 七条は指示を出すと右手に炎を宿しながら駆けだす。雅量は七条に言われた通り後退。
「燃えよ」
 七条の手から再度火炎弾が放たれる。
 がしゃどくろに向かって飛んでいった火炎弾だったが、翻弄するようにがしゃどくろは七条の背後に瞬間移動。今まさに七条を手に掛けようと、その腕を振りあげる。
 ところが、七条はこれに冷静に対処。
「逃すか!」
 七条がスイと指を振る。すると火炎弾は百八十度進路を変えて、七条の背後のがしゃどくろに命中。
 後はあっけないものだった。
 七条の炎はがしゃどくろに命中すると、あっという間に引火し、激しく燃え上がる。
 夜の底が紅蓮色に染まる。
 煉獄に熱気はこちらまで伝わってくる。
 膨大な熱量に包まれながら、がしゃどくろは消滅していった。
「危ないところでしたね」
 七条は手をはたきながら言う。そういう彼の髪の色は、赤色から先までの黒に戻っていく。
 けれど、何事もなかったかのようにとは言えるわけもない。
 雅量は呆然と震えていた。
「アナタは……一体……?」
「ボクはただの退魔士見習いですよ」
 雅量の問いに、七条は優しく微笑む。
「そうではなく! 答えてください。アナタは【紅蓮の君】なのですか?」
 雅量の瞳には、涙が溜まっていた。
「そうだよ。ボクこそ君のいうところの【紅蓮の君】だ」
 七条が宣言すると、雅量の瞳から涙が零れ落ちた
「逢いたかった! 逢いたかったです!」
 雅量は七条に抱きついた。
 七条は困ったように、頬を掻く。
 何も知らなければ、感動の対面と言えただろうけれど、僕はそんなわけにもいかない。
 真実は、僕こそが【紅蓮の君】なのだ。
 なのに何故、七条が【紅蓮の君】を名乗るのか?
 僕の心に宿ったのは混乱ではなかった。混乱よりも嫉妬が勝った。
 雅量が探している【紅蓮の君】は僕なのだ。
 僕と七条の目が合う。
 その胸に雅量を抱きながら、七条は薄笑いを浮かべる。
 僕の嫉妬の炎は更に勢いを増す。
 しかし僕には何も言えない。
 僕は完全に七条に敗北した。

   ◆

 雅量が、【紅蓮の君】を発見したという情報は、即座に雅量自身によって一同に伝達された。
 鬼と【夢喰らい】の捜索は一時中断。僕たち五人は種橋家に集合することになった。
 種橋家のリビングのソファに、五人が座る。
 僕と姉さんとジョセは神妙な顔つき。対照的に雅量は至福の表情。そして、七条は悠然と構えている。
 これから話し合うべき内容は、たった一つ。
 なぜ七条が【紅蓮の君】になってしまったのかという問題だ。しかし、それを話し合うには雅量がいると都合が悪い。
 どうやって七条から話を聞き出す場をセッティングしようかと僕が考えあぐねていると、姉さんが、
「苗木ちゃん、一端席を外してもらえないだろうか」
「どうしてです?」
 僕らの事情なんて知る由もない雅量は、小首を傾げる。
「私たちは君抜きで七条とサシで話がしたい」
「それだと三対一になってサシではありませんね。アナタたちは七条君に敵意でもあるのですか?」
 当然のように雅量は反論。眉間にしわが寄っていた。
 雅量は想い人(と勘違いしている相手)をあけすけに庇おうとしていた。
「雅量さん、いいんだ。僕もみんなと君抜きで話さなければならないことがある。だから席を外してくれると嬉しい」
 七条が悠然とした態度を崩さないまま言う。
「でも……」
 雅量は迷子の子ネコみたいな声。
「僕のこと、信用できない?」
「そんなことは! わかりました。一端席を外します。けれど星河さん、差し当たって私はどこにいればいいのかしら?」
 雅量の問いに姉さんは、一瞬考えた後、
「それならシャワーでも浴びてこればいい。さっぱりするぞ?」
「では、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
 ようやく雅量は退室。
 けれど、本番はここから。
「さて、七条。どういう了見でお前が【紅蓮の君】になったのか話してもらおうか。まずどういうカラクリで【紅蓮の君】になりすました? そして、その目的は?」
「一気に二つ質問ですか。ではまず、前者についてお話しましょう。僕は元々、特異な体質を持っていて、自分の真の力を発揮すると髪の色が深紅に変わるんです」
「真の力……だと? 確かお前はかつて私に、自分は戦闘には不向きだと言っていたはずだが?」
「はい、それは事実です。けれど本当のことを言うと、全く戦闘行為ができないわけではなかったんです。ただ、任意に自分の力を操作できないんです。今回の一件みたいに、緊急事態でタガが外れると、自分でも気付かないうちに力を発現してしまうんです」
 七条の説明に、姉さんはうろんそうな目で返す。しかし、言葉は返さない。おそらく、何を言っても受け流されると判断したのだろう。
「ならば、お前の特異体質については保留しよう。けれど、後一つの質問に答えてもらっていないな。どうしてお前は自分が【紅蓮の君】だと嘘をついた? いくら姿形が苗木ちゃんの言う【紅蓮の君】に近かったからといっても、否定することはできたはずだ」
「その理由は二つあります。一つ目は、ボクとしても京真君をかばいたいと考えていた。ならば誰かがスケープゴートになるのが得策かと思いました」
「確かに誰かが【紅蓮の君】をやってしまえば、苗木ちゃんの捜索は打ち切られるな。けれどそれは、お前が苗木ちゃんの想い人になるということだぞ?」
「はい、それが二つ目の理由です。ボクは雅量さんの想い人になりたかった。だから、自分が【紅蓮の君】だと嘘をつきました」
「それはつまり……」
 姉さんは目を白黒させていた。姉さんだけでなく、僕も七条の言葉の意味を察し、唖然としていた。
「ボクは雅量さんに恋をしました。一目惚れでした。だから、雅量さんが欲しいと思った」
「そして、そのためならどんな手段でも使おうと思った、と?」
 姉さんは、厳しく糾弾するような声。なのに七条は怯まない。
「その通りです。いけませんか?」
 あまつさえ、真正面から姉さんに対抗する。
 姉さんは顎に手を当て思案する。そして、しばらくして言うのだ。
「それは京真が決めることだ」
「僕?」
 いきなり話を振られた僕は躊躇するしかない。
「そうだ。これはお前の問題でもある。お前が苗木ちゃんに真相を告げなかったから、話がややこしくなったのだ。京真自身はどうよ? 七条に苗木ちゃんを横取りされてもいいのか?」
 姉さんの問いは厳しく僕に突き刺さる。
「僕は……構わない。僕が鬼であると雅量に知られて、彼女と敵対するくらいなら、真実など隠蔽した方が得だ」
 あまりに弱腰な態度。姉さんからの叱責を覚悟していた。
「ならば私は構わない。好きにしろ」
 空疎に突き放すような言い方の姉さん。叱責よりも僕の心はかき乱される。
「でも、そうすると七条君は雅量さんが封じている【黒龍炎】とも付き合うことになるんだよね。その覚悟はあるの?」
 そう言ったのはジョセ。気まずい雰囲気など意に介さない態度は、ある意味で清々しい。
「そのつもりです」
 粛と七条は頷くが、僕は話についていけない。
【黒龍炎】?
 新しく出てきた単語に、僕は首を捻る。
「京真が自分だけ蚊帳の外みたいな顔をしているな。そうか、お前には苗木ちゃんの秘密を話していなかったな」
 姉さんは天上を仰ぎながら、深い溜息をついた。

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