巫女が恋した月下の紅蓮/第22話

【黒龍炎】


「【黒龍炎】は、一種の妖怪だよ。ただし一般の妖怪と違うところがあるとすれば、それは純粋に人の感情だけの集合体であるという点だ」
 姉さんは訥々と【黒龍炎】についての解説を始める。
 姉さんの言葉に、僕は疑問符を浮かべる。
 人間の感情が妖怪化するというのは、ちょっと信じ難かった。
 妖怪とは一般に、物体なり生物なりが媒介となって誕生するものである。例えば、九十九神という妖怪がいる。これは、長い間人間に使用された『モノ』が妖怪化したものだ。
 確かに『モノ』が妖怪化するには、そこに思い入れや、憎しみ、恐怖といった人間の感情を必要とする。言ってみれば人間の負の感情と物体の融合物が妖怪なのだ。それなのに、感情だけが妖怪化するとは、理解できない。
 僕の疑問に答えるように、姉さんは解説を続ける。
「感情とはいわば、人間のエネルギーだ。エネルギーが結晶化して妖怪となった、と考えてもらえばいい」
 僕としては腑に落ちない理屈だったが、異を唱えたところで話が進まなくなるだけ。僕はとりあえず素直に話を聞くことに。
「それで、その負の感情の塊を、雅量が封印していると?」
「まさしく。雅量苗木と言う存在は、かつて退魔士の中で卓抜した存在――いわば神童として知られていた」
「待った。それだと辻褄が合わなくない?」
「何がだ?」
「だってジョセの話じゃ、雅量はここら一体じゃ最弱の退魔士なんだろう? それなのに神童だったていうのはちぐはぐだ。……落ちこぼれたとか?」
「惜しい。苗木ちゃんは落ちこぼれたというよりは、弱体化したと言うべきだ。かつて、ここより北の地方で【黒龍炎】が暴走し、一つの村を焼き払う災害が起きたんだ。そのときの【黒龍炎】の討伐に向かった一人に苗木ちゃんがいた。苗木ちゃんは、水を操る退魔士だ。【黒龍炎】はその名の通り、猛り狂う炎の妖怪だ。相性的に苗木ちゃんは適任だった。けれど、結局彼女をしても【黒龍炎】を退治するのは叶わなかった。何せ炎という形の無いものだからな。だから、退治できないならばと、彼女は黒龍炎を自らの身の内に封印したんだ」
「随分強引な手段だな」
「それぐらい【黒龍炎】は強力な妖怪って話だ。けれど、彼女は自らの内に【黒龍炎】を封印することで弱体化した。どんなに強力な退魔士でも、使える術にはキャパシティがある。苗木ちゃんは、そのキャパシティの大部分を恒常的に【黒龍炎】の封印という術に使ってしまっている」
「雅量にそんな秘密があったとは……。けど、そんなに大変な術を使っているなら、どうしてアイツは今も妖怪退治をしているんだ? 封印に専念していた方がいいんじゃないだろうか」
「本来なら、そうするべきだ。けれど、雅量苗木という少女は妖怪を憎んでいる。その憎き妖怪を殲滅するべく、無理をしてでも動いているんだよ」
 そして、妖怪を憎む理由とは、昼間観覧車で教えてくれた母親が妖怪に殺されたから。
 人の負の感情の塊を封印しながら、しかし自らの負の感情で身を焦がす。雅量も中々、皮肉なことをしているな。
「ところで姉さんは、どうしてそんなに雅量の事情に詳しいんだ?」
 僕はふとした疑問を口にした。
 姉さんの説明はあまりに明瞭すぎた。
「まず【黒龍炎】の話については、退魔士の内輪では有名な話だというのが挙げられる。それから第二に、お前が苗木ちゃんに関わりを持ち始めてから勝手に調べさせてもらったというのがある。流石に弟を想い人とする少女が、どんな馬の骨か知らんと言うのは姉としてマズいと思ってね」
「なるほど。じゃあ、姉さんは雅量の母親が妖怪に殺された経緯についても知っている、と?」
「無論だ。私の調査能力を甘くみるな」
「だったら、教えてほしい。雅量が妖怪を憎むきっかけとなった事件の顛末について」
 僕は姉さんを見据えた。姉さんは僕の真剣な態度に、首を傾げていた。
「別にかまわないけど、そんなこと知ってどうする? お前は七条に苗木ちゃんの件を一任するんだろう? お前が彼女のプライバシーを知る必要性はどこにもないと思うがな」
「確かに僕は七条に雅量を任せた。いや、僕は雅量から逃げた。けれど、それでも知っておきたいんだ。僕は妖怪で、もしかしたらいつか雅量と対峙する日が来るかもしれない。もしもそんな日が来てしまったときに、彼女の事情を知らなかったら僕は後悔する」
 もしもの話をしても、仕方がないかもしれない。けれど、事態はいつ、どのように急展開するかは誰も知らない。情報を持っておいて損はないはずだ。
「後悔か……。確かにそれはするべきではないな。いいだろう、教えてやる。苗木ちゃんの母親を殺したのはな、他ならぬ【黒龍炎】だよ」
 姉さんの言葉に僕は息を飲む。
 雅量の母親を殺した妖怪が【黒龍炎】だったとしたら、雅量は自らの母親を殺した妖怪を自らの内に封印していることになる。
 それはあまりにも壮絶なことではなかろうか。
「今から七年前の出来事だ。ここから北の地方にある村を黒い炎が包んだ。それが【黒龍炎】だった。その村は苗木ちゃんの母親の実家で、苗木ちゃんの母親はちょうど帰省中だったらしい。そんな中で起きた災害だった。知らせを受けた苗木ちゃんの父親と、苗木ちゃんは現場となった村に急行。他にも大勢の退魔士が村には集合していたが、結局【黒龍炎】を退治することはできず、先も言ったように苗木ちゃんの身に封印することにした」
「そんな……。どうして雅量が選ばれたんだよ。他にも退魔士はいたんだろう?」
「それは私の知るところではないな。ただ、聞いた話によれば、苗木ちゃん自身が率先して自らの身を差し出したらしい」
「どうして……」
 僕が腑に落ちないでいると、居間の扉が開かれた。
 現れたのは雅量。
 ちゃんとシャワーは浴びたらしく、髪は若干濡れそぼっている。
「星河さん、私のいない間に、私のプライバシーを明かすのは褒められた話ではありませんね」
 姉さんを睨みつける雅量。その視線には明確な怒気が含まれていた。
 姉さんは、
「すまなかった」
 と肩をすくめる。
「それと種橋君、どうしても私のお母さんの話を聞きたいの?」
「……ああ。ところで、雅量は僕たちの話をどこから聞いていた?」
 タイミングが悪ければ、彼女は僕が鬼であるということも聞いていたかもしれない。
 けれど、雅量の反応からするにその可能性は薄い。僕が鬼だという事実を聞いていたなら、部屋に入るなり斬りかかっていただろう。
「星河さんが、七年前の出来事を語り始めたあたりから、扉の向こうで聞いていたわ」
 ということは、それ以前に話した僕が鬼であるという話は聞いていないということである。
 不幸中の幸いだ。
「星河さんの言うように、私は母を妖怪に殺されたから、妖怪という存在を憎んでいる。けれど、私が妖怪を退治する理由は、妖怪が憎いからだけではありません。妖怪は、人々の夜の安寧を脅かす存在。それはすなわち悪です。悪を倒すのは当たり前のことではありませんか?」
 水使いの退魔士は、炎のように苛烈な言葉を紡ぐ。
「それは言いすぎだよ、苗木ちゃん。妖怪の中にも人間との共存を望む者もいる。ならば、そういう妖怪との調停をするのも退魔士の仕事だと私は考える」
「その考えは甘いですね。どのような妖怪であろうと、それはいつか人間に牙をむく。ならば、先手必勝で倒してしまうのがいいに決まっています」
 雅量は意見を譲らない。
 雅量の頑固さに姉さんは、再度肩を竦めて、
「そうかい、じゃあまあ好きにしてくれ」
 引き下がるほかなかった。
「無論、そうします。ところで七条君、話があるのですが、これから用事はありますか?」
「いいや、至って暇人だよ」
 七条は相変わらず悠然と返す。
「ならば、是非お話したいことがあるので、一緒に帰りませんか?」
 雅量が誘うと、七条に一同の視線が殺到。
 これには七条も肩をすくめる。しかし、吐いた言葉は、
「構わないよ。今夜は二人で語らいあおう」
 七条が言うと、雅量の顔が花のように綻ぶ。
 そして、雅量と七条は二人で種橋家を後にした。
 残された僕、姉さん、ジョセは何も言わず二人を見送ることしかできなかった。

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