巫女が恋した月下の紅蓮/第23話

【夢喰らい】


 学校は憂鬱。僕と雅量は同じクラス。本日の雅量は、このクラスになってから一番といっていいであろう上機嫌さ。
 クラスの女子どもと、雅量は朗らかに雑談に興じている。
 対照的に僕はクラスで一人ぼっち。それは今まで僕がクラスメイトに壁を作り続けてきたつけなのだろう。
 このまま空気人間になってしまいたい。誰にも気にされずに、誰にも関わらずに学校生活を送れたらどれだけ気楽だろうか。
 そうすれば、僕は自分が鬼であることを隠す労力が減るというものだ。
 朝のショートホームルーム前のクラスは、とても賑やかで、みんながみんな社交的。そんな彼らを見ていると、自分がクラスでいかに異分子かが炙り出されてしまう。
 クラスの女子と笑顔で話す雅量は、どんな内容の話をしているのだろうか。
 自らの想い人が見つかったことでも報告しているのだろうか。
 雅量の想い人――【紅蓮の君】については、七条に一任したはずなのに、それでも心に残るわだかまり。
 僕は本当に、雅量をだましても良かったのだろうか。
 何かとんでもない失態をしてしまったかのような後悔が、今になってせりあがってくる。
 鬼としての自分と、人間としての自分。臆病なのはどちらなのだろう。
 鬼としての自分を、人間としての自分は恐れている。人間としての自分は、鬼としての自分は憎んでいる。
 二つの自分は解離したまま、互いの存在を認めようとしない。
 自分がいかに中途半端な存在なのか、身につまされる。
 鬼として横暴に振舞えたら、どれだけ楽しいだろうか。
 あるいは逆に、普通の人間として平凡に生きられたらどれだけ楽だろうか。
 けれど、僕にはどちらの道もありはしない。ただ只管に、半端者としてどっちつかずな人生を歩むしかない。それは中傭なんて高尚な状態ではない。
 僕は優柔不断な思索に耽るしかない。行動で示せない。だから自分が余計に嫌いになる。
 僕は結局、何になりたいのだろうか。思春期の若者ならば誰もが抱きそうな疑問だが、僕にとってはその意味は一般の若者よりも深い。
 僕は結局、雅量をどうしたいのだろうか。雅量の傲慢な態度が気に入らないと思っていた癖に、僕でない人間に熱を上げる雅量を憎悪すら抱く。
 そうだ、とどのつまり問題は雅量なのだ。
 自分が【紅蓮の君】だと声を大にして叫びたい。
 雅量の心を今一度、我が掌中に収めたい。
 なんて自分勝手。
 だけど、自分勝手な想いこそが本当の自分なのではないだろうか。
 その答えに辿り着いたとき、僕はいてもたってもいられず席から立ち上がった。
 ……すでに一時間目の授業は始まっていたにもかかわらず。
 思いっきりクラス中の視線を浴びた。
「何事だ種橋?」
 教科担当の教師が、ぽかんとしながら訊いてきた。
「いえ、全てが理解できただけです」
 僕は堂々と答えた。
「そ、そうか、理解できるのはいいことだな」
 僕の微塵も躊躇ない態度に教師は気圧され、かえって叱責は受けなかった。
 一時間目が終わると、僕は七条のクラスへ向かった。
 他クラスに入るのは苦手だけど、意を決して僕は七条のクラスに入っていく。
 七条は窓際の席に座り、一人窓の外を見ながら佇んでいた。
 賑やかな教室の中で、まるで彼の時間だけが停止してしまっているかのような、そんな静寂が彼を包んでいた。
「七条、話がある」
 僕は彼に声を掛けると、七条はこちらを振り向く。
 七条は悠然と微笑む。逆に僕の緊張感が高まる。
「雅量さんのことですね?」
 僕の言わんとすることを、七条は当ててみせる。
「いかにも」
「昨日の今日でいきなりですね。しかし、種橋君とは改めて、話しておかなくてはならない問題だとは考えていました。種橋君、次の授業はサボれそうな授業ですか?」
「中々にアグレッシブな提案だな。昼休みとかじゃ駄目なのか?」
「昼休みは雅量さんと昼食を一緒に食べる約束をしています。それまでに種橋君とは話をつけておきたいですね」
 七条はあくまで淡々と事情を説明する。
「わかったよ。こっちから話を切り出したんだ。授業をサボるくらいは飲んでやるよ」
「話が早くて助かります。では、目立たない体育館の裏で話をしましょう。こういう時は『ちょっと体育館裏までツラ貸せや』とでも言うべきですかね」
「いや、そういうのは良いから」
 あくまで飄々とする七条に翻弄されながら、僕は彼と一緒に体育館裏へ移動する。
 授業をサボって、恋の駆け引き。中々に僕は青春をしているね。
 僕と七条は、体育館の外壁に凭れて、隣り合わせで話し合う。
「七条、端的に言おう。雅量に君が【紅蓮の君】ではないと真実を告げてくれ」
「一体どういう風の吹きまわしです? アナタは自分が鬼であるのを隠そうとしていたじゃないですか」
 肩を竦めながら、七条は訊いてくる。
「改めて考えたんだ。僕が鬼だからといって、雅量が憧れる【紅蓮の君】について偽るのは間違っている。それは彼女の憧れを汚すことだ、とね」
 僕は七条の目を見据えながら言った。
 七条はここで初めて不快気に顔を歪めた。
「それはアナタの欺瞞でエゴですね。ではアナタは、雅量さんに彼女が恋い慕う相手が実は鬼だった、と教えるつもりですか? 妖怪を憎む彼女はさぞ落胆するでしょうね」
「そうだな。だから、七条が【紅蓮の君】でないことだけを告白して欲しいんだ。雅量を騙すのは、なんだその……辛い」
 僕は頭を垂れながら言う。
 しかし、七条は容赦なく反論してくる。
「それが欺瞞だというのですよ。アナタは自分が辛いからというだけで、雅量さんを騙すのを中止しようといている。しかし、最初に雅量さんを騙したのはアナタなのです。ならばこそ、アナタには最後まで彼女を騙しとおす義務がある。それに、雅量さんに真実を告げて僕に何のメリットがあるんです? 僕が雅量さんから幻滅されるだけじゃないですか」
 七条の言葉は、どこまでも正論だった。僕は失念していた。自分の我儘を通そうとするならば、それ相応の対価を相手に支払わなくてはいけないことを。
「では、話はこれでお終いですね。もうちょっと身のある話を期待していたので、正直残念です。僕は授業に戻りますよ」
 七条は立ち上がり、そして去っていった。

   ◆

 雅量を傷つけないために彼女を騙し続けるか、それとも彼女が傷つくことになっても真実を告げるべきか。
 これもある意味、究極の選択といってもいいのかもしれない。
 どっちを取っても、最善の選択はあり得ない。
 マイケル・サンデル先生とこれからの正義について考えたくなるような内容だ。
 夜になれば、僕たちはいつもの神社に集合する。もはやルーチンと化している行為も、今日は様子が違った。
 雅量は、すでに目的の半分を表面上は果たしている。すなわち【紅蓮の君】を見つけるという目的をだ。
 それが真実かどうかは問題ではない。雅量は七条が【紅蓮の君】だと思い込んでいる。
 否、それが真実かどうかは問題がある。雅量が七条を【紅蓮の君】だと思い込んでいるのは勘違いだ。
 別に真実一路を気取るつもりはないが、一人の少女の恋心を踏みにじりたくない。
 踏みにじりたくないから七条が【紅蓮の君】であるという真実を伝えたいし、僕が鬼であるという真実を伝えたくない。
 だけど、どっちを取っても僕のエゴ。
「雅量、【紅蓮の君】のことで話がある」
 夜の底で僕の声が震える。葛藤は拭いきれず、不安定で揺れ惑う僕だけれど、それでも雅量に伝えなければならないことがある。
【紅蓮の君】と聞いて、途端に視線を七条に向ける雅量。
 一方で七条の目つきは針のように細められていた。
 明らかな威嚇。だけど僕は怯まない。
「雅量、実は【紅蓮の君】の正体のことなんだが……七条は決して【紅蓮の君】なんかじゃない」
 僕は告白に真実を告げた。
「一体なにを言っているの?」
 当然、雅量は当惑するしかない。けれど、それは想定内の事態。
「七条は君を校庭で木の化け物から救った【紅蓮の君】なんかじゃない。【紅蓮の君】の振りをしてもらっているだけなんだ」
 それは七条にとっては裏切りの言葉。一瞬だけ、険呑な視線で僕を睨みつけてくる。
 けれど、一瞬の後には七条はいつもの平静な表情に戻っていた。
 更に、
「冗談はやめてくださいよ、種橋君。僕は【紅蓮の君】ですよ。だってほら、この通り」
 七条が言うと、彼の髪が炎の赤に染まる。
 その様はまさに【紅蓮の君】。
「それとも種橋君は、僕以外にこんな髪の色をした退魔士を知っているのですか?」
 七条の追及に、僕は次の言葉が出ない。
 否、必要なのは言葉ではない。
 僕は腕にはめられた封印の数珠に手をかける。
 この数珠を使えば、僕こそが【紅蓮の君】であると明らかになる。
 同時に鬼であることも。
 だけどもう、後には引けない。
 しかし僕が数珠を腕から外そうとした瞬間、横から声が上がる。
「んん? これはどういうことだ?」
 声の主はジョセだった。
 何事かと彼女の方を見ると、彼女の胸元に掛けられたロザリオが発光していた。
「ジョセ、それは一体?」
 僕は目を瞬かせながら訊く。
「このロザリオはね、【夢喰らい】捜索用のアイテムなの。【夢喰らい】の術は、相手の無意識に干渉する術。このロザリオには、その手の術の波動を感知したら発光する術が掛けられているの」
 ジョセの説明に、一同の視線が今度は七条に向いた。
「七条、お前……」
 唖然とした声を上げたのは姉さんだった。
 全員の視線を一身に浴びながら、七条はため息をついた。
「やれやれ、こんなところでバレてしまうとは思いませんでしたよ」
 七条の顔には陰惨な笑顔が張り付いていた。
「お前が……【夢喰らい】なのか? 答えろ七条!?」
 姉さんの絶叫が夜の静寂を切り裂いていく。
「いかにも。僕が【夢喰らい】です」
 七条は腰をかがめ、足首に手をかける。履いていたジーンズの裾を少し上げる。
 あらわになった足首にあったのは白と黒の珠が交互に配置された数珠だった。
 それは、僕が腕にはめているものとほぼ同じデザイン。
 しかし、僕が数珠を外すのを躊躇っていたのに対し、七条はいとも簡単に数珠を引きちぎった。
 そして、鬼が顕現した。
 七条の髪は銀色に染まり、額からは二本の角が生えて出る。
「イッツ・ショー・タイム」
 気障ったらしい宣告とともに、七条の暴虐は開始された。
 七条は颶風となって、ジョセと姉さんを猛襲。
 二人がいくら強力な退魔士であっても、鬼の剛力の前では紙屑に等しい。
 そして、二人の始末を手早く完了させると、雅量の首後ろに手刀を浴びせて失神させる。
「実は最初から狙いはこの娘なのでしたってね」
 失神した雅量を担ぎ上げ、七条は人間離れした跳躍力で、まずは社の屋根に着地。そこから更に、神社を囲う林の方へと消えていった。
 こうして僕は完全に雅量を失った。

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