巫女が恋した月下の紅蓮/第24話

走れ、跳べ、夜を翔けろ!


 七条に襲撃された姉さんとジョセであった、彼女たちはすぐに意識を取り戻した。
 ただ、それでも深手を負っているようで、彼女たちはその場に立つのでやっとだった。
「苗木ちゃんは……どうなった?」
 開口一番、姉さんが訊いてきた。
「雅量は……七条に攫われた」
 僕が沈痛な面持ちで答えると、姉さんの顔には激怒の色。
「馬鹿野郎! だったらどうして、こんなところで油売ってる! さっさと探して来いよ!」
 姉さんの剣幕に、僕は一瞬身を竦ませるが、すぐに抗弁する。
「探すって一体どこをだよ。姉さんだって七条の正体を見ただろう。アイツは鬼で、あっという間にどこかへと失踪した。そんな奴をどうやって探せっていうんだよ?」
 僕の絶叫。しかし姉さんは、そんな僕の態度になお強く憤怒する。
「相手が鬼だからってなんだ! お前だって列記とした鬼だろう!」
 姉さんの発言は事実。だけど、だからこそ僕は衝撃を受けた。
 僕本人ですら自分が鬼であるべきか人間であるべきか決めかねているのに、姉さんは僕を鬼だという。
「姉さんは……僕を人間だとは認めてくれないの?」
 姉さんの言葉が胸から抜けない。今まで家族だと信じていた人から鬼扱いされるのは耐え難かった。
「いかにも。お前は鬼だね。人間の皮を被った鬼だ。それはどうしょうもない事実だ」
 姉さんの言葉は、僕の心を抉り取っていく。それぐらいショックだった。
「そっか、姉さんは僕をずっとそんな風に見ていたんだ」
「ああそうだ。でも勘違いするなよ。それでも私はお前のことをちゃんと家族だと思っている。家族であるのに人間だとか鬼だとかなんて関係ないからな」
 姉さんは不敵に笑ってみせる。そして続ける。
「家族であるのに鬼であるか、人間であるかは関係ない。だったらさあ、それは恋愛だって同じだよ。仮に苗木ちゃんの恋した相手が人間でなくっても、お前が臆する理由なんてどこにもないね」
「でも、雅量は妖怪を憎んでいる。だったら、真実を知ったとき雅量は僕を憎むに決まっている」
「その可能性は十分ありうるな。でも、だからなんだよ。今は苗木ちゃんの心は憎しみで溢れているかもしれないけれど、永遠にそうだとは限らない。京真なら――本当の【紅蓮の君】なら、苗木ちゃんに燻る黒い炎をかき消すことができるかもしれない」
「雅量は僕に恋なんかしてもいいのかな?」
「それを決めるのは苗木ちゃん本人だ。本物の【紅蓮の君】がお前みたいなヘタレだって知って幻滅するかもしれない。逆にお前のことを見直すかもしれない。でも、それも苗木ちゃんが無事であってこそだ。だからまず、奪われた苗木ちゃんを探すんだ。甘ったるい恋の話はそれからにしろ」
 姉さんはそういうと、白い歯をむき出しにして不敵に笑って見せた。
「僕は雅量を助けたい。僕は雅量に真実を告げたい」
「ならば走れ、跳べ、夜を翔けろ! それが鬼としてのお前にできること! 種橋京真の真の力! 真の力を発揮せずして、真の自分をさらけ出さずして何が恋か!」
 姉さんは叫んだ。
 姉さんの少し台詞が掛かった言葉に苦笑しながらも、僕は腕に巻いた封印の数珠を解除。
 全身に力が漲る。
 僕は地を蹴り、七条が去っていった方向に跳躍。七条がそうしたように、神社を取り囲む木々の枝から枝へ跳び移っていく。
「行け、京真! 苗木ちゃんを救いだすんだ!」
 背後からは姉さんの力強い声援が聞こえた。
 僕はそれに沈黙を以て答え、夜の闇を翔けていく。
 待っていてくれ雅量。絶対に助けてやる。
 鬼となった僕は、感覚と直感を研ぎ澄ます。
 微かに、ほんの微かだけれど、雅量の気配を彼方から感じる。
 雅量が辿った軌跡が五感を超えた感覚で知覚できた。
 僕は虚空に引かれた糸を手繰るように、夜の街を征く。建物の屋根伝いに飛翔する僕の影を眼下の人々が見上げていた。
 これで僕も都市伝説の仲間入りだ。
 もしかしたら、これが原因で退魔士に追われる身の上になるかもしれない。
 けれど、そんなことは構わない。第一に優先すべきは雅量の無事。そのためだったらどんな対価だって支払ってやる。
 人々の驚嘆を浴びながら、夜の風を切っていく。力の開放に酔いしれるわけではないけれど、普段抑圧しているエネルギーを存分に放出できるのはやはり気持ちがいい。
 夜の闇を従えて、炎の鬼は月に舞う。
 さあ、七条。お楽しみはこれからだ。

   ◆

 雅量の気配を追って、たどり着いたのは工場街。夜中だというのに、工作機械が駆動する音が周囲に響き渡る。
 配管が蔦のように外壁に絡まる工場の群れの間を僕は進む。
 段々と雅量の気配が強く感じられる。
 そしてたどり着いたのは、工場街の外れにある寂れた廃工場。
 元々は工作機械のラインが設置されていたのであろうフロアは、しかし設備が撤去され完全なるがらんどうだった。
 そのフロアの中央に、七条と雅量はいた。
 雅量はコンクリートのフロアに、不躾に横たわらされている。
 そんな雅量を、獲物を前にした蛇のような邪悪な視線で七条は眺めていた。
「いやはや、本当ならじっくりと雅量さんとの逢瀬を楽しみたかったのに、君は空気が読めないね」
 陰険で陰惨な笑みを顔に張り付け、七条は言う。
「あいにくと姉が姉なものでね。あの人をロールモデルにすると遠慮と奥ゆかしさが育たないのさ」
 僕は七条を見据えながら返す。
「なるほど、確かにあの人が姉じゃあねえ」
 今まで付き従ってきた姉さんを、七条は簡単に嘲る。
「随分な言い様だな。だったらどうして姉さんの付き人みたいな真似をしていた?」
「そりゃ勿論、退魔士志望のフリをしていれば、退魔士サイドの情報を手に入れられやすいからさ。情報の有無は悪だくみを成功させる要だからねえ」
「ジョセが探していた【夢喰らい】という妖怪もお前か?」
「いかにも。ボクの鬼としての能力を使って、ちょっと人様に悪さをしたら、案の定人間たちは騒ぎ出した。そして、君の姉さんに正体不明の敵を探すなら、北勢力と南勢力の共同戦線を張らせてみたらどうでしょう、とか進言したら即座に乗ってくれたよ。本当に単純なお姉さんだ。おかげでボクは北勢力と南勢力の中立地帯で、両サイドの情報に触れられる立場にいられたわけ。こうもスムーズに事が進むと笑いが止まらないねえ」
 実際、七条は腹を抱えて笑い出す。
 その様は鬼というよりは、まるで悪魔。
 どっちにせよ妖魔の類には変わりない。
「お前、正体をバラしてからキャラが変わりすぎじゃないか?」
「それはお互い様だろう。君は鬼。そして僕も鬼。ならばこその提案だけど、二人で雅量苗木を利用して、人間どもに鉄槌を下さないか?」
 七条は再度雅量に視線を落としながら提案してくる。
「……言っている意味がわからないな」
 言葉の意味自体は判然としない。しかし、七条の瞳に宿る冷たい光に、僕の背筋に悪寒が走る。
「ボクたち妖怪は、このままいけば人間に駆逐される存在だ。やられる前にやってやれ。実にシンプルな結論だ」
「浅はかだな。いくら鬼が強力な妖怪でも、人間が連携して僕たちを退治しようとしたらいつかは破局を向かえることになる。そんな単純なこともわからないのか?」
 正直、僕は七条がもっと思慮深い奴だと思っていた。これには呆れを越えて幻滅だ。
「浅はかなのは君の方だ。雅量苗木はボクの掌中にある。それはすなわち、黒龍炎を手にしていることに等しい。黒龍炎の力を以ってすれば、いくら退魔士が大勢でかかってこようと些末な問題だ」
 七条の瞳には狂気の光。僕は黒龍炎という怪異を直接見たことはないが、強大な力を秘めているとは聞いている。
「けれど、黒龍炎は雅量の中に封印されている。一体どうやって封印を解除するつもりだ?」
「ふふん、それはボクにとっての奥の手だ。安易に教えるわけにはいかない。それとも君は、ボクと手を組むと約束してくれるのかな?」
「ふざけるな。答えはノーだよ。僕は退魔士・種橋蓮星の息子だ。誰が退魔士皆殺しなんて頭の悪い大志を抱えた輩の味方になるかよ」
「それは残念だ。ならば、この場で死んでもらおう!」
 死の宣告と共に、七条は手を振り上げる。
 僕は咄嗟に両手に炎を発生させ、七条の攻撃に備える。
 しかし、次の瞬間に生じたのは七条の攻撃行動ではなかった。
 それまで横たわっていた雅量がすっくと立ち上がり、僕に向かって水の刃を構えていたのだ。
 そして、水の刃を大きく振りかぶり、僕の頭上から振り下ろす。

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