巫女が恋した月下の紅蓮/第25話

妖怪は抹殺すべし!


 雅量の水の刃が僕を一閃するが、それを裁くこと自体を造作もない。
 鬼になった僕は、身体能力と各種感覚器官が強化されている。
 激流の如き雅量の太刀筋が、今の僕には穏やかに流れる小川のせせらぎ。
 ひらりひらりと剣戟をかわしていく。それこそ流れ作業のように。
 けれど、僕にできることは彼女の攻撃をかわすだけ。彼女への攻撃を加えることが出来なかった。
 鬼としての僕の攻撃力は、人間の雅量には過激に過ぎる。拳を一撃でも浴びせようものなら雅量は文字通り粉砕されるだろう。炎で彼女を猛蹴するのなんてもっての他。一瞬で雅量苗木は灰塵と化す。
 防戦一方の状況で、僕は歯噛みする。
 そもそも、どうして雅量は僕を襲撃してくる?
 鬼だから?
 いや、それだとしたら、まず七条に襲いかかるべきだろう。
 それに気になるのは雅量の目だ。
 瞳孔からは光が消え、まるで焦点が合っていない。人形が剣を振るっているような印象さえ受ける。
 僕は、ようやく一つの結論に至る。
 僕は後方に大きく跳躍し、雅量の間合いから大きく距離を取る。それでも雅量はなお僕に突進してくるが、僕は更に跳躍。
 天上に張り巡らされた配管に手を掛けて、地上の雅量が完全に手を出せないようにしてみせた。
 そして僕は、地上で悠然と構える七条に、
「今の雅量は、お前によって操られている。そうだな?」
 質問を浴びせた。
「いかにも。むしろ気付くのが遅いくらいだがねえ。僕はね、人の無意識を操る力を持っている。意識のある人間にはちょっと厳しいけれど、例えば気を失っている人間ならば力を使って無意識に侵入し、操り人形に変えることができる」
 余程自信があるのか、七条は簡単に口を割った。
「なるほど、いつだったか、神社で緒川たちが術を使って僕らを襲ってきたことがあったが、あれはお前の仕業か!」
「いかにも。もっとも、あれで君たちを殲滅することは叶わなかったけれどね。所詮、操ってもゴミはゴミということかね」
「けれど、あのときお前は、人間の姿だった。どうやって人間の姿のまま緒川たちを操る術を使った?」
「なめないでもらいたいね。僕はこれでも自分の術については研究を重ねている。あの程度の小物なら、鬼の力を全開で使わずとも操ることは可能だ」
「その理屈でいくと、僕も努力次第では人間の姿のまま炎を使えるって話になるな」
「その可能性はあるね。もっとも、僕に協力する気がない以上、君はここで死ぬのだけれどね。やれ、雅量苗木! 君の力を開放するんだ!」
 七条は雅量に向かって手をかざす。
 すると、雅量は水の刃を消散させて、上方にいる僕に向かって水弾を撃ってくる。
 雅量は今までずっと、戦闘で水の刃しか振るっていなかったので油断していた。まさか遠距離攻撃も出来るとは!
 僕は即座に雲梯のように配管を伝って水弾を回避。屋根にへばり付いていても狙い撃ちされるだけと判断して、地上に舞い降りる。
 すると、雅量は再び水の刃を構えて僕に突進。
 僕は雅量と死の舞踏を再開する。
「踊れ、踊れ、踊れ! 精々ボクを楽しませてくれ!」
 変態じみた叫びをあげる七条。
「うるさい、黙れ! お前が雅量を操っているってんなら、話は簡単だ。お前を倒せばそれで話は終わる!」
 言うや否や、僕は火球を生成、射出。熱量の塊は僕の意思に従って、蛇行しながら雅量を回避し、七条へと喰らいつく猛獣と化す。
 ところが、火球は七条の身体を擦り抜ける。
「な……!」
 唖然とする僕に、後ろから死神の一太刀が突きささる。
 腹部に激痛が走る。見ると背後に七条の姿。そして、その手には小太刀が握られており、刃は僕の背中から腹へ貫通していた。
「ここで問題です。どうして僕は赤い髪の人間に変身することができたのでしょうか?」
 蛇を連想させる笑みで七条は問い掛けてくる。
「ま……さか……」
 その可能性に思い至った時には時すでに遅し。
「きっと多分、大正解。ボクの力はね、相手に幻覚を見せることもできるんだ。それにより僕を髪の赤い人間と勘違いさせることができる。自分がいない場所に自分の姿があるかのようにすることもできれば、逆に自分の姿を相手の知覚から隠すこともできる。さらに、こんなこともできる」
 七条は気障ったらしく指をパチンと鳴らす。
 すると虚空にがしゃどくろが顕現。
「もちろん、これは幻であって害はないけれど、相手を翻弄するには十分だ」
「つまり、あのとき雅量が必死に切りつけようとしていたがしゃどくろは幻で、更にお前はその幻を【紅蓮の君】のフリをして焼いてみせた。とんだヤラセだな」
「名演出、あるいは名演技といってほしいね」
「黙れ、大根役者」
 激痛に堪えながら僕は吐き捨てる。
「言葉とは裏腹に、顔色が青いけど大丈夫かな?」
 僕を刺した張本人は、いけしゃあしゃあと訊いてくる。
 大丈夫とは言い難い状況だった。出血が止まらない。いくら鬼と言えども、大量の血を失って生命活動は維持できないだろう。
 とりあえず、止血しないと。
 本当は治癒術が使えれば最高だったが、そんな贅沢は言っていられない。
 僕は右手に炎を宿し、それを傷口に押し当てる。
「ぐあああああッッ!」
 自分でやっておいて、自分で絶叫をあげる。
 軽く意識が飛びかけたが、これで気絶したら全ては水の泡。
 僕は傷口を焼いて、強引に傷口を塞いでみせた。
「ハハハ、面白い。君、割とドMなんだね」
「今度、お前にもやってやろうか?」
 息を切らしながら、僕は七条を睨みつける。
「遠慮しておくよ。ボクは他者を傷つけるのは大好きだけど、逆は大嫌いなんだ。さて、僕に操られていたとしても、そろそろお疲れの頃だろう。意識回復のおまけもつけて開放してあげよう」
 七条は再び指を鳴らす。
 すると雅量の瞳に光が再び点る。
「え?」
 状況が分からない雅量は、大慌てで首を振り周囲を確認。
 そして、僕と目があった。
「どうして……鬼が……。でも、その赤い髪は……。いや、そもそも……どうして種橋君が赤い髪で、角が生えていて……ど、どういうことなの?」
 恐慌状態の雅量。
「雅量、落ち着いて話を聞いてくれ! これは……!」
 僕は雅量に声を掛けるが、雅量の手には水の刃。今度は七条に操られているわけではなく、彼女の意思で妖怪への憎悪の象徴が握られていた。
「妖怪は抹殺すべし!」
 水の刃を高々と振りあげる雅量は、戦乙女の勇壮さ。限界まで振りあげられた水の刃が僕の頭に落下してくる。
 僕は横に跳躍し、振り下ろされた刃を回避する。刃が直撃した地面には一直線に溝が生成されていた。
 雅量は本気で僕を殺しにきていた。彼女の瞳には真冬の氷雪よりなお峻厳な殺意が宿っていた。
 雅量は再度剣を構え、横に逃げた僕のへと身体を向け換える。
「やっぱり種橋君が【紅蓮の君】だった――。これはつまりそういうことよね?」
 感情の奔流を喉元で堪えているような声。刃を握る手は激情から微かに震えていた。
 言い訳してもしかたないと観念した僕は真相を告げることにした。そもそも、真相を告げるために僕はここに来たのだ。詐称などという選択肢は毛頭ない。
「その通りだ。雅量を木の化物から助けた【紅蓮の君】とは僕のことだ。そして、見ての通り、君の想い人は鬼という妖怪。これが全ての真相だよ」
 覚悟はしていたが、真実を告げるのには胸の痛みに耐えねばならない。
 真実が虚実よりも美しいと最初に言い出したのは、一体どこの馬鹿だろう。
 真実は虚実よりも醜く歪んでいる。だから、人は真実を虚実で隠すのだ。
 相手が傷つかないように。そして、他ならぬ自分が傷つかないように。
「私はとんだ道化だったってわけね。退魔士でありながら、妖怪に恋をして、そんな奴を探しまわって。アナタにとってはさぞ滑稽だったでしょうね!」
 堰きとめられた雅量の感情は決壊する。
 雄々しい表情で僕を睨みつけながらも瞳からは涙。呼吸も荒く、肩が上下に震えていた。
「許さない。私はアナタを決して許さない!」
 僕は死を覚悟した。
 仮に雅量が斬り掛かって来ても、それをかわすのは造作もないこと。けれど、彼女は力尽きるまで僕に挑みかかるだろう。
 ならば、僕は彼女を騙した対価として、彼女に殺されるべきではないだろうか。
 それが僕にできる、きっと唯一の償い。
「死になさい!」
 雅量の刃は、再び高々と、高々と。
 隙だらけの構えだったけど、僕は雅量に攻撃する気も、刃を避ける気も湧いてこない。
 受け入れよう。
 彼女の憎悪を。
 自分の死を。
 だけど、断罪の刃が振り下ろされようとしたまさに直前、事態は一転する。
「ぐ、あぁぁぁッッ……!」
 雅量の手から刃が消失。雅量は自らの頭を抱えて転げ回る。
 唐突に苦しみだした雅量を、僕は開放する。
 鬼である僕に触れられているというのに、雅量は僕を振り払おうともしない。
 ただただ、もがき苦しんでいた。
 目は限界まで見開かれ、下が口から突き出している。
「しっかりしろ、雅量! 何があったんだ!?」
 僕は雅量を揺さぶるが、反応は無し。
 雅量自身はただ煩悶するだけだったが、彼女の身体には異変が起きていた。
 雅量の全身から、黒い靄が零れ出していた。
「これは……?」
 靄に動揺しながらも、僕は雅量を離しはしない。
「来た! ついに来た! ボクはこれを待ち望んでいたのだよ!」
 一方で七条は高らかに声をあげた。
「七条、この靄は一体何だ?」
「それは見てのお楽しみですよ。さあ、見るがいい。ボクが求めた最高にして最強の力を!」
 七条が叫ぶ。それと同時に靄だったものは、徐々に一つの形に収束していく。
 それは巨大な龍だった。全長にして二十メートルほど。あまりに巨大すぎる龍は廃工場のフロアには収まりきれず、屋根をぶち抜いて夜空の下に顕現。
 しかも、その龍は身体に炎を纏っていた。冥府の業火を連想させる漆黒の炎だった。
「まさか、こいつは……!」
 黒い炎を纏った龍。僕がいかに凡愚な輩でも、そんなわかりやすい特徴を突きつけられたら、目の前の化物の正体に気付かずにはいられない。
「いかにも! これこそが雅量苗木に封印されていた黒龍炎! 人の憎悪が形を為した最悪の妖怪さ!」
 獰猛な笑みを浮かべて、七条は黒龍炎を見上げていた。
 どうやら僕はまんまと七条の策に絡め取られたらしい。
 七条が雅量を操って、僕を攻撃させたのは雅量の力を削ぎ落とすため。雅量は自分の力の大部分を使って黒龍炎を封印していた。ならば、過度に力を使えば封印は必然弱くなる。そこに【紅蓮の君】が実は鬼だったという事実を突きつけて僕への憎悪を募らせる。黒龍炎は人の憎悪といった負の感情からなる妖怪だ。雅量の封印を破り捨て、現に蘇っても不思議ではない。
「憎イ。憎イ。スベテガ憎イ……」
 黒龍炎から冥界の暗さの声が零れ出す。
「もっとだ、もっと世界を憎め! それがお前の存在理由だ! そして、それはボクの存在理由でもある!」
 七条は黒龍炎に向かって手をかざす。すると黒龍炎はその巨体をくねらせる。
「グオオォォォッッッ!」
 黒龍炎の絶叫が夜を震撼させる。
「ハハハ、いいぞ。最高だ! まもなく貴様はボクのものになる!」
 七条は恍惚としながら黒龍炎を見上げる。
 七条の言葉に、ようやく彼の真の目的を悟る。
 七条の計画は黒龍炎を召喚することがゴールではなかったのだ。彼は無意識を操る能力を持っている。ならば、黒龍炎という人の負の感情の総体も操れるのではないだろうか。
 僕の予測はおそらく的を得ているらしく、黒龍炎の巨躯は七条がかざした掌から吸収されていく。
 即座に中止させようとするが、渦巻く力に押し返されて七条に近づくことさえ叶わない。
 そして、虚空から巨大な龍の姿は消失。
 けれど災厄は去っていない。地上には黒い炎を纏った七条の姿。
「おお、これが黒龍炎の力。いいぞ。最高の怒りと憎しみだ」
 狂気を瞳に宿らせて、舌舐めずりする七条という名の化物。
 七条は僕を見て、軽薄な笑みを浮かべる。
 圧倒的な力の差を感じ、鬼であるはずの僕でさえ身をこわばらせる。
 七条は童の無邪気さで僕に宣告する。
「よし、まずは試しに種橋、君から殺してみることにしよう」
 そして、一方的な虐殺は始まった。

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