巫女が恋した月下の紅蓮/第27話

水と火


 鬼と退魔士の共同戦線が始まる。同時にそれは火と水を司る者同士の共闘でもある。
 立場も属性も正反対。普通ならきっと相克しあうしかないであろう関係。だけど、僕たちは互いを生かすために力を振るう。
 七条の炎が、まるで木の枝のように分かれ、四方八方から僕らに殺到。しかし、雅量が即座に半球状の水の壁を紡ぎあげ、全方位を完全防御。
 七条の炎を防ぎきると、雅量は水の壁を解除。今度は僕から両手に炎を宿し、七条に突撃する。
「燃え尽きろ」
 僕の両手に宿った炎は紅蓮の蛇となり、七条を捕えんとする。
「遅いよ」
 僕の攻撃を鼻で笑う七条。七条の速度はやはり僕を遥かに凌いでいた。僕の炎や対術では七条を捕えきれない。
 しかし、僕の後方には雅量が控えている。
 雅量も水の刃を携えて、七条に勇猛果敢に挑んでいく。
 清冷たる剣戟が僕の炎の赤を反射し、光の帯となって闇に煌めく。
 それでも七条の動きを捕えきれない。
 揺らめく炎の動きと、鋭利な刃の軌道を以ってしても、七条は攻撃を受けることを赦さない。
 刹那の速度で、僕らから間合いを取って見せる七条。彼は余裕な態度で語り始める。
「君たち一人一人は確かに強い。けれど、それはあくまで普通の妖怪を比較しての話に過ぎない。一対一では君たちは僕に勝てない。しかし――」
 七条は指をパチンと鳴らす。またしても黒い炎が四方八方から押し寄せてくる。再び雅量が半球状の水の壁をつくって防御。
 僕らの様子を嫌みな笑みで眺めながら、七条は続ける。
「――しかしだ。君たちが力を合わせるなんていうことはできるだろうか? 答えは否だ。なぜなら君たちはどうしょうもなくお互いの長所を殺し合う。妖怪では退魔士の力を生かせない。退魔士は妖怪を殺すために存在する。例えば今がまさにそうだ。僕の攻撃を雅量が水で防いだら、その間は種橋は炎で攻撃することはできない。この状況は決して一対二の戦いではなく、一対一が二つあるだけ。ならば、僕は個別で君たちをなぶり殺しにしていけばいいだけの話だ」
 言いながら七条は炎の出力を上げていく。
 腹の立つことに、彼は全然本気ではないようだ。
 水の壁が軋むような音を立て始める。七条の攻撃の出力に、強度が追いつかない。
 そして、決壊。剥き出しになった僕らに、黒い炎は容赦なく襲いかかる。
「畜生が!」
 どうすることもできなくなった僕は、無我夢中で雅量に抱きつき押し倒す。この身を以って雅量を猛火から守護する。
 炎は全て僕の背中に着弾。
 激痛が走る。
「種橋君!」
 雅量が叫ぶ。同時に、僕の背中に急激に冷やされる。それに伴い僕と雅量はずぶぬれになる。
 七条の炎を消化するために、雅量が水を召喚したのだ。
 炎に焼かれる激痛は去ったが、今度は全身がしびれるような感覚に襲われる。
「ハハハ、これは面白い。退魔士が召喚する水を鬼が全身に浴びるか! ねえ種橋、気分はどうだい?」
 七条の哄笑が響き渡るが、僕には事情が呑み込めない。
 痺れる身体に鞭打って、僕は立ち上がる。
「どういう意味だ?」
「だーかーらーさあ、退魔士で水使いっていうのは、得てして魔を払うための水を扱うものなんだよ。そんな雅量の水を頭から浴びたら、邪悪な存在ほどダメージを受ける。要するに悪魔に聖水をぶっかけているようなもの。そうだろう、雅量?」
 七条の言葉を受けて止め、雅量は、
「ええそうよ。けれど、アナタの炎に種橋君を殺されるくらいなら、一か八か私の水で消し止めた方が遥かにマシよ。私の水は邪悪なものほどダメージを受ける。逆を言えば、邪悪でないものにとってはただの水に等しい」
「雅量の読み通り、種橋はダメージが少なそうだねえ。人間の中で生きてきて、鬼としての力が減耗しているんじゃないのかな?」
「【紅蓮の君】を馬鹿にしないでちょうだい。彼はこんなことで死ぬような人ではないわ」
 雅量は僕に全幅の信頼を寄せて消火活動に踏み切ってくれたようだ。
 いやまあ、雅量の言葉とは裏腹に全身が麻痺寸前なんだけどね。
 それよりも、七条の炎に焼かれてみて、一つわかったことがある。
「なあ七条、お前の炎は、本当に炎なのか? 背中を焼かれてみてわかったが、苦痛はあれど熱というものが全く伝わってこなかった」
 僕の指摘に七条は一瞬目を丸くするが、すぐにまた人を馬鹿にしたような目つきに戻る。
「確かに黒龍炎の炎は、炎でもあり、炎でもない存在だ。僕は知っての通り、人の無意識、もっといえば心を操る術を得意とする。ならば、黒龍炎の炎としての性質より、憎悪の塊という性質をより引き出すように術を行使している。もっとも、どちらにせよ雅量の力には分が悪い。炎として扱えば水には敵わないし、憎悪として扱えば邪悪な存在として清められてしまう」
 七条はぺらぺらと自分の手の内を明かしていく。それは単なる油断か、強者の余裕か。
 どちらにせよ、僕が先ほどから抱いていた『疑問』は、七条の種明かしで氷解した。
 僕は頭の中で、一つの計略が現実的に可能か検討し始める。
「雅量、一応訊いておきたいんだけど、例えばお前の水を雨みたいにここら建物一帯に降らせることは可能か?」
 悪だくみと同時並行で雅量への質問。
「いいえ、そんな芸当は私にはできないわ。やれたらとうの昔にやっている」
 雅量は悔しそうに俯きながら答える。
「それはこっちとしては好都合だ。塊としての水ならボクはいくらでも回避できる」
 歪んだ笑顔で七条は言う。
 僕は深刻そうな顔をしてみせた。ただしそれは、あくまで七条の油断を誘うためだ。
 さあ、局面を大逆転させてやろう。
「雅量、僕は必殺の炎で七条を仕留める。炎を生成している間、僕を守れるか?」
 僕の指示に雅量は、
「了解。その代わり必ず仕留めなさいよ」
 快諾。僕は掌を七条の方へ向けて特大の火球を生成しはじめる。
「させるか!」
 七条は黒の炎を枝分かれさせて、僕に襲いかかる。しかし、その攻撃程度が雅量の水の半球で防げることは既に実証済み。
 水の壁に守られながら、僕の火球は巨大化していく。
 直径が一メートルを越えたところで、僕は雅量に再び指示を出す。
「もういい雅量、防御を解いてくれ」
 周囲では黒の炎が僕を食い殺そうと虎視眈々と待ちかまえていた。
「アナタ死ぬ気なの? ふざけないでちょうだい」
 雅量は悲鳴にも似た声を上げるが、僕は本気だ。
「僕に考えがある。今は僕を信じてくれ!」
 雅量の水の壁は七条の攻撃に関しては絶対防御と言ってもいいだろう。しかし、壁の内部で守られていては、僕は炎を行使できない。
 ならば骨を切らせて肉を断つの精神にのっとり、僕は覚悟を決める。
「好きにしなさい!」
 雅量は悲痛な叫びで水の壁を消散させる。
 七条の炎が僕に襲いかかるが、それよりも一瞬だけ早く僕は火球を七条に向けて飛ばす。
 憎悪の炎が僕の身体にまとわりつくが、僕は地に膝をつけるなんて愚行は犯さない。
 僕の作戦は、これからが本番だ。
 僕の生成した火球は、鈍重な動きで七条に迫っていく。
 優雅とは程遠い、一般人ですら避けられそうな速度。
「これが、君の必殺の攻撃? おいおい、冗談はやめてくれよ! 確かにデカくて喰らったら一たまりもなさそうだ。あくまで喰らったらだけどね」
 案の定、七条は普通の歩行速度で火球を回避。
 しかし、それは僕からすれば強者の余裕ではなく、愚者の油断だ。
 黒の炎に飲みこまれながら、それでも僕はこの勝負を終わらせるために雅量に叫ぶ。
「今だ雅量。僕の炎を、お前の全力の水で撃ち抜け!」
 ここで雅量が素直に従ってくれるかははっきり言って賭けだった。
 けれど、雅量は戸惑いなど見せやしない。
 それどころか、僕の指示に合点がいったように、意地悪く笑ってみせた。
 雅量は即座に大量の水を生成すると、特大の炎へ向かって放つ。
 僕は雅量を守るために、彼女の元へ駆けよる。
 憎悪の炎に包まれた体では雅量に触れることはできないが、近距離で彼女に対する壁になることは可能だ。
 僕は七条と自分の放った炎に背を向けて、雅量を守ろうと彼女と、そしてこれから起きる災厄の間に割って入る。
 僕の背後では怒号が鳴り響く。
 さながら龍の咆哮のような轟音が、僕らの耳を震わせる。
 轟音に紛れて、背後から七条の悲鳴も聞こえた。同時に僕の背に圧力と気化した清めの水が襲いかかるが、知ったことか!
 僕はただ、自分が引き起こした、ある意味で自爆覚悟の攻撃から雅量を守ることだけを考えていた。
 一瞬のうちに狂乱は爆ぜ、一瞬にして収束。
 僕にまとわりついていた憎悪の炎は、清めの水によって綺麗さっぱり洗い流されていた。
 僕は背後を振り返り、状況を確認。
 そこには気化した清めの水と全身を焼かれ、挙句超高圧力に吹き飛ばされた七条が壁に張り付いていた。
「よし!」
 僕は自分の作戦の成功を確認して、声を上げた。
「一体……何が起きたんだ……?」
 半ば消え入りそうな声だったが、鬼である僕には七条の声が聞き取れた。
 引導を渡す意味を兼ねて、僕は七条に説明してやる。
「僕の特大の炎に、雅量が大量の水をかけて、一気に気化させた。要するに水蒸気爆発を引き起こしたんだよ」
 七条は呆然としていたが、僕は更に説明を加える。
「液体としての水は通常、摂氏百度で水蒸気に状態変化する。水の状態から水蒸気に気化した場合、体積はおよそ千百倍に膨れ上がる。そのような状態変化が急激に生じた場合、水は周りの大気を押しのけて文字通り爆発的に膨張する。その時の圧力と気化した清めの水からは、いくらお前が超高速で移動出来ても逃れようがない」
 しかも七条の場合、なまじ邪悪としての力が強い分、気化した清めの水から受けるダメージは僕が受けるものとは比較にならない。
 事実として、清めの制裁を受けた七条は放心状態で行動不能。負の力を使っての強化が裏目に出る形となったわけだ。
「雅量、いきなりとんでもない作戦に巻き込んですまなかった。怪我はないか?」
 激怒されることは覚悟の上で、雅量に謝罪。
「まったくよ。アナタの作戦に気付いたときは、正気を疑ったわ」
 起こると言うよりは呆れたという様子で、雅量は溜息を一つ。
「やっぱり気付いてたんだ。でも、だったらどうして僕の考えに乗って炎を撃ち抜いてくれた? 下手をしたら雅量だってただじゃすまなかったのに」
「だって、他に七条を倒せそうな手が考えられなかったんですもの。退魔士になったときから、戦場での死は覚悟しているわ。でも……それでも私は信じていたわ。アナタが私をどんな災厄からでも護ってくれることを」
 花がほころぶような雅量の表情。まったく、僕は彼女には叶いそうにない。

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