ムシクイ/第3話

~暴君登場~


 紗坂銀華という生徒の噂話は、学校における情報弱者である俺にも届いている。
 いわく、眉目秀麗。世の男どもを蕩けさせるほどに均整のとれた顔立ちと、プロポーションをお持ちらしい。
 更にいわく、成績優秀。学年一の成績を誇り、全国模試でも優秀な結果を残しているとか。
 そしていわく、一騎当千。自分にはむかう男子は、ちぎっては投げちぎっては投げの鉄血制裁を加える暴君と伝え聞く。
 最初の二つはいいとして、最後のは女性に対する褒め言葉とは思えない。
 噂だけで紗坂銀華の人間像を描いてみると、鋼鉄武装の戦女神を連想してしまう。
 ああそうだ。もう一つだけ、紗坂銀華を表す漢字四文字があるのを失念していた。
 ――同性愛者。
 紗坂銀華は男には決して靡かない。彼女が愛するのは決まって女子だけなんだとか。彼女自身もそのことについて全く隠匿するつもりはなく、むしろ自分の嗜好についてオープンらしい。
 それどころか、うちの学校には銀華ハーレムなる一団が存在するとか。
 俺自身はそんな百合の園は一度もお目にしたことはない。しかし、俺は学校でも不活発な人間である。学校でのほとんどを教室で寝て過ごしているため、単に俺が見過ごしているだけなのだろう。
 噂だけ聞くには、紗坂銀華は下手な男よりも、よほど男前とお見受けする。そんなお相手に告白されるとは、我が悪友も中々やりおる。
「香奈は、紗坂銀華の告白を受けたのか?」
 俺は軽く質問する。女が女に告白という段階で、拒絶反応を示す輩もいるだろうが、俺は別に気にしない。そもそも、自分自身が多重人格という常識の埒外の存在なのだ。たかが百合ごときを騒ぎ立てる資格などあろうはずもない。
「そんなの、断るに決まってるじゃない! 私は女よ? 何が悲しくて女子生徒の告白を承諾しなきゃならないのよ」
 どうやら、俺よりも香奈の方が女×女の恋愛に偏見をお持ちのようだ。しかし、香奈は中々の美少女だ。美少女同士の百合というのは華があって、それはそれで見て見たいような……。ゲフンゲフン。
 香奈は真剣に悩んでいるようなので、悪ふざけはやめておこう。というか、そんなことを香奈に言おうものなら、俺を中心に血の雨が降りかねん。
「ふむ、となると香奈は至ってノーマルである、と?」
「わざわざ確認しないでちょうだい。切なくなってくるわ」
 電話越しに香奈のため息が聞こえてくる。
 恋愛の形は自由というなら、特定のあり方を否定するのも自由というわけかね。
「告白を断ったとして、相手は諦めてくれたのか?」
 この辺は結構重要と思われるので確認を取っておく。相手がすんなり引き下がってくれたなら良し。そうでなければ、話がこじれかねんからな。
「それがね……ごめんなさい……」
 それまでの威勢の良さはどこへやら。香奈の声は急にボリュームダウン。
 その前に、どうして今までの文脈から謝罪の言葉が出てくるのだろう?
 嫌な予感が脳内に明滅し、俺は自然と苦笑いを浮かべていた。
「香奈、怒らないから事情説明を頼む」
 努めて冷静に問いを重ねる。
「えっとね、告白は断ったんだけど、相手がどうしてもしつこくて、中々諦めてくれなかったの」
「ほほう、情熱的な人なんだな」
「茶化さないで。――それでね、仕方ないから私には彼氏がいるってことにして、何とか紗坂さんを諦めさせたの」
「なるほど。それなら諦めざるを得ないわな。……ところで、お前、彼氏なんていたの?」
 長い付き合いだが、香奈に彼氏がいるなんて浮いた話は聞いた覚えがない。いるならいるで、紹介してくれれば祝福してやったのに。
 いや、いくら香奈でも傍からは情緒不安定な人間とされている『中原陽向』には紹介などしたくないか。
 ちょっとした寂しさを抱かざるを得ない。
 ところが、香奈は言ってきた。
「私に彼氏なんていないわ。あくまで告白を断るための方便よ」
 つまりは嘘か。そこまでして百合展開を回避したかったのか。
「それで相手は諦めてくれたのか?」
「微妙なところね。彼氏がいるって言ったら、逆に食いついてきた。それは一体どんな奴だとか訊かれたわ」
「えらくお前にご執心だな。存在しない彼氏の特徴を並べ立てるのは、お前としてもさぞ苦労しただろう?」
 俺は紗坂銀華を相手に、しどろもどろながらに嘘を重ねる香奈を想像して、逆に微笑ましい気分になった。
 いやはや、どんな理由であれ嘘は割に合いませんね。俺も散々、自分の病気に関してはぐらかして生きてきたのでよくわかります。
 しみじみと香奈の青春の傍観者を気取る俺。しかし、香奈からの爆雷は突然に。
「その件でアンタに謝らなきゃいけないことがあってね。いもしない彼氏がどんな人なのか話すのは無理だから、とりあえずアンタが彼氏ってことにしておいた」
 おずおずと、恥じらいをもって告げてくる。しかし、全然、まったく、一ミリグラムも可愛らしくない。
「ちょ、おま……!」
「だからね、停学から復帰したら、紗坂さんがアンタのところに乗り込んでくるかもしれないの。そのときは、誤魔化すのをよろしくね」
 京風の出汁よりもあっさりと、香奈は無茶振りを仕掛けてくる。
 この時の俺が、全力で白目を剥いていたのは、あえて鏡で確認するまでもないことだった。

   ◆

 俺が復学できたのは、香奈と電話して三日後の月曜日。
 日曜日が過ぎ去り、ただでさえ月曜日の朝は憂鬱だ。平時でさえテンションが上がらないのに、今日の俺は輪にかけて低調だ。
 何が悲しゅうて、他人の色恋沙汰に巻き込まれなければならないのかを天に問いたい。
 俺は慎ましく、日陰を生きてきた身の上だ。気取らず、目立たず、出る杭にならずをモットーに学校生活を送ってきたつもりだ。
 ……いや、しいて言うなら俺ではなく陽向の方が、人様に迷惑かけまくりだけど。
 すべて陽向が悪いことにして、俺は遥か北の国へ一人旅立ちたい。まあ、俺と陽向は運命共同体だから、俺がどこに行こうと彼はついて回るんだけれど。
 俺は学校玄関でため息を一つ。教室に到着して、ため息をもう一つ。そして、自分の席についてトドメのため息を一つ。
 ため息をつくと幸せが逃げてしまうなんて誰かがほざいていたが知ったことか。香奈のトラブルに巻き込まれた段階で、俺はバッドエンドのフラグを踏んでしまっている。
 人生にセーブポイントがあるとしたら、俺はどこら辺からやり直せばいいのだろう。いっそ、前世からやり直してみたい。前世で然るべき徳を積めば、今世でこんなに苦労することもなかっただろう。
 益体のない思索は、俺がすでに現実逃避を開始している証拠だった。
 それぐらい、紗坂銀華とは遭遇したくない。
 噂でしか聞いたことがない人間ではある。しかし、噂でしか知らない分、紗坂銀華への恐怖は実際に知っている人間よりも巨大なものに膨らんでいる。情報が不足しているというのは、それだけで人間にとっては恐怖なのだ。
 俺は自分の席で、紗坂銀華と遭遇せずに済むのを祈るしかできない。日本には八百万も神様がいるのだから、一柱ぐらいは俺を助けてくれるはずだ。そうでなければ神は死んだとしか言わざるを得ない。
 ところがだ。運命という奴は残酷に俺に絡みついて離れない。
「この中に二条香奈の彼氏である中原陽向はいるか!」
 教室の扉が乱暴に開け放たれた。
 そこにいたのは銀髪の少女。長身でモデルみたいなプロポーションに、凛とした涼しい眼光。耳や首元は銀のアクセサリーで飾られていた。ありていに言って美少女だが可愛いというより、格好良いと形容した方がしっくりくる成りだ。
 俺は紗坂銀華の詳細な容姿を知らないが、きっとこの闖入者がご本人なのだろう。
 紗坂銀華(暫定)の言葉を受け取り、クラスにいた連中は皆が皆、無言で俺に視線を投げつける。
 それを察し、銀の美少女は俺の方へと歩み寄る。
 ゲームオーバー。
 神は死んだ。きっとチェーンソーでバラバラにされたに違いない。
「お前が中原陽向か?」
 腕を組みながら、冷たい視線を俺に浴びせる少女。
「そうだけど……おたくが紗坂銀華さん?」
 厳密には俺は陽向の交代人格にすぎないが、話が面倒なので首肯。そのついでに一応、相手の姓名を確認。
「いかにも。私が紗坂銀華だ。お前とは初対面のはずなのに、まさか名前が知れているとはな」
 刃のように鋭い視線はそのままに、感慨深そうに紗坂銀華は頷く。
「一応、噂では聞いているよ。有名人だと大変だな」
 話では俺と紗坂は同学年。怖いけれどタメ口で対話を試みる。ここで下手に出てなめられては後々面倒臭そうだ。
「まあ、見た目からしてこんなカンジだからな。良い意味でも悪い意味でも名前は轟くさ。もっとも、男に私の名前が知られていようと、一かけらも嬉しくない。むしろ忌々しいだけだ」
 いきなりの男蔑視、ごちそうさまです。一部の嗜好をお持ちの紳士にとってはご褒美なんだろうね、この手の罵倒って。
「んで、俺が二条香奈の彼氏だと仮定して、おたくは俺に何の用だ?」
 香奈の彼氏のフリをするメリットが見当たらないが、悪友の頼みを断るのも気が引ける。俺はあえて自分が香奈の彼氏であるという設定の元に話を進めることにした。
「そんなことは敢えて言う必要あるまい。今すぐ二条香奈と別れろ。そして彼女は私が貰い受ける」
 紗坂は出し抜けに言ってきた。交渉とか、駆け引きなんて念頭にすらないようだ。
 欲しいものは力づくで強奪する。そんな、異常なまでに捩じれた意志が感じ取れた。
「もしおたくの願い出を断ったら?」
 内心でうんざりしながら、俺は訊いておく。
「お前がOKを出すまで、体育館裏でたっぷりと話し合いだ」
 肉食獣の笑顔を浮かべながら、紗坂は拳をゴキゴキと鳴らしていた。
 鉄血制裁も辞さないってか。
 俺の喉元に、嫌悪の奔流がせり上がる。
 暴力ですべてが解決すると思っている輩は、俺が最も忌み嫌う人種だ。
「いいぜ。おたくとはじっくりと話し合いをする必要がありそうだ」
 俺と紗坂の視線が、剣呑に交錯する。
 こうして俺は、自分とは全く無関係な争いごとに両足をつっこむ運びとあいなった。

次→

←前

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする