ムシクイ/第5話

~作戦会議~


 紗坂ハーレムという存在を、俺は噂でしか知らなかった。
 ハーレム――なんとも甘美な響きであるが、同時に非現実的な響きでもある。
 ここは三次元の世界であって、二次元ではない。だけどハーレムはあるよ、ここにあるよ。
 具体的には、俺の目の前でハーレムは展開していた。
 昼休み、俺は紗坂と学食で待ち合わせをしていた。俺は購買部で総菜パンを買って、学食に向かったわけだが、そこには百合色の楽園が展開していた。
 紗坂を中心に、見目麗しゅう女子生徒が集い、優雅に紗坂と語らいあっていた。いや、語らいあうだけではなく、紗坂は周りの女子の唇をなぞったり、胸を触ってみたりとやりたい放題だ。
 お触り禁止という言葉を紗坂は知らんらしい。
 周りで見ていた男子生徒の中には、『リア充、爆破しろ』と呪詛を紡ぐ者もいた。きっと、彼らは心の中で血の涙を流しているに違いない。
 紗坂と会食する約束をしている身であっても、ハーレム内の紗坂に声をかけるは憚られる。ガールズトークの中に行くことすらままならない俺にはレベルが高すぎる。難易度がハードを越えて、ルナティックに達している。
 どうしたものかと二の足を踏んでいると、やがて紗坂の方から俺に気付く。
「やっと来たか」
 俺と紗坂の目が合うと、紗坂から立ち上がり俺の方へと歩み寄る。
 ハーレムの支配者から俺の方へ出向くなど、まるでVIP待遇だ。けれど、実際の俺はそんな高級な存在ではない。どちらかといえば、これから紗坂のためにこき使われる働き蟻だ。
 ハーレムの主が、唐突な訪問者を出迎えたことは、紗坂ハーレムメンバーに衝撃を与えたらしい。
 皆が皆、俺を怪訝そうに見つめている。
 いや、ハーレムメンバーだけでなく、食堂にいた生徒全員が俺に好奇の視線を注いでいる。
 紗坂は見た目や言動から注目を集めやすく、そんな奴と接触する人間も必然的に注目の対象になるのだ。
 他者から注目されるのが苦手な俺は、重圧を感じざるを得ない。
「購買部が混んでたんだよ。んで、例の話はここでするか?」
 俺は敢えてはぐらかした言い回しを選ぶ。まさか、ハーレムメンバーがいるなかで、特定の女をどう口説き落とすかなんて言えやしない。俺までとばっちりを受けかねないからだ。
「いいや、お前にはちょっと屋上まで御足労願おうか」
 紗坂は制服ブレザーのポケットから、鍵束を取り出す。
「うちの学校、屋上に入れたっけか?」
 噂では去年自殺未遂をやらかした生徒が出てから屋上は閉鎖されていると聞いている。
 まあ、実はその自殺未遂者とは中原陽向だったりするのだが、それはご愛嬌。
「原則封鎖だが、私は鍵を持っている。鍵を持っているということは入ってもOKということに他ならない。では、行こう。昼休みは存外短い」
 そういって、紗坂は俺の手を強引に引っ張る。
 去り際に紗坂は、
「というわけだ、子猫ちゃんたち。この埋め合わせは放課後にでも」
 ハーレムメンバーに爽やかに手を振る。
 ハーレムメンバーは、恨めしそうな視線を俺に向けていた。むむう、下手したら俺は今晩、金縛りに遭うかもしれんな。
 そして、俺たちは屋上へ。
 俺たちが屋上へ入ると、紗坂は早急に錠を掛けた。
 完全なるオフレコにするつもりらしい。
「さて、これで私たちの一大プロジェクトを盗み聞きできる人間はいなくなったな」
 大仰に言うが、その内情は一人の女子を口説き落とすだけの俗っぽい話だ。
「というか良いのか? あんなにお前を慕う子たちがいるのに、その上で香奈と懇ろになりたいなんて」
「問題はないよ。私は美しいものならいくらだって愛してみせる。ハーレムの子たちへも、二条香奈へも惜しみない愛を注ぐつもりだよ」
 世間ではそれを浮気という。けれど、紗坂のように臆面もなく言われると、そこに正当性があるかのように錯覚してしまうのでタチが悪い。
「んで、お前はどんな方法で香奈を掌中に収めるつもりだ?」
 俺は地面にしゃがみ、総菜パンの包みを開封。パンを頬張りながら、紗坂のプランを聴くことにした。
「そうだな、無難にそちらで週末デートをセッティングしてもらいたいな。それさえできれば、後はどうにかなるだろう」
「随分と大味な計画だな。もうちょっと綿密な計画の青写真があるもんだと思ってた」
 俺はパンを咀嚼するついでに、紗坂への感想を述べておく。
「食べながら喋るのは、レディに対するマナーとしてはいただけない。お前、絶対モテないだろう」
 俺の作法に呆れ気味の紗坂。
「いいじゃねえか、食いながら喋れば時間短縮だ。というか、ここはマナー教室ではないだろう」
 食事についてとやかく言われるのは、我慢ならない。お腹が満たされればそれでいいじゃないか。何故みんな、そこに様式美を求めたがる?
「ならば、今日に関してはあえてお前の食い方には文句は言うまい。それで、デートコースの話に戻すが、二条の好みを具体的に教えてほしいな。趣味とか、好きなアーティストとか、好みの映画のジャンルとか、あとは好きな同性のタイプとかを」
 ……好きな同性のタイプって。まるで好きな異性のタイプみたいに訊かれても困るんだが。
 俺は一応、俺の知る範囲での香奈の好みに関する情報をリークしておく。
 趣味は音楽で確かギターを一本持っているとか言っていた。
 好きなアーティストは、メジャーなところでは某『虹』と『灰色』だ。邦楽ロックが好みのようだ。
 好みの映画のジャンルはラブロマンス。逆にホラーは大の苦手とか言っていた。
 好みの同性のタイプは知らん。そもそも香奈が百合趣味を持っているなんて話は寡聞にして知らない。
 そんな感じの旨を伝えていくと、律儀に紗坂はメモ帳に写し取っていく。
「ギターは私も趣味とするところだ。それをきっかけにしていけば会話は盛り上がるだろうな。最初はあくまで、友達同士の距離感を作っていき警戒を解いていく。しかる後に、より親密に。いける! 後はいかにして二条を私とのデートに駆り出すかだ」
 完全に勝利の余韻に浸っている紗坂。凡夫がそんなことを言えば失敗フラグにしか見えないが、紗坂が言うと妙に決まっていて、実現してしまいそうだから不思議だ。
 紗坂の瞳に宿るのは鋼鉄の意志。自らが欲さんとするものは、なんとしてでも手に入れようとする怖いまでに真っ直ぐな強欲さ。
 紗坂の獰猛さを、いわゆる肉食系女子という言葉で片付けるのは簡単だ。けれど俺には彼女がそれ以上の何かを内に抱えているように思えてならなかった。
「なあ、どうして紗坂は男と付き合おうとしないんだ?」
 素朴だが、最大の疑問を訊いてみた。
 紗坂ほどの美少女なら男は放っておかないだろう。
 にもかかわらず、彼女は百合の道を選んだ。
 同性愛を悪とは思わないが、それでも俺は惜しい気がした。
『普通』という言葉には、実は値千金の価値があるものだ。俺のように非常識を生きる人間からすれば、普通とは掛け替えのない煌めきに満ちている。
 普通の人生。普通の生活。普通の恋愛。
 そんな素晴らしいものを、紗坂は敢えて忌避しているような気がするのだ。
「逆に訊くが、男のどこが良いものなんだ? 自分勝手に威張って、怒鳴って、女を食い物としか考えないような生物だぞ? 男と付き合いたいと考える奴の心理が私には理解できない」
 紗坂が口にしたのは、男に対する明確な拒絶。
 心底忌々しげな表情で吐き捨てる。
 だからこそ、俺は確信した。
「お前って、女性が好きというよりも、男が嫌いなだけなんじゃないか?」
「あん?」
 俺の言葉は、見事に地雷を踏んでしまったらしい。紗坂は悪鬼羅刹の形相で、俺を睨みつけてきた。
 けれど逆を言えば、それだけ感情的になるということは、俺の指摘が的を射ていたということ。
「つまらない質問は、自分の寿命を縮めると肝に銘じるんだな」
 紗坂は、俺の問いを肯定も否定もせず、ただ恫喝するのみ。
 怖いなあこの人。いや、怖いというよりは強(こわ)いというべきか。
 俺が馬鹿なことを訊いたばかりに、場の雰囲気が雷雲の如く帯電してしまった。俺は放電を試みる。
「ところで、具体的に香奈を紗坂と一緒にする方法だけど、ダブルデートなんてのはどうだろう?」
 紗坂のご機嫌取りも兼ねたプレゼンテーション。
「興味あるな。是非聞かせろ」
 それまでの不機嫌さはどこへやら。すぐに紗坂は食いついてきた。
「つまりさ、いきなり香奈と紗坂を二人きりにするのは無理がある。そこで今度の土曜日にダブルデートをセッティングするんだ。最初は俺と香奈のペアと、紗坂とそのツレのペアで行動して、折を見て紗坂と香奈の二人きりになる」
 我ながら、稚拙な作戦かなとは思ったが、俺の恋愛スキルではこれぐらいの浅知恵で精一杯。
 半眼の紗坂。肩が若干震えている。
 怒られるかな? と俺は身構える。ところが、紗坂は親指をグッと立ててきた。
「グレイト! それで行こう! なんだよお前、やればできる子だったんだな。私は鼻が高いぞ」
 大絶賛の嵐だった。
「こんなんでいいのか? 割と思い付き一辺倒の作戦なんだけど」
 後でクレームが来ると嫌なので、あらかじめ釘を刺しておく。
「問題ない。時間を掛ければ良い知恵が出るなんてカビの生えた悪しき固定観念だ。むしろ、最良の知恵ってのはシンプルな過程を経て出てくるものさ。お前が美少女だったら、ハグした上でキスして舌を突っ込んでやりたいところだ。まあ、男だからそんなことはせんけどな」
 上機嫌の紗坂。かなり過激な発言をしているが、彼女の言うように俺が男である以上は無関係だ。
「となると、こっちもデートの相手を要しないと駄目だな」
「ハーレムの中から見繕ってくる気か?」
「馬鹿な! ハーレムの子猫ちゃんたちは、愛でるものであって道具ではない。一人の女を手に入れるために、一人の女を利用するなんて私の法典の中ではナッシングだ」
「だったらどうする気だ?」
「テキトーに私に熱を上げている馬鹿な男を連れてくるよ。男が私に恋をするなんて、まったく以って気色悪いが、こんなときぐらい道具くらいには扱ってやるさ」
 男性蔑視が相変わらず甚だしい紗坂。俺は今後のダブルデートの生贄に選ばれる紗坂のツレには黙祷を捧げておいた。

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