ムシクイ/第6話

~フラグ乱立~


 紗坂と会食した日の放課後。俺はハーレムメンバーに囲まれていた。
 ……とだけ書くと、男冥利に尽きる状況のように錯覚してしまうが、実際はただの修羅場だ。
 ここでいうハーレムメンバーとは紗坂銀華の取り巻きを指している。そんな連中が俺を包囲しているのだから、これはもう甘ったるいシチュエーションではないのが御理解いただけるだろう。
 俺が何も考えずにただ下校しようと玄関まで下りて行ったら、そこに大量の美少女達が待ち受けていた。
 ただし、その美少女達の眼は絶対零度の冷気を宿していた。今が六月であるのを忘れ、背筋に悪寒が走る。
 三十六計逃げるに如かず、という先人の教えを実行しようとした。けれど数には勝てなかった。
 俺は一瞬にして美少女たちに取り囲まれた。が、『モテキがキター!』なんて発想には至らない。至るわけがない。
 俺には美少女たちが暗澹たる拷問吏に見えたからだ。
 そして、放課後の体育館裏で始まる尋問大会。
「アナタは昼休みに銀華様と何を話していたのかしら? 銀華様が男を直々に呼び寄せるなんてただ事じゃないわ」
 美少女の一人が、腕を組みながら詰問してきた。
 あの女たらしに様付けをしますか。
 紗坂は尋常ならざるカリスマをお持ちのようだ。他者からは害虫でも見るような視線しか送られない俺からすれば羨ましい限りだ。爪の垢をグラム五千円で売ってくれんかね、銀華様。
 とかなんとか、益体のないことを考えている場合ではないな。
 ここで目の前の美少女への返答を間違えれば、俺の学園生活に終了のお知らせが鳴り響く。
 真実を告げるとしたら以下の通り。
 ――実は紗坂が俺の悪友と懇ろになりたがっていて、その協力をすることになりました。
 いかんいかん! そんなことを言ったら悲惨な末路しか待っていない。まず目の前の紗坂ハーレムの人々にボコられる。次いで紗坂本人には街灯に吊るされかねない。トドメには香奈から裏切り者の烙印を押され市中引き回しに遭いかねん。
 一部は俺の被害妄想だが、大半は合っているはずだ。
 いつの時代も真実は劇薬。わざわざ、そんな劇薬を処方するのは愚の骨頂。
「えーっと、ちょっと今日の朝に紗坂と決闘をしたので、お互いの健闘を称えあっておりました」
 しどろもどろながら、俺は何とか言い訳を紡ぐ。しかし、自分で自分が一体何を言いたいのか理解できない。
 自分で理解できないものを、他人が理解できるはずもない。美少女たちは、蛆虫でも見るような目をしていた。
「ふざけないでよね! こっちは本気なんだから!」
「アンタ銀華様にお呼ばれして調子乗ってんの!?」
「ゴボウみたいな成りして、図に乗るな!」
 美少女たちの罵声が鳴り響く。
 この瞬間の音声を録音した目覚ましは、ドMな紳士に言い値で売りつけれるんじゃね?
 再びの益体の無い思考。そんな阿呆なことでも考えていないと、かなりシンドイ。
 というのも、俺の脳内では美少女達の野次よりもなお暗い声が響いていた。
 ――どうして僕ばかりこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
 ――僕を馬鹿にしやがって。
 ――みんな、みんなぶっ殺してやる。
 中原陽向本体が強制召喚寸前であった。俺の意識にムシクイが生じ始める。
 女の子相手に発狂するのは、俺としても気が引ける。
 かといって、彼女たちの怨嗟をかき消す術を俺は知らない。
 その刹那――
「アンタたち、何やってるの!」
 蝕まれゆく意識の中で、俺は太陽光線にも似た強く真っ直ぐな声を聞いた。
 意識の残滓をゴリ押しで賦活させ、声のした方を見る。
 そこには二条香奈が仁王立ちしていた。
 香奈は臆することなく、紗坂ハーレムメンバーに立ち向かっていく。
「な、なによ!」
 ハーレムメンバーの一人が叫んだ。けれど、若干声が震えていた。
 それもそのはず。香奈の威風堂々さたるや、まるで一機のチャリオット。そんな相手に有象無象どもが集まっても、烏合の衆にしかなりえない。
「退きなさい」
 決して大声ではないのに、香奈の声は辺り一帯に響き渡る。
 ハーレムメンバーは、まるで縫い付けられたかのように動けない。
「何こんなところで鼻の下伸ばしているの? 帰りましょう」
 香奈は強引に俺の腕を掴み、引っ張る。その強引さはちょっと痛いぐらいだった。でも、陽向に浸食され気味の意識への気付け薬としては、それぐらいがちょうどいい。
 徐々に、徐々に、陽向の絶叫は小さくなって、やがて消えていく。
 俺は香奈に引きずられながら、ほっと胸をなでおろす。
「アンタはどうして、次から次へトラブルを呼び込むのかしら」
 香奈は愚痴を零す。
「いや、そもそも発端は香奈が紗坂に告白されたからじゃなかったけか?」
 俺としては的確なツッコミを入れたつもりだった。
「今、何か言ったかしら?」
 目が笑っていない笑顔で、香奈は訊き返してきた。
「いいえ、ワタクシめは何も言っておりません」
 俺の生存本能が、自分の失言を無かったことにしようと躍起だった。
 俺ってとことん女性には弱いなあ、とか絶望しながら、そのまま俺は香奈と帰路につく。
 香奈はかなりのご立腹で、俺は彼女の後ろを追うハメになる。構図だけみると、駄目男が女の尻を追いかけているみたいだ。……俺が駄目男だという点は否定できないけれど。
 やがて、頭の血が抜けたのか、香奈の歩行速度が緩やかなものになる。それでようやく、俺と香奈は並んで歩けるようになった。
「アンタ、自分がどうしていつも情けないか、その理由を自覚してる?」
 出し抜けに香奈が訊いてきた。
「朝食がパン派でもゴハン派でもない、中途半端人間だからじゃないかな」
 はぐらかす。はぐらかす理由は、本当の答えを自覚しているから。自覚しているが、真実に目を向けるのは痛みを伴うものだ。
 誠意が欠片もない俺の返答は、香奈の逆鱗に触れる。
「ふざけないでちょうだい! アンタが駄目な理由はね、『自分』というものがないからよ」
 短い言葉ながら、俺に致命的なダメージを与えてくる。見事なクリティカルヒットだ。下校中の皆様の中に回復魔法を使える学生さんはおられませんか? ……って、それはどこの学園伝奇物だ。
「自分がないって言われてもなあ。自分なんて、これからの人生を掛けて形成していくものでしょうに」
 哲学者風味に言ってのけるが、俺が一生をかけても『自分』を手に入れられるわけがない。
 俺はそもそも名前すらない交代人格。陽向から生み出された影。影はただただ暗く薄っぺらい存在でしかない。
「確かにアンタの言うとおりね。だったら、今度の土曜に自分づくりをしてみない?」
 香奈は俯きながら、上目づかいで俺を見つめてくる。なまじ美少女にそれをやられると、ぐっとくるもんだね。
「……宗教か自己啓発セミナーの勧誘ですか?」
 けれど俺は、彼女の言葉を真正面から受け取れない。軸をずらす生き方がすっかり身についてしまっている。
「そんなわけないでしょう。そうじゃなくって、今度の土曜日に、私と街まで遊びにいきましょう。そこでアンタは私をエスコートしなさい」
 香奈は俯いて、今度は目線すら俺に合わせない。
「それって、デートって奴ですか?」
 言ってから俺は後悔する。もっと言葉を選ぶべきだったと。こんなミルクもシュガーも入っていないストレートな言い回しでは、香奈が物理攻撃に移行しかねん。
 しかし、俺の心配をよそに香奈はフルコンタクトなコミュニケーションをとってこない。
「そ、そうよ! 文句ある!?」
 到底、男の子をデートに誘う女の子の台詞とは思えない香奈の怒号。ここは世にいうツンデレということにしておこう。ただし、デレが配合されているかは考慮しない方向で。
 ともあれ、土曜日にデートですか。これは青春成分が東京ドーム三杯分はありそうなイベントですな。
 ……はて、土曜日にデートとな?
 それって紗坂との約束とかぶるじゃん。
 これはあれですか、どうやって香奈をデートに誘うか考える手間が省けたという話か。
 いやいや待て待て。香奈はきっと俺と二人でデートをするため俺を誘ったのだ。なのに『だったら紗坂とダブルデートしない?』とか言えようものか。
 否! 断じて否である!
 土曜日は香奈に対して、地元の武将隊並みのおもてなし精神を発揮しなければならない。
 そうでなければ俺、本当に駄目人間じゃん。
 でもでも、香奈を誘えないと、俺の秘密は紗坂によって暴露されるわけで。
 いきなり、究極の選択を突きつけられた。
 駄目人間になってでも秘密を守るか。
 駄目人間を回避するために秘密を危険にさらすか。
 糖分ゼロのルート分岐。人生はいつでもビターだぜ。
 考えろ俺。最良の選択を。本当に賢いとはどういうことかを。
「実は俺、土曜日に紗坂とダブルデートしようと誘われているんだけど」
 やがて俺の口を吐いたのは、そんな台詞。
「どうして紗坂さんが、アンタにそんな提案するのよ? あの人、男には興味がないはずでしょう?」
 香奈のごもっともな指摘。
 俺は吐いた。俺が多重人格であるという秘密を握られているという点を除き、全部吐いた。
 話を聞いた香奈の背後には『ゴゴゴゴゴ……』という擬音が燃え滾っているかのように見えた。
「結局、あの女は私を手籠めにするためには、どんな手段だって使う気なのね。いいじゃない、その喧嘩乗ってやるわ!」
 香奈の両目に宿るファイティングスピリット。それは完全燃焼の美しい青を連想させる。
「あのー、香奈さん。できれば穏便に事を運びたいのですが……」
 一応俺は自分の要求も出しておく。
「何を言っているの? 私たちはあの女に舐められているのよ? 土曜日は思いっきりイチャついて、あの女を完膚なきまでに叩きのめしてやりましょう」
 黒曜石の輝きで、香奈は邪悪に微笑んでみせる。
 俺にデートフラグが立ちました。
 同時に死亡フラグも立ちました。
 土曜日だけでいいから、陽向に行動してほしいと切に願います。

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