ムシクイ/第7話

~ライブハウスにて~


 死亡遊戯と書いてデートと読む。人生とは、まっことハードワークの連続である。
 俺と香奈は、本日のダブルデートの舞台である繁華街の最寄駅まで二人で移動。待ち合わせ時刻の十二時の十分前だったが、駅にはすでに紗坂とそのツレの男が待っていた。
 紗坂は相変わらずの銀髪にシルバーアクセサリーというハードロックな心意気。着用している服は、皮のパンツに髑髏柄のTシャツ。あとはギターでも担いでいたら、完全なるバンドマンだ。
 一方、紗坂のツレは金髪ではあるものの、それ以外はこれといって特徴のない男。いや、厳つい顔立ちでインパクトはあるにはある。それでも紗坂がまとっているオーラと比べると遜色してしまう。
「待ってたよ、お二人さん」
 俺たちを見つけると、気さくに手を振ってくる紗坂。ツレの男は、クールぶっているのか無反応だった。
「悪い、待たせたな」
 俺は紗坂に言った。紗坂のツレとは絡みにくそうだ。
「わかりきったことなど言わんで結構。さて、それじゃあ行こうか」
 紗坂は先陣を切って、歩き始める。まるで、最初から目的地があるみたいだ。
「どこに行く気だ?」
 紗坂の後を追いながら、俺は訊いた。
「この近くに贔屓にしているライブハウスがあってな。今日はそこで昼間から、いろんなユニットのライブをやるんだよ。お前らにはそれを見せてやる」
 人通りの多い繁華街のメインストリートを俺たちは進む。人波を縫うように歩いていく。歩きながら香奈の腕に抱き着いてきていた。
「おいおい、どうしてそこまで密着したがる?」
 俺は紗坂に聞こえないように、香奈の耳元で囁く。
「私たちが仲睦まじいところをみせておけば、紗坂さんのモチベーションが下がるでしょ。ちょっとは協力しなさいよ」
 香奈も俺の耳元で囁く。
 ちなみに今の体勢は、香奈のふくよかな胸が直に二の腕にあたってくる。
 たどり着いたライブハウスは大通りに面していた。
 俺たちはライブハウスの前で、紗坂からチケットを渡されて、入館する。
 ライブハウスの中では、開演を今か今かと待ちわびるオーディエンスで満ちていた。空調は効いているが、それでも人口密度が多くて少し暑いくらいだ。
 やがて、ライブの幕は上がる。
 今回は複数のユニットが参加する企画。会場が沸くユニットと、そうでない未熟な連中の差がはっきりと浮き彫りになる。
 選曲が場にマッチしているだったり、技量の差だったり、MCが巧みかだった、盛り上がりの是非には様々な要素があった。
 俺は音楽に関しては全くの門外漢。だが、それもオーディエンスの反応から、そのユニットの巧拙は推察できた。
 基本的に激しい曲では盛り上がり、バラード調の曲では観客は乗らない。今回のライブにはそんな傾向性が見えた。
 そんな中で、アコースティックギター一本で登場する強者がいた。
 そのアーティストは男でも見惚れるほどのイケメンだった。ルックスだけみるとV系バンドにいそうな兄ちゃんだ。
 総合司会から水橋理音という名前が紹介される。
 俺は彼の奏でる音楽に魅入られた。
 彼の音楽は、それまでの連中とは一線を画するものだった。
 それまで登場した連中の中にも、本当にアマチュアかと疑いたくなるような技巧を持ったアーティストはいた。
 けれど水橋理音というアーティストの音楽は技巧だけでは語りきれない。彼の音楽は空気を媒介にして、オーディエンスを揺さぶる。
 彼が奏でた音楽はたった三曲。けれど、そのどれもが至高の音楽だった。紡がれる歌詞からは恋人への一生貴女を支え続けるという痛いくらいの意志が伝わってきた。
 俺には食事同様、音楽に対しても細かな違いを気にしないというスタイルがあった。聞いて、盛り上がったり、あるいはまったりできればどの音楽でも一緒じゃないか。
 そんな不遜な態度で音楽を聴き続けていた。
 ライブハウスに来た時も、ライブで聞くよりもCDなり音楽ファイルをDLした方が安上がりで済むのに、とか経済性のことばかりを考えていた。
 けれど、そうじゃない。ライブにはデジタル処理されたデータでは表現できないものが宿っている。
 それはきっと魂と呼ばれるものなのだろう。
 俺は水橋理音という人の音楽を聴いて、解けない謎に遭遇した。
 俺は一人のアーティストの音楽に衝撃を受けた。それは魂を揺さぶられたと表現してもいいのだろうか。魂なんてない偽物の癖に?
 でも、だったらこの胸に宿る宝石みたいな煌めきは何なのだろう。
 わけがわからず、俺は涙した。それはまるで感情がオーバーフローしたような感覚だった。
 俺の異変に真っ先に気付いたのは、意外にも紗坂だった。
「ちょっと向こうで休もうか」
 水橋理音の演奏が終わると、紗坂の先導で、脇に遭ったバーカウンターへと移動。
 カウンターの席に四人で座る。紗坂と香奈が隣り合って中央に座り、その脇に俺と紗坂のツレが着席する形だ。
 カウンターの向こう側には、無数の酒瓶が並んでいて、未成年の俺は少なからずためらいを覚える。
「未成年に飲酒をさせる気か?」
 念のために紗坂に訊いておく。
「まさか。昼間の公演では酒は出してくれないよ。ソフトドリンクとか、もっと凝ったものが飲みたければノンアルコールカクテルが限界だ。というわけでマスター、こちらの野郎どもには牛乳を、私とこちらのレディにはカクテル――そうだなプッシーフットを」
 紗坂にマスターと呼ばれたのは、バーテンダーの制服に身を包んだ二十代前半ほどの女性。妖艶な美人でカウンターに花を添えている。
 紗坂の注文通りに男どもには牛乳を次ぎ、女子二人にはシャンパングラスに入ったカクテルが出される。
 紗坂は上機嫌にカクテルを飲み干すと、これまた上機嫌に俺に訊いてくる。
「水橋先輩の音楽に涙するなんて、お前、スゲーセンスあるよ」
 手放しの絶賛。音楽的センスなんてないと自覚している俺にとっては予想外の言葉。
「随分と親しげな呼び方だな。あの人はお前の知り合いか?」
「私のギターの師匠だよ。男なんて九十九・九九パーセントがクソだが、あの人は別格だよ。一人の女性を痛いぐらいに純粋に愛している。あの歌はね、水橋先輩が自分の恋人の魂に届けようと命を燃やして歌っているんだ。事前の知識なしに、そういう魂の叫びに共鳴できるってのはお前に音楽的センスがあるからに他ならない。それは誇っていいことさ」
 テンション高く紗坂はまくし立てる。
 ちなみに、俺と紗坂の間には香奈が座っている。わざとか知らないが、紗坂は香奈に身体を密着させながら俺に声を掛けている。
「私、ちょっとお手洗いに行ってきます」
 紗坂に触れられるという状況に耐えかねてか、香奈は去っていく。
 すると紗坂は、
「じゃあ私も」
 と席を立つ。
 まるで赤ずきんちゃんを追う狼だ。とはいえ、トイレに籠られたら男の俺では対処しようがない。
 香奈の安全を俺は祈るしかできない。
 残されたのは俺と、紗坂のツレの金髪男。金髪男は、不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。
 ……気まずい。何か、二人して陽気になれる話題を探さなければ。
 というか俺、そもそもこの人の名前すら知らないし。
「あのー、失礼ですがお名前は?」
 金髪男へのファーストコンタクトを試みる。
「塩町幸一(しおまちこういち)だ。アンタは?」
 塩町と名乗った金髪男は愛想笑いすら浮かべない。彼に含まれている有効度は数値に換算すえば一グラム程度のもの。しかし俺はそれをポジティブンに『友好性一〇〇〇ミリグラム配合!』とラベリングをし直しておく。
「えーっと、今日はお疲れ様です」
 とりあえず、無難な挨拶。挨拶すると友達が増えるね、という都市伝説に従っておいた。
「オレはさあ、本当は今日すごく楽しみだったんだ。ずっと思い焦がれてきた紗坂とデートできるんだ。そりゃ当たり前だよなあ」
 いきなりの毒吐(どくはく)……ではない、独白を開始する塩町。
「へえ、それは良かったじゃないですか。現に紗坂とデートできてるわけなんだから」
 俺は極めて無難な言葉選びをしたつもりだった。
「俺は紗坂と二人きりでデートするものだと思っていた。ところが、実際に蓋を開けてみたらどうだ。ダブルデートだと? ふざけるなって話だ。どうせ、紗坂の奴はお前のツレの女の子が目当てで、こんな茶番をしかけてきた――そんなところだろう?」
 刺殺せんばかりの、塩町の視線。
 普通ならそんな考えは被害妄想にすぎない、と一蹴できた。しかし、塩町の推測は痛いぐらいに真実だ。
 俺はどう答えようかと迷いあぐねる。会話の間を取るために牛乳を一口。相変わらず、細かい味はよくわからない。
 それは男女関係についても同じこと。男女間に生じる細やかな感情の機微は、俺の舌では弁別できない。
 どうして塩町が、紗坂のことでそこまで本気になれるのか。それは、俺からすれば深淵すぎる謎である。
「どうして塩町さんは、紗坂のことを好きに?」
 質問の意図としては、険悪なムードをすり替える意味合いが大きい。
「そりゃあ、あの女は美人で征服のしがいがあるからさ。一見すると男になびかない態度。そんな奴が男に屈するシーンを想像してみろ。それだけで興奮してくるだろう?」
 塩町という男は、かなりの勢いで性格が破綻しているようだ。
 肯定するのも否定するのも面倒臭いので、俺は「はあ、そうですか」とだけ返しておいた。
 駄目だ。ただでさえ初対面で人間関係を形成するのが苦手なのに、塩町みたいな手合とは仲良くなろうという気すら起こらない。誰か、俺にモチベーションを分けてくれ。というか、香奈と紗坂は早く帰ってきてくれ。
 祈っていると、香奈が化粧室の方から現れる。助かった。これでアウェイ感から多少は開放される。
 ……と思っていたら、そうは問屋が卸さないということがすぐさまわかった。
 香奈の瞳には涙が堪っていた。
「ど、どうしたんだ香奈?」
 俺が慌てて立ち上がると、香奈は俺の胸に飛び込んできた。
「紗坂さんに……紗坂さんに……キスされた」
 涙ながらに訴えてくる香奈。俺は「はい?」と間抜けた声で訊きかえすしかできない。
 しばらくすると、紗坂も化粧室から戻ってくる。
「おいおい、泣くようなことかよ。別に舌も入れてない軽いものだっただろうに」
 自由すぎる紗坂は、悪びれることなく言った。
 どうやら香奈の証言通り、化粧室で一悶着あったようだ。
 紗坂という銀色の野獣は、その目にギラギラとした支配欲を湛えていた。

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