ムシクイ/第14話

~危うい少女~


 香奈が屋上で紗坂に説教をした日の放課後。俺は香奈と下校を共にした。
 そこに紗坂はいない。おそらくだが、紗坂はハーレムの子らといちゃついているのだろう。モテる女も大変ですね。
 とか他人事のように言ってみる。
 どうせ他人事なんだし。
「ねえ、どうやったら紗坂さんの男嫌いを治せるのかな?」
 学校最寄り駅への道を、並んで歩きながら、香奈は訊いてくる。
「どうした、いきなり?」
 香奈の問いの意図が掴めず、俺は訊きかえす。
「これはあくまで私の主観だけどね、紗坂さんって男性を避けるために、女性に走っているような気がするの。でも、それって逃げってことだよね。紗坂さんって美人なのに、それって勿体ないなあと思って」
 香奈の言い分に俺は「なるほど」と頷く。
 言わずもがな、この世には男と女しかいない。いや、厳密に言えばその真ん中のジェンダーを歩む人もいるがこの場合は考慮しないものしよう。
 人が人を愛するのは止められることではない。けれど、異性を愛せないという制限があったなら、それはもう同性を愛するしか手はない。
 そう考えると、紗坂は自由に恋をしているようで、実は不自由な存在だ。
「紗坂の場合は父親が嫌いだから、男全てが駄目ってことだろう? 例えば、父親との関係を改善できたなら、男嫌いも緩和されるかもな」
 問題は、そんな提案をしても紗坂本人は入り口で拒否するであろう点だ。
 相手と和解するということは大なり小なり、自分の意見を曲げなければならない。頑固者の紗坂にそんな柔軟性があるとは考え難い。
「やっぱり香奈としては、同性からラブコールを送られるのはシンドイか?」
 今度は俺から問うてみる。
「それは、ね。私は恋愛に対してはノーマルだから。というのと、なんだか昼休みの話を聞いていて紗坂さんが可哀そうになったというのもある。できることなら、紗坂さんと父親の関係を改善させてあげたいなあって」
「そういうの、余計なおせっかいだと思うよ」
「だったらアンタは家族が喧嘩したままでバラバラな状態の方が良いっていうの?」
 香奈の真剣な眼差しに、俺は胸が痛んだ。
 香奈の優しさは尊敬に値するものだと俺は思う。
 けれど、優しさは時に刃となる。
 更に言えば、純粋な善意は相手を嬲り殺す猛毒となる。
 香奈は紗坂とは別の意味で危うい少女だ。
 だけどまあ、そんな物騒な優しさに俺は何度も救われている。なので、香奈の想いを全否定はできないし、したくない。
 俺自身は家族と言うものに希望を見いだせない人間だ。
 家族――特に父親からの苛烈な仕打ちによって陽向は『俺』という人格を生み出した。
 家族というつながりが一概に素晴らしいとは俺には言いきれない。
 だから、香奈への返答には煩悶せざるをえないのだ。
 そんな葛藤を抱いていると、俺たちの行く道の先に見覚えのある顔が現れる。
「やあ、昨日ぶりだね」
 にこやかに手を振るその相手。
「誰?」
 香奈は首を傾げる。目の前の相手に面識などあるはずないので当然の反応。
 しかし、その相手の唐突な登場に俺は目を瞬かせていた。
 噂をすれば影という諺が脳裏によぎる。
「この人は加原実朝さん。紗坂銀華の実の父親だよ」
 俺が目の前の相手を紹介すると、香奈は目を丸くする。当たり前だ。今まで話題にしていた渦中の人物が、降って湧いたように現れたのだから。
「この出会いは偶然ですか? それとも仕組まれたものですか?」
 五割の警戒心を込めて、俺は加原さんに訊く。
「そんなに怖い顔をしないでほしいな。仕組まれたというよりは、プロデュースしたと表現してくれ。ここで待っていれば、もしかして君に会えるかもと思って待っていたんだよ」
 飄々と加原さんはタネ明かし。
「俺に用事とは変な話ですね。一体どういう風の吹き回しです?」
「昨日の病院での様子を見るからに、君は桂子や銀華と親しい仲みたいだったからね。改めてご挨拶しておくのが礼儀かと」
 加原さんは相変わらず無精ひげにくたびれた格好。にもかかわらず、態度だけは恭しい。
「俺をアナタの陣営に巻き込むつもりですか?」
 警戒心を七割まで高める俺。
「巻き込むというか、協力してほしいというのが正しい表現。オレはね、桂子や銀華と仲直りがしたいんだ。けれど、それはオレ一人では無理。ならば、オレたちの間を取り持ってくれそうな逸材が欲しいんだ」
 特に韜晦もせず、加原さんは告げてくる。
 返事に窮する俺。しかし、加原さんへの回答は別のところから生み出された。
「ねえ陽向。この人を手伝ってあげない? 上手くすれば、紗坂さんの男嫌いが治るきっかけになるかもしれないわ」
 渡りに船と言わんばかりの言い振りの香奈。
 やっぱり、香奈は優しいな。
 その優しさには劇薬指定のラベルをしっかりと貼っておくべきだ。
 立ち話も何なのでということで、俺たちは最寄りの駅前の喫茶店に移動した。移動した先は【カメダ珈琲】という名のこの地方では有数の喫茶店チェーン。
「好きなものを注文してくれ。支払いはオレが持つよ」
 太っ腹な加原さん。
「いや、奢りとかいいんで。自分で支払いますわ」
 俺は断りを入れて一番安いブレンドコーヒーを注文。
 この世にタダメシなど存在しない。何の貸しもない相手が飲食物を奢るのは、何かの取引を申し出ようとしているから。相手の奢りを受け入れてしまえば、相手に何かを要求された際に『奢られた手前』ということで断りにくくなる。
 リスクヘッジが巧みなスマートな大人の対応の俺。
 しかし、隣に座る香奈はまだまだお子様だった。加原さんの言葉に甘えて、ウインナーコーヒーとチョコレートケーキを注文する。
 締め千円弱のオーダー。それ以上の働きを加原さんが要求してこないのを祈るばかりだ。
 ちなみに加原さんの注文も、オレと同じブレンドコーヒー。太っ腹なのか浪費家なのか、はたまた単なるコーヒー愛好者なのかは判断に困るところだ。
 注文の品が届くまで、俺たちはたわいもない雑談に興じていた。
 しかし、三人の注文が席に届いたところで、話は本題に切り替わる。
 話を切り替えたのは香奈だった。
「どうして紗坂さんは、父親であるアナタのことを嫌っているのですか?」
 コーヒーに手を伸ばしながら香奈は訊く。
「オレがかつて銀華の母親に酷いことをしてしまったからだよ。具体的には浮気。オレは妻というものがありながら、他の女性に走ってしまったんだ」
「そうなんですか」
 香奈は頷くが、俺は釈然としない思いだった。確か、病室での紗坂の話では浮気に加えてギャンブルなどの激しい浪費もあったはずだ。
 その件については分割して話すつもりなのか、はたまた無かったことにするのか。俺は加原さんの動向をしばし警戒しながら見守ることにした。
「けれど、今ではその件をオレは激しく後悔している。可能ならば、もう一度、銀華や銀華の母親とやり直したいと考えている」
 ここが公共の場だというのに涙ながらに言ってくる加原さん。
 女にとって涙が切り札なのように、男にとっても涙は切り札。
 そんな加原さんの様子を香奈はしばし吟味する。
 そして、
「わかりました。私たちで手伝えることがあるなら、可能な限りなんだってします」
 と、ぬかしやがった。
「おい香奈、『私たち』とはどういう意味だ。お前の他に誰が加原さんに協力するんだ?」
「もちろん、アンタに決まってるでしょう。それとも、アンタは家族が離れ離れな状態でもいいの?」
 酷な質問を香奈は投げつけてくる。
 家族――。
 俺はその言葉にポジティブな想いを抱けない。
 家族なんてしがらみだ。
 家族がいれば幸せになれるなんてのは、もはや旧世代の幻想だ。
 幸せな家族とやらあるなら、不幸な家族もあるのは必定のこと。
 けれど、香奈の想いが純粋なのも痛いほど伝わってくる。まあ、純粋だからタチが悪いのだけど。
 香奈をこのまま一人で暴走させて良いものだろうか。
 加原さんからは、どうにも胡散臭さを拭いきれない。
 ならば――。
「わかったよ。俺も可能な限り協力する。けどな、この人がちょっとでも不誠実な態度をとったら俺はこの話から退くぜ」
 妥協と承諾。そして、香奈への釘刺し。
「うん。じゃあ、次は具体案だね」
 異常なまでのアップテンポで話が進んでいく。香奈が将来、詐欺師に騙されないか非常に不安だ。
「そうだね、できることならオレの家に銀華を招いて、二人で話したいところだ。けれど、オレが頼んでも銀華は拒否するだろう。だから――」
「それなら、私が誘えば、もしかしたら乗ってくるかもしれませんね」
 それは一理ある。何しろ紗坂は香奈に惚れているからな。
 加原さんと香奈の間で、勝手に話が進んでいくのを、俺はただ傍観するしかない。
 そんな風に意識を弛緩させていると、香奈は自身のケータイを取り出した。
 ちなみに香奈が紗坂の連絡先を知っているのは、紗坂が香奈の都合など考えずに自分の番号とアドレスを送ったから。
 更に言えば、紗坂が香奈のケータイの番号とアドレスを知っているのは、俺からムリヤリ聞き出したから。
 どうにも俺は、女性陣に振り回されっぱなしだな。
 香奈は電話で紗坂と交渉中。
 いくら紗坂とはいえ、惚れた相手の頼みは無碍にはできまい。
 実際に、
「OK。今度会ってくれるそうですよ」
 早々に約束を取り付ける香奈。その疾きこと風のごとし。更に言うなら侵略すること火のごとし。
 もっとも俺は動かざることを山のごとし。どうせなら、このまま静かなること林のごとしを実行したい。
 けれど、そんな風林火山は儚い夢に終わる。
「というわけで、陽向もこの件に協力すること」
 香奈の理不尽な命令。
「えー、面倒臭い」
「なに? 陽向は紗坂さんには協力できて、私にはできないと言いたいのかしら」
 絶対零度の冷気をまとった香奈。【氷の女王】なんて中学二年生と仲良くなれそうな二つ名がぴったりだ。
「是非、協力させていただきます」
 俺は顔を引きつらせながら、投了を宣言。
 こうなれば、後は何事もないのを天に祈るしかない。
 加原さんの言動に裏が無ければいいのだけれど……。

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