空井係/第1話


 わたしは空気の読めないヤツが嫌いだ。
 うちのクラスでは目下いじめが進行中で、いじめられているのは坂本という暗くて地味な女子生徒。
 なんでイジメられているかと言えば、はっきりした理由は無いが、暗くて、ノリが悪いからというのが大まかな理由だろう。
 クラスのほぼ全員で坂本一人を無視してみたり、持ち物を隠してみたりとベタでオリジナリティがカケラもないイジメを日々行っている。
 なぜそんなことをしているかは誰も考えずにやっているだろうが、改めて考えてみるとイジメにはイジメる側に旨みがある。
 クラスで一人の敵を作って、その一人を叩く行為の為にクラスは一丸となれる。
 人間同士なんて所詮は赤の他人で、繋がりなんて髪の毛よりも細いもの。
 でも共通の敵が出来たときの結束力は中々に強固。
 利害の一致は鋼よりも強い絆となる――それが人間。
 わたしたちのなんと醜いことか。
 けど、目を背けたくなるような醜悪さが人間の本質。
 今日もどうしょうもなく汚らしい連中のいじめに、どうしょうもなく救いようのないわたしは加担する。
 本日のイジメのメニューは教科書隠し。
 坂本の鞄の中から教科書をパクって、窓から捨てる。ちなみに窓の下は茂みになっていて、探すのは一苦労だろう。
 教科書隠しなんてあまりにもテンプレート的な方法なのだが、相手には地味に効くらしい。
 今日までは感情を押し殺して、無表情でうつむき耐えてきた相手も、今日はついに泣き出した。
「なんでこんなことするの?」
 嗚咽と共に訴えるが誰の心にも響かない。
 彼女は誰が教科書を奪ったかなんて知らない。
 実行役はちゃんといるけど、この場合みんな見て見ぬフリをしているから、ここにいる全員が共犯者。
 けれど一番大事なのは共犯という感じなのだ。
 共犯だからわたしたちは、一緒にいられる。
 共犯でなかったら、赤の他人のわたしたちは一緒にいる理由がない。
 泣きじゃくる坂本に、みんなして手を差し伸べるでもなく、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
 一人を生贄にして、一つとなれるクラスを、好きか嫌いかわたしはわたし自身の気持ちがわからない。
 ただ言えるのは安心できるのだ。
 だって今いじめられている娘がいじめられ続ける限り、わたしに火の粉は飛んでこないのだから。
 なんて卑怯。
 でも、きっとみんなも同じことを思っている。
 卑怯に卑怯を積み重ね、自らの重さで潰れるくらいまで積み重ねていった先に、このクラスに救いなんてあるのだろうか。
 始業のベルが鳴り響く。
 いじめられっ子の教科書は見つからないまま。
 クラスは負の方向に一丸となっている。……はずだった。
 始業ベルと共に教室に入ってきた人物が、ボロボロになった教科書を携えていた。
 きっと坂本のものだ。
「受け取れよ、坂本」
 晴れ渡った空のように快活な声で言って、教科書を教壇から投げた。
 教科書は綺麗に円弧を描いて坂本の机に舞い降りた。
「ちなみにこの時間は自習にしてきたから」
 教壇の上の人物の軽い言い方に、クラス中がざわめいた。
 ――自習にしてきた。
 自分の権限でやったような言い方だが、教壇の上の人物は、わたしたちのクラスメイト。
 名前は空井楽人(そらい・がくと)。
 制服を崩して着用し、耳にはピアスが多数。挙句に髪は空色に染め上げられている。この学校でも一、二を争うくらい職員室と相性が悪そうな格好の生徒。
 彼の行動パターンは誰にも計り知れない。
 空井はコホンとわざとらしく咳き込むと教壇の上に立ったまま、演説を開始した。
「諸君、この社会はイジメによって成り立っている」
 下らないことだったら即座にクラス中からのブーイングで叩かれていただろう。
 しかし、『イジメ』という単語に神経質なわたしたちは、一同過敏に反応し、逆に誰も何も言えないでいる。
 そういう空気が教室を占めた。
 しかし、空気の読めない男、空井楽人は朗々と続ける。
「イジメなくして社会など成立し得ない。教室や部活だけではない。職員室だろうと、どっかの会社だろうと、サークルだろうと、研究室だろうと、民族だろうと、もはやイジメなくして人と人は繋がれない世の中であると言って過言ではない!」
 いや過言だろ、と一瞬思ったが、彼の言い分はさっきわたしが思っていたことと同じであると気付きツッコミを入れられない。
 ……いや、そもそも教室の空気はツッコミを入れられるものではないのだけど。
「ならば、このクラスでも積極的にイジメというコミュニケーションスキルを取り入れていこうではないか!」
 もうイジメは起きているんだが、誰もそれを指摘できない。表向き坂本にしている行為はイジメではなく「からかい」や「お遊び」という暗黙の了解になっている。
『イジメは起きていない』という方向になら、クラスで結束して反論できるが、今の場合『イジメは起きている』なんて反論は自供以外のなんでもない。
 ただ言えるとすれば、
「イジメを取り入れる? 何バカなこと言ってんの?」
 坂本イジメの中心となっている女子グループの一人である日比野さんが言った。ちなみに日々野さんは見た目がギャルで、棘のあるしゃべり方をするとかなり迫力がある。
 が、空井はというと、
「ん、イジメの方法か。まずは無難なところで持ち物隠し、総スカンがベターだろうな」
 日々野さんからの質問への回答として、清々しいぐらいに噛み合っていない言葉。
 空井をバカにしても無駄と判断し、日々野さんは別の質問をする。
「イジメをするって言っても、誰が誰をイジメるのよ? ちなみにアタシは坂本さんがイジメられる役が良いと思いまーす」
 彼女の推薦にクラス中から、「賛成~!」「間違いねえ」なんて声が上がる。
 が、空井は一蹴。
「いや、初回は言いだしっぺの俺がイジメられ役を引き受けるのが筋だと考える。いや、待てよ、一応立候補を募った方が良いか。俺の他にイジメられ役をやりたい者はいないか? いたら、この場で挙手!」
 教室内で挙手しているのは空井だけ。
 まあ、当たり前だが。
「よろしい、立候補者が俺一人なので、俺に決定だ。続いて、イジメをする際のリーダー的存在を決定したい。現在っ子のイジメは大勢で一人を痛ぶるものだからな。大勢で動くためにはリーダーが必要だ。可能なら、俺がリーダーを務めたいが、イジメられる役と、イジメをするリーダーは両立できない。なので、やっぱり立候補を募りたい。挙手!」
 ……する者はいない。
 イジメは安全な所から、無関係な観衆として見ているから良いのであって、誰が率先してリーダーなどやりたがるものか。
 しかも、イジメる相手は空井。
 空井を追い詰めるイジメって、この世界に存在するのか?
 クラスに満ち満ちた沈黙。
 空井の計画は潰えてしまうのかと思われたそのとき、空井は自分のロッカーから、箱を取り出した。
「立候補者が出ない以上はクジ引きで決めるほかあるまい。この箱の中には数字の入ったクジが入っている。引かれた数が出席番号の奴が栄えあるリーダーで大当たりだ」
 ……この上なく嫌な大当たりだな。
 空井は教室の前扉に近い席からクジを引かせていく。
「ドゥルルルルル――」
 残念なセンスの効果音を口ずさみながら空井はクジの入った箱をかき混ぜていく。
 どうかわたしにはなりませんように、と天にお願いした。
 ……。
 ……。
 ……。
「二十九番!」
 箱の中から引いたクジを高らかに掲げ空井は出席番号二十九番の相手に宣告。
 二十九という数字がくっきり、しっかり、ちゃっかり、書かれている。
 教室に「うお~」とか「よっしゃー」とか、とにかく難を逃れた人々の歓喜の絶叫が響いた。
 たった一人を除いては。
 ――天はわたしを見放しやがった。
 出席番号二十九番はわたしです。
「皆川さん、おめでとう御座いま~す!」
 呆然とするわたしに、空井は盛大な拍手をしてくるが、微塵も嬉しくない。
 空井の拍手に釣られて、というか悪ノリして、男子の一団が拍手し、それが火種となって教室中からの拍手喝采。
 人間とはなんと釣られやすい動物であろう。
 今までの人生の中で最も嬉しくない拍手であった。
「それでは皆川さんが今日から空井楽人イジメのリーダーになりました。せっかくなので、何かご挨拶を承りたく思います。どうぞ!」
 わたし元へやって来た空井のインタビュー。
 いきなりのムチャ振りにわたしは取り合えず立ち上がり、
「えっと、この度、空井イジメのリーダーになりました皆川基子(みながわ・もとこ)です。よろしくお願いします」
『やりたくない』なんてキレたら空気を壊してしまいそうだったので、ついそれっぽい挨拶をしたが実際は何をすればいいんだ?
 それに……。
「でも、空井イジメのリーダーって、わたしだけが悪者っぽくて嫌なんだけど」
 そんなの先生にバレたらわたしだけが御咎めをうける羽目になるじゃないか。
 訳の分からない仕事のリーダーなんて真っ平御免だ。『わたしだけが不公平』という点を押し出して、『やっぱりなかった話に』という方向に話を進めていこう。
 空井は頷いて、
「確かに、イジメはこっそりやるものだからな。大っぴらに『イジメのリーダー』はマズいな。じゃあ、皆川さんはこれから『空井係』ということで」
 言い方の問題じゃねぇ!
 と言おうとした瞬間に、
「皆川がんばって」
 とか、
「空井係就任おめでとう」
 とか、
「みんな影から応援してるよ」
 無責任ここに極まりという感じの応援が飛んできやがった。
 みんなして厄介事をわたしに丸投げだ。
「では、これがオレのメルアドなんで、チェーンメール、脅迫、ウソ情報など、イジメっぽいことをどしどし送信して下さい。秀逸なイジメにはベストイジメ賞をこっそり授与するかもしれませんし、しないかもしれません」
 言っている内容はテキトーだが、黒板にデカデカと空井ケータイのアドレスが書かれているあたり、彼は本気っぽい。
 あーあ、なんか凄く意味不明なことに巻き込まれてしまった。
 と、肩を落としながら何かの時のために空井のメルアドを登録している自分が憎らしい。

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